表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第1部 錆びついた翼と滑走路
15/60

第15話 夜明け前のスクランブル

今日も来てくださり、ありがとうございます!

没収期限の朝。包囲される工房。

しかし、彼らの目は死んでいません。

カウントダウン、開始です。

ガストンたちが去った後、工房は戦場のような忙しさに包まれた。

諦めの静寂などない。あるのは、生き残るための必死の足掻きだけだ。


「……クソッ! コンプレッサーの同期がズレる! さっきの騒ぎで配管が歪んだか!?」


カイルが計器板に張り付き、血走った目でゲージを睨んでいる。

エンジンはまだ完全じゃない。今の状態で回せば、離陸する前に自壊する可能性がある。


「落ち着けカイル! どこだ、どこが歪んでる!」

「第3吸気バルブだ! レオ、増し締めしろ! トルクは強めだ!」

「了解!」


僕はエンジンの上にまたがり、カイルの指示通りの箇所にスパナを噛ませた。

全身全霊で締め上げる。カイルは工具を持たない。奴の仕事は、エンジンの微細な悲鳴を聞き分け、僕の手に正確な指示を送ることだ。


「どうだ!」

「……まだだ、圧が逃げてる! あと半回転!」

「くっ……おおおおッ!」


僕たちは泥だらけになってエンジンにしがみつく。

時刻はもう深夜を回っているはずだ。だが、時計を見るのも怖い。

ガストンは「明日の朝」と言った。

だが、それが夜明けなのか、日が昇ってからなのか、あるいは――今すぐなのか、誰にも分からない。


「……外の監視が増えてる」


窓の隙間から外を覗いていたリゼが、声を震わせた。


「正面と裏口だけじゃない。路地の向こうにも人影が見える。……完全に囲まれたわ」


壁一枚隔てた向こう側に、僕たちの夢を潰そうとする現実が待っている。

彼らがいつ痺れを切らして突入してくるか、保証はどこにもない。


「シェリル、風は!?」

「ま、まだよ! 今は乱気流が巻いてる……!」


シェリルが気圧計を睨みながら悲痛な声を上げる。


「エンジンの出力なら重力には勝てるわ。でも、離陸直後の低空でこの風に煽られたら、制御不能で建物に激突する! 安定した『風の道』ができるまで待って!」


八方塞がりだ。

エンジンは未調整。気象条件は最悪。包囲網は狭まっている。

それでも、僕たちは手を動かし続けた。

止まったら終わりだ。思考を止めるな。手を止めるな。


***


永遠にも感じる数時間が過ぎた。

工房の中は、極限の緊張感で空気が張り詰めていた。


「……どうだ、カイル」

「……ギリギリだ。理想値の八割。これ以上は、一度分解して組み直さないと無理だ」


カイルが息を切らして計器から目を離す。

八割。

この暴れ馬を御するには不安が残る数値だ。だが、これ以上の時間はかけられない。


「十分だ。あとは俺の腕でカバーする」

「無茶を言うな。……だが、やるしかないか」


その時だった。


ゴゴゴゴゴ……。


遠くから、腹に響くような低い振動音が聞こえてきた。

僕たちは顔を見合わせた。

重い、鉄のキャタピラの音。そして、複数の蒸気自動車のエンジン音。


「……嘘でしょ」


リゼが窓に駆け寄る。

次の瞬間、工房の窓が強烈なライトで白く塗りつぶされた。


「おい、起きろクズ鉄屋! 早起きは三文の徳だぞ!」


拡声器を通したガストンの下品な声が響き渡る。

まだ空は暗い。夜明け前だ。


「朝」の解釈をねじ曲げて、寝込みを襲いに来やがったんだ。

「……来た。重機よ! 扉を壊す気だわ!」


リゼが叫ぶのと同時に、ドォォォン!! と鉄扉が悲鳴を上げた。

解体用のショベルカーが、爪を扉に突き立てたのだ。

蝶番がひしゃげ、隙間から無遠慮なライトの光と、土埃が吹き込んでくる。


「くそっ、早すぎる!」


僕は叫んだ。

まだだ。まだ最終チェックが終わっていない。風向きだって変わっていないはずだ。

だが、現実は待ってくれない。


「突入しろ! 抵抗するなら押し潰せ!」


外から怒号が聞こえる。

扉がメキメキと音を立てて内側へ湾曲していく。あと数分、いや数秒で突破される。


「……やるぞ! 総員、配置につけ!!」


僕は迷いを捨てて叫んだ。

準備万端? そんなものは幻想だ。

いつだって冒険は、準備不足の見切り発車で始まるもんだ!


「カイル、冷却バルブ全開! 微調整は飛びながらやれ!」

「正気か!? 空中で爆発しても知らないぞ!」

「ここでスクラップになるよりマシだ!」


カイルが罵声を上げながら機関室へ飛び込む。

リゼがハンマーをひっ掴み、船尾の固定アンカーへ走る。


「アンカー、いつでも抜けるわ! でもレオ、前を見て! 扉が!」


正面の搬出用シャッター。そこにも重機が体当たりを始めている。

あそこが開かなければ、僕たちは袋の鼠だ。だが、外から押さえつけられていては開かない。


「ぶち破るしかない!」

「はあ!? ジュラルミンの船体が保つわけないでしょ!」

「保たせるんだよ!」


僕は操縦席(コクピット)に滑り込んだ。

父の看板から削り出した木の計器盤。まだニスも乾ききっていない。

ゴーグルを装着し、メインスイッチを回す。


カチリ。


計器類が一斉に目覚め、赤と琥珀色の光を放つ。


「シェリル、風はどうだ!」

「……まだよ! まだ巻いてる!」


シェリルが窓の外を睨みつけながら叫ぶ。

この乱気流の中で飛び出せば、屋根を抜ける前に壁に叩きつけられるかもしれない。


その時。


ガシャァァァン!!


ついに正面のシャッターの一部が破れ、巨大な鉄の爪が工房内に侵入してきた。

瓦礫が降り注ぎ、粉塵が舞う。

その隙間から、ガストンの手下たちが雪崩れ込んでくるのが見えた。


「いたぞ! 引きずり降ろせ!」

「エンジンを壊せ!」


男たちが船によじ登ろうとする。

もう、一刻の猶予もない。

風を待っている時間はない。なければ、信じるしかない。


「……来る!」


不意に、シェリルが叫んだ。

彼女は肌で大気を感じ、見えない流れを掴んだように目を見開いた。


「風が変わる! ……今ッ!!」


その言葉が引き金だった。


「……野郎ども、掴まれぇぇぇッ!!」


僕は叫びと共に、スターターボタンを拳で叩き込んだ。


キュルルッ……ズドンッ!!


爆音。

未調整のエンジンが、悲鳴のような咆哮を上げて目覚める。

船体が激しく振動し、よじ登ろうとした男たちが振り落とされる。


「リゼ、アンカー解除!!」

「いっけぇぇぇぇ!!」


ガキンッ!


リゼがハンマーを振り下ろし、船を繋ぎ止めていた最後の鎖が解かれた。

さよなら、重力。

さよなら、退屈な日常。

僕たちは、生きるために空へ落ちる。


「エンジン、最大出力(フルパワー)ッ!!」


僕はスロットルをへし折れるほど押し込んだ。

その瞬間、世界が爆発した。

読んでいただき、ありがとうございます!

総員、配置につけ!

この号令を書くとき、手が震えるほどワクワクしました。

次回、いよいよ第1部最終話。「空へ」。

ぜひ、彼らの旅立ちを見届けてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ