青の底で、揺れるもの
その日の夜。
瑠璃川ミナトは、眠れずにシャワーの水音を聞いていた。
細い水流が床に落ちる音が、やけに胸に響く。
(……まただ)
目を閉じると、すぐに“あの感覚”が戻ってくる。
校庭で瓦礫を運んでいた時。
胸の奥が、ふっと冷たくなった瞬間。
――チャプ……
水に雫が落ちるような、静かな音。
(気のせいじゃない……)
ベッドに横になった途端、意識が沈んだ。
⸻
気づけば、ミナトは水の中にいた。
光の届かない、深い青。
上も下もわからない。
それでも不思議と、恐怖はなかった。
群青色の闇の奥で、
ゆっくりと“何か”が眠っているのが分かる。
大きな影。
翼を畳んだ、鳥の形。
(……あなたは……)
言葉にしようとした瞬間、
胸の奥が、ほのかに青く光った。
その光に呼応するように、
水底の影が、わずかに動く。
声がした。
低く、静かで、波のような声。
『……怖れてもいい』
ミナトの身体が強張る。
『だが、目を逸らすな』
水が揺れ、影の輪郭が少しだけはっきりする。
硬質な装甲。
光を反射する翼。
(……鳥……?)
『守るために、沈む力もある』
その言葉だけが、胸に残った。
⸻
ミナトは、息を吸って目を覚ました。
心臓が早鐘を打っている。
背中に、うっすら汗。
「……夢……」
だが、胸の奥にはまだ、冷たい余韻が残っていた。
窓の外は静かな夜。
それなのに、まるで水面が揺れているような感覚だけが消えない。
(……また、会う……)
理由は分からない。
けれど、そう確信していた。
同じ夜。
鷲尾ことりは、自室の机に向かっていた。
ノートを開いたまま、ペンは止まっている。
――コトリ。
クラウンダイバーの声が、微かに届く。
「……今?」
『完全な通信ではない。だが――』
胸の奥で、緑の光が小さく揺れた。
『青の因子が、再び波を立てた』
「……青……?」
『深く、静かで、防ぐための波だ』
ことりは思い浮かべる。
瓦礫の中で、穏やかに作業していた群青色の髪。
「……ミナトさん……?」
『名は、まだ確定ではない。だが――』
クラウンダイバーの声が、ほんのわずか柔らぐ。
『彼女は、恐怖から逃げなかった』
その言葉が、胸に残った。




