第8話 人形の館
《山中の洋館・屋根裏》
ロジェ・桐島は、階下から響く銃声に身を震わせていた。
ダダダダダダーー
ドン、ドンーー
規則正しく、途切れない。
ただの発砲ではない。制圧射撃だ。
「……何だ、あのおびただしい銃声は」
ロジェは唇を噛む。
「普通の部隊じゃない……警察の特殊部隊か? それとも自衛隊……?」
床に転がされたままの女性ーー林美香が、小さく息を詰めて震えていた。
ロジェは苛立ちを隠さず、眼鏡を指で押し上げる。
「……くそ。ここまで踏み込まれるとは」
視線を床ーー否、その下の地下へ向ける。
「地下の人形兵団……全て起動だ。数で潰すしかない」
そして、美香の髪を掴み、乱暴に引き寄せた。
「来い」
「きゃっ……!」
「ーーとっておきを出す」
ロジェの瞳が、月光を映したように淡く光った。
◆◆
《玄関ホール》
「……はぁ……はぁ……」
内場は、構えていたHK416を恐る恐る下ろした。
耳鳴りが、まだ残っている。
だが銃声は止み、館は再び不気味な静寂に包まれていた。
床には、二十体を超える人形の残骸。
被害者と同じ顔をした石膏の破片が、白く散らばっている。
(……終わった?)
いやーー違う。
安藤は糸目のまま、落ち着いた手つきでマガジンを交換している。
長谷川も、銃口を下げずに周囲を警戒していた。
「人形を作り、使役する異能……厄介じゃのう」
李が、当たり前のようにボトルに入った酒を一口含む。
荒屋が銃を構え直し、低く告げた。
「術者を探す。異能者を叩けば、全部止まる」
ーーその言葉が、内場の胸に落ちた。
(そうだ……この人形たちは操られている)
内場は壁に近づき、そっと耳を当てた。
銃声の残響で耳鳴りがする。それでもーー
(……いる)
かすかな空気の揺れ。
呼吸を殺した気配。
「……上の階です。二人。被害者と、異能者だと思います」
長谷川が驚いたように目を見開く。
「……すごい。本当に耳がいいんだね」
荒屋は即座に階段を指した。
「全員、上へーー」
その瞬間。
(ーー下!?)
内場の背筋が凍る。
(足音……多い。三十……いや、それ以上!)
「来ます!地下から!」
次の瞬間、廊下脇の階段から、無数の足音と共に人形が溢れ出した。
だがーー作りが違う。
顔も粗雑で、身体も簡素。量産型だ。
荒屋が怒鳴る。
「長谷川、内場! 上へ行く!
他は下を食い止めろ!」
内場は一瞬、荒屋を見る。
(……僕が、行っていいのか)
その問いに答えるように、荒屋は階段を指した。
ーーその時。
ボッ!
床を突き破り、冷たい手が内場の脚を掴んだ。
「うぅっ!」
凄まじい握力。
人間の力じゃない。
反射的に銃口を下へ向ける。
「トロい」
乾いた声。
ドドドド!
人形の腕が弾け飛ぶ。
顔を上げると、少し離れた位置でドルチェがMP5SDを構えていた。
「今だ。早く行け」
「……ありがとうございます!」
内場は歯を食いしばり、階段を駆け上がった。
◆◆
《上階・屋根裏前》
荒屋が扉を蹴破る。
「クリア」
長谷川も確認する。
「こちらも!」
内場は、下階から銃声が木霊する中
必死に耳を澄ませる。
(……上だ)
押し殺された女性の息。
金属音ーー刃物?
「この上です! 凶器を持っています!」
荒屋は無言で頷き、階段を上がった。
ーーその時。
ドォォン…
地下から、爆発の振動。
建物全体が、軋む。
(……爆弾!?)
だが、今は前だ。
◆◆
内場達が二階へ駆け上がったすぐ後。
玄関ホールは、もはや館の玄関とは呼べない様相を呈していた。
銃声が反響し、吹き抜けの空間を何度も跳ね返る。
白い石膏の破片が床を覆い、踏み込むたびに粉塵が舞い上がった。
隊員たちは壁際に展開し、正面ーー廊下と階段から押し寄せる人形を迎撃している。
ダダダダダダッ!
「あちゃぁぁぁぁ!」
李の奇声と同時に、乾いた銃声が重なった。
二体の人形がほぼ同時に胸部を撃ち抜かれ、勢いを失って崩れ落ちる。
石膏の身体が砕ける音は、まるで陶器を床に叩きつけたようだった。
その隣で、ドルチェは半眼のまま、気怠そうにMP5SDを構えている。
ドドドドドド!
狙いは正確。
短い連射で、人形の膝と肘を撃ち抜き、動きを止めてから頭部を処理する。
「安藤さん。キリがねぇ」
声は淡々としているが、銃口は一瞬も止まらない。
「下から、どんどん湧いてくる」
その言葉通りだった。
階段の奥、地下からーー
人形が列を成し、無言のまま上がってくる。
内場が二階へ向かった後だけでも、すでに二十体以上を撃破している。
だが数は減らない。
床一面に散らばる破片。
舞い続ける石粉が、玄関ホールを白い靄で満たしていた。
「……“元”を、断ちましょうか」
安藤が、ふと呟いた。
糸目だったはずの目が、僅かに見開かれる。
左右の眼球が、別々の方向へ動いた。
ーー全体を、見ている。
次の瞬間。
安藤は、玄関ホールから地下へ続く廊下へと駆け出した。
その動きは、異様なほど速い。
「安藤さんを援護じゃ!」
李の指示が飛ぶ。
隊員たちは即座に反応し、廊下へ続く動線を塞ぐ人形へ集中射撃を浴びせる。
石膏の身体が次々と崩れ、道が開く。
安藤は階段を上がってきた一体の人形を、迷いなく蹴り落とした。
ゴトン、と重たい音。
そのまま、身を翻して地下へと駆け降りる。
地下は、異様な光景だった。
煉瓦の柱と木の梁が、一階の床を支える低い空間。
だが、奥行きは広く、天井近くまで人形が立ち並んでいる。
長机の上では、石膏が練られていた。
ーー否。
練っているのは、人形だ。
ある人形は、無言で石膏をこねる。
ある人形は、木製の骨格にそれを塗り重ねる。
また別の人形は、乾いた部位を組み立てていく。
分業。
完全な流れ作業。
「……なるほど」
安藤は、冷静に状況を把握する。
「自律人形が、さらに人形を作り続ける……」
視線を巡らせながら、淡々と分析する。
「戦場を“増殖型の人形工場”に変える。
言わばーーエンドレスファクトリー、ですか」
その声に反応するように。
製造されたばかりの人形が、むくりと起き上がった。
まだ乾ききっていない石膏が、ひび割れながら動く。
一斉に、安藤の方へ顔を向ける。
「建物崩落のリスクがありますが…。
やるしかないですね」
安藤は、タクティカルスーツのポーチから手榴弾を取り出した。
「これで、終わりです」
ピンを口で引き抜く。
一瞬の間。
そして、工房の中央へ投げ入れた。
「爆弾使用!倒壊に警戒せよ!」
安藤は即座に身を翻し、階段の上へと退く。
同時に、無線で味方へ警告を飛ばした。
ーー直後。
ドォォォン!!
爆炎が工房を飲み込み、衝撃が地下全体を揺さぶる。
人形たちは抵抗する暇もなく、砕け散った。
爆風と破片が、作業台も、石膏も、未完成の身体もーーすべてを破壊する。
“工場”は、完全に沈黙した。
◆◆
《屋根裏》
梁の間に設えられた狭い空間。
荒屋と内場、長谷川の三名はそこに続く階段を駆け上がる。
窓際。
椅子に座る、眼鏡をかけた細身の男。
「手を挙げろ。被害者はどこだ」
荒屋が銃口を向ける。
だがーー
(違う)
内場の耳が告げる。
「後ろ!!」
物置の扉が弾ける。
「俺の"美香"を破壊しまくりやがって!
これ以上邪魔をするなぁぁ!!」
同じ顔の男ーーロジェが包丁を振り上げた。
長谷川が振り向きざま、ストックで顔面を叩く。
ドコッ!
「ぐっ!」
包丁が落ちる。
同時に、椅子の男が跳んだ。
ドン!
ーー異常な身体能力。人形だ。
荒屋は一歩踏み込み、HK416から左手を離す。
襟を掴み、腰に乗せる。
ダン!!
柔道の要領で投擲。床が鳴る。
そのまま、銃口が口元へ押し付けられる。
「砕けろ」
ダダダダ!
内場も即座に両腕を撃ち抜いた。
人形は完全に沈黙する。
荒屋は振り返り、床で呻くロジェを見下ろした。
「……確保だ」
内場は肩で息をしながら、拳を握る。
(怖かった)
それでもーー
(逃げなかった)
耳は、ちゃんと役に立った。
内場は、静かに息を吐いた。




