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第29話 異能者3人、秋葉原にて

《特災対・コマンドセンター/訓練区画》


――パン、パン!


乾いた銃声が、地下空間に反響する。


内場総士(うちばそうし)は、射撃レンジの一角で拳銃を構えていた。

地下施設とは思えないほど、レーンは長い。ざっと見ても50メートルはある。


壁面は吸音材で覆われ、天井には無数の照明。

どれだけ撃っても、音が外へ漏れることはない構造だ。


スコープを覗き、呼吸を整える。

息を止めるタイミングを計り、照準をわずかに修正する。


引き金を引く。


――パン!


反動が手首に伝わる。

続けて、もう一発。


――パン!


的の中心から、わずかに外れた位置に弾痕が増えた。


「……ふぅ」


内場は小さく息を吐いた。

悪くはない。だが、決して満足できる出来でもない。


(訓練なら、もっと詰めないと)


そう思った瞬間――



――ドドドドン!


横から、まるで別種の音が割り込んできた。


内場が視線を向けると、隣のレーンにドルチェが立っていた。

黒いサブマシンガン――MP5SDを軽々と構え、引き金を引き続けている。


低く抑えられた連射音。

だが、その反動制御は完璧だった。


複数発放たれた弾丸は、縦にわずかに伸びながらも、

すべてが的の中心圏内に収まっていた。


連射が止む。


「ふん」


ドルチェはそれを一瞥し、鼻で笑う。

結果に興味はない、という態度だった。


内場は、思わず自分の的と見比べた。


(……サブマシンガンで、あの精度)


しかも、距離は同じだ。

連射で、あの集弾。


訓練だと分かっていても、背中に冷たいものが走る。


(レベルが、違う)


自分は、まだ「当てる」ことに必死だ。

あの男は、「当てて当然」という領域にいる。


(次、いつ事件が起きるかもわからない。

 自分も、負けてられない)


内場は、もう一度スコープを覗いた。

引き金にかけた指に、わずかな力が入る。


その時。


ブーッ、ブーッ――


鈍く、腹の底を叩くようなアラーム音が、訓練場全体に響き渡る。

金属の壁と天井に反射した音が、空気そのものを震わせた。


(……来た!)


内場はスコープから目を離し、ゆっくりと顔を上げる。

つい数秒前まで張り詰めていた照準線が、現実へと引き戻されていく。


「――第3部隊、第4部隊、出動準備」


(…第4部隊!?)


他部隊の招集に、思わず息が詰まる。


隣で、ドルチェが動く。

撃つ直前まで構えていた銃を、迷いなく腰へ戻した。

その仕草には、驚きも戸惑いもない。


「足、引っ張るなよ」


視線だけが、内場を刺す。

感情の温度を感じさせない、冷え切った目だった。


「……頑張ります」


内場は一瞬だけ口元を歪め、それでも短く返す。

胸に湧いた苛立ちを、無理やり押し殺しながら。




◆◆




《特災対・コマンドセンター/ブリーフィングルーム》


ブリーフィングルームに足を踏み入れた瞬間、内場は微かな違和感を覚えた。

いつもと、空気が違う。


第3部隊、14名。

その横一列に並ぶ、見慣れない22人――別部隊の隊員たち。


人数が増えただけで、室内の密度が変わる。

視線の交錯、装備の擦れる音、誰もが言葉を発さないまま、静かに張り詰めていた。


隊員たちの前に立つのは荒屋、そして――

腰に手を当て、舞台に立つ役者のように堂々と立つ男。


丸刈頭、派手な化粧、戦場には似つかわしくないほど艶やかな佇まい。

それでいて、隙はない。

立ち姿だけで、ただ者ではないとわかる。

腰には、サブマシンガン――HK MP7A1を携帯する。


内場はその顔に見覚えがなかった。


(あの人が……第4部隊の隊長?)


噂でしか知らない、包囲戦特化部隊。

その指揮官が、目の前にいる。


「これより作戦を説明する」


低く、よく通る声で荒屋が告げた。

室内のざわめきが、完全に消える。


「秋葉原にて、カテゴリー3から4相当の異能者3名による立てこもり事件が発生した」


正面の大画面が切り替わる。

並んだ3枚の顔写真を見た瞬間、内場の喉がわずかに鳴った。



左、江藤忠政(えとうただまさ)

黒い長髪、鋭いつり目。首筋から頬にかけて、荒れた皮膚がまだらに露わになっていた。


中央、鮫田開智(さめだかいち)

灰色のフードにマスク。顔はほとんど見えない。


右、砕堂(さいどう)ガイ。

187センチの巨体。

元格闘家の文字が、やけに重く見えた。



(……同時に、3人)


内場の胸に、じわりとした圧迫感が広がる。

これまで相対してきた異能者は、常に単独だった。

内場にとっては、想定外の案件。


「場所は駅前、レイディオ会館」


荒屋の声が続く。


「10名以上の人質を取り、建物内に立てこもっている。

 現在、警察が規制線を敷いている最中だ」


“人質”。

その言葉が、内場の鼓動を一段早めた。


「"迎撃・包囲戦"を得意とする第4部隊が建物の完全封鎖を行う」


その瞬間、隣の男――ラチェノンが一歩前に出た。


「そうよん」


軽い声音。

だが、その目は獲物を囲む捕食者のそれだった。


「私たちが外を固めている間に、"汎用・市街戦対応"の第3部隊が中に突入。人質を救出して、異能者どもを一門打尽にして頂戴♡」


語尾にハートをつけるような口調とは裏腹に、内容は冷酷そのものだ。


(……濃い人だな)


内場は内心でそう呟き、無意識にこめかみを押さえた。

この人と同じ戦場に立つのか。

しかも、初の3人同時案件で。


だが、逃げ場はない。

選ばれたのは、第3部隊だ。


「"氷が張られた"、"館内が寒くなった"、といった目撃証言がある。」


荒屋の言葉が、現実へと引き戻す。


「3人のうち誰かが、それに付随した異能を持っていると考えられる。――長谷川」


荒屋は長谷川美玲(はせがわみれい)に視線を向ける。


「HK416対応・対異能用高温化学反応5.56mmサーム弾、準備します」


サーム弾――

命中と同時に1,500〜2,000℃相当の局所熱を発生させる対異能用化学反応弾である。

連射は不可、専用マガジン限定。

特災対の技術局が開発した、通常弾では通らない相手への対抗策だ。


荒屋は静かに頷く。


「概要は以上だ。直ちに移動する」


内場は深く息を吸い、静かに吐いた。

胸の奥に残る不安を、無理やり押し込める。


(……大事件だ。けど…だからこそ、僕らがやるしかない)


異能者が3人いようと、人質がいようと。

自分は、ここに立っている。


それだけが、確かな事実だった。




◆◆




《秋葉原・レイディオ会館》


真昼の秋葉原は、本来ならば喧騒と電子音に満ちている。

だがこの日、その賑わいは強引に押し潰されていた。


都市区画ごとに張り巡らされた黄色い規制線。

その内側に立つ警察官たちが、絶え間なく人の流れを押し返している。


「危険です! ここから先には近づかないでください!」


拡声器越しの声が、アスファルトに跳ね返る。

それでも野次馬は後を絶たない。

人垣の隙間から、スマートフォンを掲げ、背伸びをし、

“事件”を覗き見ようとする視線が無数に集まっていた。


日常と非日常の境界線が、ここには引かれている。



――そして、その境界の内側。


レイディオ会館の内部は、外の騒ぎが嘘のように静まり返っていた。


フードを深く被った男が、ショーケースに腰掛けている。

――鮫田開智。


ガラス越しに並ぶ商品を眺めるでもなく、

ただ、呼吸だけが淡々と続いていた。


背後では、縄で後ろ手を縛られた人質たちが床に座り込んでいる。

誰も声を上げない。

泣き声すら、恐怖に喉を締め付けられて飲み込まれていた。


「……やつら、来るかな」


少し離れた場所。

ライトグレーのスウェットとジーンズを着用している長髪の男

―― 江藤忠政が、壁にもたれかかりながら口を開く。

その肌は異様なほど白く、光を弾くような質感を帯びていた。


「来るだろ」


砕堂ガイが低く笑う。

筋肉で今にも裂けそうなTシャツが、呼吸に合わせて軋む。


「これだけ派手にやって、来ねぇはずがねぇ」


三人の間には、恐怖も焦りもない。

あるのは、“待つ”という選択だけだった。


「……さぁ、来い」


鮫田が静かに呟く。

フードの奥から覗く瞳は、氷のように冷たく、揺らぎがない。


「特災対」


その名を口にした瞬間、

建物の外で――空気が切り替わった。



――――



――同時刻。

レイディオ会館の裏手に、6台の黒いハイエースが音もなく停車する。


ドアが開き、漆黒のタクティカルスーツに身を包んだ者たちが次々と降り立った。

特災対戦術局――第3部隊、第4部隊。


銃器、装備、動き。

すべてが無駄なく、静かだ。


「さぁ。お掃除の時間よ」


ラチェノンが妖艶に笑い、肩を回す。


「第3部隊、配置につけ」


荒屋の声が短く、鋭く響く。

視線はすでに、戦場だけを捉えている。


(……また、戦いか)


内場は、息をひとつ飲み込んだ。

胸の奥に、嫌というほど馴染んだ重さが沈む。


恐怖ではない。

だが、慣れたくもない感覚。


(今回は……)


人質の顔が脳裏をよぎる。

床に座り込み、震えている“誰か”。


(誰も、死なせない)


簡単な言葉ほど、重い。

だが内場は、その重さから目を逸らさなかった。


硬く結ばれた表情の奥で、

瞳だけが、静かな炎を宿していた。


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