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第7話 第3部隊、突入

《山中の洋館》


第3部隊は、館の中に踏み込んだ。


館の中で最初に目に入ったのは、吹き抜け廊下が二階部に位置する二層吹き抜けの玄関ホール。

中央に錆びた鉄製シャンデリアがぶら下がり、剥き出しの梁が天井を支える。

床には、石膏で作られた人形が並んでいる。


完成品と未完成品。

木製の骨格に石膏を被せたもの。

顔だけ作られ、身体がないもの。


石粉の匂いが、夜気に溶け込んで鼻を刺した。

湿気を含んだ空気が、じっとりと肌に張り付く。


館の異様な雰囲気に、胸の奥がざわつく。


その時だった。


ギシ……ギシ……


奥の部屋から、木の床を踏む鈍い足音。

隊員達は、音の方向に銃を構える。


ーー現れたのは、一人の女性だった。


長い髪。

怯えたような表情。

服装も、ブリーフィングルームで見た被害者と一致している。


内場の思考が、一瞬、完全に止まった。


(……いた?)


(生きてる?)


誰もが、判断を迷った。


ーーだが、内場は気づいた。


呼吸音が、ない。


足音と着地音だけが、機械的に鳴っている。


(違う……被害者は、被害者と同じ顔をした女に拉致されている。こいつは"人"じゃない!)


次の瞬間。


ドン!


床が砕けた。


“それ”が、異常な速度で踏み込んでくる。


「来るぞ!!」


荒屋の怒号。


ドォォン!!


拳が壁を貫いた。

一人の隊員が叩きつけられ、煉瓦の壁が割れる。


人間の力じゃない。


「射撃開始!!」


ーー銃声が響く。


ダダダダダダダダダダダッ!


内場も反射的に引き金を引いた。


当たる。

確かに当たっている。


だがーー


止まらない。


顔が抉れても、腕が歪んでも、躊躇なく迫ってくる。


(……人、だろ……?)


目は、空っぽだった。

感情も、意思も、そこにない。


「関節を狙って!」


長谷川の声。


内場は歯を食いしばる。


(顔を見るな……人だと思うな)


肩、肘、膝。

可動部だけを撃ち抜く。


数秒後。


ゴトーー


関節を破壊され、“それ”はようやく床に崩れた。


静寂。


壊れた人形のように、動かない。


内場は吐き気を堪えた。


「……人形、ですね」


安藤が脂ぎった顔の汗を拭う。


「人に模した器。

敵は、"人形使い"とみて間違いなさそうですね」


長谷川が淡々と分析する。


その冷静さが、内場には異様に映った。


(……これが、初任務?)


胃が、ひっくり返りそうになる。


初めて、人の形をした物を撃った。

心理的ダメージは、大きかった。


だが、猶予はなかった。


「まだ来ます!」


内場の耳が、屋敷全体の足音を拾う。


(なんだ、足音が…しかも、複数!)


階段。

廊下。

地下から。


同じ顔の人形が、次々と現れる。


逃げ場はない。


屋敷そのものが、戦場だった。

内場の額から汗が伝う。


(こんな沢山…!)


人形の数は、十体以上。

各々があのしぶとさ…厄介だ。


全員、人形に向けて引き金を引く。


ダダダダダダッ!


(リー)、いつまで寝てる」


荒屋の低い声が、銃声の合間を縫って響いた。


内場の視界の端。

先ほど人形に殴り飛ばされ、壁際で倒れていた隊員がーーゆっくりと、だが確かな動きで上体を起こした。


「ふぉっほっほっほ」


笑い声。

場違いなほど、朗らかな声だった。


「かーっぺっ!」


男はヘルメットを外し、血の混じった唾を床に吐き捨てる。


「年寄りには、しんどいわい」


内場は思わず、その男を凝視した。


(……え?)


露わになった顔は、どう見ても老年だった。

深く刻まれた皺。白髪混じりの短髪。

戦場にいるには、あまりにも年を重ねている。


(こんな人が……第3部隊に?)


疑問が浮かぶより早く、荒屋が指示を飛ばす。


「李、前に出ろ。安藤、状況把握。即時指示を」


命令は簡潔で、迷いがない。


「ふぉっほっほ。了解じゃのう」

「了解で〜す」


安藤が気の抜けた返事をする一方、李と呼ばれた老兵は腰のボトルに手を伸ばした。


キャップを外し、口に含む。


「あひょひょ……やっぱり酒は美味いのう」


(ーー酒!?)


内場の思考が一瞬、完全に止まる。


戦闘の最中だ。

敵は数で押してきている。

そんな状況で、酒?


李は一歩、前に出た。


足取りがーーおぼつかない。


身体が左右に揺れ、まるで酔い潰れた老人のようだ。


(なにを……?)


その瞬間。


ドン!!


正面の人形が踏み込み、床板が割れた。

常人離れした速度。

拳が一直線に、李の顔面へ迫る。


(ーー危ない!)


内場の喉が、声を出そうとした刹那。


李の“揺れ”が、変質した。


ふらついていたはずの足が、床を的確に捉える。

重心が、一気に低く沈む。


ーー避けた。


紙一重。

人形の拳が、李の頬をかすめて空を切る。


次の瞬間、李はすでに懐にいた。


「……っ!?」


内場の目が追いつかない。


あれは、偶然じゃない。

最初から、拳の軌道に合わせて身体を揺らしていた。


酔っているのではない。

酔っているように見せていた。


「あちょおおおお!」


奇声と同時に、銃口が腹部へ向けられる。


ドガガガガガ!!


ゼロ距離射撃。

反動が逃げ場を失い、石膏の肉体が内側から弾け飛ぶ。


上半身が、文字通り粉砕された。


だが、間髪入れず次の人形が踏み込む。


伸ばされた両手が、李の銃身を掴んだ。


「……っ!」


銃を封じられたーーそう見えた。


だが、李は抵抗しない。


「銃身投法じゃのう」


呟くと同時に、身体を翻す。


人形が引く力を利用し、腰を押し当てる。

重心が、前に流れた。


次の瞬間、人形の身体が宙を舞う。


ダンッ!!


床に叩きつけられた衝撃で、石膏がひび割れる。


投げたのではない。

自分から倒れ込ませた。


その隙を、隊員たちが逃さない。


ダダダダダダッ!


集中射撃。

床にめり込んだ人形の上半身が、完全に破壊される。


「……すげぇ」


内場の口から、自然と声が漏れた。


年齢も、動きも、常識外れだ。

だが、それ以上にーーすべてが合理的だった。


「李さんは、中国武術の達人だよ」


長谷川が、人形を撃ち抜きながら言う。


内場は横目で彼女を見る。


華奢な体格。

普段は柔らかい笑顔と、凛とした眼差しが共存する美形女性。

だが、引き金を引く長谷川は、力強かった。

照準は一切ぶれず、無駄弾がない。


(……長谷川さんも、迷いがない)


内場も、銃を構える手に力を入れ直す。

正面にいる人形に向けて、引き金を引く。


(間接を狙う…!無力化!)


夜の館に、絶え間なく銃声が鳴り響く。


すでに十体以上が床に転がっていた。

だが、足音はまだ止まらない。


隊員たちを囲うように、人形が一斉に踏み込んだ。


ドン!!


安藤の糸目が、大きく見開かれる。


左右の眼球が、別々の方向へ動いた。

同時に、全体を“見ている”。


内場はその様子を横目で捉えた。


(……なんだあの目!視野が、違う)


「右、次、左前! 正面!」


短く、明確な指示。


部隊員たちは反射的に従い、指定された方向へ正確に弾を叩き込む。

内場も安藤の指示に食らいつく。


だがーー


二階の吹き抜け廊下。


そこから、人形が飛び降りてきた。


「上、三体」


安藤の声に、感情はない。


次の瞬間、銃口が一斉に上を向く。

内場も慌てて銃口を上に向けた。


ダダダダダダッ!


空中で、人形が砕け散る。

石膏片が、白い雪のように降り注いだ。


しかし、正面。


一体の人形が、安藤に拳を振りかぶる。


「安藤さん!」


内場の声が、裏返る。


だがーー


安藤は、跳んだ。


肥満体型だとは信じられない身軽さで、後方へ。

一回、二回、三回。

連続したバク宙で間合いを切る。


着地と同時に、銃口が定まる。


ダダダダダダッ!


四肢が砕け、人形が崩れ落ちた。


内場は必死に引き金を引きながら、その光景を目に焼き付ける。


(……なんだ、この人たち)


第3部隊は、崩れない。


誰一人、恐怖で動きを乱さない。

役割を理解し、連携が自然に成立している。


だがーー


(僕だけが、必死だ)


引き金を引く手が、震えている。


人形の顔を見るたび、胃が締め付けられる。

それでも、一心不乱に撃ち続ける。


仲間がいる。

前に進むしかない。


(……怖い)


それでも、足は止まらなかった。


第3部隊の背中が、内場を戦場へ押し出していた。


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