第21話 決死の輪投げ大作戦
いつもありがとうございます。
今回は作戦会議と準備の回です。
カイルの理論、シェリルの目、レオの腕、そしてリゼの……執念。
四人の力が合わさって、トンデモない罠が組み上がっていきます。
酒場『錆びた錨亭』の薄暗いテーブルで、僕たちは頭を突き合わせていた。
中央に置かれているのは、レオが裏掲示板から剥がしてきた色褪せた一枚の張り紙。そして、リゼが酒場のマスターに銀貨一枚を握らせて聞き出してきた『第三揚水風車』の簡易的な構造図だ。
「……やはり、どう考えても割に合わない」
カイルが丸眼鏡を押し上げながら、構造図のラインを指でなぞった。
彼の顔には、疲労と明確な恐怖が張り付いている。
「この風車の図面を見てくれ。アイアンポートの最下層、無数の岩柱がそびえ立つ荒涼とした岩肌のエリアだ。その中の一本、地上四十メートルほどの高さにある岩柱から、空中に向かって真横に短い鉄の軸が突き出している。その先端に取り付けられているのが、アルバトロス号の二倍以上の直径がある巨大な四枚の鉄羽だ。本来は風の力でこれをゆっくり回し、岩柱側のポンプ機構を動かして水を汲み上げる」
カイルは図面の中心、羽の根元にあるギアボックスの部分をペン先で強く叩いた。
「だが、安全装置である調速機が完全に破損し、ギアがフリーになっている。この断崖絶壁に吹き付ける強風をまともに受ければ、設計上の限界値を遥かに超えた速度で回転しているはずだ。巨大な鉄の塊が、目にも止まらぬ速さで回っているんだぞ」
「つまり、近づいたら……」
シェリルが身震いして、小さな声で聞いた。
「ミンチだね」
カイルは無慈悲な事実を口にした。
「過去に挑んだギルドの正規整備士たちも、羽の回転に巻き込まれるか、発生する強烈な乱気流に弾き飛ばされて墜落したんだろう。過去の死傷者の数と、この絶望的な構造的欠陥から論理的に導き出される結論は一つだ。これは修理じゃない。ただの自殺行為だよ」
カイルの冷徹な分析に、テーブルに重苦しい空気が漂う。
だが、その空気を切り裂いたのは、バンッ! とテーブルを強く叩く音だった。
「だから何よ!」
リゼが立ち上がり、身を乗り出した。
「ミンチになる危険が高いからって、ここで大人しく干からびるのを待つ気!? このままじゃ三日後には船を取り上げられて、ギルドの奴らに一生コキ使われるか、最下層で野垂れ死ぬかの二択よ! だったら、命懸けでも五十枚の金貨をもぎ取ってやるわ!」
「リゼ、君はこの状況の危険性を根本的に理解して――」
「理解してるわよ! でもね、私たちならやれる。……でしょ、シェリル?」
突然話を振られ、シェリルはビクッと肩を揺らしたが、すぐにテーブルの図面を覗き込んだ。
「えっと……あのね」
彼女は、風車が立っている岩柱周辺の地形図を小さな指でなぞった。
「巨大な羽がものすごい勢いで回ると、外側には乱気流の壁ができるけど……逆に、羽の真正面……一番中心の軸の延長線上には、風が吸い込まれるように集まって、ぽっかりと風圧が弱くなる『台風の目』みたいなルートができるはずだよ」
「台風の目……!」
カイルが弾かれたように顔を上げ、懐から手帳を取り出した。
「なるほど、羽が高速回転することで生じる気圧低下を利用するのか。真正面から中心の座標に寸分違わず突入できれば、乱気流を突っ切って一番奥まで安全にアプローチできる安全な軌道が作れるぞ!」
シェリルの感覚的な風読みと、カイルの論理的な分析。
不可能なはずの分厚い壁に、わずかな亀裂が入った瞬間だった。
「接近ルートは二人に任せる。問題は、どうやってその暴れ馬を止めるかだ」
僕は図面を引き寄せ、ニヤリと笑った。
「外部からの電子制御が受け付けないなら、物理的な罠を仕掛ける。巨大な『輪投げ』だ」
僕は図面に描かれた、羽の中心からさらに正面に向かって突き出ている、軸の先端部分を指差した。
「まず、地面の強固な岩肌に特大のアンカーを打ち込んで固定する。アルバトロス号には、そこから伸びる長いワイヤーと、巨大な『ゴムの輪っか』を積んでおくんだ。輪っかの内側には、トラクターのブレーキに使われる特大の摩擦ブロックを並べて『牙』にしておく」
「巨大なゴムの輪……それをどうする気だ?」カイルが唾を飲み込む。
「船で風車の真正面から突っ込み、羽の中心から突き出ている軸の先端に、その輪っかを引っ掛ける」
僕は輪投げのジェスチャーをした。
「引っ掛けたら、船は急旋回して離脱する。輪っかは猛烈な回転に巻き込まれて軸に絡みつき、地面のアンカーに繋がったワイヤーをどんどん巻き上げていく。そしてワイヤーが限界まで巻き取られ、ピンッ! と張った瞬間――」
「張力でゴムの輪っかが収縮し、内側の摩擦ブロックが軸をギリギリと締め上げる……!」
カイルが眼鏡をギラリと光らせた。
「空中に踏ん張る場所がないなら、強固な『地面』を支点にするのか! 摩擦材の強度と、岩肌に打ち込むアンカーさえ頑丈なら……理屈の上では完璧だ! 風車自身の回ろうとするエネルギーを利用して、自らの首を絞めさせる猛獣狩りってわけか!」
「マジで言ってんの、あんたたち……」
呆れるリゼをよそに、僕とカイルは顔を見合わせて笑った。
バカバカしくて、泥臭くて、ギルドのエリートたちなら絶対に思いつかない、最高に狂った作戦だ。
「だが、最大のモンダイが残ってる」僕は立ち上がり、スレッジハンマーを肩に担いだ。「船を飛ばすための『燃料』がないことだ。買い出しに行くぞ。俺たちの武器は、ギルドの綺麗なおもちゃじゃない。泥だらけのガラクタだ」
***
再び訪れた第4街区のジャンク街。
マリア婆さんは、さっきと同じようにガラクタの山に同化して、火の消えたパイプを咥えていた。
「なんだい、また来たのかヒヨッコども。冷やかしなら――」
「買い出しだ、マリア婆さん。大口の注文だぜ」
僕は彼女の前に立ち、欲しいもののリストを書き殴ったメモを突きつけた。
マリア婆さんはルーペ越しの目でメモを一瞥し、片側の眉をピクリと跳ね上げた。
「……重機用のワイヤーロープ百メートル。巨大なゴムベルトを三本。旧式トラクターのブレーキ用特大ブロックを四つ。それに、地面に打ち込むための特大の『鉄の錨』だと? さらに、スス落としの洗浄液と、粗悪な密造エタノール一樽?」
彼女は僕をジロリと睨んだ。
「なんだい、この珍妙な注文は。船の修理に使う代物じゃないね。それに密造エタノールなんて、エンジンを痛めるだけのジャンク燃料だぞ」
「構わない。とにかく『第三揚水風車』まで飛べればいい。あいつを止めに行く」
僕がそう言うと、マリア婆さんは咥えていたパイプを取り落としそうになった。
「……ハッ。お前さんたち、本気かい? あそこはギルドの温室育ちの連中が、何人も命を落とした『鉄の断頭台』だぞ。金貨五十枚に目が眩んで、命を捨てる気か」
「捨てる気はない。あいつの首根っこに、この特大のガラクタで作った『輪っか』を引っ掛けて絞め落とす。成功すれば金貨五十枚だ。あんたへの支払いなんて余裕でできる」
僕の真っ直ぐな視線と、バカバカしい作戦の概要を聞いたマリア婆さんは、しばらく沈黙し、やがて腹の底から湧き上がるような、しゃがれた笑い声を上げた。
「ククク……ハハハ! いい面構えだ。ギルドの連中には絶対にできない、泥臭くて最高に狂った作戦を考えてるって顔をしてる。だから、お前さんみたいな野良犬が、あいつらの鼻を明かしてやるってんなら、喜んで力を貸すよ。リストの品は全部揃えてやる」
「悪いが、金はない。出世払いにしてくれ」
僕が正直に言うと、リゼがすかさず前に出て、婆さんの皺だらけの毛深い手を両手でぎゅっと握りしめた。
「お願い、マリア婆さん! 風車を止めたらギルドから金貨五十枚を必ずふんだくってくるから! そしたら利子をつけて倍にして返すわ!」
マリア婆さんは深くため息をつき、それからニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「……いいだろう。その代わり、死ぬんじゃないよ。アタシの投資を無駄にしたら、あの世まで取り立てに行くからね」
「ありがとう、マリア婆さん!」
こうして僕たちは、スラムの住人とのささやかな繋がりと、風車を止めるための「武器」、そして風車まで飛ぶための「血」を手に入れた。
***
薄暗い臨時整備区画に戻ると、すぐに出航の準備に取り掛かった。
時間は限られている。
僕はマリア婆さんから仕入れた分厚いゴムベルトを重ね合わせて強靭な『輪っか』を作り、その内側に四つのブレーキ用摩擦ブロックを『牙』のように等間隔でボルト留めしていった。これが風車の軸に直接食い込んで回転を殺す部分だ。そして、この巨大な輪っかの一端に、長いワイヤーロープを頑丈に結びつける。ワイヤーのもう片端には、地面に打ち込むための特大の鉄のアンカー。
僕が罠を組み上げている横で、カイルとリゼは油まみれになってエンジンの蘇生作業に追われていた。
「クソッ、配管の中がススで真っ黒だ! 洗浄液を流し込め! インジェクターのノズルをブラシで擦れ!」
「やってるわよ! もう、せっかくの服が真っ黒!」
カイルが這いつくばってバルブを清掃し、リゼがマリア婆さんからツケで買った強烈な匂いのする密造エタノールを、漏斗を使って燃料タンクに注ぎ込んでいく。
「臭っ……! これ、絶対純度低いわよ。お酒の腐ったみたいな匂いがする」
「贅沢言うな! 風車までの一往復だけ持てばいいんだ。背に腹は代えられない!」
「レオ、マウント部分の強度は大丈夫か?」
カイルがレンチを投げ捨て、息を切らしながら設計図と僕の作業を交互に見比べた。
「ワイヤーが巻き取られてピンと張った瞬間、摩擦ブロックと軸の間に凄まじい熱が発生する。ワイヤーの結び目が熱で溶けたり、ゴムが焼き切れたりしたら、その時点で一巻の終わりだぞ」
「分かってる。だから、直接熱が伝わらないように鉄板を噛ませて二重に補強してる」
僕は溶接用のゴーグルを跳ね上げ、額の汗を拭った。
「俺の作ったこの不格好な罠と、お前たちが掃除した泥だらけのエンジン。……あの暴走風車を止められるか?」
カイルは真っ黒に汚れた手で丸眼鏡の位置を直し、一度大きく深呼吸をした。
「……物理の法則に『絶対』はない。だが、理屈の上では完璧だ。もし君が、気流のポケットを抜けて正確に『輪投げ』を成功させられれば、な」
「上等だ。お前の『理屈の上では完璧』って言葉ほど、頼りになるもんはない」
壁も屋根もない、不格好な空飛ぶ足場。その先端のフックに巨大な輪っかが引っ掛けられ、甲板には重たい鉄のアンカーと、とぐろを巻いた長いワイヤーが転がっている。どう見ても異常な光景だ。
「レオ、風の向きが変わるよ」
ずっと空を見上げていたシェリルが、マリア婆さんにもらった毛布にくるまりながら声を上げた。
「これから三十分くらい、崖の方へ向かって強い上昇気流が吹く。風車に近づくなら、今が一番良いタイミングだと思う」
「よし。シェリルの風読みと、カイルの分析、それに俺の腕だ。……リゼ、覚悟はいいか?」
「当たり前でしょ! 金貨五十枚をギルドの査察官の顔面に叩きつけてやるんだから!」
リゼが力強く頷く。
僕はスロットルレバーを握りしめた。
「エンジン始動!」
ドッドッドッドッ……!
粗悪な燃料を食ったエンジンは、ポンッ、ポンッと不規則な破裂音を鳴らしながらも、昨日よりも少しだけ力強い産声を上げた。
腹の底に響くような重低音と共に、プロペラが回転を始め、アルバトロス号がゆっくりと鉄の台車から浮き上がった。
薄暗いスラム街の隙間から、青い空へと向かって。
僕たちは、ギルドの誰もが匙を投げた「鉄の断頭台」へと出航した。
大人たちの作ったルールを、真っ向から壊してやるために。
読んでいただき、ありがとうございます!
巨大なゴムの輪っかで、暴走風車の首を絞める「猛獣狩り」。
マリア婆さんのジャンク品を積み込み、いよいよ出航です。
次回、乱気流吹き荒れる断崖絶壁での空中戦。
手に汗握る展開をお届けします。明日もお楽しみに!




