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第16話 見えないところで

都内某所。

表向きは会員制のラウンジを装った、地下の賭博場。


低い天井から落ちる間接照明が、テーブルを囲む人間の顔だけを浮かび上がらせている。

チップが触れ合う乾いた音、カードを切る規則正しい音、抑えた歓声とため息。

金と運と欲が、静かに混ざり合う空間だった。


普段よりわずかに明るい色味のスーツを着た男が、その中を一人で歩いている。

特災対・戦術局長――久我宗一郎。


周囲の喧騒とは切り離されたように、足取りは落ち着いている。

彼は立ち止まり、ひとつのテーブルに視線を向けた。


そこには、数名のスーツ姿の男を背後に侍らせた女性がいた。

彼女の背後で、久我は足を止める。


「やあ。話ってなんだい?」


久我は笑みを浮かべ、静かな声で声をかける。


御堂(みどう)情報局長」


女性が振り向いた。


髪を後ろで一つに束ね、耳の前に残した一房がさらりと揺れる。

若々しく整った顔立ち。

だがその目は、賭博場の熱気に一切染まっていない。


特災対・情報局局長――御堂玲奈(みどうれいな)


「そこに掛けて」


御堂は短く言い、隣の椅子を手のひらで示した。


久我は従い、椅子を引いて腰を下ろす。


目の前のテーブルでは、バカラが行われていた。


ルールは単純だ。

"プレイヤー"と"バンカー"、どちらがより9に近い数字を出すかを当てるだけ。

カードはディーラーが配り、客がするのは“賭け先を選ぶ”ことだけ。


御堂は迷いなく、チップを前に押し出す。


「そこに200万。バンカーに」


一切の逡巡がない。


ディーラーがカードを配る。

二枚、二枚。

合計値が示され、必要なら三枚目が引かれる。


場の視線が一斉にテーブルへ集まった。


結果ーーバンカーの勝ち。


「……おお」


小さなどよめきが起こる。

御堂の前に、チップが静かに積み上がった。


御堂は表情を変えない。


「賭博は国内じゃ違法だよね」


久我が、あくまで世間話のように言う。


「いいの? 国家機関の責任者がこんな場所にいて」


「単なる息抜きよ」


御堂はカードから目を離さず、淡々と答えた。


「それに――情報操作、工作、ハッキング。

 私たちのやってること自体、だいぶ()()()でしょう」


久我は小さく肩をすくめる。


「俺は賭け事には興味ないなあ。

 運に人生を預けるのは性に合わない」


御堂は振り向かないまま、手を後ろに差し出した。


即座に、背後の部下が鞄から書類を取り出す。

それを受け取った御堂が、久我と自分の間に滑らせた。


暁月(ぎょうげつ)真理教(しんりきょう)。知ってるでしょう」


久我は、黙って頷く。


「昔から信者の間で囁かれていた証言があるの。

 “手かざしが温かく、浄化された”、

 “死んだ家族に再会させてくれた”、

 “後光が差していた”……」


御堂の声は、抑揚がない。


「どれも、宗教ならありがちな話。

 でも数が多すぎた」


ディーラーが次のゲームの準備を始める音が、背後で響く。


「だから一度、賭けてみたの」


御堂は続ける。


「局を動かして、潜入。

 データアクセス。

 異能者の可能性がないか、洗い出した」


久我は資料を手に取る。


「結果は――ビンゴ」


御堂は短く言った。


「潜入班が携行した異能反応検知装置(E.S.I.D.)で、教祖に異能反応。

 Ψ(サイ)パターンが明確に出てる」


久我の視線が、報告書の文字を追う。

そこには、暁月真理教教祖・黎明(れいめい)の名と、異能反応検知の記録。


「よくこんな危ない橋を渡るね」


久我が言う。


「信者8万人強。政財界とも繋がりがある。

 相手は“本物の大物”だ」


「だからこそよ」


御堂はようやく久我を見る。


「賭け事には、リスクがある。

 でも――勝てば、得るものも大きい」


彼女の目は、冷静で、揺れていない。


「あと、2枚目以降は暁月真理教で行方不明になっている人のリスト。そして違法献金と脱税の記録」


久我はリストを流し見る。

その人数は三桁に及ぶ。

献金の記録も並の額ではない。


「こんなにたくさん。確実に悪党だね」


「黎明のカテゴリーは不明。

 でも潜入班から“後光”の目撃証言も上がっている。

 ……少なく見積もっても、3以上ね」


御堂はチップをまとめ、立ち上がる。


「この先は、戦術局の仕事よ」


踵を返しながら、淡々と続けた。


「私は次の賭けに行くから」


ローファーの音が、賭博場の床に乾いた余韻を残す。


久我はその背中を見送りながら、静かに息を吐いた。


――これは、運任せの賭けじゃない。

国家の裏側を賭け金にした、重たい勝負だ。




◆◆




《特災対・コマンドセンター/訓練区画》


模擬市街区や射撃訓練場等が併設される地下の訓練区画。

時間帯のせいか、射撃レンジはほとんど無人だった。


内場は耳当てをつけ、HK416を構える。

ターゲットまでの距離は短い。

精密射撃でもなければ、制圧想定でもない。


ただの基礎だ。


呼吸。

重心。

引き金にかける指の圧。


――パン。


乾いた発砲音が、コンクリートに反射する。

的の中心から、わずかに外れた位置に弾痕が刻まれた。


内場は眉をひそめることもなく、淡々とマガジンを交換する。


――パン。

――パン。


五発。

弾倉を抜き、セーフティを確認。


彼は的を見つめたまま、しばらく動かなかった。


(まだ、甘い)


誰に責められるわけでもない。

評価される場面でもない。

それでも、納得できなかった。


内場は銃をラックに戻し、レンジ脇のスペースに移動する。

マットの上で腕立て伏せを始めた。


一回。

二回。


回数を数える声はない。

限界を試すような気合もない。


ただ、静かに身体を動かし続ける。


異能はない。

奇跡も起きない。


だからこそ、

"できること"を、確実に積み上げるしかない。


汗が床に落ちる。

呼吸が少し荒くなる。


それでも内場は止まらない。


やがて、腕が震え始めたところで、動きを止めた。

仰向けに倒れ、天井の配管を見上げる。


(……これでいい)


誰かを倒すためじゃない。

生き残るため。

守るため。


内場はゆっくりと上体を起こし、タオルで顔を拭いた。


――明日は、体術の稽古だ。


荒屋の顔が、ふと脳裏をよぎる。


内場は何も言わず、再び立ち上がった。

この先、特災対と異能者の戦いは本格化していきます。

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