表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

第21話 白の領域

《都内某所/暁月真理教・本部施設》


――コツ……コツ……


足音。


近い。

確実に、こちらへ。


逃げ込んだ部屋は会議室だった。

長机、椅子、ホワイトボード。

袋小路。


(……来る……!)


安藤が立ち上がり、廊下へ続く扉へ駆ける。

HK416を構え、腕だけを廊下へ突き出す。

銃口は向かって左。黎明のいる方へ。


ダダダダダッ!!


銃声が壁に反響する。


「走って!!」


反動で腕を痛めながらも、叫ぶ。


(今だ……!足音、退いた!)


内場と李は即座に廊下に躍り出る。

扉を背に、三人は廊下の状況を確認する。


黎明の姿はなかった。

銃弾を回避するため、最初に現れた部屋へ退いたらしい。

内場は、黎明が部屋から出て来れぬよう、前方数メートルほどにある半開きになったその扉に向けて威嚇射撃を行う。


ダダダダダダダダッ!!


跳弾が白い壁を削り、火花が散る。


「うらあああ!!」


そのとき――

内場の足元に、何かが触れた。

鈍い感触。


焼け爛れた肉片。

さっきまで、並んで走っていた“仲間”。


(…鈴木さん?)


「……っ」


喉がせり上がる。

視界が歪む。


(……死んだ……?

 こんな……一瞬で……)


初めて見る、仲間の死。

しかも、戦った結果ですらない。


「いくぞぃ、若造」


李が内場の襟を掴み、引きずる。


「階段へ!!」


安藤が撃ち続けながら指示を出す。


三人は、向かって左手にある踊り場へ転がり込む。


「……はぁ……はぁ……すみません……」


吐き気を抑え、膝をつく内場。


「仕方ないのぅ」


李の声も、険しい。


『こちら荒屋。無事か』


イヤーピースから、荒屋の声。


「安藤、李、内場、無事です!そちらは!」


安藤が無線で応答する。


『廊下が回廊状だ。

 突き当たりを曲がって、なんとか離脱した』


二階は、外周と建物中央部に部屋が配置され、

それらを繋ぐようにロの字型の廊下が巡っている。


(……建物全体が、戦場だ)


内場は耳を澄ます。


布が擦れる音。

裾を持ち上げる、かすかな気配。


――そして、黎明の呟き。


光線照射(ラディアンス)


世界が、再び白く染まる。


反射的に目を閉じる。


――ズァンーーッ!


目を開けると、

三人のすぐ脇の壁に、10センチほどの焼け穴が穿たれていた。


壁越しに撃ってきた。


「……無茶苦茶な……」


神の使徒は、壁をもろともしない。


「一階へ退避!!」


内場たちは、再び駆け出した。


白い建物の内部は、

完全に――彼の領域と化していた。




◆◆




荒屋は廊下の曲がり角に身を寄せ、壁から半歩も出ずに、取っ手付きの小型ミラーだけを滑り出させている。


鏡を用いて、先ほど内場達が部屋から階段の方へと逃れていった様子、そしてその後に階段方向が光ったのを確認していた。


無線で三人の安否を確認。

その後も黎明の動向を伺う。


今は、白い廊下は静まりかえっている。

荒屋達から見て10メートルほど先にあるその扉を、鏡越しに凝視する。


(出てきた瞬間、仕留める)


呼吸は浅く、一定。

引き金に掛けた人差し指だけが、わずかに熱を帯びている。


そのときだった。


聖光(ホーリー・)顕現(アセンション)


黎明の低い呟きが、祈りのように廊下を満たした。


次の瞬間、世界が白に塗り潰される。

光が“照らす”のではない。

光そのものが、そこに“在る”。


「むっ!」


荒屋は反射的に目を閉じ、鏡を引き戻す。

(まぶた)の裏ですら、焼き付くような白が暴れている。


(直視したら終わりだ)


廊下の奥に太陽が生まれたかのような光量。

壁も床も天井も輪郭を失い、影という概念が消滅する。

黎明自身が発光体となり、神像のように廊下に君臨していた。


数秒――いや、永遠にも思える時間ののち、光は唐突に途切れた。


荒屋は目を擦り、涙を堪えながら、再び慎重にミラーを差し出す。

映った廊下は、先ほどまでの異常が嘘のように静まり返っていた。


誰もいない。


「……逃げられたか」


状況を瞬時に理解する。


「どういうことです!?今の光、攻撃が来たんじゃ……」


長谷川の声には、わずかな動揺が滲んでいた。


「いや、目眩しだ。スタングレネードと同じだ」


そのとき、イヤーピースが震える。


『こちら内場。足音、荒屋隊長たちとは反対側です。回廊の突き当たり角へ移動しました』


「報告感謝する」


荒屋は短く返した。


「スモークを使いましょう!」


長谷川が即座に判断する。


「光なら、減衰するはずです!」


荒屋は無言で頷き、タクティカルスーツのポーチから円筒形のグレネードを取り出した。


――多領域遮断スモーク(MD-SMK)。

可視光・赤外線・レーザーを同時に殺す特殊煙幕。催涙・刺激性なし。

だが粒子密度が高く、呼吸器に支障をきたす懸念がある。

故に、室内使用時の煙幕内での行動は原則として60秒以内。


「二手に分かれる」


荒屋の指示は簡潔だった。


「俺と長谷川、橋田、川口が直進。

 残りは反対側から回り込め」


ピンが抜かれ、スモークが床を転がる。

次の瞬間、白濁した煙が廊下を呑み込んだ。


荒屋を先頭に、4名の隊員たちは壁沿いを、柱から柱へと跳ぶように進む。

視界は数メートル。呼吸は重く、肺が焼ける感覚。


反対側でも、白柳とドルチェがいる10人から構成される分隊が同様に前進しているはずだ。


踊り場に差しかかったところで、階段を駆け上がる足音。

安藤、李、そして――内場。


長谷川は内場の姿を確認し、ほんの一瞬、表情を緩めた。

内場は長谷川に、小さな頷きを返す。


そのまま三人は荒屋分隊に混ざり、荒屋の背を負って歩を進める。


そのとき。廊下の先、煙の奥。

複数の足音が雑然(ざつぜん)と近づく。

内場の耳が、それを掴んだ。


「来ます! 複数!」


煙の中から、叫び声が噴き出す。


「導師を守れー!」

「帰れー!」

「導師が何をした!」


煙の中から姿を現したのは、20人ほどの信者たちだった。

狂信的な目。乱れた呼吸。

武器はないが、覚悟だけが異様に重い。


(TSUGUMIが反応しない…非異能者……!)


思いも寄らぬ障害の出現に、内場は強張った。


荒屋は舌打ちし、HK416を背に戻す。


「警察です! 公務執行妨害になります!」


安藤の警告も届かない。

信者たち命を投げ捨てる勢いで突っ込んでくる。


「導師を守れーー!」

「お前達は敵だ!」


皆一様に、狂気を孕んだ目。そして()()()()()を表情に宿す。


「道を開く。突撃だ」


荒屋が踏み込む。


最初の一人に触れた瞬間――


ダンッッ!


体重移動、崩し、投擲。

次。さらに次。

無駄のない動きで、人が宙を舞い、床に叩きつけられる。

荒屋の柔道技、投擲解(とうてきげ)だ。


ダンッ! ダンッ! ダンッ!


(……すげえ)


内場は思わず息を呑む。

戦うというより、“流している”――そんな動きだった。


『ドルチェ分隊、角で止まってください!

 射線が交錯します!』


安藤の指示が飛ぶ。


(足音が多すぎる……黎明の音はどれだ!)


内場は煙と雑音が廊下を埋め尽くす中、必死に耳を澄ます。

信者の荒い息遣い、靴音、叫び声――

その奥に、ひとつだけ、異様に静かな気配。


荒屋の前に、紺色のスーツの女が躍り出る。


――久保。

手には包丁。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」


振り下ろされる刃。

荒屋は身を捻り、腕を絡め、足を掛ける。


ダンッ!


「ぎゃあ!」


鈍い音とともに、久保は床に沈んだ。


「黎明、いません!」


安藤の叫び。


(煙幕を警戒して退いたか?)


煙の向こう、廊下の突き当たりにはドルチェ達の影。

逃げ場はない。


(扉だ……)


内場は壁に耳を当てる。

息苦しさと焦りの中、音を拾う。


(……広い。空洞音。そして人の気配。

 ――いる)


身を隠そうとも、()()()()()()()()


「この中です!」


安藤が即座に扉を蹴り開ける。


中は、巨大な集会場だった。

半円形の壇上、七百席の客席。

高い天井から白布と月紋の装飾が垂れ下がり、異様な静寂が支配している。


前方20メートルほど先の壇上に立つのは――

光を纏った黎明。


扉から半身を出した安藤が銃口を向ける。


ダダダダダッ!


だが、弾丸はすり抜けた。

壇上の奥の壁を弾丸が削る音が、虚しく返る。


「偽物ですか!」


虚像(ホログラム)です!」


長谷川の声が重なる。


その瞬間――

壇上の近くの椅子の影から、光を帯びた男が立ち上がる。


光線照射(ラディアンス)


再び、神罰の如き光が解き放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ