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第18話 鋼の巣窟『アイアンポート』

今日もページを開いていただき、ありがとうございます。

ようやくたどり着いた最初の街。ですが、そこはレオたちが逃げ出してきた「大人のルール」が支配する場所でした。

世界は、僕たちが想像していたよりもずっと巨大で、そしてずっと残酷だった。

黒い煙の尾を引きながら降下していくアルバトロス号の先。

雲海を突き破るようにしてそびえ立つ天然の岩峰は、近づくにつれてその異様な全貌を現した。


遠目には「空に浮かぶ城」のように見えたそれは、決して美しくなどなかった。

巨大な岩肌の頂上から中腹にかけて、無数の錆びた鉄骨、パイプ、無骨なトタンの屋根が、まるで巨大な生物に寄生するダニのようにびっしりとへばりついていたのだ。

無秩序に増築され、横へ下へと無尽蔵に膨張した金属の巣。

それが、空の拠点『尖塔都市アイアンポート』の正体だった。


高度三千メートルだというのに、吹き付ける風には微かな「匂い」が混じっていた。

鉄錆、焼けた機械油、そして大勢の人間がひしめき合って暮らす生活の匂い。

ついさっきまで僕たちが感動していた「無臭の空」は、すでにそこにはなかった。

代わりにあったのは、下界の街と同じ、地に足のついた重たい空気だ。


「レオ! ポンプの底が見えてる! 銅パイプの油が尽きるぞ!」


風の音に負けじと、カイルが悲鳴を上げた。

排気管の熱で泥のような油を無理やり溶かす「血管バイパス手術」も、いよいよ限界だった。

ドッドッドッ……という荒々しい爆発音に、時折カンカンという金属を叩くようなノッキング音が混じり始めている。エンジンが酸欠と不純物で悲鳴を上げている証拠だ。


「もってあと一分ってところだ!」

「一分!? 冗談でしょ、あの巨大な港のどこに降りればいいのよ!」


リゼが手すりのパイプにしがみつきながら身を乗り出す。

岩峰の中腹に突き出した巨大なプラットフォームには、何隻もの飛行船が停泊しているのが見えた。

白く塗られた優雅な流線型の船体。太陽の光を反射する金色の装飾。それらはまるで「空の貴族」のように堂々と鎮座している。


一方の僕たちはどうだ。

壁一枚なく、剥き出しの鉄骨フレームに農機具のエンジンをボルトで固定しただけの「空飛ぶ足場」。しかも、エンジンからは猛烈な黒煙と悪臭を撒き散らしている。どう見ても場違いだ。


「おい、なんか光ってるぞ!」


港の管制塔のような場所から、強烈な赤いランプが僕たちに向けられ、点滅を繰り返していた。

シェリルが目を細めて光の点滅を追う。


「『身元不明船。所属と許可番号を提示せよ。さもなくば攻撃する』……だって!」

「攻撃!? バカな、こんなボロ船を撃ち落として何の得があるんだ!」

「どうするレオ! このままじゃ蜂の巣だぞ!」

「降りる! 強行着陸だ! どうせ燃料が尽きれば落ちるんだからな!」


僕はスロットルを押し込み、一番手前にあった空っぽの搬入用デッキに向かってアルバトロス号を突っ込ませた。


「捕まれェ!」


ガシャアアァァン!!


激しい衝撃が全身を突き抜けた。


サスペンションなんて上等なものはついていない。鉄骨の足回りが直接石畳のデッキに激突し、火花を散らしながら数十メートル滑って、ようやく止まった。


プスン……ドシュッ。


最後の煙を吐き出し、ついにエンジンが沈黙した。

強烈な振動が止み、耳鳴りのような静寂が僕たちの間に落ちる。


「……生きてるか?」

「なんとか……舌を噛みそうになったけど」


リゼが床板に這いつくばったまま答えた。

助かった。地に足が着いた。

そう安堵したのも束の間だった。


「動くな! 武器を捨てて両手を上げろ!」

怒号と共に、デッキの周囲をぐるりと武装した男たちが取り囲んでいた。


全員、胸に翼と歯車をあしらった揃いの紋章――『飛行ギルド』の腕章をつけている。彼らが構えているのは、銃身の太いワイヤーガンだ。

その間を縫って、糊の効いた青い制服を着た男が、鼻をハンカチで押さえながら近づいてきた。

顔つきの鋭い、神経質そうなギルドの査察官だ。


「どこのクズ鉄回収業者かと思えば……」


査察官は、アルバトロス号を――いや、ただの空飛ぶ足場を――見上げて、心の底から蔑むような目を向けた。


「壁も屋根もない。農耕用トラクターのエンジンに廃材を括り付けただけのゴミの塊に、人間が乗っているとはな。自殺志願者か、それとも頭がイカれているのか?」


その言葉に、僕の中でカチンと火が点いた。


「ゴミじゃない。アルバトロス号だ。俺たちの船をバカにするな」


僕は操縦席から身を乗り出し、煤だらけの顔で睨み返した。


「船、だと? 笑わせるな。こんなものは浮浪者のイカダだ。貴様らのような薄汚い野良犬が、神聖なギルドの空を汚すことは万死に値する」


査察官はハンカチ越しに吐き捨てるように言った。


「ちょっと待ってよ!」


リゼが立ち上がり、査察官の前に進み出た。


「緊急着陸だったの。燃料が尽きかけてて、ここで降りるしかなかったのよ。着陸料なら払うわ。だから燃料と物資を売ってちょうだい」

彼女は気丈に交渉を試みる。


だが、査察官は鼻で笑った。

「ここはギルドの直轄地だ。正規の入港許可証を持たぬ無法者に売る物資などない」


「なら、その許可証とやらを発行してよ!」

「よかろう。ギルドの正規登録料として金貨三百枚。それに加え、身元を保証する特級商会のサインが必要だ。今すぐ出せるのなら、港の隅に停泊させてやらんこともない」


金貨三百枚。


田舎町なら、立派な家が二軒は建つ額だ。リゼが持ち出した僕たちの全財産をかき集めても、その十分の一にも満たない。


「そんな……無茶苦茶よ。私たちはただ、空を旅してるだけで……」

「払えぬのなら、海賊と同じだ」


査察官は冷酷に言い放ち、親指を空へと向けた。


「ただちにこのデッキから退去しろ。三分以内に離陸しなければ、このゴミごと貴様らを雲海へ蹴り落とす」


武装した男たちが、一斉にワイヤーガンをガチャリと構えた。


「ふざけるな!」


僕は叫んだ。


「燃料はもう空っぽなんだ! ここで追い出されたら、空に上がれずに落ちるだけじゃないか! 死ねって言うのか!」

「ギルドの知ったことではない」


査察官は氷のように冷たい声で答えた。


「空は自由だが、ただ飛ぶだけでも莫大な金と命が削られる。その覚悟も、資金もない子供が空に上がったこと自体が間違いだったのだ。自業自得というやつだ」


それは、大人たちの作った「壁」だった。

地上で僕たちを縛り付けていた権力と金という重力が、この空の上にも存在していたのだ。

「カイル……」僕は振り返った。

カイルは真っ青な顔で首を振った。


「……ダメだ。さっきの着陸の衝撃で、ただでさえボロボロだった配管の継ぎ目が完全にイカれた。銅パイプの油も尽きた。今の残量と状態じゃ、浮かび上がることすらできない。僕らは……ここで終わりだ」


絶望が、冷たい風となって僕たちを包み込んだ。

シェリルが怯えたように僕の服の裾を掴む。

リゼが悔しそうに唇を噛み締める。

手ぶらで追い出されれば、待っているのは数千メートルの落下による死だけ。かといって、このままここに居座れば武装したギルド員に殺される。

八方塞がりだった。


「一分経過。撃ち落とす準備をしろ」

査察官が残酷なカウントダウンを始める。


僕は手に持っていたスパナを強く握りしめ、歯を食いしばった。何か、何かないのか。この状況をひっくり返す手立てが。

その時だった。


『ギョアアアアァァァァァッ!!』


突然、鼓膜を破るような金属の悲鳴が、港の奥から響き渡った。

続いて、「危ない!」「ワイヤーが切れるぞ!」という男たちの怒号と、巨大な鉄骨がひしゃげるような破壊音が続く。

査察官や武装した男たちが、一斉に音のした方向――少し離れた第3ドックの方角へと振り向いた。


「なんだ!? 何が起きた!」査察官が狼狽えて叫ぶ。

「第3ドックの大型荷揚げクレーンです! 荷降ろしの途中で制御不能になり、暴走しています! このままではギルドの輸送船が潰されます!」


通信機を持った男が青ざめた顔で報告した。


「チッ、またあのポンコツクレーンか! 早く整備班を呼べ!」

「ダメです、主任整備士は休暇中で……下っ端では原因が分からないと!」


そのやり取りを聞いた瞬間。

僕の耳は、遠くで暴走している巨大クレーンの「音」を捉えていた。

ガキン、ガキン、という不規則で重たい打撃音。それに続く、モーターの空回りする唸り。


……なんだ、あれは。


あいつらは電子制御がどうとか言ってるが、違う。あれはもっと物理的な……単純な詰まりの音だ。

僕は、無意識のうちに一歩前に踏み出していた。


「おい、そこのおっさん」


僕は査察官の背中を、真っ直ぐに指差した。


「なんだ貴様、まだいたのか! 早く失せろ!」

「その暴走してるクレーン、俺が直してやる」

「……は?」


査察官だけでなく、リゼやカイルまでが目を丸くした。


「だから、俺があのクレーンを直せたら、この船を停泊させろって言ってんだよ」


僕は油まみれの手で、ニヤリと笑った。

「正規の整備士がお手上げのポンコツを、この『ゴミのイカダ』の船長が直してやる。悪くない取引だろ?」


崖っぷちの絶望の中で、僕の「整備士」としての血が、熱くたぎり始めていた。

お読みいただきありがとうございます!

空の上にも、金と権力という「重力」がありました。

絶体絶命のピンチですが、レオの整備士としての血が騒ぎ始めたようです。

次回、エリートたちが匙を投げた暴走クレーンに、野良犬が挑みます。

明日もお楽しみに!

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