第21話 白の領域
《都内某所/暁月真理教・本部施設》
――コツ……コツ……
足音。
近い。
確実に、こちらへ。
逃げ込んだ部屋は会議室だった。
長机、椅子、ホワイトボード。
袋小路。
(……来る……!)
安藤が立ち上がり、廊下へ続く扉へ駆ける。
HK416を構え、腕だけを廊下へ突き出す。
銃口は向かって左。黎明のいる方へ。
ダダダダダッ!!
銃声が壁に反響する。
「走って!!」
反動で腕を痛めながらも、叫ぶ。
(今だ……!足音、退いた!)
内場と李は即座に廊下に躍り出る。
扉を背に、三人は廊下の状況を確認する。
黎明の姿はなかった。
銃弾を回避するため、最初に現れた部屋へ退いたらしい。
内場は、黎明が部屋から出て来れぬよう、前方数メートルほどにある半開きになったその扉に向けて威嚇射撃を行う。
ダダダダダダダダッ!!
跳弾が白い壁を削り、火花が散る。
「うらあああ!!」
そのとき――
内場の足元に、何かが触れた。
鈍い感触。
焼け爛れた肉片。
さっきまで、並んで走っていた“仲間”。
(…鈴木さん?)
「……っ」
喉がせり上がる。
視界が歪む。
(……死んだ……?
こんな……一瞬で……)
初めて見る、仲間の死。
しかも、戦った結果ですらない。
「いくぞぃ、若造」
李が内場の襟を掴み、引きずる。
「階段へ!!」
安藤が撃ち続けながら指示を出す。
三人は、向かって左手にある踊り場へ転がり込む。
「……はぁ……はぁ……すみません……」
吐き気を抑え、膝をつく内場。
「仕方ないのぅ」
李の声も、険しい。
『こちら荒屋。無事か』
イヤーピースから、荒屋の声。
「安藤、李、内場、無事です!そちらは!」
安藤が無線で応答する。
『廊下が回廊状だ。
突き当たりを曲がって、なんとか離脱した』
二階は、外周と建物中央部に部屋が配置され、
それらを繋ぐようにロの字型の廊下が巡っている。
(……建物全体が、戦場だ)
内場は耳を澄ます。
布が擦れる音。
裾を持ち上げる、かすかな気配。
――そして、黎明の呟き。
「光線照射」
世界が、再び白く染まる。
反射的に目を閉じる。
――ズァンーーッ!
目を開けると、
三人のすぐ脇の壁に、10センチほどの焼け穴が穿たれていた。
壁越しに撃ってきた。
「……無茶苦茶な……」
神の使徒は、壁をもろともしない。
「一階へ退避!!」
内場たちは、再び駆け出した。
白い建物の内部は、
完全に――彼の領域と化していた。
◆◆
荒屋は廊下の曲がり角に身を寄せ、壁から半歩も出ずに、取っ手付きの小型ミラーだけを滑り出させている。
鏡を用いて、先ほど内場達が部屋から階段の方へと逃れていった様子、そしてその後に階段方向が光ったのを確認していた。
無線で三人の安否を確認。
その後も黎明の動向を伺う。
今は、白い廊下は静まりかえっている。
荒屋達から見て10メートルほど先にあるその扉を、鏡越しに凝視する。
(出てきた瞬間、仕留める)
呼吸は浅く、一定。
引き金に掛けた人差し指だけが、わずかに熱を帯びている。
そのときだった。
「聖光顕現」
黎明の低い呟きが、祈りのように廊下を満たした。
次の瞬間、世界が白に塗り潰される。
光が“照らす”のではない。
光そのものが、そこに“在る”。
「むっ!」
荒屋は反射的に目を閉じ、鏡を引き戻す。
瞼の裏ですら、焼き付くような白が暴れている。
(直視したら終わりだ)
廊下の奥に太陽が生まれたかのような光量。
壁も床も天井も輪郭を失い、影という概念が消滅する。
黎明自身が発光体となり、神像のように廊下に君臨していた。
数秒――いや、永遠にも思える時間ののち、光は唐突に途切れた。
荒屋は目を擦り、涙を堪えながら、再び慎重にミラーを差し出す。
映った廊下は、先ほどまでの異常が嘘のように静まり返っていた。
誰もいない。
「……逃げられたか」
状況を瞬時に理解する。
「どういうことです!?今の光、攻撃が来たんじゃ……」
長谷川の声には、わずかな動揺が滲んでいた。
「いや、目眩しだ。スタングレネードと同じだ」
そのとき、イヤーピースが震える。
『こちら内場。足音、荒屋隊長たちとは反対側です。回廊の突き当たり角へ移動しました』
「報告感謝する」
荒屋は短く返した。
「スモークを使いましょう!」
長谷川が即座に判断する。
「光なら、減衰するはずです!」
荒屋は無言で頷き、タクティカルスーツのポーチから円筒形のグレネードを取り出した。
――多領域遮断スモーク(MD-SMK)。
可視光・赤外線・レーザーを同時に殺す特殊煙幕。催涙・刺激性なし。
だが粒子密度が高く、呼吸器に支障をきたす懸念がある。
故に、室内使用時の煙幕内での行動は原則として60秒以内。
「二手に分かれる」
荒屋の指示は簡潔だった。
「俺と長谷川、橋田、川口が直進。
残りは反対側から回り込め」
ピンが抜かれ、スモークが床を転がる。
次の瞬間、白濁した煙が廊下を呑み込んだ。
荒屋を先頭に、4名の隊員たちは壁沿いを、柱から柱へと跳ぶように進む。
視界は数メートル。呼吸は重く、肺が焼ける感覚。
反対側でも、白柳とドルチェがいる10人から構成される分隊が同様に前進しているはずだ。
踊り場に差しかかったところで、階段を駆け上がる足音。
安藤、李、そして――内場。
長谷川は内場の姿を確認し、ほんの一瞬、表情を緩めた。
内場は長谷川に、小さな頷きを返す。
そのまま三人は荒屋分隊に混ざり、荒屋の背を負って歩を進める。
そのとき。廊下の先、煙の奥。
複数の足音が雑然と近づく。
内場の耳が、それを掴んだ。
「来ます! 複数!」
煙の中から、叫び声が噴き出す。
「導師を守れー!」
「帰れー!」
「導師が何をした!」
煙の中から姿を現したのは、20人ほどの信者たちだった。
狂信的な目。乱れた呼吸。
武器はないが、覚悟だけが異様に重い。
(TSUGUMIが反応しない…非異能者……!)
思いも寄らぬ障害の出現に、内場は強張った。
荒屋は舌打ちし、HK416を背に戻す。
「警察です! 公務執行妨害になります!」
安藤の警告も届かない。
信者たち命を投げ捨てる勢いで突っ込んでくる。
「導師を守れーー!」
「お前達は敵だ!」
皆一様に、狂気を孕んだ目。そして決死の覚悟を表情に宿す。
「道を開く。突撃だ」
荒屋が踏み込む。
最初の一人に触れた瞬間――
ダンッッ!
体重移動、崩し、投擲。
次。さらに次。
無駄のない動きで、人が宙を舞い、床に叩きつけられる。
荒屋の柔道技、投擲解だ。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
(……すげえ)
内場は思わず息を呑む。
戦うというより、“流している”――そんな動きだった。
『ドルチェ分隊、角で止まってください!
射線が交錯します!』
安藤の指示が飛ぶ。
(足音が多すぎる……黎明の音はどれだ!)
内場は煙と雑音が廊下を埋め尽くす中、必死に耳を澄ます。
信者の荒い息遣い、靴音、叫び声――
その奥に、ひとつだけ、異様に静かな気配。
荒屋の前に、紺色のスーツの女が躍り出る。
――久保。
手には包丁。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
振り下ろされる刃。
荒屋は身を捻り、腕を絡め、足を掛ける。
ダンッ!
「ぎゃあ!」
鈍い音とともに、久保は床に沈んだ。
「黎明、いません!」
安藤の叫び。
(煙幕を警戒して退いたか?)
煙の向こう、廊下の突き当たりにはドルチェ達の影。
逃げ場はない。
(扉だ……)
内場は壁に耳を当てる。
息苦しさと焦りの中、音を拾う。
(……広い。空洞音。そして人の気配。
――いる)
身を隠そうとも、音は嘘をつかない。
「この中です!」
安藤が即座に扉を蹴り開ける。
中は、巨大な集会場だった。
半円形の壇上、七百席の客席。
高い天井から白布と月紋の装飾が垂れ下がり、異様な静寂が支配している。
前方20メートルほど先の壇上に立つのは――
光を纏った黎明。
扉から半身を出した安藤が銃口を向ける。
ダダダダダッ!
だが、弾丸はすり抜けた。
壇上の奥の壁を弾丸が削る音が、虚しく返る。
「偽物ですか!」
「虚像です!」
長谷川の声が重なる。
その瞬間――
壇上の近くの椅子の影から、光を帯びた男が立ち上がる。
「光線照射」
再び、神罰の如き光が解き放たれた。




