第22話 撃て
《都内某所/暁月真理教・本部施設》
壇上近くの椅子の影――
人の視線が届かない、集会場の死角から、光を帯びた男が静かに立ち上がった。
まるで最初から、そこに在ったかのように。
「光線照射」
淡々とした声。
祈りでも、怒号でもない。
ただ事実を告げるような、無機質な宣告。
次の瞬間、神罰の光が集会場の入口に陣取る第3部隊へと解き放たれた。
閃光が視界を喰らい尽くし――
ズァン――ッ
空気そのものが焼き切られる、鈍く濁った音。
「……っ、ぐぅ……」
内場のすぐ横で、呻き声が落ちた。
ドサ……ドサ……
川口と橋田。
つい数秒前まで隣にいた二人の隊員が、力を失ったように床へ崩れ落ちる音が、やけに大きく響く。
焦げた臭い。
肉と布が焼ける、吐き気を催す匂い。
「っ――!!」
内場は反射的に身を引き、壁裏へと転がり込む。
背中を壁に押し付けた瞬間、心臓が暴れ狂った。
(……死んだ? 今の、直撃だ)
ドルチェ、白柳を含む10人の分隊が駆け寄ってくる足音。
内場のそばにある扉とは別の扉を開け、集会場内部へと銃口を向ける。
半身だけをさらし、引き金に指を掛けた――その瞬間。
「逝きなさい。極楽浄土へ」
黎明の低い声が、集会場全体に降り注いだ。
次の刹那。
影という影が消し飛ぶほどの閃光。
光は扉も、壁も、距離も意味を持たせない。
一直線に、世界を貫通する。
ズァン――ッ
壁を穿ち、煙と破片を撒き散らしながら、さらに一人の隊員が崩れ落ちた。
内場の喉が、ひくりと鳴る。
(……壁が、遮蔽物にならない)
汗が止まらない。
呼吸が浅く、肺がうまく膨らまない。
(どうするどうする!!
多領域遮断スモークはもう使えない…
いや、そんなこと言ってる場合では…)
「くそがあああ!!」
白柳は即座に判断を変えた。
止まれば撃たれる。
隠れれば貫かれる。
走るしかない。
白柳は集会場へ飛び込み、横方向へ全力で駆けながら、反射的に銃口を構える。
白柳がいたドルチェ分隊の8人も、即座にそれに続く。
同時に、長谷川や安藤は、扉の影から黎明に向けて銃を構える。
内場も、同様に扉から銃を構えた。
その脇で――
取っ手付きの小型ミラーで黎明を捉えていた荒屋が、微かに表情を変えた。
ピクッ、と。
「全員、目を――」
「目眩し」
荒屋の指示は、ほんの一拍、遅かった。
誰もが、光を放つ“導師”を見ていた。
世界が、完全な白に沈む。
「――っ!!」
視界が焼かれる感覚。
目の奥に、針を突き立てられたような激痛。
(やられた……!)
スタングレネードと同じだ。
いや、それ以上。
「……くっ、見えない……」
長谷川の声が、すぐ近くで震える。
「ちくしょう……」
集会所内にいるドルチェの悪態。
「これは……さすがに……」
安藤の声も、苦しげに途切れる。
誰も、まともに視界を取り戻せていない。
「…チッ!」
白柳は壇上の方向へ、闇雲に引き金を引いた。
ダダダッ!
だが、黎明は床に伏せて並び置かれた椅子の陰に隠れ、銃弾を回避する。
跳弾の音が、虚しく響いた。
――これはまずい。
内場の背筋を、冷たいものが這い上がる。
(全員、無力だ……今、この場で)
光の支配者の前に。
だが、その白の中を――
踏み込む足音があった。
「全員、撃つな」
集会場に、躊躇なく駆け込む音。
唯一、閃光の直前に目を閉じ、身を翻していた男。
荒屋だった。
「おや」
黎明は、ほんのわずかに目を細める。
「運よく、目を瞑っていたようですね」
穏やかで、慈愛に満ちた声。
まるで試練を乗り越えた信者を褒めるように。
「よく、ここまで生きてきました。
こんな――不条理な世界で」
黎明は、静かに手を向けた。
「光線照射」
次の瞬間、光が収束する。
だが――
荒屋はもう、そこにいなかった。
横へ飛ぶ、というより、
攻撃が来る前から、身体が動いていた。
床を転がり、並び置かれた椅子の影を滑り、
その流れのまま、銃を構える。
一瞬、黎明の表情が曇る。
――目眩し
再び、閃光。
だが荒屋は、寸分違わずタイミングを合わせ、前腕で目元を覆った。
光が弾ける“瞬間”を、知っている動き。
黎明は、明確に動揺した。
壇上へと駆ける。
「……それも、もう見た」
荒屋の声は低く、乾いていた。
引き金。
ダダダダダダッ!
乾いた連射音。
数発が、確かに当たる。
黎明は身を投げるように壇上机の影へ滑り込んだ。
「……グフッ」
胸、肩、腕。
半身が、銃弾で抉られている。
血が、白いローブを汚す。
「なんですか……その動きは……」
黎明は、息を荒くしながら笑う。
「まるで……私の攻撃を、読んでいるかのような……」
「読んでんだよ」
荒屋は壇上に向かって歩きながら、無造作にマガジンを抜き、装填し直す。
敵の眼前での装填。
戦場では、愚行。
だが荒屋は確信していた。
――今は、出てこない。
その読みを、黎明も理解した。
(装填する音……
今は銃が使えない。好機!)
腕を出そうとした、その瞬間。
ガンッ! ガンッ!
乾いた拳銃音。
荒屋のサイドアームは、すでに抜かれていた。
黎明の腕が撃ち抜かれる。
「……っ、ぎ!!」
「……頭ごと出すと思ったんだがな」
荒屋は銃口を下げない。
「まだ――“理解”が足りてねえ」
黎明は歯を食いしばる。
(なんだ、この男は……
私の行動を、思考ごと読んでいるのですか……?)
――荒屋茂一。
元・陸上自衛隊・特殊戦術群中隊長。
"戦鬼"とまで呼ばれた、"伝説の自衛隊員"。
50を越えてなお前線に立ち続ける、
数多の戦場を生き残ってきた“本物”。
その異名は――"先見無双"。
1秒先の未来が視えているかのようだ、と噂される男。
だが、それは異能ではない。
身体の向き。
呼吸。
視線。
空間。
わずかな癖と兆候。
それらすべてを読み取り、積み上げた末の予測。
人間が到達し得る、経験の極致だった。
「……鈴木、橋田、川口……」
荒屋は、一瞬だけ目を伏せる。
「すまん。
もう少し早く、この男の“理解”ができていれば…」
短く、吐く。
「仇は、打つ」
だが――
黎明は、なおも冷静だった。
「では」
血に濡れたまま、微笑む。
「あなたに、まだ見せていない"光"はどうでしょうか」
次の瞬間。
黎明の身体が、発光体となる。
「救済の後光」
集会場から、白以外の色が消えた。
壁や床、天井が光を反射し、白光が空間を埋め尽くす。
チリ……チリ……
椅子や床が、焼ける音。
目を覆っても、
瞼の裏が灼かれる。
それは、警官を屠った、あの光。
空間そのものが、熱を帯び、歪む。
「あ…熱い」
集会場の出入り口付近にいるドルチェ分隊の誰かが、呻く。
荒屋のタクティカルスーツから、白い煙が立ち昇る。
それでも荒屋は、動かない。
静かに、口を開く。
「……内場」
その声は、光の中でも届いた。
「俺たちは、目を奪われた」
一拍。
「だが……お前には、耳がある」
「お前なら――視えるだろ」
集会場に面した壁裏。廊下。
視力の回復を待っていた内場は、
その言葉を、確かに聞き取った。
「撃て」
荒屋の声が、内場を呼ぶ。
黎明は、光を放ちながら壇上に立ち上がり、その中央で両手を広げる。
「私は、導師」
白い光が、さらに強まる。
「あなたたちも――“解放”しましょう」
内場は扉の正面へと進む。
廊下までも白く染めるほどの光量。
その中心へ、HK416を構えた。
カチャ……
金属音が、異様に大きく響く。
狙いは、壇上机の脇。
空気が焼け、音が歪む中で、
内場は必死に耳を澄ます。
言葉。
衣擦れ。
鼓動。
黎明から滴れる血が蒸発する音。
(……そこか)
瞼の裏は、太陽を直視したように白い。
引き金にかけた指が、震える。
撃たねば。
撃たねばならない。
――この男を、殺さなければ。
光が、さらに強くなる。
唇が、震えた。
「内場」
荒屋の声。
「……みんなを、救え」
仲間の亡骸が、脳裏をよぎる。
――この男は、生きてちゃいけない。
覚悟が、落ちた。
――撃つ。
「逝きなさい」
ダァァァン!!
HK416が、咆哮した。
次の瞬間。
集会場は、闇に沈んだ。
撃った反動で肩が痺れる。
ガチャン
HK416が床に落ちる音が、無音と化した集会場の中に響き渡る。
天井に施されていた白布の装飾は、焼き切れて床で炭と化していた。
椅子や床、壁は壇上を中心に黒焦げ、焦げ臭い匂いが充満する。
荒屋は皮膚を焼かれ、黒焦げたタクティカルスーツが白煙を上げる中、壇上の近くで尚も仁王立ちしていた。
壇上には――
頭を撃ち抜かれた黎明が、倒れている。
「……ぁぁ……」
掠れた声。
「神よ……私を……
“報われぬ者”だった、私を……救って下さり…
ありがとうございました」
天井へ、手を伸ばす。
だが、その腕は――
静かに、力なく、落ちた。




