第14話 寄せ集め
《特災対・コマンドセンター/食堂》
コマンドセンターの一角に、隊員食堂がある。
内装は質素で、実用一点張りだ。
入口正面には配食カウンターがあり、ステンレスのトレイを滑らせるレールが伸びている。
日替わり定食、カロリー調整食、軽食――メニューは限られているが、栄養計算は徹底されていた。
奥には長机と簡素な椅子が整然と並び、私語はあっても騒がしさはない。
内場は訓練の合間に、長谷川と向かい合って腰を下ろしていた。
トレイの上には、白米、味噌汁、付け合わせのサラダ、そして今日の主菜。
「今日のメニュー、ハンバーグあってラッキー!」
長谷川は箸を取る前から、どこか嬉しそうだ。
特災対の戦闘員は原則、住み込み。
私物の持ち込みは最低限に制限され、娯楽と呼べるものもほとんどない。
だからこそ、温かい食事は一日の中で数少ない“楽しみ”だった。
「長谷川さん、ほんとに美味しそうに食べますよね」
内場がそう言うと、長谷川は気にした様子もなく頷く。
「んー、だって食べるの好きなんだもん」
ハンバーグを一口。
咀嚼する仕草は行儀がよく、品性を感じさせる。
内場は味噌汁に手を伸ばしながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、カテゴリーってあるじゃないですか。
あれ、なんとなくは分かるんですけど……
明確な定義とか、あるんですか?」
長谷川は箸を止め、内場を見る。
「ん、あるよー」
長谷川はそう言って、ハンバーグを一口運ぶ。
もぐもぐと咀嚼しながら、少し考える素振りを見せた。
「うーん……簡単に言うとね、
“どれくらい人が死ぬ可能性があるか”で分けてる感じ」
内場は、思わず箸を止めた。
「まずカテゴリー1。
これはほぼ無害。異能者ではあるけど、力はまだ出てない段階。
本人も自分が異能者だって気づいてないことが多いかな」
「……普通の人と、ほとんど変わらない?」
「そうそう。ただし、
いつ発現するか分からない“芽”は持ってる」
長谷川は続けて、スープをひと口。
「カテゴリー2になると、異能が発現する。
自分の意思で使えるけど、影響は限定的。
せいぜい、本人か周囲数人が巻き込まれる程度」
内場は頷く。
「で、カテゴリー3」
長谷川の声が、ほんの少しだけ引き締まった。
「異能をちゃんと使いこなしてる段階。
ここからは、悪意を持って使われると確実に被害が出る。
一般の警察じゃ、正直キツい」
箸を置き、内場を見る。
「カテゴリー4はね……
大規模テロや無差別殺戮が現実的にできるレベル」
内場の脳裏に、渋谷の光景がよぎる。
「街一つ、機能不全にできる。
放っておいたら、ニュースが何日もそれ一色になるやつ」
一拍置いて、長谷川は肩をすくめた。
「カテゴリー5になると、もう“人”として扱えない。
国家が本気で動く存在。
交渉か、排除か……そういう次元」
内場は、無意識に息を呑む。
「……じゃあ、6以上は」
長谷川は、首を横に振った。
「未確認。
そもそもそんな異能者がいないか……
記録を残せなかったか、どっちか」
一瞬、食堂の喧騒が遠くなる。
「だからね」
長谷川は、少しだけ笑った。
「私たちが相手してるのは、
“犯罪者”っていうより……“災害”だと思った方がいいよ」
内場は、ゆっくりと箸を取り直した。
(人じゃない。災害)
その言葉が、
先日見た死の重さと、静かに重なっていった。
食べ物を頬張る長谷川を他所に、内場は口を閉じる。
不意に、内場の耳が他の席に座る隊員のひそひそ声の会話を拾う。
「あれ、第3部隊の新入り?」
「第3部隊って…。まーた"寄せ集め"かよ。」
「まぁ…またなんか拾ってきたらしいね」
内場――引いては第3部隊に対する陰口。
――また、陰口か。
気分が悪くなる。
内場は早々に食事を済ませる。
長谷川は食べる速度が目に見えて早くなった内場を、若干不思議そうに見つめる。
「ごちそうさまです。先、訓練に戻りますね」
内場はトレイを持って立ち上がる。
長谷川は軽く手を振る。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/廊下》
コマンドセンターの廊下は、余計な装飾を一切排した無機質な空間だ。
白色灯に照らされたコンクリートの壁面、足音を吸い込む硬質な床材。
空調の低い唸りだけが、一定のリズムで流れている。
その廊下を、三人の人影が並んで歩いていた。
荒屋、安藤、そしてドルチェ。
第3部隊の中核を担う面々だ。
前方から、同じく特災対仕様のタクティカルスーツに身を包んだ二人組が現れる。
歩調は揃い、姿勢に一切の乱れがない。
一人は、均整の取れた洗練された体躯を持つ男。
端整な顔立ちに、淡い金髪を後ろへ流したオールバック。
立ち姿だけで、誇り高さと冷淡さが滲み出ていた。
――ディヴェイス・ゴードン。
特災対戦術局第7部隊隊長。
その隣を歩くのは、弟であり副隊長のカイル・ゴードン。
短く整えられた金髪、無駄を削ぎ落とした細身の体。
兄と同じ空気を纏いながらも、どこか粗削りな鋭さを感じさせる。
すれ違う直前、ディヴェイスが口元に薄く笑みを浮かべた。
「これはこれは、第3部隊の隊長と副隊長じゃないですか」
声音は柔らかい。
だが、その瞳に親しみの色は一切なかった。
「また一人、加えたのですか?
あなたの烏合の衆のチームに」
荒屋は視線すら合わせず、そのまま脇を抜けようとする。
ドルチェの眉がわずかにひそめられ、安藤だけが相変わらずの笑顔を崩さない。
「入隊した方、確か無職だったそうですね。これ以上、非優秀な人材を組織に増やすのはやめてくださいね」
荒屋は、ぴたりと足を止めた。
「うちの部隊は皆優秀だ。憶測で物を言うな」
低く、抑えた声。
「おや?」
ディヴェイスとカイルも足を止め、肩越しに振り返る。
「ですが荒屋隊長のチームは、特災対の戦闘部隊で“一番制圧率が低い”じゃないですか。
確か7割程度……でしたよね?」
「仰る通りですね〜」
安藤が、どこか呑気な口調で補足する。
「ここ二年での第3部隊の任務達成率、異能者制圧率は67パーセントです」
「うちは100パーセントですけどね」
ディヴェイスは顎を軽く掻いた。
「皆、優秀な軍人ですので」
一瞬の沈黙。
「殺し屋上がりに、ジャパニーズマフィア。
部隊間ローテーションで今は他部隊にいる方は、警察出身……でしたっけ?」
淡々と、しかし確実に刺す言葉。
「実に多彩だ。まさに“寄せ集め”」
「お前には関係ないだろう」
荒屋が吐き捨てる。
「それに――」
ディヴェイスの視線が安藤に向く。
「副隊長、なぜそんなに肥満体型なんです?
品がない」
「ちょっとー、それは酷いじゃないですか〜」
安藤の笑顔が、ほんの一瞬だけ引き攣った。
「ふん」
ドルチェが鼻で笑う。
「自国の軍でもねえのに軍人を語るな。
英国に帰って、紅茶でも啜ってろ」
「おお……怖い怖い」
ディヴェイスは肩をすくめる。
「殺しを生業にしていた方は、やはり迫力が違いますね。
まあ、何はともあれ……健闘を祈っていますよ」
手をひらひらと振り、ディヴェイスとカイルは再び歩き出す。
足音は、やがて廊下の奥へと消えていった。
荒屋も無言のまま、歩を進める。
「いやー、感じ悪いですね〜」
安藤が額の汗を拭いながら、少しだけ振り返る。
「確かに優秀ですし、実家も相当なお金持ちって噂ですし……
自信家なんでしょうね〜」
「ふん」
ドルチェが短く鼻を鳴らす。
「ここに来た以上、立場は皆同じだ」
荒屋は何も答えなかった。
ただ、硬い廊下を踏みしめる足取りだけが、変わらず前を向いていた。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/戦術局長執務室》
コンコン――と、硬質な音が静かな廊下に響いた。
荒屋が扉をノックする。
「入って」
即座に返ってきた声は、落ち着き払っていた。
扉を開けると、戦術局長・久我が机に向かっている。
執務室は無駄のない造りで、壁際には戦況表示用のモニター、机上には几帳面に積まれた書類の束。
軍事施設らしい実用本位の空間だ。
「失礼します」
荒屋、安藤、ドルチェの三人は足を揃え、軽く礼をした。
久我はペンを置き、三人を見上げる。
その視線が、それぞれの表情を一瞬でなぞった。
「……おや。御機嫌斜めかい? どうかしたの?」
軽い調子だったが、探るような目だ。
「いえ、なんでも」
荒屋は即答し、それ以上の説明を切り捨てる。
久我は肩をすくめ、小さく笑った。
「してーー用件はなんでしょうか」
荒屋が促すと、久我は机の引き出しから一枚の資料を取り出し、卓上に滑らせた。
「仕事だよ」
白い紙に印字された文字と写真。
個人情報、簡易的な行動履歴、発生地点の地図。
安藤が覗き込み、ドルチェは無言で視線だけを落とす。
「恐らく異能者。カテゴリー2相当のコソ泥だけどね」




