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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第1部 錆びついた翼と滑走路
1/8

第1話 空飛ぶ鉄屑と、父の羅針盤

数ある作品の中から、本作を選んでいただきありがとうございます!

重力をねじ切れ。空は、まだ僕らの設計途中だ。


魔法の杖よりスパナが似合う。優雅な浮遊より泥臭い咆哮が似合う。

そんな、空を目指す少年少女と「未完成な飛行船」の物語です。

どうぞ、オイルの匂いとエンジンの振動を感じながらお楽しみください。


※本日は第3話まで一挙投稿しています。

親父は言っていた。

『レオ、いいか。空っていうのは、何もない青い壁じゃない。あれは、世界で一番大きな「海」の底なんだ』


幼い頃に見せてもらった、雲の上の景色。

あの日、僕は確かに見たんだ。

見上げるしかなかった白い雲が、自分の足の下で黄金色に輝く海原へと変わる瞬間を。

だから僕は知っている。

あの鉄の天井(ソラ)の向こう側には、まだ誰も知らない風が吹いていることを。


***


ドォォォォン!!

腹の底に響くような轟音が、狭い工房の空気を震わせた。

飛び散る火花。焼け焦げるオイルの強烈な臭い。

普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すような場所だ。

でも、僕にとっては違う。これは産声だ。


「いいぞ……! もっと回れ、もっと歌え!」


僕はスパナを握りしめ、目の前の「鉄塊」にかじりついていた。

作業台の上で暴れているのは、農耕用トラクターのエンジンを無理やり改造し、剥き出しのフレームにボルトで固定しただけの奇怪な機械。

その心臓部には、握り拳ほどの大きさの【浮遊石】が、ガラス管の中で青白く発光している。


「回転数、三千突破! 石の共鳴(シンクロ)率、上昇!」


計器の針がレッドゾーンへ飛び込む。

エンジンの唸りはもはや咆哮(ほうこう)に近い。

ガガガガガッ! と作業台が悲鳴を上げ、置かれていたコーヒーカップが振動で床に落ちて砕けた。

うるさい? 乱暴?

違う、そうじゃない。

耳を澄ませば聞こえるはずだ。不揃いな爆発音の裏側で、ピストンが、シャフトが、ギアの歯車たちが、「まだ行ける、まだ空へ行ける」と熱く叫んでいるのが。


「来いッ……! 重力をねじ切れ!」


僕はスロットルレバーを限界まで押し込んだ。

その瞬間。

キィィン――!!

耳をつんざくような高周波と共に、ガラス管の中の浮遊石が、カッと(まばゆ)い光を放った。

世界が変わる。

足の裏から伝わっていた激しい振動が、ふっ、と消えた。

大気の圧力が変わる。地面という鎖が解ける。


「……浮いた」


見ろ。

総重量三百キロの鉄塊が、作業台から数センチ、確かに宙に浮いている。

魔法じゃない。

エンジンの爆発的なエネルギーが、石の力を極限まで引き出し、物理法則をねじ伏せたんだ。

美しい。

泥だらけで、油まみれの鉄屑。

でも今、こいつは世界で一番自由な翼を持っ――


バシュッ。


唐突に、情けない音が響いた。

ガラス管の中の光が、赤黒く濁る。


「……げっ」

ドガァン!!


浮力を失ったエンジンが作業台に叩きつけられ、黒煙が僕の顔を直撃した。

「ごほっ、げほっ!」

工房中が真っ白な煙に包まれる。

火災報知器代わりのカナリアが、鳥かごの中で騒がしく鳴き始めた。

僕は(すす)だらけの顔を袖で拭い、熱を帯びたエンジンのシリンダーを撫でた。


「……くそっ、またオーバーヒートかよ」


失敗だ。


滞空時間、わずか五秒。

だが、僕の心臓は早鐘を打っていた。

失敗? いや、証明だ。

今の五秒間、こいつは確かに重力に勝った。あと少し、あと何か一つ「足りないピース」が見つかれば、こいつはずっと飛び続けられる。


「レオォォォォ――ッ!!」


その時、爆発音よりも恐ろしい怒鳴り声が、工房の外から響いてきた。


「またやったのか、このクズ鉄屋! 洗濯物が煤だらけだぞ!」

「朝から戦争ごっこはやめろ! ギルドに通報するぞ!」


通りに面した窓を開けると、集まった近所の住人たちが口々に罵声を浴びせていた。

ここは「下町」。

蒸気機関の煤煙と、生活排水の臭いが混じり合う、地べたの世界。

見上げれば、頭上には網の目のように張り巡らされたパイプラインと、そのさらに上を、ギルド公認の商用飛行船が優雅に横切っていくのが見える。

静かで、安全で、退屈な船。

あんなの、空の旅じゃない。ただの移動だ。


「すいません! ちょっと調整に手こずって!」


僕は頭を下げて窓を閉めた。

ガラスに映った自分の顔は、煤と油で真っ黒だ。

16歳。同い年の連中は、もう工場で働き始めたり、運が良ければアカデミーで学んだりしている。

こんなボロ工房で、死んだ親父の夢を追いかけているのは僕だけだ。


「……『狂気の技師』の息子、か」


僕は作業台の引き出しから、古びた羅針盤(コンパス)と、一冊の分厚いノートを取り出した。

親父の遺品だ。

街の人間は親父を笑った。「空にはもう未知なんてない」「安全な航路だけで十分だ」と。

でも、親父はこのノートに書き残していた。


――『既存の地図は、世界の一部でしかない。東の海の彼方、誰もが行き止まりだと信じている嵐の壁の向こうに、本当の空がある』


ノートの最後のページには、手書きの地図が挟まっている。

大陸の海岸線より先は空白(ホワイトアウト)

だが、その空白の中に一点だけ、赤いインクで「×」印が記されていた。

そこに行けば、分かるはずだ。

親父が見た景色が。

世界が本当はもっと広くて、もっと自由だということが。

僕は羅針盤の蓋を開けた。

針は北を指している。でも、僕の胸の中の針は、いつだってその「空白」を指して震えている。


「待ってろよ」


僕はまだ熱いエンジンの鉄肌を叩いた。

今はまだ、五秒しか飛べない鉄屑だ。

近所からは笑われ、ギルドからは睨まれる、邪魔者扱いのアホウドリ(アルバトロス)

だけど、見てろ。

いつか絶対にお前を、あの雲の、さらに向こう側まで連れて行ってやる。

僕は工具箱から新しいスパナを取り出した。

ワクワクする。

足りないものがあるなら、作ればいい。

探せばいい。

この広い世界には、まだ僕の知らない「答え」が、どこかに転がっているはずだから。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

滞空時間、わずか5秒。周りからは「鉄屑」と笑われても、レオにとっては確かな一歩でした。


続きとなる第2話、第3話も同時に投稿しております。

工房で油まみれのレオに対し、静寂の中で星を見つめる一人の少女が登場します。

続けてお楽しみいただければ幸いです!

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