第125話 空はまだ設計途中だった
ついに最終話です。
第1話からここまで、長い航海にお付き合いいただき本当にありがとうございます。
無敵艦となったアルバトロス号と4人の野良犬たちが向かう、最後の、そして「新しい空」の景色。
どうか最後まで、彼らと一緒に飛んでください!
漆黒の『黒い嵐の壁』を真正面から突き破ると、そこには、世界で一番美しい奇跡の多島海が広がっていた。
僕たちの第二の故郷――天水都アエテリア。
眼下に広がる景色は、初めてここへ不時着した時の「美しくも死にゆく鳥籠」とは、もはや別物だった。
かつては枯れかけていた最上層の山々には、信じられないほど深い緑が青々と茂っている。そこから湧き出す豊かな水は、巨大な滝となって下層の島々へ降り注ぎ、太陽の光を浴びて無数の虹をかけていた。
「レオ! あそこ見て!」
助手席のシェリルが、窓に張り付いて弾んだ声を上げる。
彼女の指差す先には、僕たちがカイルの設計とセトたち大工の腕力で作り上げた、全階層を繋ぐ巨大な『揚水ステーション』が、力強い水しぶきを上げながらフル稼働していた。
「下層の海水が、完璧に最上層の塩田まで循環してる。……ふふっ、僕の計算式が生み出した完璧なインフラだ」
カイルが後部座席で丸眼鏡を押し上げ、得意げに胸を張る。
「ええ、そしてその塩田から採れた『天空の塩』と、私たちが外界から運んだ『土』と『鉄』が、この国の経済と大地を完全に蘇らせたのよ。……私の完璧なビジネスモデルの勝利ね」
リゼも優雅に扇子を広げ、満足そうに微笑んだ。
アルバトロス号は、王宮のある最上層の島へとゆっくりと降下していく。
目指すのは、王宮のすぐ隣の絶壁に突き出すようにして建設された、立派な木組みと神鋼のハイブリッドで作られたドック。
アルディス王が、僕たちを「この国の永遠の家族」として迎えるために用意してくれた、アルバトロス号の『専用ポート兼、特級修理工房』だ。
僕たちが専用ドックに静かに着陸し、キメラ・ドライブの鼓動を停止させると、外から地響きのような大歓声が聞こえてきた。
「おおーーい! レオたちだ! 野良犬特急便が帰ってきたぞーーっ!!」
タラップを下りると、そこには船大工のセトをはじめとするアエテリアの職人たちや、色とりどりの果実や花束を抱えた町民たちが、満面の笑みで押し寄せてきた。
「お帰りなさい、外の英雄たち!」
「また土をどっさり持ってきてくれたか!? こっちの畑も、あんたらの鉄のクワのおかげで大豊作だぞ!」
「おう! 今度のは特別製の鉄鉱石と、栄養満点の黒土だぜ! アイアンポートから最高級の果実酒も山ほど積んできた!」
僕がスレッジハンマーを肩に担いでニカッと笑うと、セトが分厚い手で僕の背中をバシンと勢いよく叩いた。
「がははっ! さすが俺たちの兄弟分だ! 今日は朝まで飲み明かすぞ!」
もみくちゃにされながら専用ポートに併設された広いテラスハウスに入ると、そこには温かい紅茶を用意して待っているアルディス王の姿があった。
「……よく帰ってきてくれたね、私の子供たち」
王は、初めて会った時の青白く沈んだ顔とは打って変わり、力強い生命力に満ちた穏やかな微笑みで僕たちを迎えてくれた。
「何度も言うが、君たちがもたらしてくれたこの奇跡には、感謝の言葉も見つからない。この国は今、数百年来で最も活気と希望に満ちているよ」
「奇跡じゃありませんよ、王様。俺たちが持ち込んだ外界のガラクタと、こっちの連中の腕力が組み合わさった、ただの物理的な『結果』ですって」
僕は油まみれの手で鼻の頭を擦り、照れ隠しのように笑った。
そこからの数週間、僕たちはこの最高に美しくて居心地の良い「第二の故郷」を、心の底から満喫した。
昼間、僕はセトたち大工と一緒に工房にこもり、アイアンポートの最新の溶接技術や工具の使い方を教えながら、彼らと一緒に新しい揚水ポンプの改良に汗を流した。
「ちげーよセト! ここはゴムじゃなくて、皮のパッキンを二重にするんだ!」
「なるほど! 外界の技術ってのは泥臭いが理にかなってやがる!」
カイルは、アエテリアの長老や学者たちを相手に、古代の「音叉」の周波数が浮遊石に与える影響について、黒板をびっしりと数式で埋め尽くしながら白熱した議論を交わしていた。
「ですから、この波長を位相幾何学的に反転させれば……」
「おお……! 外の学者は、この神聖な音を数字で表すのか! 面白い!」
シェリルは、アエテリアの子供たちに囲まれて広場に座り、真鍮のアストロラーベを見せながら、外の世界の星の動きや、海の話をキラキラとした瞳で語って聞かせていた。
「風のない空域にはね、海の底みたいに静かな場所があるの。でも、星の光が教えてくれる道を信じれば、絶対に迷わないんだよ」
そしてリゼはといえば、王宮の交易担当官を相手に、持ち込んだ物資とアエテリアの特産品との交換比率について、えげつない交渉を嬉々として繰り広げていた。
「ふふっ、この神鋼のインゴットと気密シルク、今回も私の商会で全量引き取らせてもらうわよ。もちろん、次回の外の物資も『特別価格』で手配してあげるから安心してちょうだい」
「リゼ嬢ちゃんの交渉術には、我々も形無しだよ……」と担当官が苦笑いするほどに。
どこへ行っても大歓迎され、誰からも感謝される。
美味い飯があり、温かい寝床があり、気心の知れた最高の仲間たちがいる。
外の過酷な空を命懸けで飛んできた僕たちにとって、ここは間違いなく、永遠に暮らしたくなるほどの完璧な「楽園」だった。
滞在から一ヶ月が過ぎた、ある晴れた日の午後。
僕たちの専用ポートの広いテラスで、四人でお茶を飲んでいた時のことだ。
テラスのすぐ横には、ピカピカに磨き上げられ、いつでも飛べる状態に整備されたアルバトロス号が、静かにアイドリング音を響かせていた。
僕は、手の中の愛用のスレッジハンマーの油汚れをボロ布で拭きながら、ふと、雲一つない真っ青な空を見上げた。
「ねえ、レオ」
不意に、隣に座っていたシェリルが静かな声で話しかけてきた。
彼女の膝の上には、アイアンポートで新調した分厚い海図の束が広げられていた。
「どうした、シェリル」
「私たちの旅って……本当にこれで『終わり』なのかな」
彼女は、海図の端の方を指差した。
そこには、僕たちの故郷ウィンデルからアイアンポート、そしてこのアエテリアを結ぶ航路が、確かな線として書き込まれている。
だが、その線の周り……海図のさらに外側には、等高線も星の軌道データも書かれていない、真っ白な『空白の領域』が、まだ途方もなく広大に残されていたのだ。
「……空白の領域、か」
僕はその真っ白な地図の余白を見つめ、ふっと笑い声を漏らした。
「……最高の場所だよな、ここは」
僕はアエテリアの美しい景色を見渡した。
「飯は美味いし、みんな良い奴らだ。俺たちが持ち込んだ技術で国が豊かになっていくのを見るのも、悪くない」
僕は立ち上がり、ハンマーを肩に担いだ。
「でもよ……」
僕の言葉に、カイルとリゼも顔を上げた。
「王様や英雄としてふんぞり返って、一生ここで安全に暮らすなんてのは、俺たちの柄じゃない。俺たちは、スパナを握って油にまみれてる『野良犬』の開拓者だ」
僕は、テラスの手すりから身を乗り出し、遥か彼方の空を指差した。
「この空は、まだまだ俺たちの知らない風と、嵐と、とんでもない景色で満ち溢れてる。親父が引いた線の向こう側には、もっとデカくて、もっとヤバい世界が広がってるんだ。……全部見きれちゃいない。やってみなきゃ分からないだろ?」
僕の瞳に宿った、あの頃と全く変わらない「無謀な熱」を見て、三人は顔を見合わせた。
そして、誰も呆れることなく、最高に晴れやかな笑顔を浮かべた。
「……やれやれ。君のその非論理的な好奇心には、どんな完璧な計算式でも蓋をすることはできないみたいだ。だが、その空白の領域の物理法則を解き明かすのは、僕の役目だ」
カイルが手帳を閉じ、丸眼鏡の奥の瞳をギラリと輝かせる。
「望むところよ。この世界のすべての富と未知の素材、私が全部独占してやるんだから! スポンサーがついてる限り、あんたはどこまでだって飛べるわよ、レオ!」
リゼがえげつなく、そしてこの上なく頼もしい笑みを浮かべて胸を張る。
「うんっ! 私の目とアストロラーベがあれば、どんな暗闇でも、絶対に迷わずにレオを導いてみせる!」
シェリルが海図を強く抱きしめ、星のように輝く瞳で僕を見つめ返した。
「よし! なら、行き先は決まりだ!」
僕たちは、テラスからタラップを駆け上がり、アルバトロス号へと乗り込んだ。
「おーい! もう行くのかレオ!」
異変に気づいたセトやアルディス王たちが、慌ててポートへ駆けつけてくる。
「ああ! 居心地が良すぎて、エンジンのローターが鈍っちまうからな!」
僕は操縦席の窓から身を乗り出し、大きく手を振った。
「またアイアンポートの鉄と土をどっさり持ってくる! 今度は、まだ誰も見たことのない南の空を回ってから帰るぜ!」
「がははっ! 相変わらず落ち着きのねえ野良犬どもだ! 気をつけてな、また美味い酒を用意して待ってるぞ!」
セトが力強く拳を突き上げ、アルディス王も優しく微笑んで手を振ってくれた。
「エンジン始動!」
僕がスロットルを押し込むと、キメラ・ドライブが『ドォォォォン!』と力強い重低音の咆哮を上げる。
同時に、スーパーチャージャーの甲高い過給音と、船体を包む音叉の澄み切った高音が重なり合い、世界で一つだけの『和音』がアエテリアの空気に響き渡った。
ドォォォォォォンッ!!!
特級浮遊石が太陽よりも眩い蒼光を放ち、銀色の船体は、限界を突破した猛烈なスピードで加速を始めた。
僕たちの前に立ちはだかる壁は、もう何一つない。
あるのは、無限の自由と、果てしない好奇心だけだ。
「新しい地図の余白を、俺たちの航跡で真っ黒に塗りつぶしてやる! 野良犬特急便、次なる未知の空へ向けて……全速前進!!」
「「「おう!!」」」
四人の声が、重低音のエンジン音と共に、澄み切った群青の空へと高く響き渡る。
大人たちが引いた境界線などとうの昔に置き去りにして。
無敵の翼を手に入れたアルバトロス号は、まだ誰も知らない空白の未来へと向かって、一筋の輝く銀色の光となり、果てしない大空の彼方へと突き進んでいった。
――空は、まだ設計途中だった。
僕たちの手で創り上げる、無限の未来に向けて。
『空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―』、これにて完結です!
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!!
鉄屑のようなトラクターのエンジンから始まった彼らの冒険が、アエテリアを救い、世界中を繋ぎ、そしてまた「地図の空白」へと飛び立っていく……。
「空はまだ設計途中だった」。この言葉と共に、彼らの未来がどこまでも広がっていくラストを書くことができて、作者としてこれ以上ない幸せです。
レオ、シェリル、カイル、リゼの4人の野良犬たちの泥臭い旅を、毎日欠かさず応援してくださった読者の皆様。
皆様の温かいコメントや評価があったからこそ、彼らは嵐の壁を越え、空の果てまで飛び続けることができました。
もし、この作品を最後まで読んで「面白かった!」「一緒に冒険できてよかった!」と思っていただけましたら、
ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】から、星5つの評価やブックマーク、そして感想やレビューをいただけますと、作者にとって何よりの宝物になります!
(皆様からの評価が、次回作へ向けての巨大な『推力』になります!)
彼らの旅は地図の余白へと続いていきますが、この物語はここで幕を閉じます。
長きにわたるご愛読、本当にありがとうございました!
また次の空(作品)で、皆様とお会いできる日を楽しみにしています!




