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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第1部 錆びついた翼と滑走路
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第10話 禁断の結合実験

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

今日から機体の制作です。バラバラだったピースが組み合わさっていきます。

彼らの手によって、鉄屑がどう生まれ変わるのか。

翌朝。

リゼとシェリルが工房の扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。


「……なに、これ」


リゼが絶句するのも無理はない。

いつもの作業台が、巨大な「鉄の塊」の重みでひしゃげそうになっていたからだ。

赤錆とオイルにまみれた、無骨で巨大な機械部品。

そしてその横で、僕とカイルは死んだように床に転がっていた。


「うぅ……腰が……」

「肩が外れたかもしれない……」


二人とも、ピクリとも動けない。

昨晩、スクラップ・ヤードの最奥からここまで、総重量二十キロの鉄塊を二人だけで担いで帰ってきた代償だ。

道中、何度休憩したか分からない。最後の方は意識が朦朧として、執念だけで足を動かしていた。


「レオ、カイル君! 大丈夫!?」

「ひどい顔……。一体何があったの?」


駆け寄るシェリルに、僕は痛む体を起こしながら、作業台の上の「戦利品」を指差した。


「……見てくれよ。獲ってきたぜ」


「これ……?」

リゼが顔をしかめてその塊を覗き込む。


どう見てもただの汚い鉄屑にしか見えないだろう。だが、こいつこそが僕たちの翼を救う救世主だ。


「『蒸気戦車ティーガー』の冷却コンプレッサーだ。あのゴミ山の頂上から、命がけで引っ剥がしてきたんだよ」

「戦車!? あんたたち、あんな危ないところまで行ったの?」

「ああ。こいつを運ぶのに死ぬ思いをしたぜ……。カイルなんて、途中で三回も音を上げた」

「四回だ! それに、君が足場を崩したせいで遠回りする羽目になったんだろ!」


カイルが床に寝転がったまま、眼鏡の位置を直して反論する。

口喧嘩をする元気はあるようだ。


「……で、その鉄屑でどうするつもりなの?」


リゼの問いに、カイルの目がギラリと光った。

彼は痛む体を無理やり起こし、ふらりと作業台へ歩み寄った。


「鉄屑じゃない。こいつは最強の心臓だ。こいつの圧縮能力なら、断熱膨張でマイナス二〇度の冷気を生み出せる。……レオ、チョークを貸せ」


カイルはチョークを握りしめ、作業台の空いているスペースに、猛烈な勢いで図面を書き殴り始めた。

エンジンの断面図。空気の流路。熱力学の計算式。

白い線が、黒ずんだ木の天板を埋め尽くしていく。


「いいか、よく聞け。……これから僕たちがやるのは、正気じゃない実験だ」


カイルが宣言する。


「農耕用トラクターのエンジンに、戦車のコンプレッサーを移植する。時代も、規格も、設計思想も違う二つの機械を無理やり繋ぎ合わせるんだ。……医学で言えば、人間の体に熊の心臓を埋め込むようなもんだぞ」

「拒絶反応が出るか?」

「出るなんてもんじゃない。バランスが崩れれば、エンジンごと爆散する」


カイルの手が止まった。

そこに描かれていたのは、複雑怪奇だが、どこか美しい「循環構造(サイクル)」の図面だった。


「このラインだ。エンジンの回転軸から動力を取り出し、ベルト駆動でコンプレッサーを回す。圧縮した空気は、銅パイプを通じて石に噴射し、熱を奪った後は再び吸気ポートへ戻して燃焼効率を上げる」


完璧なリサイクル。

エンジンの暴力的なパワーを、冷却と出力向上という二つのベクトルに変換するシステム。


「理論上は動く。……ただし、配管の誤差は許されない。ミリ単位のズレが、致命的な圧力損失を招く」


カイルが僕の方を向き、挑戦的な目で睨みつけてきた。


「レオ。筋肉痛で腕が上がらないなんて言い訳は聞かないぞ。僕の設計通りに鉄を曲げられるか? その野蛮な手先で」


僕はニカッと笑い、愛用の溶接ゴーグルを額にセットした。全身の痛みなんて、もう忘れていた。

「誰に向かって口きいてんだ。……鉄の声を聞くのは、俺の仕事だ」


***


そこからは、戦争だった。

工房は、火花と轟音と、怒号が飛び交う戦場と化した。


ギャァァァァッ!!


高速カッターが火花を散らし、分厚い鉄パイプを切断する。

切断したパイプをバーナーで炙り、真っ赤になったところをハンマーで叩いて曲げる。


「違う! そこの(カーブ)がきつい! もっと緩やかに曲げないと流速が落ちる!」

「うるせえ! これ以上曲げたらパイプが折れるんだよ!」

「折れないギリギリを攻めるんだ! 妥協するな!」


カイルは作業台の横に張り付き、鬼のような形相で指示を飛ばしてくる。

こいつは工具を持たない現場監督だ。

だが、その指示は的確で、憎らしいほど鋭い。僕が「なんとなく」で済ませようとした溶接箇所を、カイルは見逃さない。


「ストップ! そこ、溶接が甘い。50気圧かかればピンホールから漏れるぞ」

「マジかよ……見えねえよそんなの」

「僕には見えるんだよ、空気の流れが!」


腹が立つ。だが、楽しい。

今まで一人で機械と向き合っていた時は、正解が分からなくて暗闇を手探りしている気分だった。

でも今は、カイルという「灯台」がある。彼が照らす光の先へ、僕が道を切り開けばいい。


リゼとシェリルも、ただ見ているだけではなかった。

リゼは資材の管理と買い出しに奔走し、足りないボルトやパッキンを調達してくる。シェリルは細かい部品の洗浄や、図面の整理を手伝ってくれた。


「はい、これ! 洗浄終わったわよ!」

「サンキュ、シェリル!」

「レオ、追加の真鍮パイプ買ってきたわ! ……また赤字が増えたけどね!」

「出世払いだ、リゼ!」


4人がそれぞれの役割で動く。

バラバラだった歯車が、一つの目的のために噛み合っていく感覚。

作業は夜通し続き、そして翌日の深夜にまで及んだ。


最後のボルトを締め終えた時、工房の窓の外は白み始めていた。


「……できた」


僕たちは一歩下がり、その全貌を眺めた。

それは、もはやトラクターのエンジンではなかった。

無骨なシリンダーブロックの横腹に、戦車のコンプレッサーが抱きつくように固定され、無数の銅パイプが血管のように絡み合っている。

中心には、まだ眠っている【浮遊石】のガラス管。

その頭上には、冷気を吹き出すためのノズルが、王冠のように輝いていた。

醜く、(いびつ)で、継ぎ接ぎだらけ。

だが、恐ろしいほどの迫力を放っている。


「……キメラ(合成獣)だな」


カイルが汗を拭いながら呟いた。


「農耕機と兵器の融合。美学のかけらもない、フランケンシュタインの怪物だ」

「でも、強そうだろ?」

「ああ。……悔しいが、機能美を感じる」


カイルは不敵に笑い、エンジンのボディをコツンと叩いた。


「こいつは化けるぞ。僕の計算が正しければ、既存の飛行船エンジンの三倍……いや、五倍の出力を叩き出せる」

「五倍……!?」


リゼが絶句する。

それはもう、空を飛ぶというより、空を「突き破る」ための力だ。


「ただし」


カイルの表情が引き締まる。


「動かせば、こいつは氷の息を吐きながら、火の玉のように暴れるはずだ。……レオ、乗りこなせるか?」

「当たり前だろ」


僕は油まみれの手で、自分の胸を叩いた。


「俺が作った心臓だ。言うことを聞かせてやるよ」


準備は整った。

最強のエンジン。天才の理論。投資家の燃料。そして、航法士の地図。

あとは、こいつに「命」を吹き込むだけだ。


「リゼ、燃料を入れてくれ。シェリル、石の固定を確認してくれ」

「了解!」

「わかったわ」


二人が動く。

僕はカイルと顔を見合わせた。言葉はいらなかった。

互いにニヤリと笑い、拳を突き合わせる。


「やるぞ。……テストランだ」


僕はスロットルに手をかけた。

今度こそ。

今度こそ、この翼で壁を越えてやる。

夜明けの静寂を切り裂いて、僕たちの「怪物」が産声を上げる時が来た。

お読みいただき、ありがとうございます!

「理論上は動くが、正気じゃない」。最高の褒め言葉。


次回、ついに冷却システムが初稼働します。

美しい青い炎を、ぜひその目で確かめてください。

明日も更新します!

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