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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第1部 錆びついた翼と滑走路
16/60

第16話 空へ

第1部最終話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!

重力、法、常識。すべてを振り切り、僕たちは自由になる。

全開フルスロットルで行きます!

ズドォォォォォォォォンッ!!!


世界がひっくり返ったような衝撃が走った。

エンジンの咆哮(ほうこう)と、冷却バルブから噴き出す圧縮空気の悲鳴が重なり合い、工房の空気をビリビリと引き裂く。


「うわあああっ!?」


船によじ登ろうとしていたガストンの手下たちが、その衝撃波と振動に弾き飛ばされ、ドラム缶の山に突っ込んだ。


「冷却システム、最大(マックス)!! 石を凍らせろ!」


カイルが絶叫し、真鍮のバルブを力任せに回す。

シューッ!! という鋭い音と共に、マイナス二〇度の冷気が【浮遊石】を直撃した。

赤熱しかけていた石が、一瞬で純白の霜に覆われ、カッと強烈な蒼い光を放つ。


ギシッ、ミシシシッ……バチンッ!!


船体を縛り付けていた最後のワイヤーが千切れた。

解き放たれた獣。

重力という首輪を引きちぎった『アルバトロス号』が、床からフワリと浮き上がる。


「レオ! 前! 塞がれてるわ!」

リゼの悲鳴。


正面の搬出用ゲートは、突っ込んできた解体用重機の巨大なアームによって完全に塞がれていた。

鉄の爪が、道を阻む番人のように立ちはだかっている。

高さが足りない。このまま突っ込めば正面衝突だ。


「どけって言っても……どきそうにねえな!」


僕はゴーグル越しに、重機の運転席でひきつった顔をしている男と目を合わせた。

逃げる場所はない。

だったら、乗り越えるしかない。


「カイル! 衝撃に備えろ! 舌を噛むなよ!」


「まさか……跳ぶ気か!?」


僕は操縦桿を力任せに引き、スロットルを限界まで叩き込んだ。

エンジンの回転数が限界突破の悲鳴を上げる。



「いっけえぇぇぇぇぇぇッ!!」


ドガァァァァン!!


激しい衝撃。


『アルバトロス号』の船底が、重機のアームを蹴りつけた。

金属同士が擦れ合う火花が散り、重機がその重みに耐えきれず横転する。

その反動を利用して、船首がガクンと上を向いた。

狙うは、扉の上。

搬出ゲートの上枠、コンクリートと鉄骨でできた「壁」だ。


「砕けろぉぉぉッ!!」


ズガァァァァァァァン!!!


船首に取り付けた補強フレーム――かつてこの工房を守っていた「鉄格子」が、壁に激突した。

凄まじい破壊音。

鉄格子が壁を食い破り、コンクリートを粉砕する。

壁が崩れ落ち、ぽっかりと空いた大穴へ、船体がねじ込まれていく。


バリバリバリッ!


気嚢(バルーン)が崩れた壁の縁を擦り、嫌な音を立てる。

だが、破れない。シェリルとリゼが指を血だらけにして縫い上げた、幾重もの補強布が、鋭利な瓦礫から船の命を守り抜いた。


一瞬の暗闇。


そして――


フワッ。


唐突に、ガタガタという不快な振動が遠のいた。

粉塵が晴れる。

視界が一気に開けた。


「……え?」


操縦席の床に伏せていたリゼが、恐る恐る顔を上げた。

そこには、もう煤けた天井も、薄暗い照明もなかった。

あるのは、360度広がる、目の覚めるような朝焼けの空だけ。


「……飛んだ」


シェリルが息を飲む。


眼下を見下ろせば、壁に大穴が開いた僕たちの工房が、見る見るうちに小さくなっていく。

その周りで、横転した重機から這い出したガストンたちが、豆粒のように小さくなって呆然と空を見上げているのが見えた。


「ざまあみろ!」


カイルが身を乗り出し、割れた眼鏡を直すのも忘れて叫んだ。


「見たか石頭ども! これが僕の計算だ! これが僕たちの技術だ!」


地上からの怒声など、もう届かない。

僕たちは、法の及ばない場所へ来てしまった。

犯罪者で、逃亡者で、そして自由だ。


「高度、上昇中……。機関出力安定。石の冷却状態、オールグリーン」


僕は震える手で、スロットルから手を離さずに計器を確認した。


飛んだ。


夢物語だの、詐欺だの、ガラクタだのと笑われたこの『アルバトロス』が。

いま、誰よりも高く、力強く、風を掴んでいる。

張り詰めていた糸が切れ、全身の力が抜けていく。


恐怖も、焦燥も、エンジンの排気ガスと共に風に溶けて消えていく。

あとに残ったのは、ただ圧倒的な「青」と、心地よい静寂だけだった。

エンジン音はもう爆音ではない。僕たちを遠くへ運ぶ、力強い心音だ。



「……綺麗」

リゼが呟いた。


彼女の瞳には、朝日に照らされて黄金色に輝く雲海が映っていた。

地上にいた頃は見上げることしかできなかった雲が、今は僕たちの足の下にある。

空気はキーンと冷たく、どこまでも澄んでいる。


「これが……親父が夢見ていた世界か」


僕はゴーグルをずらし、涙で滲む視界を拭った。


親父は嘘つきじゃなかった。

空は、本当に「海」だったんだ。

そして僕たちは今、その海へ漕ぎ出した。自分たちの手で作った船で。

胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。

やったんだ。僕たちは、勝ったんだ。


「レオ! 進路はどうするの!?」


シェリルが船首から振り返り、最高の笑顔で叫んだ。

風圧で飛ばされないように眼鏡を押さえているが、その表情はもう、塔に閉じこもっていた「魔女」じゃない。

世界を知ろうとする、冒険者の顔だ。


僕はニヤリと笑い、父の形見の羅針盤(コンパス)を確認した。

針は正確に北を指している。

その北を左手に見ながら、僕は舵を大きく切った。


「進路、東! 目指すは『死の海域』の向こう側!」

僕は叫んだ。


エンジンの爆音が、まるで凱歌(ファンファーレ)のように空へ響き渡る。


「カイル、エンジンを冷やし続けろ! リゼ、資材の固定を確認! シェリル、一番いい風を探せ!」


「「「アイアイサー、キャプテン!!」」」

三人の声が重なる。


不格好なツギハギの怪鳥が、大きく翼を広げ、朝日に向かって旋回した。

戻る場所はもうない。家も、金も、平穏な日常も、すべて地上に置いてきた。

手元にあるのは、僕たちが作り上げた最高の船と、最高の仲間たちだけ。


でも、それで十分だ。

これから行く先には、誰も知らない景色が待っている。どんな嵐が、どんな怪物が待っているのか想像もつかない。


恐怖? いや、ワクワクが止まらない。

僕たちの冒険は、この夜明けと共に、唐突に、乱暴に、そして最高に美しく始まったのだから。


「行こう。……地図の向こう側へ!」


アルバトロス号は加速する。

水平線の彼方、まだ見ぬ世界が、僕たちを待っている。


(第1部 完)

第1部「錆びついた翼と滑走路」、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!


工房の壁を突き破り、朝焼けの雲海へと漕ぎ出した4人。

その瞳に映ったのは、父が語った通りの「海」でした。


皆様の応援のおかげで、無事にアルバトロス号を空へ上げることができました。

感謝してもしきれません。


ここから物語は【第2部 大陸の風、鉄の街】へと続きます。

彼らの冒険は、まだ始まったばかりです。


もしここまでの物語で「ワクワクした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、

ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録をしていただけると嬉しいです。

皆様の応援が、次の空への燃料になります。


それではまた、次の空域でお会いしましょう!

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