第25話 特災対・幹部会
《特災対・本部/幹部会議室》
永田町と霞が関、その地下深く。
幾重にも重なったインフラ層のさらに下――
地上の時間や喧騒から完全に切り離された場所に、特災対本部は存在している。
分厚い防爆扉の向こう。
外界の音は完全に遮断され、残るのは空調の低い唸りだけだった。
その一室、幹部会議室。
無駄な装飾は一切ない。壁は吸音素材で覆われ、照明が暗く部屋を照らしている。
その中央には、上座一席、両側に三席ずつを設けた重厚なテーブルが照明によって浮かび上がる。
暗さも相まり、会議室には沈んだ陰が落ちる。
――重要な議題があるとき、この部屋はいつもこうなる。
戦術局長・久我宗一郎は、コマンドセンターから直接ここへ呼び出されていた。
扉が閉まる音が、鈍く短く響く。
テーブルには、すでに六人が揃っている。
「お待たせしました」
久我は簡潔に告げ、指定された席へ向かう。
テーブルの左側、真ん中に座るのは、
久我と同じくコマンドセンター所属――
特殊監理局局長、三上源助。
小柄で痩せた体躯。白髪が目立ち、顔には年齢以上の疲労が刻まれている。
しかし背筋は崩れておらず、その穏やかな表情の奥には、長年触れてはならないものを扱ってきた者の静かな重みがあった。
今日は、彼が議題を持ち込んだ。
向かい、右の入り口側。
庶務局長・原島豊。
整えられた短髪に、隙のないスーツ。
一見すれば温厚な官僚だが、視線は常に会議室の全体を計測するように巡っている。
損得とリスクを同時に計算する目だ。
右側中央、原島の隣。
情報機関長・御堂玲奈。
髪を後ろで束ね、耳元に落ちる一房だけが柔らかい印象を与える。
だが、その姿勢は隙がない。
この場において、最も多くの“裏”を把握している人間だった。
右側の奥、御堂の隣。
コマンドセンター所属。
技術局長、神宮寺朔真。
肩まで届く、白髪混じりの長髪を後ろで一つに束ねている。
顎からはボリューム感のある髭が生える。
切れ長の冴えた目と、彫りの深い顔立ち。
左側奥、三上の隣。
コマンドセンター所属。
副機関長・鷹宮康哲。
白髪混じりの短髪。穏やかな顔立ちだが、目元には常に疲労の影がある。
背もたれに深く身を預けているが、その姿勢自体が圧力になっていた。
動かず、語らずとも、存在が場を締める男。
そして――最奥、上座。
会議室の中心軸に座る人物。
黒のストライプスーツを寸分の乱れもなく着こなし、
サングラスの奥に視線を隠した男。
機関長・花京院定将。
組んだ指に顎を乗せ、微動だにしない。
呼吸すら、意識しなければ感じ取れないほど静かだった。
久我が、空いている左側手前の席につくと、空調音以外の気配が、完全に止んだ。
「……ゴホン」
三上の咳払いが、その静寂を切り裂く。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声は低く、落ち着いている。
だが、この場の全員が理解していた。
――この男が“重大でない報告”を持ってくることはない。
「……報告したいことがあります」
鷹宮が、わずかに視線を向ける。
「そんなに重要か?」
「はい。そうですね」
テーブルの正面、壁面のモニターが起動する。
映し出されたのは、暁月真理教教祖・黎明討伐の概要。
「ご存知の通り、我々特災対は警察庁と共同で、暁月真理教教祖・黎明を討ち取りました」
淡々とした口調。
「遺体は、特殊監理局・事後処理課の手で処理する予定でしたが……その検体を調査していたところ――」
画面が切り替わる。
映し出されたのは、黎明の遺体。
その右脇腹のアップ。
「右脇腹に、“月印”が確認されました」
黒い、三日月の紋様。
それを貫く、一筆の線。
ただの刺青。
だが、この部屋にいる者にとっては、それ以上の意味を持つ印だった。
原島と鷹宮、神宮寺が同時に目を見開く。
御堂は、ほんのわずかに姿勢を正した。
久我は無表情のまま身体を捻り、画面を凝視する。
花京院は、姿勢を変えない。
サングラスの奥から、その刻印を静かに見つめ続けている。
沈黙。
原島が、噛み締めるように呟く。
「月迦……だったのか」
「ええ。まさか、ここまで大きな獲物が釣れるとは」
御堂の声は冷静だった。
「BETした甲斐がありました」
鷹宮が顎を撫でる。
「ふむ、そうか…。御堂、最後に月迦が確認されたのは?」
「十年前です。
米国で、軍事企業CEOを米特殊警察部隊が暗殺した件が最後になります」
「ほぅ……」
原島が低く息を吐く。
「信者数、八万二千。巨大宗教のトップ……
なるほど。やはり、というべきですか」
「カテゴリーも5相当。ただの異能者のわけがない」
久我が視線を御堂へ向ける。
「すぐ調査をしよう。
でないと、トカゲの尻尾切りで逃げられる可能性がある」
一拍。
「――月迦ノ会に」
その言葉に、空気が凍る。
御堂が頷く。
「まずは資金洗浄ルートから。
暁月真理教の献金先を洗います」
原島も即座に応じる。
「表の帳簿は偽装だらけでしょう。
裏取引、ダミー法人……虱潰しに」
「徹底的に」
神宮寺が口を開く。
「黎明の渡航歴や、宗教に不要な物資の流通ラインも確認してくれ」
御堂は久我に視線を向ける。
「わかったわ」
神宮寺が花京院と鷹宮に視線を配り、続ける。
「遺体は、うちの研究課で解剖を。
月迦の検体など、二度と手に入りません。
脳――特に前頭前皮質を重点的に」
「……報告書にまとめろ」
鷹宮が短く言う。
「遺体の方はすぐに手配しますね」
三上も頷く。
その一連の会話を、花京院は黙って聞いていた。
そして、誰にともなく――
ぽつりと呟く。
「やはりか」
その一言が、
この会議が始まりではなく、“次の段階”に入ったことを、静かに告げていた。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/ブリーフィングルーム》
黎明討伐から十日ほど。
ブリーフィングルームに、第3部隊の14名が揃っていた。
整列する隊員たちの前に立つのは、副隊長の安藤。
背後のモニターは暗転したままだ。
荒屋は一歩下がった位置で腕を組んでいる。
顔や首元、手の甲に、いくつかの絆創膏。
――Ⅱ度深達〜Ⅲ度の火傷。
そう聞かされていたはずなのに、
その立ち姿は驚くほど普通だった。
(……もう、こんなに回復してるんだ)
無精髭まで、しっかり伸びている。
内場は、わずかに息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ下がる。
それでも、心は落ち着かない。
今日は、なんのブリーフィングだろう。
また異能者案件か。
あの白い光が、脳裏をかすめる。
パン。
安藤が両手を叩いた。
「はい、皆さん。揃いましたね」
柔らかな声。
糸目の笑顔。
「とりあえず、全員傷は癒えたようで何よりです!
先のカテゴリー5の異能者との戦闘は大変でしたね〜」
誰も口を挟まない。
冗談めいた口調でも、その重さは皆が理解していた。
「亡くなった6名の隊員達のことは、残念でした。
…冥福を祈りましょう」
一瞬だけ、安藤の声が沈む。
室内の空気が、ほんのわずかに重くなる。
「……色々ありました。
それに、我々ずっと働き詰めですよ!」
少し調子を戻して、続ける。
「労基に言ったら、大事件ですよね〜」
誰かが、小さく笑った。
張りつめていた空気に、かすかなひびが入る。
「皆さん、たまには任務以外でも外に出たいでしょ〜。
なので、久我局長に言って……」
一拍置いて。
「僕の方から、第3部隊全員分の外出許可申請と、
休暇申請を出しときましたよ〜!」
「おお!」
室内に、明るい声が広がる。
「久我局長は渋ってたんで……
明日。一日だけですけどね〜!」
安藤は頭を掻いて、てへへと笑った。
「構いませんよ、安藤さん!」
「さすが安藤さん!」
隊員たちの表情が、わずかに緩む。
「ということで……」
安藤は咳払いを一つ。
「今日の任務をお伝えします」
――来る。
内場の背筋が、無意識に伸びる。
「今夜の任務は……」
一拍。
「親睦会!飲み会です!」
……え?




