表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

第28話 第4部隊、始動

7年前。


特災対(とくさいたい)・戦術局長になり立ての久我宗一郎(くがそういちろう)は、短い黒髪にがっしりとした体をスーツに包み、夜の街を歩いていた。

ネオンの光が濡れたアスファルトに滲み、遠くでバイクのエンジン音が低く響く。


彼は、タイ王国の中心部に足を踏み入れていた。

この街に来た理由は観光でも視察でもない。目的は、ただ一つ。


客引きの声が耳をかすめる。

だが久我は視線を向けることもなく、淡々と歩を進めた。

一歩ごとに靴底が路面を叩き、その足音だけがやけに重く、ビルの壁に反響する。


華やかな繁華街の一画。

だが――ここから先は、交渉と選別の場だ。


「ここか…」


薄暗い雑居ビルの前で立ち止まり、剥き出しの階段を一段一段登る。

三階の扉の前で立ち止まる。


扉の看板には「エリザベス」とだけ書かれていた。


ガチャン。カランカラン


――扉を開けた瞬間、空気が変わった。


「あら♡いらっしゃーい」


華やかな声が響く。


店内は――ゲイバーだった。


カウンターには色とりどりの衣装を着た男達が立ち、笑顔を浮かべて接客している。笑い声、グラスのぶつかる音、足音が混ざり合い、雑然とした賑わいが空間を満たす。


「あら、日本人?」


カウンター越しに、一人の男が姿を現した。

丸刈りの頭、長いまつ毛、濃いアイライン、真っ赤な口紅。

鍛え上げられた体がタイツのような衣装で浮き彫りになる。

だが、ハーフフィンガーグローブに包まれた両手だけが不釣り合いに重厚で、静かな威圧を放っていた。


「そうだよ。慣れないところに来てしまってね」


「日本人は好きよー!タイへようこそ♡」


店内の雑踏が、久我の意識から徐々に薄れていく。

彼の目は男の胸元にぶら下がった名札

――Ratchanon(ラチェノン)に吸い寄せられた。


久我は口に手を当て、ささやくように声を潜める。


「ん?なになにー?」


男は耳を久我に近づける。


S-9(エス・ナイン)


小さく口にしただけで

――男の表情が一瞬で変わる。

笑顔は消え、瞳に鋭い光が宿った。

久我の視線を逃すことなく、男はじっと彼を見据える。


やがて、笑顔が戻る。声を張り上げ、店内に響かせる。


「ごめんね皆んなー!ちょっと今日はもう店を閉めなければならないの!」


「ええ!どうしてだよママ!」

「え〜これからじゃないですか店長」


悪態をつく声が飛び交う。


「ごめんねー、なんか祖母が倒れちゃって

 …後警察もこの後来るのよ〜♡」


「やべぇじゃん、てんこ盛りだねママ」

「それじゃ私たちだけで、営業回すわよ♡」


「んーん、大丈夫。私が対応するから。

 申し訳ないけど、今日は店仕舞い。」


文句を言いながらも、客やスタッフが店を出ていく。

残ったのは、久我とカウンターの男だけになった。


男は、タバコを取り出して火をつける。


「……で。なんで…知ってるの?」


男は笑みを浮かべつつも、瞳は鋭く光る。

久我はグラスを手にして、ゆっくりと飲み干した。


「君のことを少し、調べさせてもらったよ。」


久我は言葉を続ける。


S-9(エス・ナイン)

 公には存在しない、タイ王国の対異能者の特殊部隊。

 君は、その元隊長――ラチャノン・スリヴァタナだね?」


「そうね」


男――ラチェノンは即答した。

隠す意味はないと判断したのだ。


「あなた……何者?」


ラチェノンは久我を凝視する。


「答えによっては――生かして返さないわよ」


ラチェノンは僅かに手袋に包まれた右手を動かした。


すると――


イィィィン……


ガラスを撫でるような音が、静寂に包まれたゲイバーに響き渡る。


カコン……


久我が飲み干したグラスが、突然真っ二つに割れ、カウンターテーブルを転がる。


「さぁ…答えなさい。

 私はいつでも、あなたを殺せるのよ」


ラチェノンの顔には笑みは残っていなかった。


久我は喉を鳴らす。


「やはり…S-9(エス・ナイン)を脱退して久しいはずだが、その技術は健在のようだね。()()()()()()()()()を扱い、()()()()()()()()()()()()()


「失礼ね。女よ」


ラチェノンは一蹴した。


「――俺は久我宗一郎。

 ()()()()の対異能者専門国家機関、日本の特災対。

 その戦術局長。

 君を――スカウトしに来たんだよ、ラチェノン」


「…何を言い出すかと思えば」


「君は、復讐に燃えているんだろう?」


久我の言葉に、ラチェノンの瞳が一瞬だけ揺れた。


S-9(エス・ナイン)の戦果は凄まじい。多数の異能者を討ち取ってきた。ただ――」


一拍置いて、久我は続ける。


「君は、私怨に部隊を使ってしまい処分になった。

 まだ、その復讐は果たせていないんじゃない?」


ラチェノンは黙って久我を見つめる。


「俺は、その場を与えてやれる。機会を与えてやれる。

 …どうだい?悪い話じゃないだろう?」


ラチェノンは腕を組み、タバコをくゆらす。

久我はしばらく、タバコを吹かすラチェノンをじっと見つめていた。


ラチェノンがタバコを灰皿に押し付けたタイミングで、久我が再び口を開く。


「君は隊員達から慕われていた。

 君の一声で……全員、招集できる。

 そのまま特災対に一部隊として在籍するのも大歓迎だ」


久我は不敵に笑った。


「一緒に、異能者を根絶やしにしようよ」


ラチェノンはにっこりと笑った。


「信用はしない」


一拍置く。


「利用価値がないとわかれば、私たちは速攻でタイに帰る。

 それで問題ないかしら?」


久我は口角を上げる。


「うん…君の期待に応えてみせるよ」


二人はがっしりと握手を交わした。




◇◇




現代。


戦術局長・久我宗一郎は、重厚な木製の机に向かい、指先で資料を押さえながら目を走らせていた。モニターの光が彼の鋭い眼差しに反射し、薄暗い室内にわずかに陰影を落とす。


資料の内容は――特災対戦術局第4部隊の概要。

――隊長:ラチャノン・スリヴァタナ。


資料の文字の横には顔写真が貼られている。

7年前と変わらず、その見た目は派手さと異質な存在感を放っていた。


久我は視線を止め、軽く唇を動かす。


「初めて会ったのが懐かしいね…。

 僕らの組織は、君達にとって有用なようだね」


言葉は小さく独り言のように漏れたが、空気を通じてその重みは部屋にじわりと広がる。

紙面の写真に視線を落としたまま、久我の背筋は自然に伸び、指先の力が僅かに増す。


コンコン――


部屋の静寂を破るノック。


「入って」


久我は端的に告げる。声は低く、部屋に響く緊張の針となる。


入ってきたのは――


「失礼します」


第3部隊隊長・荒屋茂一(あらやしげかず)

鋭い目元に刻まれた深い皺、粗い無精髭、浅黒く焼けた肌。

戦場でしか生きられない鬼軍曹のような風貌は、部屋の空気を一層引き締める。

足音一つ一つが床に重く落ち、息遣いまでも計算されたように静かだ。


「お呼びでしょうか。久我局長」


「うん」


久我は視線を壁に埋め込まれた大型モニターに移す。荒屋も同時にモニターを見据え、背筋を伸ばす。二人の間には説明を待つ沈黙があった。


モニターには3人の男の顔写真が表示されている。


「秋葉原で、異能者による立てこもり事件が発生した。

 カテゴリー3から4と見られる異能者が3名だ」


異能者が3人も同時に現れる。

あまり例のない、異常事態であった。


荒屋の顔が引き締まる。


「制圧の任務でしょうか」


「そうなんだけど……

 君らは先の戦いで6名が死亡し、人数も減っている。

 治療や休暇も取っていたから、ブランクもある。

 だから――」


言葉はそこで一旦止まる。室内には機器の微かな作動音だけが響く。

荒屋もまた、口を紡ぐ。

モニターから視線を外し、わずかに顎を引く。


コンコン――再び、部屋の扉がノックされる。


入ってきたのは――


「お邪魔するわよ。

 …あらやだ、茂一ちゃんじゃない♡」


特災対仕様のタクティカルスーツに身を包み、その下にはピチピチのタイツを着た筋骨隆々の丸刈男――ラチャノン・スリヴァタナ。


荒屋は表情を変えず、ゆっくりと久我に視線を戻す。

目に、ほんの僅かに警戒が浮かんだ。


「…どういうことでしょうか」


久我は目を細めることなく、口角だけを上げる。

冷徹な沈黙に包まれた瞬間、ラチャノンの存在感が部屋全体を押し広げる。


「うん、今回は二部隊制で制圧してほしい」


「あら、第3部隊と?」


ラチャノンは軽やかに笑う。口角を上げ、真っ赤な唇が光沢を放つ。

眼差しは荒屋をも久我をも見据え、部屋に緊張の線を張り巡らせる。


「敵は3人もいる。一部隊では手こずりそうだ。

 それに、部隊間の連携力も磨いておきたい」


久我は冷静なまま、口角だけを上げた。わずかな動きが、全てを掌握しているという自信を示す。


「荒屋、ラチェノン。頼んだよ」


荒屋とラチェノンは、久我に向かい、敬礼する。


部屋の空気に、次の戦いの予感が、静かに、しかし確実に滲み始めていた。


第二章、スタートです。

第一章では第3部隊の戦いを中心に描いてきましたが、

この章では他部隊との関わりや共闘も描いていきます。


物語の視野が、少しずつ広がっていく章になります。

楽しんでいただければ幸いです。


今週は月〜火、木〜日の21時前に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ