4章(後半) 目覚める水
雷の檻が、街を締め上げていた。
ブリッツ・ファルコンの雷刃が、クラウンダイバーを掠めるたび、白黒の装甲に青白い火花が散る。
ボルト・ラプターは上空で翼を張り、雷格子を維持しながら“檻”を収束させていく。
「……これ、逃げ道を潰す気だ……!」
城戸が呻いた。
避難路の先で、W-A.F.隊員が必死に人の列を捌いている。
そこへ、雷が落ちる。焦げた匂い。悲鳴。車両が歪む。
“間に合わない”——そんな言葉が、誰の喉にも詰まりかけた瞬間。
クラウンダイバーが、一歩——踏み出した。
『フレア。雷の流れは、必ず“根”がある』
フレア・ロングビルが空中で旋回し、赤い炎の尾を引く。
『見つけた。檻の“支点”——あの鷲だ』
ボルト・ラプターの翼がわずかに震えた。
雷格子を維持するために、全身の電荷を“固定”している——その瞬間だけ、動きが重くなる。
クラウンダイバーは見逃さない。
『王冠打撃——貫く』
拳に緑の光が集約し、次の瞬間、白黒の巨体が雷の中へ突っ込んだ。
——ドンッ!!
雷格子の一角が“割れた”。
ボルト・ラプターが吠え、檻を維持しようとする。
しかし、そこへフレア・ロングビルが落ちてくる。
空中で装甲がスライドし、機体が“騎士”の輪郭へ組み上がった。
「フレア!!」
レンの声が、戦場を切った。
フレア・ロングビルの長嘴が“炎のレイピア”へ変形する。
赤熱の刃が、雷のラインを断ち切るように——斬った。
——ギィィン!!
雷格子が“ほどける”。
固定されていた電荷が解放され、檻が自壊するように崩れた。
「……檻が解けた! 避難路、開通!!」
W-A.F.の隊員が叫び、城戸が怒鳴り返す。
「全員、今だ! 流せぇぇ!!」
人の流れが、再び動き出す。
だが、雷の怪鳥兵たちは終わらない。
ブリッツ・ファルコンが速度を上げ、フレア・ロングビルへ突っ込む。
——バシュン。
雷の“瞬間移動”。
次の瞬間、雷刃がフレアの翼を狙う。
『来る!』
クラウンダイバーが割って入った。
重装甲の翼が盾となり、雷刃を受け止める。
——ビリビリ、と空気が鳴る。
「……っ!」
その衝撃が、ことりの身体にも届くように伝わってくる。
しかし、そこでフレア・ロングビルが笑うように加速した。
『受けてくれたな。——なら、貫く』
炎のレイピアが、ブリッツ・ファルコンの胸部へ一直線。
——ズドン!!
雷の怪鳥兵が、火花を散らして空中でバランスを崩す。
クラウンダイバーが追い打ちのように拳を振り抜いた。
——王冠打撃。
緑光が爆ぜ、ブリッツ・ファルコンの雷が“切れる”。
落ちる。
雷の塊が、街の外れへと墜落した。
残るは——ボルト・ラプター。
だが、鷲の怪鳥兵は撤く気配を見せない。
むしろ、翼を広げ——雷ではない、別の“冷え”が混じり始めた。
空が、薄く白む。
「……?」
城戸の計器が跳ね上がる。
「気温……さらに低下……っ!」
避難所に設置された臨時の拾音マイクが、体育館の床の声まで拾った。
「……空が……凍る音……」
雷の裂け目の縁に、薄い氷膜が張る。
光が乱反射し、空が“ガラス”みたいに硬く見えた。
そして——
氷の羽ばたきが、聞こえた。
裂け目から現れたのは、白鳥に似た巨大な怪鳥兵。
翼は滑らかな氷晶でできているように透明。
首は白く長く、瞳だけが冷たい光を宿す。
凍流白鳥。
ボルト・ラプターは裂け目の縁へ滑り、
雷格子の残滓を抱いたまま“門番”に回る。
白鳥が、前へ出た。
まるで「交代」を示すように。
『……氷刃翼』
クラウンダイバーの声が、低くなる。
その瞬間、グレイシャル・スワンが翼を広げた。
——キィン。
世界が、一段冷たくなる。
空気中の水分が瞬時に凍り、白い霧が街を覆う。
避難路の地面が、薄氷で滑り始める。
W-A.F.隊員の足が取られ、担架が揺れた。
「くそっ、転ぶな! 手すり掴め!!」
城戸が叫ぶ。
だが、グレイシャル・スワンの攻撃は“破壊”ではない。
——止める。
逃げる流れを、凍らせて止める。
「……避難路を……凍結で封じる気か……!」
霧島ユウゴが吐き捨てるように言った。
天草が舌打ちする。
「雷より質が悪い。動けなくなったら終わりだぞ……!」
その時。
避難誘導の最前線——体育館と臨時テントの間で、ミナトの胸が鳴った。
——チャプ……!
波紋の音。
水底からの呼びかけが、今度ははっきりと“言葉”に近い形で響く。
——来い。
ミナトは一瞬だけ、目を閉じた。
(……まだだ)
目の前には、小さな子ども。震える母親。担架。
“守るべきもの”が、まだここにある。
ミナトは息を吸い、声を張った。
「避難完了まで、あと三列。
氷の上は走らない。手を繋いで——前へ」
消防団員が叫ぶ。
「誘導、最後尾! ミナトさん、もう十分だ! こっちは任せる!」
ミナトが振り向くと、そこには大人たちがいた。
彼女の指示に従って動いてきた人たちが、今は彼女に“任せろ”と言っている。
ミナトは、短く頷いた。
「——分かりました。最後尾、お願いします」
そして、胸に手を当てる。
(……今だ)
彼女は、呼びかけに応えるように、視線を街の外れへ向けた。
“泉”の方角。
氷の侵略は、戦場だけではない。
どこかで——次の“何か”を潰そうとしている。
ミナトは走り出した。
氷で滑る地面を、足裏で確かめながら。
水泳部の身体が、重心の移動を一瞬で掴む。
——そして、辿り着く。
泉。
だが、そこにはすでに“待ち構える影”があった。
水面に浮かぶように、氷の羽根が広がる。
鴨に似た体躯。氷膜を纏った嘴。脚が水面を叩くたび、湖面が凍っていく。
氷湖鴨。
泉の表面が、じわり、じわりと氷に侵食されていく。
「……間に合った」
ミナトは迷わなかった。
氷が広がる前に、泉へ——
「——ダイブ!」
躊躇なく飛び込む。
——バシャァッ!!
冷水が肌を刺す。
肺が縮むほどの冷たさ。だが、ミナトの身体は水の中の方が落ち着く。
(……水の中なら、私の方が速い)
彼女は沈む。
沈みながら、見える。
泉の底に、古い祠。
封印のように静かな構造物が、青い光をわずかに放っている。
そこへ、フロスト・レイクが氷の羽根を突き立てた。
水面が凍り、氷柱が落ちてくる。
泉の中まで“固定”しようとしている。
ミナトは祠へ滑り込み、扉の隙間に手を掛けた。
——開く。
水が、静かに割れた。
祠の内側は、深い青。
水底の夜空みたいな静けさ。
そこに——いた。
鳥の形。
シアンの装甲。光を屈折させる翼。
アクア・グリント。
『……怖れてもいい』
あの夜の声だった。
『だが、目を逸らすな』
ミナトは息を整えながら、答える。
「怖いです。——でも、守ります」
『守るとは、ただ受けることではない』
「分かっています」
ミナトは、祠の中でまっすぐ目を上げる。
「止められたら、守れない。
だから私は——流す。崩す。逃がす」
アクア・グリントの翼が、わずかに開いた。
『……契約を望むか』
ミナトは迷いなく頷く。
「はい」
水の中に、光の回路が走る。
胸の奥で、波が重なる。
——チャプ……チャプ……!
祠の奥に、コックピットが開く。
ミナトはそこへ滑り込む。
(息が——)
だが、不思議と息が苦しくない。
水の中なのに、呼吸ができる。
『我が呼吸は、お前の呼吸となる』
アクア・グリントの声は静かだ。
しかし、その静けさは“強い”。
祠の外。
フロスト・レイクが、泉ごと凍らせようと翼を振り下ろす。
——キィン!!
氷が落ちる。
だが次の瞬間。
泉の中から、シアンの光が迸った。
アクア・グリントが浮上する。
水が、彼の周囲で“鎧”のようにまとわりつく。
『防御とは、守るための刃でもある』
ミナトは操縦桿を握り、短く言った。
「——受け止めて、流す」
光彩シールド《プリズム・シェル》が展開する。
屈折光が氷柱を受け止め、角度を変えて逸らす。
そして——水が動く。
凍った水面の“下”から、流れが生まれ、氷を持ち上げて割った。
氷は溶けない。だが、固定が崩れれば——砕ける。
フロスト・レイクの足場が乱れ、湖面に落ちる。
『今だ』
ミナトは頷く。
「——退け」
水の圧が、鴨の怪鳥兵を押し流す。
泉から離れさせる。決して深追いはしない。
“守る”ために、ここを取り戻す。
その瞬間。
ミナトの耳に、断片的な無線が流れ込む。
『……白黒と赤が交戦中……!』
『氷の白鳥、進路上空に——!』
状況は、十分すぎるほど伝わった。
ミナトは
ただ、胸の奥に広がる“水の気配”に、静かに呼びかけた。
「……アクア」
胸の奥の水が、静かに鳴る。
「行こう。守るために——あそこへ」
一拍。
『了解』
低く、波のような声が返った。
アクア・グリントが翼を開き、空へ。
——戦場へ、合流する。
その頃戦場ではー
氷の霧が、覆っていた。
凍流白鳥は、上空で静かに翼を広げている。
雷の怪鳥兵とは違う。
速さも、爆発力もない。
だが——止まる。
空気が、地面が、人の動きが。
すべてが、じわじわと“固定”されていく。
「……動けねぇ……!」
W-A.F.隊員の一人が呻く。
ブーツの裏が薄氷に取られ、担架が滑りかける。
城戸が怒鳴った。
「無理に進むな! その場で姿勢を低く保て!!」
だが、グレイシャル・スワンは止まらない。
翼を一度、ゆっくりと振る。
——キィン。
見えない“線”が引かれたように、空が凍る。
逃げ道だったはずの上空が、硬質な壁に変わる。
『……囲われている』
クラウンダイバーが低く告げた。
『雷は“檻”。
だが、これは“蓋”だ』
フレア・ロングビルが舌打ちする。
『炎で焼いても、意味が薄い。
溶かしても——また固められる』
その通りだった。
グレイシャル・スワンは、破壊しない。
閉じる。止める。逃がさない。
それが、氷刃翼のやり方。
そのとき——
空気が、揺れた。
雷でも、氷でもない。
もっと柔らかく、しかし確かな“うねり”。
「……?」
城戸が顔を上げる。
W-A.F.のセンサーが、一瞬だけ奇妙な波形を描いた。
「水……?
いや、違う……流れ……?」
次の瞬間。
氷霧の向こうから、シアンの光が浮かび上がった。
空気を切る音はない。
代わりに、水が持ち上がるような感覚。
——アクア・グリント。
バードモードのまま、静かに戦場へ滑り込む。
翼の周囲に、水の層がまとわりつく。
『合流する』
低く、波のような声。
ことりの胸が、理由もなく熱く跳ねた。
「……今の声……」
レンが奥歯を噛みしめる。
「……誰だか知らねぇけど……
来てくれたのは、間違いねぇ」
グレイシャル・スワンが、わずかに首を傾げた。
氷の瞳が、アクア・グリントを“観測”する。
——キィン。
即座に、氷の壁が展開された。
進路を塞ぎ、空間を固定する。
だが。
『……変形』
アクア・グリントが、静かに告げる。
水が、渦を巻いた。
バードモードの翼が折り畳まれ、
装甲がスライドし、
シアンの光が人型の輪郭を形作る。
ナイトフォーム。
騎士鳥が、戦士の姿を取る。
『水は、形を選ばない』
ミナトの声が、はっきりと響いた。
「止められたら——流すだけです」
三体が、並ぶ。
白黒の王——クラウンダイバー。
赤炎の騎士——フレア・ロングビル。
青水の守り手——アクア・グリント。
——三位一体。
グレイシャル・スワンが、翼を大きく広げた。
氷の羽根が、無数の刃となって降り注ぐ。
『来る!』
クラウンダイバーが前に出る。
『突破する。道を開く』
白黒の装甲が、真正面から氷刃を受け止める。
衝撃。凍結。
だが、王は止まらない。
『レン!』
「分かってる!」
フレア・ロングビルが、側面へ回り込む。
炎のレイピアが唸る。
『断つ』
赤い一閃が、氷の翼の“付け根”を狙った。
完全には切れない。
だが——氷の構造が歪む。
その瞬間を、ミナトは見逃さなかった。
「——今です」
アクア・グリントが、光彩シールド《プリズム・シェル》を展開する。
氷刃がぶつかり、屈折し、
流れが生まれる。
凍結した空間の“下”で、水が動く。
——大気中の水分が引き寄せられ、流れへ変わった。
氷を持ち上げ、支点をずらす。
固定が——崩れる。
『……!』
グレイシャル・スワンが初めて、バランスを崩した。
『王冠打撃』
クラウンダイバーが踏み込み、
歪んだ氷の中心を——撃ち抜く。
同時に。
『炎刃、最大出力』
フレア・ロングビルのレイピアが、
亀裂をなぞるように突き刺さる。
そして、最後に。
「——流して、終わらせます」
アクア・グリントの水流が、
氷の白鳥を包み込み、押し流す。
溶かさない。
砕かない。
戦場の外へ、退ける。
——ズォォォン。
凍流白鳥は、
氷霧を残して撤退した。
静寂。
戦場に、初めて“隙間”が生まれる。
「……終わった……?」
誰かが、呟いた。
⸻
雷殿城。
氷色の光が走る回廊で、
投影された戦場映像が、静かに消えた。
最後に残ったのは――
白鳥が退き、水と炎と白黒の影が並び立つ一瞬。
フロストは、扇を閉じるような仕草で息を吐いた。
「……ふぅ。
やっぱり、揃うと厄介ね」
その声は柔らかい。
だが、感情は一切、濁っていない。
背後で、金属音。
雷殿城の主、ハクトが歩み寄る。
その瞳は、冷え切った稲妻の色をしていた。
「――退いたな」
「“退いた”だけよ。負けたとは言ってない」
フロストは肩をすくめ、振り返る。
「氷は“止める”もの。
でも、水に流されて、炎に断たれて、王冠に突破されたら……ね?」
ハクトは、しばし沈黙した後、低く言った。
「……オルニス因子、三つ目が確定した」
「ええ。
空、炎、水……」
フロストの唇が、ほんの少しだけ上がる。
「美しい配置じゃない?」
「笑い事ではない」
「分かってるわ。だからこそ――」
フロストは、指先で映像の残滓をなぞった。
「次は、“叩く力”が要る」
ハクトの視線が、山岳域の座標へ移る。
「……第四」
「ええ。
あの音、聞こえたでしょう?」
ハクトは、短く頷いた。
「啄む音だ」
フロストは、扇を開かず、静かに言った。
「地球はね、
もう“受け身”じゃない」
雷殿城の奥で、雷紋炉が低く唸る。
侵略は、終わっていなかった。
⸻
砕けた氷晶が、ゆっくりと地面に溶けていく。
クラウンダイバーが着地し、
フレア・ロングビルがその隣へ降りた。
少し遅れて――
水音を伴い、シアンの騎士鳥が舞い降りる。
アクア・グリント。
コックピットが開き、
群青の髪の女性が静かに地面へ降り立った。
「……」
ことりは、一瞬、言葉を失う。
レンが先に息を吐いた。
「……なるほどな」
ミナトは、少しだけ照れたように首を傾ける。
「……やっぱり、気づいてました?」
「確信じゃねぇよ」
レンは肩をすくめる。
瓦礫の現場でも、避難の列でも——
彼女はいつも、先に“人の動線”を守っていた。
「でも、
ああいう“守り方”する奴、他に思いつかねぇ」
ことりは、ゆっくりとミナトを見る。
「……ミナトさん」
ミナトは、ことりの目をまっすぐ見返した。
「無事で、よかったです」
抱き合うことも、歓声もない。
けれど——三人の間に、確かな“線”が引かれる。
突破する者。
断つ者。
流して、崩す者。
まだ名付けられていない陣形。
だが、もう崩れない配置。
その時。
――コン……。
遠く、山の奥から、乾いた音が響いた。
レンが眉をひそめる。
「……聞こえたか?」
ことりが頷く。
「……木を叩くみたいな音」
ミナトは、静かに息を吸った。
「……中から、来てる」
クラウンダイバーの声が、低く落ちる。
『……新たな因子が、動き始めている』
風でも、雷でも、氷でもない。
叩き、穿ち、砕く力。
レンが、不敵に笑った。
「次は……硬ぇ相手だな」
ことりは空を見上げる。
「でも――」
ミナトが、静かに続けた。
「三人、揃いました」
遠くで、もう一度。
――コン……。
啄む音が、山岳遺跡の奥で反響した。




