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2章 炎の目覚め

翌朝。

鷲尾ことりが目を開けた瞬間、胸の奥で“脈”が跳ねた。


昨日、湖で触れた金属の羽の温度。

あの光のぬくもりが、まだかすかに残っている。


(……夢じゃなかったんだ……)


制服のボタンを留め終えたとき、胸がふわりと震えた。

まるで――何かが彼女を呼んでいるように。



昇降口で、早乙女ほのかが元気いっぱい手を振った。


「ことりー! 今日こそ元気?

 もう寝不足はアウトなんだからね!」


「う、うん……今日は大丈夫」


ことりが笑って返すと、その後ろから藤代ナオトが静かに口を開く。


「……でも、顔色が薄い。

 本当に無理してない?」


(ひぃ……みんなよく見てる……)


隠しているつもりでも、昨日の出来事がまだ表情に出てしまっているらしい。


教室に入って席に着いたところへ、

黒瀬アユミが教科書を抱えながら近づいてきた。


「ことり、昨日も今日も元気なさすぎ!

 体育のとき、倒れそうだったって聞いたし!」


「た、倒れないよ……!」


ことりが慌てて否定すると、アユミは心配そうに眉を寄せながらも、それ以上は踏み込まず「無理すんなよ」とだけ肩を軽く叩いた。


その少し後ろ。

窓の外を眺めていた宮原さくらが、ぽつりと呟く。


「……今日の空、音が薄いね」


「空の……音?」


ことりが思わず聞き返すと、さくらは彼女の方へ視線を向けた。


「空が静かすぎる日はね、

 誰かが“心のざわめきを隠そうとしている日”なんだよ。

 ……ことりさん、今日は少し静かに見える」


胸がきゅっと締めつけられる。


「ち、違うよ……!」


慌てて否定すると、さくらはやわらかく微笑んだ。


「うん、わかってる。

 ただ……空もね、誰かの気持ちに引っ張られることがあるから」


その声音は優しいのに、なぜか胸の奥に棘のように刺さった。


ガラッ、と勢いよく教室の扉が開いた。


火ノ宮レンが、いつもの調子で入ってくる。


「おはよー……っつーか、ワシオ。

 また顔色悪いじゃん! 無理すんなよ?」


「わ、私は大丈夫……!」


ことりが慌てて笑ってみせると、レンは自分の襟を指でつまみ、シャツの中に風を通した。


「俺も最近さ……なんか変なんだよ。

 胸の奥が一瞬“カーッ”って熱くなる。

 暑いってわけじゃねぇのに!」


その言葉に、ことりの胸がひくりと跳ねる。


(……同じ……?

 わたしと同じものを……?)


レンはその反応に気づくこともなく、続けた。


「ま、具合悪いなら俺んとこ来いよ。

 ほのかとかアユミより先にな」


「えぇっ……!?」


教室がどよめく。


「レン、それ絶対気にしてる言い方!」「あーこれは意識してる!」


冷やかしの声が飛び、レンの耳が真っ赤になる。


「う、うるせぇ! クラスメイトとして心配してるだけだ!!」


(ふふ……レンらしい……)


昨日の恐怖が、ほんの少しだけ薄らいだ。

朝のホームルームが始まり、

気づけば授業の時間は、いつもより早く過ぎていった。


放課後チャイムが鳴り終わると同時に、ほのかが駆け寄ってきた。


「ことり! 今日こそ一緒に帰ろうよ!

 アイス屋さんで新作出たの!」


「ごめん。今日はもう帰るね……」


ことりが目を伏せて断ると、ほのかは思い切り頬をふくらませる。


「えぇぇ!? 最近ことり冷たい〜!」


周囲の視線が集まり、ことりはその場から逃げるように廊下へ出た。


夕焼けの匂いが、胸のざわめきを連れてくる。


(……まただ……胸の奥が……

 呼ばれてる……)


校門を出て、湖へ続く小道へ足を向けると、

胸の脈動が一段と強くなった。


冷たい風が髪を揺らす。


間違いなかった。

これは――クラウンダイバーと繋がったときの感触。


(……もう一度……会える……?)


胸が強く脈打つ。

あの日、光に触れた場所が、また熱を帯びていく。


ことりは湖へ向かって静かに足を踏み出した。


――この先で何が待っているのかも知らないまま。


湖は静かだった。

夕景が鏡のように広がり、風さえも息を潜めている。


けれど――

ことりの胸の脈動はどんどん強くなる。


「クラウンダイバー……いるの……?」


小さく問いかけたその瞬間、風が止み、水面がざわりと揺れた。


湖の中央。

白と黒の巨影が、水の中から立ち上がる。


クラウンダイバー。


昨日よりも静かな佇まいで、

しかし昨日よりも、確かに“ことりを探すように”その王冠センサーを向けている。


『……来たな、コトリ。』


頭の奥に響く声に、ことりは思わず胸を押さえた。


「……呼んでたの……?」


問いかけると、クラウンダイバーは静かに答える。


『いいや。

 “お前の心が”私を探していたのだ。』


胸の奥が、貫かれるように熱くなる。


何かを言い返そうとした――その直後だった。


――空が、揺れた。


不吉な波紋が空を走り、

まるで巨大な鳥が翼を広げたように、影が広がっていく。


クラウンダイバーのセンサーが一斉に光った。


『コトリ……!

 来るぞ……“帝国”が!!』


その瞬間、

クラウンダイバーの巨体が、わずかに前へ傾いた。


守るように――

ことりと、湖と、

その向こうに広がる街を背にして。


その姿を見た瞬間、

ことりは悟った。


(……これは、逃げちゃいけない“始まり”だ)

ことりは、無意識に一歩、前へ出ていた。


湖に立つクラウンダイバーが警告を発したその直後――


空が“軋んだ”。


風が止み、鳥の声が消え、

夕暮れの色が一瞬だけ鈍い赤に染まる。


ことりが見上げると、青空の表面に薄い“ひび”のような筋が走っていた。

それは、ガラスの表面がゆっくり割れていくような光景だった。


クラウンダイバーが、低く唸る。


『コトリ……来るぞ。

 ここから先は、私一人では守れない。

 ――乗れ』


「……うん」


次の瞬間――


ガァァァァンッ!!!


空が砕けた。


粉々に散った破片のような光が雨のように舞い落ち、

そこから黒と金の影が次々に飛び出してくる。


鳥人帝国・ドローン部隊。


『……来たか……!!』


機械仕掛けの鳥たちはギィィィィ、と金属を軋ませながら翼を広げ、

地上へ一斉に突き進んでいった。


「ど、どこに……!?」


震える声で問うことりに、クラウンダイバーが苦い声で告げる。


『狙いは――“学校”だ。』


ことりの心臓が止まりそうになる。


(ほのか……アユミ……さくら……レン……

 みんな、まだ学校に……!!)


ドローンたちは迷いなく学校の方向へ進路を取った。


校舎が見える距離に達した瞬間、

ドローンたちは鋭い電子音を響かせ、一斉に光弾を連射する。


ドォォォォォン!!


爆炎が校庭を覆い、衝撃で窓ガラスが一斉に割れた。

悲鳴が校舎中に響き渡る。


「きゃあああっ!」「逃げろおお!!」


『コトリ! 急ぐぞ!!』


クラウンダイバーが湖面を蹴り、一直線に学校へ飛び立つ。

風が頬を斬り、制服が激しくはためいた。


(お願い……間に合って……!)


学校に到着したとき、校庭はすでに地獄のような惨状だった。


砂埃、炎、崩れた壁。

ドローンが縦横無尽に走り回り、生徒たちを追い立てている。


早乙女ほのかは倒れた子を支えながら叫んでいた。


「走って! 体育館の方!!

 ナオト、こっち手伝って!!」


ナオトは冷静に周囲を見渡しながら、的確に避難経路を誘導していく。


アユミは教室の外で泣いている一年生を抱き寄せ、

「大丈夫、行こう! 絶対離れないから!」と声をかけた。


さくらは空を睨み、小さく呟く。


「……風の音が荒れてる……

 来てる……なにか大きい“流れ”が……」


一方そのころ、

火ノ宮レンは昇降口で胸を押さえていた。


「……なんだよ……これ……

 胸が……焼ける……!」


燃えるような熱。

だが彼には、まだその意味がわからない。


ドローンが体育館へ光弾を構えた、その瞬間。

校庭に、大きな影が落ちた。


白と黒の巨影――クラウンダイバー。


『コトリ、行くぞ!』


「うんっ!!」


クラウンダイバーは一気に急降下し、体育館の前へ立ちはだかる。


ドローンたちが気づき、甲高い警戒音を上げた。


キィィィィィィ!!


光弾が放たれる。


「くっ……!」


ことりが身を固くすると、それに同調するようにクラウンダイバーの硬化翼が展開し、

一瞬で巨大な盾となって光弾の直撃を受け止めた。


――ズガァァァン!!


衝撃波が校庭を揺らす。


ほのかが目を丸くして叫ぶ。


「あれっ……鳥のロボ!?

 こ、ことり……見てる!? これ絶対好きなやつでしょ!!」


アユミも思わず声を上げる。


「す、すご……! なんか、見覚えあるような……!」


ナオトが冷静に否定した。


「いや落ち着け。見覚えあるわけないだろ……」


さくらは揺れる空を見上げ、そっと息を吸う。


「……“音”が変わった……

 あれが……ことりさんを守る音……」


クラウンダイバーは翼を大きく広げ、

硬化した翼刃を閃かせながらドローンへ突撃する。


『右から来るぞ、コトリ!』


「わかってる……っ!!」


ことりが操作リングにぎゅっと指をかけると、

クラウンダイバーは滑るように右へ回避し、そのまま翼刃で一機を両断した。


続けて急上昇。

回転蹴りからの追撃ブレードで、二機目をまとめて撃墜する。


そして、胸部装甲がスライドし――

ダイブブレードが展開。


回転する光刃が一直線に突き進み、

三機目のドローンを貫いた。


周囲では歓声と悲鳴が入り混じる。


「す、すご……!」「なにあのロボ……!」


さくらは、空の流れを読むように目を細めた。


「……ことりさん……」

少しだけ、言葉を探すように間を置く。


「空が……ことりさんのほうに、引っ張られてる」


しかし、ことり自身はそれに気づいていない。


彼女の中では必死さと恐怖が渦を巻き、

ただ“守らなきゃ”という思いだけが強く膨れ上がっていた。


(お願い……守って……守りたい……!)


数機のドローンを撃墜し終えたクラウンダイバーが、

校庭中央に着地した、そのとき――


空気が変わった。

ざわめきが、ふっと途切れる。

――冷たい。

――重い。

――圧迫感。


『コトリ……気をつけろ……!

 “あいつ”が来る……!』


「え……?」


ことりが息を呑む。


校舎の屋根の上。

黄金の風が渦を巻き、その中心に二つの影が静かに立っていた。


第1翼《迅雷翼》ハクト。

迅影ハヤテ


ハヤテが、淡々とした声で状況を報告する。


「予定通り。王冠機、誘導成功。

 生徒の避難も混乱も、作戦に支障はありません。

 ――ハクト様、作戦遂行可能です」


ハクトはクラウンダイバーを見下ろし、

不機嫌でも喜びでもない、ただ“獲物を見る狩人の目”を向けた。


「……さて。

 王冠機よ。

 もう逃がす気はない」


その言葉に、ことりの背筋が凍りつく。


ハクトが片手を上げると、空気が痺れるように震えた。

髪の先が、静電気でふわりと浮く。



(まさか……また“怪鳥兵”……?)


ことりが息を詰める中、クラウンダイバーが鋭く警告を発する。


『違う……!

 来るのは……“もっと悪いもの”だ……!!』


ハクトは静かに、冷たく言い放った。


「狩りの時間だ……


 起動しろ、《ライデンス・ファルクス》。」


天地を割る稲妻が落ちる。


帝国六翼専用・雷迅戦士――

《ライデンス・ファルクス》。


その胸部コックピットの奥で、

ハクトはすでに操縦席に座していた。


ことりは、喉がきゅっと締めつけられるのを感じながら、声を漏らす。


「ッ……!」


クラウンダイバーが即座に叫んだ。


『コトリ……距離を取れ……!

 あれは……王冠機制圧用の“兵器”だ!!』


ファルクスの赤いセンサーが、無機質な光を宿す。

雷刃が、ゆっくりとクラウンダイバーへ向いた。


――ここから、地獄が始まる。


校庭に落ちた稲妻が土煙を吹き飛ばす。

その中心で、黒と金の戦士がゆっくりと立ち上がった。


帝国六翼専用・迅雷制圧機ライデンス・ファルクス


赤いセンサーがクラウンダイバーを射抜く。

それは、獲物を一切逃がさぬ猛禽の目だった。


『コトリ、避けろ!!』


クラウンダイバーの声と同時に、ことりは操作リングを引き、機体を跳ばそうとする。


「ひっ……!」


だが、ファルクスの速度は理解を超えていた。


風が泣き、音が消え、視界が歪む。


次の瞬間――


バシュッ!!


雷撃をまとった蹴りが、クラウンダイバーの左脚関節に突き刺さる。


「きゃぁっ!!」


『脚部制御低下! 関節ユニット損傷――!』


クラウンダイバーが片膝をついた。


ファルクスの内部から、ハクトが冷徹に告げる。


「……捕らえられるならそれでいい。

 壊れても、価値は変わらん」


ハヤテが即座に応じた。


「捕獲紋陣、展開開始します。

 ハクト様、動ける範囲で王冠機を囲んでください」


ファルクスの背に刻まれた雷紋が光り、

校庭一面に複雑な紋様が広がっていく。


ことりの胸がぎゅっと縮む。


(こんなの……!

 このままじゃクラウンダイバーが……っ)


『コトリ、落ち着け……まだ終わりじゃない……!』


クラウンダイバーはそう言うが――

その声には、いつもの力強さがなかった。


雷迅突進バースト・スラスト


雷光をまとった膝蹴りが、再びクラウンダイバーを襲う。


ドガァァァッ!!!


クラウンダイバーは吹き飛ばされ、

校庭の端まで転がった。


砂煙の中で、ことりは震える声で叫ぶ。


「やだ……やだよ……クラウンダイバー……!!」


『……大丈夫だ……まだ……負けていない……』


そう告げる声さえ、今はかすれている。


捕獲紋陣がじわじわと収束し、

クラウンダイバーの身体を縛ろうとしていた。


屋根の上で、ハヤテが淡々と宣言する。


「――捕獲完了まで、あとわずかだ。」


終わりが見えていた。


ことりは歯を食いしばる。


(怖い……足が震える……

 でも……でも……!!)


目の前ではクラスメイトたちが泣き叫んでいる。

クラウンダイバーが傷ついている。

空が泣いている。


(守りたい……!!

 こんなの、絶対いやだ……!!)


拳を握りしめた、その瞬間――

胸の奥で、別の“脈”が走った。


学校から少し離れたところにある、火守山ひもりやま

その中腹に、ひっそりと佇む古い神社。


そこから、炎のような気配が――

空の流れに、滲むように混じっていく。


昇降口で胸を押さえていたレンは、とうとう立っていられなくなった。


「くっ……な、なんだよこれ……!」


胸が熱い。

燃えるように、焼けつくように熱い。


(行かないと……!)


頭のどこかで、そんな声がした。


――来い。

――炎の翼を持つ者よ。

――お前の席はここではない。


「はぁっ、はぁ……!」


気づけば、レンは学校を飛び出していた。

足が勝手に火守山へ向かう。

身体は迷いなく、神社への道を知っているかのように走り続けた。


古びた鳥居。

苔むした石段。

普段なら誰も来ない、山の中腹の小さな祠。


レンは汗を垂らしながら階段を駆け上がる。


「……呼んでる……誰かが……!」


祠の裏側。

草の生えた石畳の下――そこに、重々しい石扉があった。


レンが迷いなく手を触れると、

扉は内側から熱を帯びるように震える。


「うわっ……!」


熱に思わず手を引きそうになりながらも、

胸の奥の同じ熱に突き動かされるように、レンは踏みとどまった。


胸の熱と扉の熱が重なった瞬間――


――解錠。


石扉が、胸の鼓動と同じリズムで震えながら開いていく。


ゴゴゴ……ッ


扉の向こうから吹きつける熱風に押されるように、

レンの足は、地下へ続く階段を勝手に降りていった。


洞窟のような地下空間。

蒼い光が脈打ち、奥へ進むほどに空気は灼けるような熱を帯びていく。


そして――


そこに“それ”はいた。


赤。

炎の羽。

鋭く長い嘴。


アカショウビンフレア・ロングビル


巨大な鳥型機体が、静かに横たわっている。

その身体を覆う封印の拘束リングが、レンの胸の鼓動に合わせるように淡く震え、

ひとつ、またひとつと光の粒になって消えていった。


「……なんだよ……これ……

 見たことねぇのに……わかる……?」


身体が熱い。

胸が燃える。

理由も分からないのに、涙が出そうだった。


そのとき、フレア・ロングビルの金色センサーがふっと灯り、

レンを“捕捉”する。


『――適合者、確認。

 胸の炎、応答を検知』


頭の奥に直接響く声に、レンは目を見開いた。


「て、適合者……!?

 なんで俺が……?」


問いかけに、フレア・ロングビルは淡々と、しかしどこか温度を感じさせる声で答える。


『問いは後でいい。

 お前は走った。

 “危機の声”に呼ばれて』


「危機……? 誰が……?」


レンが眉をひそめると、フレア・ロングビルは静かに言葉を続けた。


『まだ名を知る必要はない。

 炎はまず“行動”を選ぶ。

 お前は迷わず、この扉へ辿り着いた。

 ――それが、選ばれた理由』


胸が、ぎゅっと絞られるように熱くなる。


この熱は痛いのに、拒絶ではない。

まるで“誰かを救いに行け”と言われているようだった。


「……分かんねぇよ……

 でも……行かなきゃいけない気がする……!」


レンがそう絞り出すと、フレア・ロングビルのセンサーがわずかに明るさを増す。


『ならば乗れ。

 炎は、選んだ者へ力を与える』


ギィィィ……ッ


胸部装甲がゆっくりと展開し、

紅蓮の光に満ちたコックピットが姿を現した。


誘われるように、一歩、また一歩とレンの足が前へ出る。


「……こんなもん……本当に俺が……?」


不安と高揚が入り混じった声で呟くと、

フレア・ロングビルは短く、しかし力強く告げた。


『お前にしか開かない扉だ。

 迷いは火を鈍らせる。

 乗れ――適合者』


レンは息を大きく吸い、決意を込めて座席へ身体を預けた。


その瞬間、火柱のような“熱”が背骨を駆け抜ける。


「っ……! あああああっ……!!」


悲鳴に近い声が漏れる。


『――共鳴開始。

 炎因子、解放。

 アカショウビンフレア・ロングビル覚醒』


フレア・ロングビルの声が、どこか誇らしげに響いた。


紅蓮の羽根が広がり、

地下神殿全体が炎の渦に包まれていく。


轟音とともに、

第二の騎士鳥は眠りから完全に目覚めた。


校庭では、ライデンス・ファルクスの捕獲紋陣がほぼ完成しつつあった。


「いや……だめ……!!」


ことりが声を上げる。


『コトリ……いったん距離を取れ……!

 このままでは捕獲される!』


クラウンダイバーがそう告げるが、ことりは首を振った。


「やだ!! 守りたいの!!」


ぎゅっと拳を握りしめた、その瞬間――

捕獲紋陣がクラウンダイバーの身体を締め付けようとした、その刹那。


――空が赤く裂けた。


真上から、赤い閃光が落ちてくる。


「!? 新たな反応……!」


ハヤテが驚きを含んだ声を上げ、ハクトがわずかに目を細めた。


「……なんだ?」


炎の奔流をまとい、

アカショウビンフレア・ロングビルが校庭へと降下する。


嘴レイピアが展開され、

炎の旋風が捕獲紋陣とドローンたちをまとめて薙ぎ払い、焼き尽くした。


『フレア・ロングビル……

 王冠機を守護する“騎士鳥”……!』


クラウンダイバーが驚きと安堵を込めて呟く。


その瞬間、ことりの胸の奥で――

光が強く跳ねた。


(……これ、なに……? 胸が……熱い……!)


光核が脈を打つたび、クラウンダイバーの内部が震える。


唐突に、視界の端に通信ウィンドウが開いた。


『おい!! 中にいるやつ!! 生きてんのか!!?』


聞き慣れた声に、ことりの目が見開かれる。


「れ……レン!? レンなの!?」


『はっ!? なんで鷲尾の声が――

 お前、そこにいるのかよ!!?』


画面の向こうで、火ノ宮レンが目を丸くしていた。


「う、うん!!

 わたし、クラウンダイバーに乗ってるの!!」


『……は!? マジでかよ!!』


レンの声が、震えを帯びる。


『胸の奥がずっとざわついてたのは……

 鷲尾が危なかったからかよ……!』


その言葉に、ことりは一瞬だけ息を詰まらせた。


フレア・ロングビルが、静かに告げる。


『適合者レン。

 王冠の声は、今も彼女を中心に響いている』


「……行くしかねぇだろ」


レンが息を吐き、操縦桿を握りしめる気配が伝わってくる。


「フレア!! 手ぇ貸せ!!」


レンの掛け声と共に

フレア・ロングビルの炎が爆ぜ、装甲が燃えるように形を変えていく。


『フレア・ロングビル、ナイトフォームへ移行――!』


クラウンダイバーが分析結果を告げると同時に、

炎の甲冑をまとった騎士のシルエットが姿を現した。


灼熱のレイピアが、空気を揺らす。


ことりは、その姿に目を奪われた。


「すごい……

 これが“騎士鳥”の力……!」


その瞬間、

クラウンダイバーの胸に埋め込まれた光核が、先ほどよりも深い緑光を放ち始める。


(……胸が……熱い……!

 守りたい……みんなを……!

 レンを……!!)


ことりの心の声に、クラウンダイバーが応じる。


『ことり――その“願い”が、私に流れ込んでいる……!

 内部出力が上昇していく……!』


機体内部に響く電子振動が、さきほどとは違う調子に変わる。


・肩の鳥紋が鋭く発光し

・背部に畳まれた翼の根元が強く輝き

・拳の内部フレームがきしむように締まり

・センサー帯の光が一段階、鋭さを増した


『これが……“お前の意志”と“騎士鳥覚醒”による共鳴……

 クラウンフォームの力が――上昇した!!』


クラウンダイバーの声にも、確かな昂揚が混じる。


「クラウンダイバー……行こう!! 一緒に!!」


ことりが叫ぶと、

クラウンダイバーは誇らしげに答えた。


『ああ――共に戦う、ことり!!』


雷をまとったライデンス・ファルクスが、再び突進してくる。


「……騎士鳥が出ようと関係ない。

 王冠機を回収すればよい」


屋根の上で、ハクトが冷ややかに呟いた。


「“狩りの時間”は継続します」


ハヤテが淡々と応じる。


稲妻がクラウンダイバーへと迫る。


しかし――

今度のクラウンダイバーの動きは、さきほどとは明らかに違っていた。


「右から来る!!」


ことりが直感で叫ぶ。


『対応可能!!』


クラウンダイバーは即座に右へステップし、翼刃で雷撃の角度を弾き飛ばした。


「鷲尾!! 左、空けろ!! フレア、行くぞ!!」


レンの声が飛ぶ。


「任せて!!」


ことりがそう答えると、クラウンダイバーはわずかに位置をずらし、

フレア・ロングビルの進路を作る。


炎をまとったフレア・ロングビルが突進し、

灼熱のレイピアで雷刃に切り込んだ。


――ガキィィィン!!


炎と雷が激しく弾け、空気が震える。


『ことり、次は同時攻撃だ。

 心拍を合わせるんだ……!』


クラウンダイバーが促す。


「うん……行ける!!」


ことりは大きく息を吸い、胸の鼓動を意識した。


クラウンダイバーの翼刃が強く発光する。

フレア・ロングビルの炎も、一段と濃く燃え上がった。


「行くぞ、フレア!!」


レンが叫ぶ。


「クラウンダイバー!! 合わせて!!」


ことりも声を重ねた。


二機の動きがシンクロし、

緑光と紅蓮の炎が交差する。


炎冠交撃クラウン・バーニングクロス


雷迅戦士ライデンス・ファルクスの胸部装甲に、

深く大きな亀裂が走った。


嗚咽のような雷鳴とともに、ファルクスが大きく後退する。


「出力……先ほどより大幅増加。

 予測を超えています」


ハヤテが眉をわずかにひそめる。


「……王冠機の共鳴か。

 面白い……が、今は退く」


ハクトは短くそう言い捨てた。


雷雲がライデンス・ファルクスを包み込み、

              その姿を空へと消していく。


静寂が、校庭を包んだ。


炎の名残と、まだ消えきらない焦げた匂い。

その中で、クラウンダイバーがゆっくりと姿勢を立て直す。


『ことり……よくやったな。

 今の我々は、“先ほどとは違う強さ”を持っている』


「うん……わたしも感じた。

 心が重なると、力になるんだね……!」


ことりは、まだ震える手を見つめながら、はにかむように笑った。


通信越しに、レンが肩で息をしながら笑う。


「お前ら……えげつねぇ強くなってんじゃねぇか……。

 でもよ……鷲尾が無事で……ほんと、よかった」


「レン……ありがとう……!」


ことりが素直に礼を言うと、

フレア・ロングビルが静かに言葉を紡いだ。


『炎は誓う。

 王冠とその意志を――守護する』


夕焼けの校庭に、

クラウンダイバーとフレア・ロングビルの二機の影が、静かに並び立つ。


震えながらも立った少女と、燃え上がった炎の少年。

王冠機と、第一の騎士鳥。

最初の騎士鳥フレア・ロングビルと最初の仲間火ノ宮レンの覚醒のお話でした。

次回以降帝国の襲撃も激しくなってきます。

忌憚なきご意見お待ちしております。

よろししくお願いいたします。

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