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第19話 「入港許可証」の行方

いつも応援ありがとうございます。

スマートな電子制御か、泥臭い物理的直感か。

レオの「ハンマー」が、アイアンポートに轟音を響かせます。

「……ハッ。恐怖でついに頭がイカれたか、小僧」


僕の提案を聞いて、ギルドの査察官は鼻で笑った。

彼を護衛している武装した男たちも、一様に薄ら笑いを浮かべている。


「あの最新型の大型クレーンを、お前のような野良犬が直すだと? 身の程を知れ。あれは旧時代の遺物をギルドの頭脳が復元した、電子制御の塊だ。スパナとハンマーしか知らないようなドブネズミが触れていい代物ではない」


査察官の言葉は、氷のように冷たく、絶対的な自信に満ちていた。

だが、僕の耳には彼の言葉など半分も入っていなかった。

全神経は、数百メートル先の第3ドックから響いてくる「音」に向いていた。


『ガキンッ! ……ギュイイィィィン……ガキンッ!』


重たくて、不規則な打撃音。それに続く、モーターが苦しそうに唸る音。

間違いない。


「……電子制御がどうとか知らねえけどさ」


僕は足元の工具箱から、親父の形見である一番重いスレッジハンマー(大型両手ハンマー)を引っ張り出した。


「あいつは今、息が詰まって苦しんでる。それだけは分かるんだよ」

「おいレオ! どこへ行く気だ!」


カイルの制止を振り切り、僕はハンマーを肩に担いで、騒ぎの起きている第3ドックへと走り出した。


「撃て! 逃がすな!」


査察官が叫び、男たちがワイヤーガンを構えた瞬間。リゼがすかさず前に立ちはだかり、両手を広げた。


「ちょっと待ちなさいよ! 今ここで私たちを撃ち殺して、あのクレーンが落ちたら、あんたはどう責任を取るつもり?」

「……何?」

「あの大型輸送船が潰されたら、管轄のあんたの首は間違いなく飛ぶわよ。でも、もしこの馬鹿(レオ)が本当に直せたら、あんたは『機転を利かせて大事故を未然に防いだ優秀な査察官』として上に評価される。違う?」


査察官の眉がピクリと動いた。図星を突かれたのだ。


「それに、もし失敗してクレーンが落ちても、『無法者のガキが勝手に操作盤をいじって壊した』って報告すれば、責任転嫁できるじゃない。私たちを撃つのは、その後でも遅くないはずよ」


査察官は舌打ちをし、険しい目でリゼを睨みつけた。だが、その目には明確な「計算」の光が宿っていた。彼のような人間にとって、一番大事なのはギルドの正義よりも己の保身だ。


「……悪知恵の働くガキだ。よかろう。だが逃げられると思うなよ」


僕たちが第3ドックに到着した時、現場は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

空に向かって突き出した巨大な鉄のクレーンの先端から、家が一軒入りそうなほどの巨大なコンテナが吊り下げられている。

クレーンのアームは痙攣するように震え、真下に停泊している豪華な大型輸送船の上に、今にもコンテナを落としそうになっていた。


「急げ! メイン基板の予備を持てこい!」

「ダメです! エラーコードが特定できません! 全システムがフリーズしています!」


足元の制御盤の周りでは、白い作業着を着たギルドの「エリート整備士」たちが、最新の電子タブレットを握りしめながら絶叫していた。

彼らは画面の数字ばかりを見て、誰もクレーンそのものを見ようとしていない。


「どきな、エリートさんたち」


僕は人混みを掻き分け、クレーンの巨大な動力部――家ほどの大きさがあるモーターとギアボックスの塊――に近づいた。


「なんだお前は! 関係者は立ち入り禁止だぞ!」


主任らしき男が怒鳴るが、無視する。

僕はハンマーを置き、分厚い鉄のカバーに直接、素手と耳を押し当てた。


『ガキンッ! ……ギュルルルル……ガキンッ!』


熱い。ビリビリとした振動が骨を伝わってくる。

モーターは回ろうとしている。電気が止まっているわけじゃない。

だが、その回転の力を伝える「歯車(ギア)」が、特定の周期で何かにぶつかってロックされているのだ。電子基板がエラーを吐いているのは、モーターが空回りして異常な電流が流れている結果に過ぎない。原因はもっと物理的なものだ。


「おい、離れろ小僧! 中枢の電子頭脳が焼き切れたんだ! もうどうにもならない!」


主任が僕の腕を掴んで引き剥がそうとする。


「電子頭脳だぁ?」

僕は彼の手を振り払った。


「あんな数字の羅列ばっか見てるから、機械の『声』が聞こえなくなるんだよ。こいつは風邪を引いたわけじゃない」


カバーの隙間から、内部の奥深く、ギアとギアの間に何か白い異物が挟まっているのが一瞬だけ見えた。

強風で巻き込まれた巨大な鳥の骨か、硬い岩の欠片か。それがストッパーになって、回転を止めている。


「ただの『便秘』だ」


僕はスレッジハンマーを拾い上げ、両手でしっかりと握り直した。


「カイル!」


後ろを振り返って叫ぶと、息を切らしたカイルが立っていた。


「俺が叩く! カイル、中のギアが噛み合ってる場所……異物が挟まってるポイントはどこだ!?」

「バカ言え! こんな分厚い装甲、デタラメに叩いても衝撃が分散するだけだ! 内部の構造も分からないのに――」

「だからお前の頭を使うんだ! 外側のボルトの配置と形から、中身の構造を計算しろ!」


カイルは顔をしかめたが、すぐに眼鏡の奥の目を細め、クレーンの巨大なカバーを睨みつけた。

彼は現場の人間ではないが、こと「理屈」において彼の右に出る者はいない。外装の溶接線、補強リブの入り方、そして荷重の掛かり方から、内部構造を頭の中で組み立てていく。


「……カバーの中で、一番分厚い金属が詰まっている『軸受け(ベアリングマウント)』の真上を探せ!」

カイルが叫んだ。


「そこならギアの噛み合わせ部分に直結している。装甲の表面から内部まで、金属の密度が一直線に連続している場所だ。そこを叩けば、衝撃が分散せずに中の異物まで突き抜ける!」

「どうやって見つける!?」

「叩いて音を聞け! 中が空洞なら高く響く音がする。だが中身が詰まっている支点の真上なら、衝撃が吸収されて鈍くて重い音がするはずだ。現場で生きてきたお前の耳なら分かるだろ!」

「上等だ! そういう理屈なら任せな!」


僕はスレッジハンマーの柄を短く持ち、巨大な鉄のカバーのあちこちを軽く叩き始めた。

手と耳に全神経を集中させる。

カーン。高く響く。ここは空洞だ。

カン。これも違う。モーターのコイル付近で音が少し濁るが、まだ響いている。


ゴンッ!


今までとは違う、響きを持たない鈍くて重い金属音が、ハンマーの柄を通して僕の手首にズシリとした手応えを残した。


「ここだ!!」

「間違いないな!? そこを全力で叩け!」


僕は大きく足を開き、深く息を吸い込んだ。

親父から教わった、一番力が伝わるフォーム。狙うのは、僕の耳と手が探り当てた一点のみ。

機械ってのはな、時々、気合を入れてやらなきゃ動かないんだよ!


「うおおおおぉぉぉぉっ!!」


全身のバネを使い、渾身の力でスレッジハンマーを振り抜いた。

ガァァァァァァンッ!!!

落雷のような轟音が響き渡る。

叩いた僕の手が痺れ、ハンマーを取り落としそうになるほどの強烈な反発力。

鉄のカバーが大きく歪み、剛性の高い軸受けを通して、内部へと衝撃波が突き抜ける。

直後。

メキッ、という何か硬いものが砕ける音が、カバーの奥から聞こえた。


「ああっ! なんてことを! 何千万Gもする機械を……!」


主任が頭を抱えて悲鳴を上げた、その時だった。


『……ギュイイイイィィィィン!!』


ガキン、という不快なノッキング音が、消えた。

モーターの空回りが終わり、ギアが再び噛み合う。

クレーンの巨大なアームがスムーズに動き出し、宙吊りになっていたコンテナが、ゆっくりと、そして安全に、輸送船の甲板へと下ろされていく。

ガコン、と重たい着地音が響き、ワイヤーの張力が緩んだ。

危機は、去った。


「……う、動いた……?」

「エラーコードが消えました! 全システム、正常に復帰!」


タブレットを見ていた整備士たちが、信じられないものを見るような目でクレーンと、そして僕を交互に見た。


「バ、バカな……ただハンマーで殴っただけで、電子制御の異常が直るわけが……」

「だから言ったろ。ただの便秘だってな」


僕は痺れる手を振りながら、カバーの隙間からポロポロとこぼれ落ちてくる「白い粉」を指差した。粉々に砕けた、巨大な骨の残骸だ。


「こいつがギアに噛み込んでたんだよ。テスターの数字ばっかり見てないで、たまたま機械本体を触ってやれよな」


ドックが、水を打ったように静まり返る。

僕はハンマーを肩に担ぎ直し、ゆっくりと振り返った。

そこには、口を半開きにして呆然と立ち尽くす査察官の姿があった。


「さて、と」


僕はにかっと笑い、親指を立てた。

「修理完了だ。で、約束の『入港許可証』とやら、もらおうか?」


査察官がハッと我に返り、屈辱で顔を真っ赤に染めた。


「き、貴様のような野良犬のまぐれ当たりなど……!」

「あら、まぐれでも何でも、大事故を防いで輸送船を救ったのは事実でしょ?」


すかさずリゼが一歩前に出て、査察官の鼻先にピシャリと指を突きつけた。


「ギルドの面目丸潰れね。最新の機械が暴走して、エリート整備士がお手上げだったところを、壁もないボロ船に乗った子供が直したんだから」

「なっ、貴様……!」

「このことが街中に知れ渡ったら、ギルドの権威はどうなるかしら? でも安心して。私たちは口が堅いの。その代わり――」


リゼは悪魔のように可憐な笑みを浮かべた。


「金貨三百枚の登録料は免除。当面の停泊許可。それから、誰の邪魔も入らない『居場所』をちょうだい。これでチャラにしてあげるわ」


完全な脅迫だった。

査察官はギリギリと奥歯を鳴らし、憎悪の籠もった目で僕たちを睨みつけた。今ここで約束を反故にして僕たちを撃てば、事態はさらにこじれる。


「……チッ」


査察官は忌々しそうに舌打ちをした。


「……よかろう。入港は認める。だが、貴様らのようなゴミが正規のドックに停泊することは許さん。第4街区の下層、『臨時整備区画』へ行け。あそこなら誰の邪魔も入らんし、貴様らのボロ船にはお似合いの掃き溜めだ」

「ありがとう、助かるわ」


リゼは胸を撫で下ろし、僕に向かって小さくウィンクをした。


***


浮力を失ったアルバトロス号は、無骨な鉄の巨大な台車に乗せられた。

僕たちは、ギルドの装軌式牽引車(キャタピラトラクター)に地べたをゴトゴトと引っ張られながら、アイアンポートのさらに奥深くへと進んでいった。

空を飛ぶために造られた船が、地面を引きずられていく屈辱。


岩峰の影になった、一日中太陽の光が当たらない最下層エリア。

そこが第4街区『臨時整備区画』だった。


鼻をつくような錆とヘドロの臭い。違法な増築が繰り返されたプレハブ小屋が重なり合い、ギルドに弾かれた落ちこぼれのパイロットや荒くれ者たちがたむろしている。

空の上の、スラム街。


「最悪の環境ね……。寒いわ、臭いわ、柄が悪いわ」


リゼが周囲を警戒しながら、ため息をついた。


「でも、落ちて死ぬよりはマシだろ?」


僕はアルバトロス号の冷たい鉄の床に大の字に寝転がり、剥き出しの天井――つまり、本物の空――を見上げた。

最底辺からのスタート。

財布の中身はゼロ。

壁も屋根もない、隙間だらけの鉄の足場。

だが、僕たちは確かに、大人たちの重力を振り切り、この空の拠点に居場所を確保したのだ。


「さあて。まずは、あいつの腹ごしらえ(燃料)を稼がないとな」


僕は真っ黒になった手で、静かに冷えていくエンジンをポンと叩いた。

最後まで読んでいただき、感謝です!

ただの便秘を、スレッジハンマーの一撃で解消。

リゼのえげつない(?)交渉術も光り、なんとか最下層に居場所を確保しました。

次回は、スラム街での情報収集。一発逆転の仕事を探します!

明日も夜に更新します。

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