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第4話 地下で生きる

訓練場を出た途端、内場は一気に力が抜けた。

背中に張りついていた緊張が、遅れて剥がれ落ちる。


照明の白さが徐々に薄れ、通路の影が濃くなる。

地下特有の低い駆動音が、床越しに伝わり、腹の奥を微かに震わせた。


「……はぁ」


思わず、息が漏れる。

…なんとかやり遂げだ。


だが胸の奥に残るのは、達成感ではない。

自分がいかに“未熟なのか”という、鈍い実感だった。


確かに、ドルチェの居場所は特定した。

反射を使い、弾も当てた。

だが本物の戦場なら――あの一瞬で、何度も死んでいる。


その事実と評価が、静かに胸を打つ。


「お疲れ様です」


横から、柔らかな声がかかった。


振り向くと、長谷川美玲が紙コップを差し出していた。


照明の落ちた通路の中でも、彼女の表情ははっきりと見えた。

肩にかかる黒髪は乱れもなく、戦闘服の襟元から覗く素肌は白い。

整った目鼻立ちに浮かぶ穏やかな笑みは、この無機質な地下には不釣り合いなほどだった。


――美人だな。


場違いな感想が、一瞬、頭をよぎる。


中身は、薄めのスポーツドリンク。


「水分補給、大事ですよ。地下って、意外と汗かくんです」


「あ……ありがとうございます」


受け取った瞬間、自分の指先がわずかに震えていることに気づいた。

平静を装っていたつもりだったが、身体は正直だったらしい。


長谷川は、それを指摘しない。

気づかないふりをするように、自然な歩調で隣を歩きながら言った。


「ドルチェさん、きつかったでしょ」


「……はい」


「ですよね。あの人、優しさを全部皮肉で包むタイプなので」


苦笑する。

冗談めかした口調だが、目はどこか真剣だった。


「でも、内場くん」


一拍置いて。


「逃げずに、怖がらずに、やり遂げた」


内場は、言葉に詰まる。


「それ、ここだと結構重要なんです」


「……そうなんですか」


「はい。逃げる人、多いので」


さらっと言うが、決して軽くはない。


長谷川は、少しだけ視線を落とした。

長いまつ毛の影が、頬に落ちる。


「私は……逃げられなかった側ですけど」


それ以上は語らない。


だが、その一言で十分だった。


ここにいる人間は、全員、何かを背負っている。

内場は、そう理解した。




◆◆




内場と長谷川は、通路を歩く。


一般の施設通路とは違う。

温度は冷たく、金属と油の匂いが混じる。

コマンドセンター内でも、戦術局の戦闘員が利用する区画だと、感覚的に分かった。


立ちはだかるのは、厚い隔壁。

装甲板の継ぎ目が露出した無骨な扉だ。


生体認証。

掌紋、虹彩、声紋。

長谷川が淡々と手順を踏むと、低い駆動音とともに扉が横へとスライドする。


「ここが、私たちの“職場”です」


扉の向こう。


まず案内されたのは、武器整備区画だった。


整然と並ぶライフルラック。

アサルトライフル――HK416が等間隔で固定されている。


黒一色の無駄のない外観。

だがよく見れば、レシーバーやハンドガードに細かな擦り傷がある。

使われ、整備され、また使われてきた痕跡だ。

展示品ではない。本物の道具だった。


作業台では、数名の隊員が黙々と拳銃を分解している。

USP。P320。

スプリングを外す音、金属が触れ合う乾いた音。

動作に迷いはなく、視線も最低限。


「殺傷装備ばっかり、って思いました?」


長谷川が、内場の視線に気づいて言った。


彼女が顎で示した先には、別のラックがある。


スタンガン。

拘束ワイヤ。

手錠。

注射器型の鎮静装置。

催涙弾や、異能抑制用の簡易拘束具も並んでいた。


「意外と、非殺傷多いんです」


「……確保前提、ってことですか」


「はい」


長谷川は、迷いなく言う。


「異能者でも、人なので」


その一言に、内場は小さく頷いた。

ここが、単なる処刑部隊ではないことが、はっきりした。




次に通されたのは、通信区画だった。


空気がさらに冷える。

低い電子音が、一定のリズムで鳴っている。


壁一面に並ぶサーバーラック。

淡いランプが規則正しく点滅していた。


整然と吊るされた秘匿無線。

個別に管理されたイヤーピース。


「TSUGUMIサーバー群です。ネットとかとは電磁的に隔絶されています」


長谷川は、あくまで淡々と説明する。


――コードネーム:TSUGUMI。

遠隔地から各隊員のバイタル、映像、位置、音声を統合管理する戦術支援AIだという。


内場は、無意識に喉を鳴らした。


(設備が本気(ガチ)だ……)


民間企業どころか、通常の自衛隊施設とも明らかに次元が違う。

ここが、存在自体を隠された国家機関である理由が、よく分かる。


「追跡、傍受、全部シャットアウト」


長谷川は、サーバー群を背にして言った。


「ここは()()()()()()()()()()()()()なので」


その言葉が、妙に胸に残った。




◆◆




さらに奥へ進むと、簡易ブリーフィングルームに出た。


灰色の壁と、大型モニターだけの無機質な空間。

装飾は一切ない。


モニターには、過去の異能事件の映像が流れていた。


成功例も、失敗例も。

被害が拡大したケースさえ、隠されていない。


炎に包まれる市街地。

逃げ惑う人々。


内場は、思わず視線を逸らした。

胃の奥が、きゅっと縮む。


(……現実、か)


「結構、過激ですね」


自分の声が、少し硬いのが分かった。


「はい」


長谷川は画面から目を離さず言う。


「失敗は、次に生かさないと意味ないので」


合理的だ。

冷たいとも言えるが、目を背けない誠実さがあった。


映像が切り替わる。

海外の事件らしい。

火を操る女異能者が、部隊を壊滅させていた。


「……異能者って、色々いるんですね」


「いますよ」


長谷川は頷く。


「数は多くない。でも――なぜか、日本には多い」


内場は眉をひそめた。


「上は“偶然”って言ってますけど」


一拍。


「異能者は、悪い人なんですか」


少し幼い問いだと分かっていた。

それでも、聞かずにはいられなかった。


「良い人も、悪い人もいます」


長谷川は、炎の映像を見つめたまま言う。


「私たちと、一緒です」


その言葉に、内場は黙り込んだ。


「じゃあ……」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「僕らは、その“悪い側”に回った異能者に、対処する機関なんですね」


「その通りです」


迷いのない肯定だった。


内場は、拳を軽く握る。


(人相手に銃を向ける仕事だと思ってた)

(でも……)


これは、もっと複雑だ。


人であり、

脅威であり、

それでも、人だ。


特災対という組織の重さを、内場は初めて実感していた。




◆◆




「この先が、居住区です」


細い通路の先。

壁の照明はさらに落とされ、音も少なくなる。


内場に割り当てられた部屋は、拍子抜けするほど簡素だった。


ベッド。

机。

ロッカー。


それだけ。


生活感というものが、最初から想定されていない空間だった。


机の上には、無線機。

きっちりと畳まれた官給タクティカルスーツ。

タグも、個人名もない。


――ここでは、“誰か”である必要がない。


私物は、何もない。

というより、持ち込む余地がない。


「……必要なものは?」


内場がそう聞くと、長谷川は少しだけ首を振った。


「全部、支給です。私物は最低限」


それから、ほんのわずかに笑う。


「慣れると、楽ですよ。考えること、減るので」


慰めなのか。

それとも、ここで生きるための現実的な忠告なのか。


内場には、まだ判断がつかなかった。


「今日は、ゆっくり休んでください。

 色々あって疲れていると思うので」


そう言って、長谷川は部屋を出ていく。


扉が閉まる。


ウィーン


自動ロックの乾いた音。


――遮断。


その瞬間、張り詰めていた何かが、ぷつりと切れた。


内場は、ベッドに腰を下ろした。


体が、重い。

訓練の疲労というより、一日で浴びせられた情報量と現実が、そのまま重さになっている感覚だった。


――特災対戦術局の戦闘部隊は、この地下の施設で住み込み。


素性を隠すため。

家族や過去を守るため。

そして、いつでも呼び戻せるように。


外出は可能だが、制限付き。

休暇中であっても、任務があれば即応。


普通の仕事じゃない。

分かっていたはずなのに――


「……異能者、か」


小さく呟く。


銀行で遭遇した異能者。

今日一日で見た映像。

聞いた説明。

頭では理解したつもりだ。


でも、どこかでまだ信じ切れていない自分がいる。


人が火を操る。

意思で他人を操る。

そんなものが、本当に現実なのか。


それを、自分が銃で止めるだなんて。


「……とんでもないとこに来ちゃったな」


愚痴は、誰に届くでもなく、部屋に溶けた。


内場は、そのままベッドに仰向けになる。


天井は低く、白い。

どこにも窓はない、事務的な部屋。


机の上。

無線機の小さなランプが、静かに点灯している。


地下施設の低い駆動音が、一定のリズムで続く。

心臓の鼓動と、どこか似ていた。


異能者なんて、まだ信じきれない。

国家の秘匿機関で働く実感も、正直ない。


それでも。


(――ここで、ひとまず頑張ろう。それしかない)


内場総士は、そう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

眠りに落ちる前、心の片隅で覚悟を確認する。


だがその静寂は長くは続かなかった。




――ビーッ、ビーッ。


短く、無機質な電子音。

夢を引き裂くように、現実が呼び覚まされる。


内場は、反射的に手を伸ばす。

無線機のランプが赤く点滅している。


「……内場総士、応答します」


『第3部隊、初動対応。

 対象は単独、カテゴリー1相当。同行者、内場』


彼の胸に、軽く緊張が走る。

同時に、覚悟に似た感情が静かに落ちた。


(……早速、来たか)


内場は息を整え、無線機を手に取った。

地下の闇に、小さな戦いの鐘が鳴り響く――。


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