第16話 空へ
第1部最終話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
重力、法、常識。すべてを振り切り、僕たちは自由になる。
全開で行きます!
ズドォォォォォォォォンッ!!!
世界がひっくり返ったような衝撃が走った。
エンジンの咆哮と、冷却バルブから噴き出す圧縮空気の悲鳴が重なり合い、工房の空気をビリビリと引き裂く。
「うわあああっ!?」
船によじ登ろうとしていたガストンの手下たちが、その衝撃波と振動に弾き飛ばされ、ドラム缶の山に突っ込んだ。
「冷却システム、最大!! 石を凍らせろ!」
カイルが絶叫し、真鍮のバルブを力任せに回す。
シューッ!! という鋭い音と共に、マイナス二〇度の冷気が【浮遊石】を直撃した。
赤熱しかけていた石が、一瞬で純白の霜に覆われ、カッと強烈な蒼い光を放つ。
ギシッ、ミシシシッ……バチンッ!!
船体を縛り付けていた最後のワイヤーが千切れた。
解き放たれた獣。
重力という首輪を引きちぎった『アルバトロス号』が、床からフワリと浮き上がる。
「レオ! 前! 塞がれてるわ!」
リゼの悲鳴。
正面の搬出用ゲートは、突っ込んできた解体用重機の巨大なアームによって完全に塞がれていた。
鉄の爪が、道を阻む番人のように立ちはだかっている。
高さが足りない。このまま突っ込めば正面衝突だ。
「どけって言っても……どきそうにねえな!」
僕はゴーグル越しに、重機の運転席でひきつった顔をしている男と目を合わせた。
逃げる場所はない。
だったら、乗り越えるしかない。
「カイル! 衝撃に備えろ! 舌を噛むなよ!」
「まさか……跳ぶ気か!?」
僕は操縦桿を力任せに引き、スロットルを限界まで叩き込んだ。
エンジンの回転数が限界突破の悲鳴を上げる。
「いっけえぇぇぇぇぇぇッ!!」
ドガァァァァン!!
激しい衝撃。
『アルバトロス号』の船底が、重機のアームを蹴りつけた。
金属同士が擦れ合う火花が散り、重機がその重みに耐えきれず横転する。
その反動を利用して、船首がガクンと上を向いた。
狙うは、扉の上。
搬出ゲートの上枠、コンクリートと鉄骨でできた「壁」だ。
「砕けろぉぉぉッ!!」
ズガァァァァァァァン!!!
船首に取り付けた補強フレーム――かつてこの工房を守っていた「鉄格子」が、壁に激突した。
凄まじい破壊音。
鉄格子が壁を食い破り、コンクリートを粉砕する。
壁が崩れ落ち、ぽっかりと空いた大穴へ、船体がねじ込まれていく。
バリバリバリッ!
気嚢が崩れた壁の縁を擦り、嫌な音を立てる。
だが、破れない。シェリルとリゼが指を血だらけにして縫い上げた、幾重もの補強布が、鋭利な瓦礫から船の命を守り抜いた。
一瞬の暗闇。
そして――
フワッ。
唐突に、ガタガタという不快な振動が遠のいた。
粉塵が晴れる。
視界が一気に開けた。
「……え?」
操縦席の床に伏せていたリゼが、恐る恐る顔を上げた。
そこには、もう煤けた天井も、薄暗い照明もなかった。
あるのは、360度広がる、目の覚めるような朝焼けの空だけ。
「……飛んだ」
シェリルが息を飲む。
眼下を見下ろせば、壁に大穴が開いた僕たちの工房が、見る見るうちに小さくなっていく。
その周りで、横転した重機から這い出したガストンたちが、豆粒のように小さくなって呆然と空を見上げているのが見えた。
「ざまあみろ!」
カイルが身を乗り出し、割れた眼鏡を直すのも忘れて叫んだ。
「見たか石頭ども! これが僕の計算だ! これが僕たちの技術だ!」
地上からの怒声など、もう届かない。
僕たちは、法の及ばない場所へ来てしまった。
犯罪者で、逃亡者で、そして自由だ。
「高度、上昇中……。機関出力安定。石の冷却状態、オールグリーン」
僕は震える手で、スロットルから手を離さずに計器を確認した。
飛んだ。
夢物語だの、詐欺だの、ガラクタだのと笑われたこの『アルバトロス』が。
いま、誰よりも高く、力強く、風を掴んでいる。
張り詰めていた糸が切れ、全身の力が抜けていく。
恐怖も、焦燥も、エンジンの排気ガスと共に風に溶けて消えていく。
あとに残ったのは、ただ圧倒的な「青」と、心地よい静寂だけだった。
エンジン音はもう爆音ではない。僕たちを遠くへ運ぶ、力強い心音だ。
「……綺麗」
リゼが呟いた。
彼女の瞳には、朝日に照らされて黄金色に輝く雲海が映っていた。
地上にいた頃は見上げることしかできなかった雲が、今は僕たちの足の下にある。
空気はキーンと冷たく、どこまでも澄んでいる。
「これが……親父が夢見ていた世界か」
僕はゴーグルをずらし、涙で滲む視界を拭った。
親父は嘘つきじゃなかった。
空は、本当に「海」だったんだ。
そして僕たちは今、その海へ漕ぎ出した。自分たちの手で作った船で。
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。
やったんだ。僕たちは、勝ったんだ。
「レオ! 進路はどうするの!?」
シェリルが船首から振り返り、最高の笑顔で叫んだ。
風圧で飛ばされないように眼鏡を押さえているが、その表情はもう、塔に閉じこもっていた「魔女」じゃない。
世界を知ろうとする、冒険者の顔だ。
僕はニヤリと笑い、父の形見の羅針盤を確認した。
針は正確に北を指している。
その北を左手に見ながら、僕は舵を大きく切った。
「進路、東! 目指すは『死の海域』の向こう側!」
僕は叫んだ。
エンジンの爆音が、まるで凱歌のように空へ響き渡る。
「カイル、エンジンを冷やし続けろ! リゼ、資材の固定を確認! シェリル、一番いい風を探せ!」
「「「アイアイサー、キャプテン!!」」」
三人の声が重なる。
不格好なツギハギの怪鳥が、大きく翼を広げ、朝日に向かって旋回した。
戻る場所はもうない。家も、金も、平穏な日常も、すべて地上に置いてきた。
手元にあるのは、僕たちが作り上げた最高の船と、最高の仲間たちだけ。
でも、それで十分だ。
これから行く先には、誰も知らない景色が待っている。どんな嵐が、どんな怪物が待っているのか想像もつかない。
恐怖? いや、ワクワクが止まらない。
僕たちの冒険は、この夜明けと共に、唐突に、乱暴に、そして最高に美しく始まったのだから。
「行こう。……地図の向こう側へ!」
アルバトロス号は加速する。
水平線の彼方、まだ見ぬ世界が、僕たちを待っている。
(第1部 完)
第1部「錆びついた翼と滑走路」、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!
工房の壁を突き破り、朝焼けの雲海へと漕ぎ出した4人。
その瞳に映ったのは、父が語った通りの「海」でした。
皆様の応援のおかげで、無事にアルバトロス号を空へ上げることができました。
感謝してもしきれません。
ここから物語は【第2部 大陸の風、鉄の街】へと続きます。
彼らの冒険は、まだ始まったばかりです。
もしここまでの物語で「ワクワクした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、
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皆様の応援が、次の空への燃料になります。
それではまた、次の空域でお会いしましょう!




