第9話 前に立つ覚悟
《山中の洋館・庭》
荒らされた展示場めいた夜の庭。
台座から落ちた彫刻が砕け、白い石片が月光を鈍く跳ね返している。
その静寂を、隊員達の靴音が掻き消す。
第3部隊は、異能者・ロジェ桐島を伴い、洋館の外へと出ていた。
ロジェは庭の中央で膝をつき、両手に手錠を嵌められている。
項垂れた背中は小さく、さきほどまで人形を操っていた男とは思えなかった。
そのすぐ背後ーー
ドルチェがMP5SDを構え、銃口をぴたりとロジェの後頭部に向けている。
「……変な真似したら殺すぞ」
感情の起伏が一切ない、低い声。
脅しではない。ただの事実確認だった。
「くそ……何なんだよ、お前達……」
ロジェは喉の奥で絞り出すように呟く。
その直後、内場の耳元で電子音が鳴った。
『Ψパターン一致率、87%。異能者反応を検知』
TSUGUMIの声は、いつも通り淡々としている。
内場は思わず息を呑んだ。
——本当に、異能者だった。
その間に、長谷川が車両の後部から機材を取り出してくる。
ヘッドホンのような形状の装置だった。
「長谷川さん、それは……?」
内場が尋ねると、長谷川は少し驚いたように瞬きをした。
「あ、そっか。内場くんには、まだ説明してなかったね」
そう言って、装置を手に持ったまま歩み寄る。
「異能ってね、脳の変異によって発現するって言われてるの。だから、特定の超常活性パターン——“ Ψパターン”を持つの」
手際よくスイッチを入れながら、続ける。
「脳のシグネチャーと生体電磁反応を解析すれば、異能者かどうかはほぼ判別できる。
異能反応検知装置。E.S.I.D——Enhanced Supernatural Identification Device」
内場は完全に思考が止まっていた。
「TSUGUMIは、プレートキャリアについている異能反応検知装置のセンサーを通して対象をスキャンしてるんだよ」
それから長谷川は装置を掲げ、今度は別の説明に移る。
「で、これは異能抑制装置。
異能者の脳波…… Ψパターンに干渉する電磁波を当てて、脳の同期を狂わせるの。装着してる間は、まともに異能を使えなくなる」
内場は思わず一歩引いた。
見た目はシンプルだが、説明を聞くほどに背筋が冷える。
「拘束時には、すごく便利なんだよ」
淡々とした口調のまま、長谷川はロジェの頭部に装置を装着した。
「ふん……特災対のくせに、そんなことも知らんのか」
ドルチェが鼻で笑う。
内場は反射的に視線を落とした。
「それにしても内場くん、凄かったよ」
長谷川が話題を変える。
「よく聞いてたね。
後ろに人がいるなんて、私、全然気づかなかった。助かったよ」
「い、いえ……怖くて、動けなかっただけです」
内場は正直に答えた。
「それで十分」
長谷川は即座に言った。
「最初は、誰だってそうだから」
微笑みを向けられ、内場は言葉を失う。
月明かりに照らされた長谷川の顔は、
つい先ほどまで銃を構えていた人物とは思えないほど、柔らかく、無邪気だった。
「ふぉっほっほ。まったくじゃのう」
その声に、内場は肩を震わせる。
酒が入ったボトルを片手に、李が近づいてきていた。
「お主が最近入った新人かのぅ?」
背は160cm強。体格がいい方ではない。
だが、近くで見ると、初老とは思えないほど体躯がしっかりしている。
「あ、はい。内場総士です。よろしくお願いします」
内場は慌てて頭を下げた。
「李 子丹じゃ。
元殺し屋。今は異能者を狩る、ただの酒飲みじゃ」
ーー殺し屋?
内場の思考が固まる。
「俺も元殺し屋だがな」
MP5SDを構えたまま、ドルチェが淡々と続けた。
(……ええ……)
(確かに訓練の時、殺気は凄かったけど……)
(この部隊、殺し屋が二人も……?)
内場の背中に、変な汗が滲む。
「耳がいいのかのぅ?老体には、よう聞こえんのじゃが」
「……はい。館内の音を拾っていました」
「若造の癖によくやるわい」
棘のある言い方に、内場の表情が硬くなる。
「ジジィ。少し黙ってろ」
ドルチェが即座に切り捨てた。
「なんじゃと?若造の癖に」
(……なにこれ)
(殺し屋って、みんなこんな性格なの?)
内場は心の中で呟いた。
◆◆
《庭・車両付近》
少し離れた場所。
車両のそばでは、被害女性と安藤が向き合っていた。
「あの……助けていただいて、ありがとうございました。
……その、銃は……」
女性の視線は、第3部隊の重武装に釘付けになっている。
「警察の特殊部隊です」
安藤は即答した。
特災対の存在は世間には極秘。そう答える他ない。
「特殊部隊……?」
女性は戸惑いながら首を傾げる。
「ロジェさんに兵器運用の疑いがあり、我々が介入しました。
あなたは警視庁へお送りします。安心してください」
その瞬間。
「美香!」
ロジェが叫んだ。
その声に、女性の肩が僅かに跳ね上がる。
「頼む! 僕が悪くないって言ってくれ!
また二人で、愛を育もう!」
女性は、冷ややかな視線を一瞬だけ向けた。
ドルチェが、無言でMP5SDを後頭部に押し当てる。
「……あの人、昔、付き合ってたんです」
女性は静かに話し始める。
「彫刻が本当に綺麗で……見惚れてしまって。
でも、付き合ったら……支配的で……」
「別れてからも、ずっと付き纏われて……」
声がわずかに震える。
「もう大丈夫ですよ〜」
安藤は笑顔で言った。
「さ、車に乗りましょう」
◆◆
《山中の洋館・庭》
車に乗り込む女性の背中を見送りながら、
ロジェの目から涙が溢れる。
「……なんでだよ……美香……」
「はっ。フラれたな」
ドルチェが吐き捨てる。
「若いって、ええのぅ」
李は見当違いな感想を漏らした。
そこへ、石膏像の破片を踏み鳴らしながら荒屋が歩み寄る。
「コマンドセンターに帰還する。車に乗れ」
「はっ」
ロジェは隊員達に両脇を掴まれ、車両へと連行されていく。
「あの……荒屋隊長」
内場は足を止めた。
「二階に行く時……どうして、僕を選んだんですか」
「初めての異能者制圧だ。経験になる」
即答。
一拍。
「それにーーお前は戦術価値がある。そう判断した」
内場は、荒屋の背中を見つめる。
ーー認められた。
「……ありがとうございます!」
「早く乗れ」
荒屋は視線を逸らした。
車へ向かいながら、内場は戦いを思い返す。
(あの人は、あんな異能を持ちながら、怖くて隠れていた。
僕も……怖かった。でも、逃げなかった)
手の震えは、まだ止まらない。
それでも。
(部隊の役に立てた)
(まだ怖い。でもーー前に立っていたい)
内場は、拳を静かに握り締めた。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/戦術局長執務室》
深夜。
戦術局長・久我宗一郎はデスクに向かい、資料を読んでいた。
コンコン。
「入って」
扉が開き、荒屋が入室する。
「戦術局第3部隊、帰還しました。
本任務について報告します」
「翌朝でもよかったのに。律儀だね」
荒屋は淡々と続ける。
「異能者確保。
特殊監理局拘束施設管理課へ引き渡し済み。
異能は人形操作、カテゴリー3相当。
被害者は警視庁へ送還。
我が隊の被害、軽傷者のみ。戦死者ゼロ」
「ご苦労様」
久我はペンを回す。
「ところで……新人の内場総士。
初任務だったよね。どうだい?」
荒屋は一拍置いて答えた。
「未熟だがーー有用です。
磨けば、確実に伸びる」
久我は満足げに笑った。
「そうか。それは良かった。
引き入れた甲斐があった」
「……引き続き、よろしく」
「承知」
荒屋が退室する。
「やはり興味深いね。第3部隊は」
久我は再び、資料に視線を落とした。
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