第13話 整備
《特災対・コマンドセンター/武器整備区画》
夜。
第3部隊は斑目討伐を果たした後、コマンドセンターへと帰還していた。
内場は武器庫で一人、本日使用した銃を手入れする。
額の絆創膏が、戦いの痕跡をひっそりと物語る。
膝に乗せているHK416からマガジンを抜く。
ボルトを引き、薬室を覗く。
空。
それだけで、胸の奥が少しだけ緩む。
テイクダウンピンを押し出すと、
金属同士が擦れる乾いた音が、やけに大きく響いた。
ボルトキャリアを引き抜く。
黒く煤けた金属に、薄く赤い飛沫が残っている。
拭き取る。
何度も。
布が赤から黒へ変わるのを、
内場は黙って見つめていた。
(……死んだんだな)
今日の昼、相対した男。
重力を歪め、人を踏み潰し、街を壊した異能者。
第3部隊が撃ち、確実に、殺した。
ボルトのラグを一本ずつ拭く。
溝に溜まったカーボンを、爪で掻き出す。
丁寧すぎるほど、慎重な手つき。
(仕事だ)
そう言い聞かせる。
自衛隊でも、訓練では何度もやった。
だが――人が死んだ直後に、その原因の一つをこうして分解するのは、初めてだった。
ガスピストンを外すと、
焦げた匂いが微かに立つ。
火薬の匂い。
血の匂いと、区別がつかなくなる。
内場は小さく息を吐き、
オイルを一滴、ボルトに垂らした。
伸ばす。
薄く、均一に。
「……次は、ちゃんと当たれよ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
組み上げ、ボルトを前進させる。
カチリ、と確かな感触。
HK416は、何も語らない。
ただ、次も同じように撃て、と言わんばかりに、静かにそこにあった。
内場は銃を抱え、ため息をついた。
その時、内場の耳が、武器庫に近づく足音を捉えた。
金属床を踏む、重くも軽くもない歩調。
迷いがなく、目的地を知り尽くしている足取り。
武器庫の入口に、ひとりの男が姿を現す。
――白柳百合平。
タクティカルスーツは胸元まで無造作に開かれ、
そこから覗くのは、かすれた龍の刺青。
古傷のように色褪せながらも、消えずに残っている。
口元にはタバコ。
白い煙が、武器庫の冷たい空気に溶けていく。
(……ここ、禁煙じゃなかったっけ)
内場がそう思った時には、
白柳はすでに物陰に腰を下ろし、Glock 17を手に取っていた。
視線は内場に向かない。
ただ、銃だけを見ている。
マガジンを抜く。
スライドを引き、薬室を一瞥。
空――確認。
テイクダウン。
慣れ切った動作でスライドを外し、
布でブリーチフェイスをひと拭きする。
血も煤も、感情ごと拭い取るような手つきだった。
内場は横目でその様子を見ながら、
ライフルラックへHK416を戻すため立ち上がる。
その背に、低い声が飛んだ。
「おい、小僧」
白柳は顔も上げない。
「さっき、離れろって声を飛ばしたろ。
ありゃあ助かった。礼ぁ言っとく」
不意を突かれ、内場は一瞬言葉に詰まる。
「……いえ。あれくらいしか、自分にできることはなかったので」
小さく、正直な声だった。
白柳は、バレルに軽くオイルを引き、指で伸ばす。
レールに一滴。多くは要らない。
「馬鹿言っちゃいけねぇぜ。
男ってのはな、遠慮してちゃ始まらねぇ」
組み上げながら、続ける。
「名前は……内場総士、だったな」
「はい」
「覚えとくぜ」
ロングのハイライトを一吸い。
ようやく、白柳は内場へ視線を投げた。
「……なんだよ。
しょぼくれた面しやがって」
図星だった。
内場は一度、息を整え、言葉を選ぶ。
「……初めて、人が死ぬ現場に立ったので。
いえ……トドメを刺したのはドルチェさんですけど。
同じ作戦に出てた以上、自分も同罪みたいなもので……」
白柳は、鼻で短く笑った。
「肝っ玉もイチモツもちんけぇな」
内場の眉が、わずかに動く。
風呂場での記憶が蘇る。
「あの異能者はな、カタギを十人以上、平気で殺しやがった。仁義外れもいいとこだ」
スライドを戻す。
乾いた金属音が、武器庫に響いた。
「気に病むこたぁねぇ。
むしろ、胸張っとけ」
白柳なりの慰めだと、内場は理解する。
そう思うことでしか、前に進めないこともある。
内場は、ふと白柳の胸元――刺青に視線を落とした。
「……白柳さんって、その……
やっぱり、ヤクザなんですか」
思わず、聞いていた。
白柳は肩をすくめる。
「そうよ。元ぁ関東モンのヤクザだ」
あっけらかんとした口調。
「その……
特災対って、国家の組織なのに、
そういう人もいるんだなって……正直驚いたもので」
その瞬間、空気が変わった。
白柳の声が、低く沈む。
「異能者にな……
組の連中、根こそぎ皆殺しにされちまった」
内場は、言葉を失う。
「その時だ。
この部隊に拾われて、荒屋のオヤジに世話になった」
白柳はタバコを灰皿に押し付け、続ける。
「あっしはな。
その仇を追って生きてんだ」
「……すみません。
嫌なこと、思い出させちゃいましたか」
Glockを組み上げ、スライドを引く。
問題なし。
白柳は、内場を真っ直ぐに見据えた。
「忘れられるかよ」
重く、鋭い眼光。
その視線に射抜かれた瞬間、
内場の幼い時の記憶がフラッシュバックする。
――血に濡れた床。
――壁に描かれた月の印。
――顔に月の刺青を刻んだ、影のような男。
――『総士……誰よりも、優しい子でいて……』
白柳が、煙を吐く。
「だからな。
任侠に背いて、恨み買うような真似する奴は、
生きちゃいけねぇ」
Glockをホルスターに収める。
「俺らぁよ、誰かの仇を討って、
そいつが前に進むための背中を、ちっとばかし押してやってんだ」
一拍。
「……分かったか」
内場は、深く俯いた。
「……はい。ありがとうございます」
一礼し、その場を後にする。
白柳は背中に向かって、呟いた。
「……まだ、青ぇな」
武器庫に残ったのは、
油とタバコの煙の匂いだけだった。
◆◆
《特災対・コマンドセンター/戦術局長執務室》
久我宗一郎は、書類に目を通したまま、壁一面に埋め込まれた大型モニターを横目で見ていた。
執務室は静まり返り、聞こえるのは空調の低い駆動音だけだ。
画面では、ニュース番組が通常編成のまま放送されている。
落ち着いたトーンの女性レポーター。
背後には、規制線が張られた渋谷スクランブル交差点の空撮映像が映し出されていた。
『続いて、渋谷で発生した爆発事件についてお伝えします』
画面下にテロップが流れる。
【渋谷・爆発事件/市民13人死亡】
『本日正午過ぎ、渋谷スクランブル交差点付近で複数回の爆発が発生しました。
警視庁によりますと、これまでに13人の死亡が確認され、40人以上が重軽傷を負っているということです』
映像は切り替わり、
砕けたアスファルト、横転した車両、担架で運ばれる負傷者。
『現場では、爆発物を使用した無差別的な犯行と見られており、付近は一時、騒然となりました』
久我は頬杖をつき、感情のない目で画面を見つめる。
『警視庁は、警察特殊部隊が出動し、容疑者とみられる男を射殺したと発表しています』
画面の片隅に、顔写真が表示される。
【容疑者:斑目紫勇(28)】
『射殺されたのは、住所不定・職業不詳の斑目紫勇容疑者、28歳です。
警察は、単独犯の可能性が高いとしつつも、背後関係や動機について、慎重に捜査を進めるとしています』
スタジオに画面が戻る。
『なお、警視庁は「市民の皆さまにこれ以上の危険はない」とコメントしており、現場周辺の交通規制は、順次解除される見込みです』
ニュースは淡々と次の話題へ移っていった。
久我は、ようやく視線をモニターから外し、
手にしていたスマートフォンへと落とす。
SNSを開き、指先でスクロールする。
タイムラインは、渋谷一色だった。
――爆発の瞬間を捉えた動画。
――煙に包まれる交差点。
――逃げ惑う人々。
だが、どれも同じだ。
爆弾。
テロ。
混乱。
“異能”を示す映像は、ひとつもない。
それらすべては、
TSUGUMIが生成したAI映像だった。
特災対が裏で流布させた、
「もっともらしい嘘」。
あの混乱の中だ。
現場に居合わせた市民でさえ、何が起きたのか正確には把握できていない。
仮に目撃者がいたとしても、
「重力が歪んだ」などという証言を、
誰が本気で信じるだろうか。
世間にとって、異能者は存在しない。
――存在してはならないのだ。
「真昼間の渋谷、か……」
久我は小さく息を吐いた。
「少しヒヤッとしたけど……
どうやら、うまく隠せているようだね」
スマートフォンを伏せ、
今度は机上に置かれた報告書へと目を移す。
――第3部隊・交戦記録。
(死傷者ゼロ)
久我の眉が、わずかに動く。
(カテゴリー4相当の異能者……
本来なら、こちらに犠牲が出ても不思議じゃない)
ページをめくる。
(異色の面子だが……実力は、疑いようがない)
久我は、誰に見せるでもなく、
ほんの少しだけ口元を緩めた。
(さすがだね、第3部隊)
モニターでは、
何事もなかったかのように、
次のニュースが流れ続けていた。




