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第26話 居場所

「乾杯ーーー!!」


徳利とグラスがぶつかり合い、軽やかな音が居酒屋に弾けた。


都内の一角にある、年季の入った居酒屋。

暖色の照明に照らされた畳、壁には色褪せた短冊メニューが無造作に貼られている。

香ばしい焼き魚の匂いと、油のはねる音。

どこにでもある――だが、どこか落ち着く、そんな店だった。


その中央に置かれた長机を、第3部隊の面々がぐるりと囲んでいる。

全員、私服。

普段のタクティカルスーツの面影は、ここにはない。


内場はTシャツにズボンという、拍子抜けするほどの軽装だった。


「いやぁ〜内場くんの歓迎会、ずっと出来てなかったですからねぇ〜」


安藤が泡立つビールを掲げ、いつもの緩い声を出す。


「事件、立て続けでしたし。

 もう、やりたくてウズウズしてたんですよ〜!」


内場の向かいに座るのは、長谷川だった。


「ほんとですよ。内場くん、最初はメンバーのこと全然知らないまま、現場に出てましたもんね」


淡い色合いの私服に身を包んだ長谷川は、どこか上品で柔らかい。

戦場での凛とした姿とはまるで別人で、街のどこにでもいそうな“普通の女性”に見えた。


(……雰囲気、全然違うな)


内場は視線を逸らしながら、胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。


「いえ、皆さん本当に良くしてくださって……感謝してます」


「硬い!硬いですね〜」


安藤が笑いながら肩を叩く。


「もっと肩の力抜きましょ〜。ほら、ハッスルハッスル!」


ドルチェは寡黙だった。

ロングコートもサングラスもなく、シンプルな服装で、

黙々と唐揚げを口に運んでいる。


「ひょっほーい! 酒じゃ酒じゃ!」


李は最初から出来上がっていた。

派手な柄シャツに、どう見ても合わせる気のないパンツ。

ファッションセンスという概念が、どこかで行方不明になっている。


「李の旦那、あっしぁ思うんですがね」


白柳が日本酒をあおりながら、口を挟む。


「毎日飲んでやしませんかい? その調子で」


「なんじゃと?」


「ていうか李さん、任務中に持ち歩いてるボトル、あれ何入ってるんですか?」


長谷川が興味本位で尋ねた。


「なんじゃと思う?」


「んー……ビール?」


「戦い中にシェイクされて泡吹くわい! 養命酒じゃ!」


一拍遅れて、どっと笑いが起きた。

この場には、世界の闇も、極秘機関の影もない。


「てやんでぇ、内場」


白柳が徳利を置き、内場を見る。


「この前のは、なかなかのもんだったじゃねぇか。

 あんな外道を射抜くたぁ、並じゃねぇ」


内場は急に話を振られ、胸が小さく跳ねた。


「……いや、本当に。カテゴリー5相手に、あんな…ねぇ?」

「助けられましたよ、俺たち」

「命拾いだ」


口々に声が重なる。


白柳が鼻で笑う。

「おいおい、てめぇら。

 若いのに気ぃ抜かれてんじゃねぇのか?」


「あはは……先輩なのに、参っちゃいますねぇ」

「俺たちも、いい背中見せねぇと!」


「いえ……僕は、たまたま隙を突いただけで……」


「内場くん」


長谷川が、澄んだ瞳で真っ直ぐに彼を見た。


「内場くんは、みんなを助けた。胸張っていいんだよ」




――胸を張る、か。


人を殺したことを、誇っていいのだろうか。

たとえ、相手がどんな大悪党だったとしても。


――でも。




「なぁ美玲ちゃんよ」


白柳が煙草に火をつけ、煙を吐く。


「てめぇ、男の一人もいねぇのかい?」


「全然!」


長谷川が即答する。


「こんな組織にいたら、出会いなんてありませんよ!」


「ワシらがいるじゃないかぃ」


李がにやつく。


「……遠慮しときます!」


「けっ。生意気な小娘だ」


「なんですかそれー!」


笑い声が弾ける。




――僕が撃ったから。

今、こんなにも、和気藹々とした時間がある。




「こらこら、セクハラはいけませんよ〜!」


安藤が慌てて割って入る。


「へっ」


白柳が肩をすくめる。


「こんな稼業に、堅ぇ掟なんざねぇ。

だからこそ、嫌いじゃねぇんだがな」


「極道の血が騒いでますねぇ〜怖い怖い」




――黎明は、やはり裏で大量殺人をしていた。

突入前に黎明と接触した警官も、殺されていた。




◇◇




(回想)


「だからな。

 任侠に背いて、恨み買うような真似する奴は、生きちゃいけねぇ」


白柳の声。


「俺らぁよ、誰かの仇を討って、

 そいつが前に進むための背中を、ちっとばかし押してやってんだ」


一拍。


「……分かったか」




◇◇




そうだ。


きっと、僕は――人を殺すことに、慣れることはない。

いや、慣れてはいけないのだろう。


でも、もし()()()()()があるとするのなら――




「てか内場くん! いいなぁ、長谷川さん付きで!」


木ノ下尊(きのしたたける)が割り込む。

彼も第3部隊の若手隊員。お調子者である。


「長谷川さん、俺のことも面倒見てくださいよー!」


「すみませんー店員さん。テキーラお願いします。ショットで」


「すみませんでした」


内場は思わず、くすりと笑った。


「長谷川さん、いつもありがとうございます」


「なんかね、内場くんって放っとけないんだよね!」


「俺も放っとかれたくない!」


木ノ下がうるうるとした瞳を浮かべる。


――人気あるんだなぁ、長谷川さん。


そりゃそうだ。

普通の職場にいたら、きっと誰も放っておかない。

なのに、どうして――こんな場所にいるんだろう。


「内場くんってそういえば何歳?」


「23です」


「若っ! 私24だよ!」


「ひっひっ、若造ばっかじゃのぉ」

李がばいちゅうが入ったグラスを片手に絡む。


「もう、李さん飲み過ぎです!」


ふと見ると、荒屋は肘をつき、顔を赤らめていた。


「ドルチェよ…お前はいつも静かだな」


「ふん。戯れ合いはしないっす。これ、任務ですから」


ドルチェはまだこの飲み会が任務だと思っているらしい。


「荒屋隊長、酔うの早いですよ〜!」


酔っ払った安藤が背中を叩く。


バシバシ


「やめろ……傷に響く」


その時、内場と目が合った。


「……内場」


「はい!」


「お前は、優しい」


荒屋は静かに言った。


「だからこそ……強くなれる」


酔いのせいか、言葉は少し乱れていた。

それでも内場は、確かに感じた。

胸の奥が、温かくなるのを。


「あ……ありがとうございます」




――あそことは、違うな。

内場の脳裏に、過去の職場の記憶が蘇る。




◇◇




夜の営内は、昼よりも音が多かった。


遠くの車両点検の金属音。

廊下を踏む誰かの靴底。

換気扇の低い唸り。


内場はベッドに腰掛け、タオルで濡れた髪を拭いていた。

消灯まで、まだ少し時間がある。


――聞こえてしまった。


壁の向こう。

談話室のあたりから、抑えた笑い声。


「――あいつさぁ」

「内場だろ?」

「親、もういねぇんだってよ」


タオルを持つ手が、止まる。


「両親殺されてるらしいぜ。

 天涯孤独。そりゃ必死になるわな」

「だから上にチクったんじゃね?」

「正義マン気取り? それとも居場所作り?」


内場は、何もしていない。

聞くつもりもなかった。


でも、音は勝手に入ってくる。


「耳いいんだろ、あいつ」

「気持ち悪いよな。

 そのうち、俺らの寝言も報告されんじゃね?」


笑い声。


乾いた、軽い笑い。


――違う。


言い返したかった。

自分は正義なんかじゃない。

怖かっただけだ。


あの装備の横流し。

あの無線の改竄。

事故が起きたら、誰かが死ぬと思った。


それだけだ。


「もう見送る人もいねぇんだな」

「縁起悪」


その言葉が、

内場の中で、何かに触れた。


声が、脳裏に浮かぶ。


――『総士……誰よりも、優しい子でいて……』


息が詰まる。


頭の奥が、熱くなる。


ドアを開けていた。


いつ立ち上がったのか、自分でも分からない。


談話室。

机の上に缶コーヒー。

笑っていた三人が、こちらを見る。


「……聞いてた?」

「え、キモ」

誰かが言った。


内場は、答えなかった。


一人が、鼻で笑う。


「なぁ、親いねぇとさ」

「怒る人も、悲しむ人もいなくて楽だよな」


――その瞬間だった。


拳が、相手の頬に当たる感触。


硬い。

骨。


次の瞬間、床に倒れる音。

誰かが叫ぶ。


「おい!」「やめろ!」


内場は一発しか殴っていない。

それ以上、動けなかった。


自分の拳が、震えている。


「……っ」


息が荒い。

耳鳴り。


誰かに取り押さえられる。

腕を掴まれる。


「内場! 落ち着け!」


視界の端で、殴られた男が口を押さえている。

血。


ーーやってしまった。


そう思ったのと同時に、


殴らなければよかったのか?


という問いが、遅れて湧いた。


答えは、出なかった。



◆◆



翌日。


簡素な会議室。

上官の無機質な声。


「暴力行為は事実だな」

「事情は聞いたが、証拠はない」

「規律違反だ」


内場は、立ったまま、黙っていた。


上官は、失望と無関心が入り混じった視線を内場に向けた。


「停職。

 その後、処分を決める」


頷いた。


何も、言わなかった。


言えなかった。


――正しかったかどうか、分からなかったから。


営内を出るとき、空はやけに青かった。




◇◇




「てかてか、もう一回乾杯しましょ〜!」


安藤が、空になりかけたグラスを掲げた。


「えぇ、またですか?」

木ノ下が苦笑いを浮かべる。


「副隊長命令ですぅ」


「職権濫用するんじゃないわい」


李が呆れたように言いながら、グラスを手に持つ。


「若造が調子乗りおって」


「それじゃあ」


安藤が一拍置く。


長机の上で、グラスが次々と持ち上がる。

ビール、日本酒、ハイボール。

種類も量もばらばらだが、不思議と揃って見えた。


「改めまして――」

安藤が内場を見る。


「僕たちを救ってくれた、内場くんに。乾杯〜!」


「乾杯ー!」


また、軽やかな音が重なった。




――住み込み。

――戦闘。

――明日、生きている保証はどこにもない。


正直、この仕事はきつい。

何度も、そう思った。


それでも、第3部隊には、

人を貶めるような陰口も、責任を押し付け合う空気もない。

癖は強いが、皆どこか不器用で、真っ直ぐだ。


(……いい場所だ)


アルコールのせいか、内場の頬は緩んでいた。

自然と、笑みがこぼれる。


銃を握る手は、まだ重い。

引き金の感触は、忘れられない。

それでも――


特災対戦術局第3部隊。


ここにいられて、よかった。


内場はそう思いながら、

もう一度、静かにグラスを口へ運んだ。

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