第20話 暁月真理教本部、突入
《都内某所/暁月真理教・本部施設》
『Ψパターン一致率95%。異能反応レベル、急上昇』
無線越しのTSUGUMIの声は冷静だった。
その冷静さが、現場の異常を際立たせる。
次の瞬間――
空間が、白く裏返った。
「――っ!!」
黎明の背後から放たれた光は、照明ではなかった。
視界を照らすのではなく、塗り潰す光。
警官たちは反射的に腕で顔を庇う。
だが瞼を閉じても意味はない。
瞼の裏まで、昼間のように白く灼かれる。
「熱っ……!!」
「や、やばい……!」
制服が、音を立てて焦げ始める。
繊維が縮み、皮膚に貼りつき、肉の焼ける匂いが混じる。
呼吸をするたび、肺に熱が流れ込む。
空気そのものが、刃になって喉を切り裂く。
「に、逃げ……!」
だが、目が見えない。
方向感覚は消え、上下すら曖昧になる。
手探りで壁を探す指先が、熱で震える。
床に倒れ、転がり、悲鳴が重なっていく。
その中で――
一人の声だけが、はっきりと響いた。
「帰ることは、できませんよ」
穏やかで、落ち着いた声。
炎熱の地獄には、あまりに不釣り合いな調子。
「そこまで調査しているんです。
知っているのでしょう?
私が――異能者であることを」
言葉の一音一音が、皮膚の内側に染み込む。
警官の一人が床に倒れ、転げ回る。
露出した腕の皮膚が、泡立つように爛れていく。
呻き声は、すでに言葉にならない。
「……安心してください」
黎明は、まるで泣く子を宥めるように言った。
「私は導師です。
あなた達も、導きましょう」
光は、さらに強くなる。
白さの中に、逃げ場はない。
「極楽浄土へ」
その言葉と同時に、悲鳴が途切れた。
光の中心で、黎明は静かに微笑んでいた。
慈愛に満ちた、完璧な笑顔。
――だが、その顔を見た者は、
もはや誰もいなかった。
◆◆
《都内某所/暁月真理教・本部施設》
第3部隊は車両を飛び出すと同時に、舗装された中庭を駆け抜けた。
本部施設は宗教施設と行政庁舎を併せたような印象を抱かせた。
直線的で、無駄のない箱型の建築。
そこに寺院風の屋根が乗る。
白い外壁が暁闇の街灯を反射し、不気味なほど清潔に見える。
正門前では、すでに警官たちが錯乱状態で動き回っていた。
無線を握りしめ、必死に内部と連絡を取ろうとする者。
本部に怒鳴り散らす者。
その光景を横目に、内場の胃がきりきりと締めつけられる。
(……中で、何が起きてる)
空気が、異様に熱を帯びている。
夜風のはずなのに、肌がじっとりと汗ばむ。
「開けますよ!」
安藤が門扉に手をかけ、力任せに押し開いた。
その瞬間、内場は見た。
二階、角部屋の窓から――昼の太陽のような白光が漏れ出しているのを。
「あそこだ!二階の一番右、突き当たりの部屋!」
隊員の一人、鈴木が指を指す。
(……あれが……黎明)
喉が無意識に鳴る。
(光を操作する系の異能か……!?)
第3部隊は一気にエントランスへ突入した。
扉の向こうは、異様なほど整然としていた。
白い壁、白い床、白い天井。
役所のロビーのような無機質さ。
感情も宗教色も、意図的に排除された空間。
中央は吹き抜けになっており、ロビーを囲むように左右へ廊下が伸びている。
規則正しく並ぶ扉。
避難経路を示す緑のサイン。
人を管理するための構造。
(……迷わせる気がない。
ここは、最初から逃がさない建物だ)
第3部隊はロビー中央の階段を一気に駆け上がる。
二階。
光が漏れていた方向――右手の廊下へ。
両壁から張り出した白い柱が通路を狭め、その間に無機質な扉が規則正しく並ぶ、息の詰まるような廊下。
その先に。
月光のような淡い輝きを背負い、
黎明が立っていた。
白いローブが床をなぞり、足音すら感じさせない。
廊下の照明は消えているはずなのに、彼の周囲だけが明るい。
「動くな!」
荒屋の声が、銃声よりも重く響く。
「警察をどうした!」
隊員たちが一斉に銃を構える。
だが、黎明は微笑むだけだった。
「大人しくしててください。そうすれば撃ちませんから」
安藤が落ち着いた声で黎明に話しかける。
隊員達は警戒しながら、ジリジリと歩みを進め、黎明との距離を詰める。
内場は、背筋を冷たいものがなぞる感覚を覚える。
(……おかしい)
音がない。
呼吸音も、衣擦れも、心臓の鼓動すら感じ取れない。
(生きてる人間の“気配”が、ない……
ロジェの人形の同じ…!)
「偽物です!!」
内場の叫びが、廊下に反響した。
――ガチャ…
背後。数メートル先。
左手の廊下に面した扉が、ゆっくりと開く。
鈴木がすぐさま後方を振り返り、銃を構えようと動く。
「退避!!」
荒屋の叫びとほぼ同時に、
黎明が一歩、こちらへ踏み出した。
すっと、手を上げる。
「光線照射」
次の瞬間、
廊下そのものが白く貫かれた。
一直線の光。
壁も、空気も、距離も無視する神罰の裁き。
鈴木を含めた三人の隊員が、声を上げる暇すらなく撃ち抜かれる。
胸に、腹に、肩に。
風穴が開き、肉が焼け、焦げた臭いが廊下に広がる。
崩れ落ちる音。
内場は反射的に右脇の扉を蹴破って飛び込んでいた。
「はっ……はっ……!」
心臓が暴れる。
肺が空気を拒絶する。
「……みんなは……?」
視界を戻すと、安藤と李も同じ部屋に転がり込んでいた。
「あちち……ちょっと焼かれましたね…」
横腹を押さえながら、安藤が悪態をつく。
その声が、かえって現実感を与える。
――コツ……コツ……
廊下を歩く、足音。
近い。
確実に、こちらへ。
逃げ込んだ部屋は会議室だった。
長机、椅子、ホワイトボード。
――袋小路。
逃げ場はない。
(……来る……!)
虚像の囮。一撃で廊下を埋め尽くす攻撃。
黎明は並の相手ではない。
内場の耳が、自身の呼吸が荒くなるのを聞き取る。
足音が、死への秒読みの如く感じられた。




