表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

1章 『湖に落ちた翼』

四月の風はまだ少し冷たかった。

 高校へ入学して一週間。

 鷲尾ことりは、学校の帰り道にふらっと寄り道して、

 湖のほとりで空を眺めていた。


(お友達は何人かできたけど……新しい制服にも、教室の空気にも……まだ馴染めてないなぁ

 部活も何にしたらいいんだろ?……)


 期待と不安を半分ずつ抱えたまま、

 ことりはスケッチブックを広げ、

 湖面に降りようとする鳥を描き始めた。


「鳥って、いいな……。自由で、迷わなくて」


 そこまで言った時だった。


 空が――揺れた。


 雲の上で青空が歪み、光が暴れる。

 ことりは鉛筆を握ったまま見上げる。


「……え?」


 次の瞬間、

 黒と金の影が、蜂の群れのように降り注いだ。


 機械の鳥――帝国のドローン部隊だ。


 甲高い金属音を響かせて町へ突入し、

 街路を走る車をひっくり返し、

 建物を黒い翼で叩き壊し、

 光弾を無差別に放ち始めた。


「な、なに……!? あれ、鳥じゃ……ない……!」


 悲鳴、爆音、飛散するガラス。

 普段は静かな湖畔にも、破壊の轟音が伝わってくる。


 その時――


 空の一角が砕けた。

 まるで巨大なガラスドームが破壊されたように。


 夕空の中に、“割れた結界の欠片”が

 光の破片となって散っていく。


「……え……?」


 ことりは手にしていたペンを落とした。


 その中心――

 封印が破れた空の穴から、

 白と黒の巨大な影が“重力に引かれるように”落下してきた。


「な、に……!? 鳥……!? ロボット……!?」


 それは光輝く王冠センサーをつけた、

 ヤマセミのような姿の巨大ロボットだった。


 翼は不規則に震え、制御を失っている。


 影はそのまま真っ逆さまに湖へ――


 ズドォォォォン!!


 空まで届くような水柱が立ちのぼり、

 湖全体が大きく震えた。


 衝撃でことりは思わず身を伏せる。

 風が頬を切り、水しぶきが制服に飛ぶ。


 やがて、

 轟音はゆっくりと静まっていった。


 湖面に立ちのぼった水柱が落ち着き、

 夕焼けの光を吸い込んだ湖は鏡のようになめらかに揺れる。


 そして――

 その鏡に、“それ”の姿が鮮明に映った。


 白と黒の精密な羽根。

 しなやかで、猛禽を思わせる緊張感のある首のライン。

 頭部には王冠のように輝く金色のセンサー。


 鋭いクチバシはわずかに湖を指していて、

 翼を広げるたびに低い振動音が、ことりの胸の奥まで響いてくる。


 ――巨大なヤマセミ。


 そう呼ぶしかなかった。

 だがその身体は金属で構成され、

 自然の鳥とは明らかに異なる存在感を放っていた。


 さっき空から落ちてきた光の塊。

 その正体が、いま湖の水を滴らせながら姿を現している。


(……綺麗……)


 ことりは、自分の胸から漏れた感情に驚いた。

 恐怖より先に、この金属の鳥の美しさが心を掴んでしまったのだ。


 夕日と湖の反射をまとったそれは、

 まるで自然と機械の境界そのものが形を得たようだった。


 背後の街では、爆発音が途切れず響いている。

 黒い鳥型の帝国機が火花を散らしながらビルを突き崩す様子が、遠目にも見えた。


 でもことりの視線は、どうしても目の前の“巨鳥”から離れなかった。


(この子……眠っていたんだ……

 さっきの結界が壊れたせいで……呼び起こされた……?)


 湖の中央で巨大なヤマセミがそっと首をもたげ、

 壊れた封印の残光が羽根の隙間からふわりと漏れる。

 そして、ゆっくりと――確かめるようにことりの方へ顔を向けた。


 水滴が金属の羽根を伝い、

 夕日の光を反射してきらめく。


 その瞬間――


『…………反応……確認』


 ことりの耳ではない。

 頭の奥、もっと深いところに直接響く“声”だった。


「っ……! 声……? 誰……?」


 心臓が痛いほど跳ねた。

 恐怖――のはずなのに、その声はなぜかとても静かで、眠りから覚めたばかりのようで。


『オルニス因子……接触圏内。

 精神波形……適合値、上昇』


(精神……? 適合……? 何を……言ってるの?)


 湖の巨大なヤマセミが、

 まるで迷うように首を傾ける。


『……名を、教えてくれ。

 お前の“音”を、知りたい』


「わ、わたしの……? お、音……?」


 混乱しながらも、

 ことりは胸に手を当てるようにして小さな声で答えた。


「……鷲尾……ことり……です」


 金色の王冠センサーがふわりと光り、湖面が淡く照らされる。


『コトリ……

 その音、記憶した』


 一拍置いて、その声は優しく続けた。


『私の名は――クラウンダイバー。

 オルニス因子を持つ者と共に、空を歩む機体だ』


 ことりは恐る恐る一歩後ずさる。


(な、なんで……なんで私の名前なんて……

 そもそも、なんで私に話しかけてるの……!?

 私、関係ない……怖い……逃げたい……っ)


 しかしクラウンダイバーは、

 そんな彼女の怯えをなだめるように動きをゆっくりとし、

 穏やかな振動音を響かせた。


『……恐れているのか』


 その声は問いというよりも、

 ことりの心をそっと覗き込んだようだった。


 ことりは、無意識にぎゅっと胸の前で拳を握った。


「……こ、怖いよ……。

 こんなの、普通じゃ……ない……

 私なんて……こんな出来事に……向いてないよ……」


『向いていない者は――

 ここには来ない』


「え……?」


 クラウンダイバーの湖面に映る瞳が優しく揺れる。


『お前の心に、私は触れた。

 怯えの奥に……

 “空を守りたい”という小さな願いがあった』


 ことりの呼吸が止まる。


(……そんなの……子どもの頃に、ただ思ってただけで……

 今の私は……臆病で……何も……)


『私はその願いに、惹かれた』


 夕風がそっと吹き、湖面が揺れる。

 揺れた光の中で、クラウンダイバーは静かに続けた。


『コトリ。

 もし、迷っているのなら――

 私に触れてくれ。

 それだけでいい』


「……触れる……?」


『一歩だけでいい。

 お前自身の“勇気”を、私は待っている』


 ことりは震えたまま、湖へ一歩踏み出す。


 足はまだ重い。

 胸も苦しい。

 でも――


(この子……怖くない……

 むしろ……守ってくれそう……)


 夕焼けの湖は金色に染まり、

 巨大なヤマセミの影は、まるで彼女を迎えるように静かに待っていた。


 ことりの手が、ゆっくりと震えながら伸びていく。


 ことりの指先は震えていた。

 けれど、その震えには恐怖だけでなく、

 どこか――温かいものが混じっていた。


 湖面の揺らぎが、ことりの頬に映る。

 その先で、クラウンダイバーが静かに身を沈め、

 まるで“あなたを傷つけない”と伝えるように、動きを柔らかくした。


『コトリ。……ゆっくりでいい。

 お前の小さな一歩を、私は拒まない』


 喉がひりつく。胸が痛い。

 けれど、ことりは――手を伸ばした。


 指先が、そっと金属の羽根に触れた。


 その刹那――

 湖の音も、風も、夕日の揺らぎさえも消えた。


 世界が静まり返り、

 代わりにことりの視界いっぱいに柔らかな光が広がる。


(……え……? 何……ここ……?)


 湖の色とは違う、

 淡い空色の粒子が舞っている。


 それはまるで、誰かの心臓の鼓動が色になって浮かんでいるようで――

 その中心に、光の鳥が一羽、静かに羽ばたいていた。


『……リンク完了。

 コトリ、お前の心へ触れる』


 クラウンダイバーの声は、

 さっきよりも近く、

 まるで耳元でささやくように暖かかった。


 光がほどけるように変化し、

 ことりの記憶が浮かび上がる。


 小さな頃――

 家の裏山でひとり、空を見上げていた自分。


 手には落ちていた小さな鳥の羽。

 あれを宝物のように握りしめながら、


(私も……こんなふうに飛べたらいいのに)


 そう呟いた幼いことりの声が、確かに響く。


 青く澄んだ空。

 柔らかな風。

 鳥たちの自由な軌跡。


(空を守れる人になりたいって……

 あれ……いつ言ったんだっけ……?

 こんな夢……もう忘れてたはずなのに……)


 小さな頃の自分が、

 本当に空を愛していたことを思い出してしまう。


 記憶の光景がふっと消え、

 代わりに現在の自分の姿が闇の中に浮かび上がる。


 制服の裾を握りしめて震えている自分。

 人前で話すのが苦手で、

 行動する前にいつも一度立ち止まってしまう自分。


(私が……?

 空を守る……?

 そんなの……無理だよ……

 だって私は怖がりで……

 誰かを助けるなんて……できるわけ……)


 胸が痛む。

 否定の言葉ばかりが浮かんでくる。


 湖の爆発音が遠くで響き、

 世界が本当に壊れてしまうかもしれないのに――

 足がすくんで動けない自分が情けなくて。


(私じゃ……絶対に……)


 そのとき。


 暖かい光がことりを包む。

 クラウンダイバーの声が、

 まるで手を差し伸べるように静かに響いた。


『コトリ。

 お前の恐れは、欠点ではない』


(……え?)


『恐れは、“守りたいものがある”証だ。

 そして――

 お前の心には、確かに空への優しさがあった』


 光の鳥がことりの胸へゆっくり寄り添う。


『強い者でも、勇敢な者でもない。

 私は――

 優しいお前に惹かれた』


 ことりの喉がきゅっと鳴る。


『怖いなら、怖いままでいい。

 一歩だけでいい。

 私と共に、空を守る旅へ踏み出してくれないか』


 クラウンダイバーの声は、

 命令ではなく、

 願いでもなく――


 まるで、あなたの選ぶ一歩を信じているよ、と

 そっと背中を押すようだった。


 ことりの胸の奥で、

 小さな勇気が静かに芽を出した。


 光がゆっくりと薄れ、

 ことりの視界は再び湖の夕暮れへ戻ってきた。


 目の前には、

 湖面から上半身を出した巨大なヤマセミ――クラウンダイバー。


 まだ、少し怖い。

 心臓もずっと速いまま。


 だけど。


(……私……少しだけ……動けるかもしれない)


 震える指先を握り締めながら、

 ことりは小さく息を吸った。


 その小さな息の音に、

 クラウンダイバーが静かに反応する。


『……コトリ。

 まだ迷っているな』


「……うん。怖いよ、まだ……。

 でも……少し……少しだけなら、進めるかもしれない」


『十分だ』


 クラウンダイバーの王冠センサーがほんのりと輝いた。


『一歩は、大きさでは測れない。

 踏み出したという“事実”こそが、お前の力だ』


 ことりの胸の奥がじんわりと温かくなる。


 そのとき――

 湖の向こうから、また爆発音が響いた。


 街に残っている人たちの悲鳴が風に乗る。


 ことりはぎゅっと拳を握った。


(……守りたい。

 助けたいとか、そんな大きなこと、私には言えないけど……

 今、目の前で泣いてる人がいるなら……)


 一歩だけ、足を前に出した。


 その動きをクラウンダイバーは逃さなかった。


『コトリ。

 搭乗を許可する』


 巨大な胸部が、

 まるで花が開くように静かに展開し始めた。


 金属がスライドし、

 内部の淡い緑色の光が漏れ出す。


 ことりは息を呑んだ。


「ここ……入るの……?」


『怖ければ戻ってもいい。

 だが――

 お前がその一歩を選んだのなら、私は応える』


 優しい、でもどこか誇らしげな声。


 胸の奥が熱くなる。


「……ううん……行く。

 怖いけど……少しだけやってみる……」


 震える足で、

 ことりは開いたコックピットへそっと足を踏み入れた。


 内部は意外なほど暖かく、

 緑の光がことりを包み込むように照らす。


 座席が彼女の体に合わせてゆっくりと形を変え、

 まるで抱きしめるように身体を支えてくれる。


『コトリ。

 私と共に――初めての空を歩もう』


 彼女の胸の前で、

 淡いオルニス因子の光がふわりと灯った。


 これが、

 臆病な少女が踏み出した、世界を変える“一歩目”だった。


 ことりが座席に身体を預けた瞬間、

 クラウンダイバーの内部が静かに鼓動を始めた。


 淡い緑の光が天井から流れ落ち、

 まるでことりを包むように柔らかく広がっていく。


『コトリ。

 深呼吸をしてくれ』


 優しい声に促され、

 ことりはぎこちなく息を吸い込む。


 胸が落ち着いたその瞬間――


 ――起動プロトコル、展開。


 機体内部に透明な円環が浮かびあがり、

 光の文字が次々と走っていく。


「わ……これ……全部、動いてる……の……?」


『恐れるな。これは“私がお前を迎えるための準備”だ』


 円環がことりの頭部をすり抜けるように通り、

 視界が一瞬だけ広がる。


 まるで、湖の外まで“心の手”が届くような感覚。


(……こ、これが……リンク……?

 私と……つながってる……?)


 胸が震える。

 だが、不思議と嫌ではなかった。


 そのとき――


 ――オルニス因子、同期率 34%……46%……62%

 精神波形、安定。

 クラウンダイバー、起動準備完了。


「え、えっ……もう……!?」


『コトリ。

 お前が望むなら――私は動く』


(望む……?

 私が……?)


 湖の外ではまだ爆発音が続いている。


 助けたい。

 怖い。でも、知らないふりはできない。


 その思いが、ことりの胸に灯り、

 同期率が一気に跳ね上がった。


 ――同期率 78%、起動可能域到達。


『行くぞ、コトリ。

 初めての空だ』


 クラウンダイバーの脚部がゆっくり湖底から抜けあがり、

 翼が夕日の光を受けて大きく展開した。


 水滴が虹色に弧を描いて散る。


「わっ……あっ……! ちょ、ちょっと待っ――」


 ドンッ!!!


 重力を置き去りにするように、

 クラウンダイバーは湖面を蹴り、空へと跳躍した。


 ことりの視界に、

 地上の世界が一瞬で小さくなっていく。


 風が機体を叩き、

 頬にも感じるほどリアルな振動が伝わる。


『安心しろ、コトリ。

 私が支えている』


「は、はい……! でも……速い……!」


『空は速いものだ。

 だが、お前は落ちない』


 ほんの少し、ことりの胸が軽くなった。


 湖を一気に離れ、

 クラウンダイバーは滑空するように街の上空へと舞い上がった。


 空には、黒と金の機械鳥――

 帝国のドローン部隊が群れを成して旋回していた。


 羽音ではなく、金属の軋む音。

 そのたびに黒い影が軌跡をえぐるように街を襲っていく。


「……あれ……! さっきの……!」


 ビルの谷間で炎が上がり、

 逃げ惑う人々が豆粒のように見える。


 その瞬間、

 三機のドローンがことりたちに気づき、甲高い警戒音を放った。


 キィィィィイ!!


『敵性反応確認。

 コトリ、構えろ』


「む……無理無理無理むり!!

 戦うなんて――私、ムリ!!」


『逃げてもいい。

 だが――今、空が泣いている』


 ことりの息が止まる。


『お前は“守りたい”と思った。

 その気持ちが、一番強い武器だ』


 遠くで街が崩れ、

 人々の悲鳴が風に乗る。


 ことりは震えながら――

 ほんの少し、両手をコントロールリングへ伸ばした。


「……やってみる……。

 少しだけ……! 少しだけだから……!」


 クラウンダイバーのセンサーが柔らかく光る。


『それで十分だ、コトリ。

 共に行こう』


 ドローン軍団が町へ向けて降下していく。

 その軌跡は黒い矢となり、建物を貫き、炎と崩壊を撒き散らす。


 ことりはその光景を、ただ震えながら見ていた。

 胸が苦しくて、呼吸も浅くなる。


(なんで……

 なんでこんな……ひどい……)


 逃げたい。

 でも――


 湖のそばで倒れた人々、

 家族を抱えて泣き叫ぶ声、

 助けを求める小さな手。

逃げ惑うクラスメイト達


 その全部が、ことりの心を締めつけた。


「……こんなの……だめだよ……!」


 クラウンダイバーの内部が微かに震えた。


『コトリ。

 お前の声、確かに届いた。』


「守る……!

 怖いけど……守らなきゃ……!!

 こんなの……見てられない!!」


 その瞬間、

 クラウンダイバーの同期率が跳ね上がる。


 ――同期率 91%。

 主導権、共有モードへ移行。


 機体がことりの決意に応えるように、

 黄金の王冠センサーが強く輝いた。


『コトリ、初期武装を解放する。

 “ダイブブレード”、使用可能。』


 胸部の装甲がカシィン…と前方へスライドし、

 内部からドリル状に回転する光刃が現れる。


『本来は水中や地中へ突入するための槍だが……

 今は空を貫く刃として使う。』


 夕日の中で金色の軌跡が走る。


「うわ……これ……すご……!」


 三機のドローンが急降下し、

 鋭い金属音を響かせながら突進してくる。


『恐れるな。

 私が軌道を補正する。

 お前は――進むと“思うだけでいい”。』


 ことりは唾を飲み込み、小さく呟いた。


「……行け……!」


 ドン!!


 クラウンダイバーは一気に前へ突進。

 回転するダイブブレードが風を切り裂き、

 突っ込んできたドローンの胸部を――


 ズガァァァァッ!!


 破砕した。


 金属の破片が虹色の火花となって空に散る。


「や、やれた……!? 本当に……!」


『次が来るぞ、コトリ。

 腕部――硬化翼、展開。』


 翼がパキンと音を立てて形を変え、

 鋭い刃のように硬質化する。


 二機のドローンが左右から挟み撃ちを狙って飛び込む。


「くっ……!」


 ことりは反射的に腕を上げた。


 クラウンダイバーの翼がその動作をトレースし、

 横薙ぎに風を切り裂く。


 ――ギィィン!!


 右のドローンの胴体が真っ二つに裂けた。


 反対側から迫る一機へ、

 ことりは迷いながらも一歩“意思”を踏み込む。


(届いて……!!)


 バシュッ!!


 左のドローンの翼が翼刃に触れた瞬間、

 爆ぜるように弾けて落下した。


 空に残ったのは、

 クラウンダイバーが描いた金色の弧と、

 ことりの荒い呼吸だけだった。


「はぁ……はぁ……っ……

 できた……私……本当に……!」


 胸の高鳴りは恐怖と興奮が入り混じっている。


 クラウンダイバーは静かに言った。


『コトリ。

 お前は“守りたい”と願った。

 その一歩が、私の力を解放したのだ。』


 夕空で輝く機体が、

 まるで誇らしげに翼を揺らす。


『これからも共に行こう。

 私は――お前と空を守りたい。』


 ことりは涙がにじむほどにきゅっと目を閉じ、


「……はい……!」


 恐怖はまだ消えていない。

 でもその奥に、

 確かな温かい光が灯っていた。


 ドローン群を撃破した空に、

 突然、空気を震わせる圧が走った。


 黒と金の稲妻が裂け、

 その中心から黄金の翼を持つ戦士が舞い降りる。


 第1翼《迅雷翼》 ハクト。


 そのすぐ後ろを、

 風そのもののように鋭い影が追って降下した。


 細身のハヤブサの面。

 無駄のない動き。


  第1翼《迅雷翼》副官《迅影》のハヤテ


 ハヤテは片膝をつき、落ち着いた声で告げた。


「目標確認。王冠機、稼働状態。

 ハクト様、想定通りです。」


 ハクトは金の翼を広げ、ことりとクラウンダイバーを射抜くように見据えた。


「……ようやく姿を見せたな、王冠機。

 封印に沈んでいた《古代文明の遺産》が、

 こんな星で目覚めるとはな。」


 クラウンダイバーが低く警告音を鳴らす。


『コトリ……警戒しろ。

 あれは鳥人帝国の戦士……!』


 ことりは喉を震わせながら、


「ど、どうして私たちを……?」


 ハクトは堂々と名乗りを上げる。


「俺は六翼シックス・ウィングがひとり――

 第1翼・迅雷翼、ハクト。

 そしてこいつが――」


「副官、ハヤテ。

 任務遂行のためならば、何だってしますよ……地球の少女。」


 淡々とした声なのに、冷たく刺さる。


 ハクトが片手を掲げると、空間が歪む。


「ハヤテ、状況は?」


「空間安定。召喚可能です、ハクト様。」


「よし。」


 雷光が走る。


「俺の迅雷因子に応じし翼よ――

 怪鳥兵バード・ビースト渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴン顕現しろ。」


 轟音とともに、

 雷をまとった巨大な鳥型の怪獣、渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴンが姿を現した。


 ことりは絶句する。


「な、なんなの……あれ……!?」


 ハクトが雷光をまとう翼を広げ、

 渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴンへ命じる。


「行け。

 王冠機を制圧しろ。

 抵抗するなら、その機能を奪え。」


 鋭い命令が空気を震わせる。


 ハヤテが冷静に補足する。


「破壊ではなく制圧……了解。

 渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴン、王冠機の行動を封じろ。」


 雷をまとうヴォルテクス・レイヴンが咆哮し、

 王冠機――クラウンダイバーへ一直線に突撃する。


 ヴォルテクス・レイヴンが、雷鳴のような咆哮を上げた。


 その瞬間、空気がビリビリと震え、

 ことりの肌に針のような静電気が走る。


「ひっ……!」


 クラウンダイバーのバードモードが急上昇するが――


  雷撃爪サンダー・クロー


 ヴォルテクス・レイヴンの鉤爪に雷光が集中し、

 空を切り裂く一撃が襲いかかる。


 バチィィィィッ!!


 避けきれず、左翼にかすっただけで

 装甲が焦げ、警報が鳴る。


『左翼に損傷……! コトリ、大丈夫か!?』


「だ、だいじょ……っ、大丈夫じゃない……!」


 翼が震え、バランスが崩れる。


 ヴォルテクス・レイヴンは逃さない。


 上空へ飛び退き――

 雷光がその全身へ収束していく。


 クラウンダイバーが警告する。


『来るぞ……雷の衝撃波だ!』


 雷光衝撃波ストーム・バースト


 ヴォルテクス・レイヴンが翼を広げた瞬間、

 雷の円盤が弾けるように四方へ走った。


 ドォォォォン!!!


 バードモードの軽いフレームは衝撃に弱く、

 湖面へ叩きつけられるように落下する。


 水柱が上がり、

 ことりはシートに押しつけられた。


「やだ……やだよ……怖いよ……っ!」


 涙が滲む。

 視界が揺れる。


 しかしヴォルテクス・レイヴンは止まらない。


 水面から上がろうとするクラウンダイバーへ、

 ヴォルテクス・レイヴンが再び翼を広げた。

 今度は雷ではない。

 もっと……おかしい。


 ことりの耳がツンと痛んだ。


「え……今の……音……?」


 風が止まり、

 空気がきゅうっと絞られるように歪む。


 ヴォルテクス・レイヴンの翼から、

 細い“線”が生まれた。


 光でも雷でもない。

 ただ、そこだけ世界がねじれたような――


 シャリ……ッ……!


 その“線”が通過した場所の空気がずれ、

 湖面が一呼吸遅れて――


 スパァン!!!


 と不自然な角度で裂けた。


 水面が切り裂かれたわけでも、

 爆発したわけでもない。


 ただ、“そこから世界が外れたように”

 水が真っ二つに押しのけられたのだ。


 ことりは理解が追いつかず、声を失う。


「……え……?

 なに……今の……。

 風……じゃない……」


 クラウンダイバーが緊迫した声で言う。


『コトリ、あれは……攻撃だ。

 斬撃のように見えるが――違う。

 “空気そのものをずらす力”だ。

 ヴォルテクス・レイヴンの位相斬撃フェイズ・スラッシュ……

 当たれば……即座に機能を奪われる。』


 それは、避けようがない。

 形容できない恐怖がことりを襲う。


 ヴォルテクス・レイヴンは再び翼を引き絞り、

 今度は三本の“ずれた空気の線”を一気に走らせた。


 シャリリッ――シャラァァン!!


 それは射線ではなく、

 世界の縫い目がほどけるような音だった。


 湖畔の木々の影が歪み、

 空が凹んだように見える。


 ことりはついに悲鳴をあげる。


「む、無理……!

 無理だよこんなの……!!

 これ、どうなってるの……っ!!」


 涙がこぼれかける。


 ヴォルテクス・レイヴンの“異常”な攻撃は、

 ことりの認知そのものを揺さぶる恐怖を持って迫ってくる。


 クラウンダイバーは必死に旋回して回避するが、

 バードモードの軽さでは避けきれない。


 一本の“空気のずれ”が機体の尾部をかすめた。


 金属が裂けたわけではないのに――

 尾部の外装がぺき、と捻じれたように変形し、火花が散る。


 ヴォルテクス・レイヴンの攻撃で空が歪み、

 湖が裂け、

 視界が乱れ、

 機体が揺れる。


 ことりの涙が浮いたまま零れ落ちる瞬間――

 世界がふっと暗転した。


(……え……?)


 そこは音のない空間だった。

 足元も、空も、方向もなく、

 ただ、自分の鼓動だけが響いている。


 ドクン……ドクン……


 風も、光も、音もないのに、

 胸の奥だけは熱い。


(怖い……怖いよ……

 逃げたいよ……こんなの、無理だよ……

 私なんて……ずっと臆病で……)


 暗闇の彼方で、幼い自分が空を見上げている。


 “いつか、あの空を守れる人になりたい”


 忘れていた願いが、

 誰にも言わず胸にしまっていた言葉が、

 ふっと浮かんだ。


(……守りたい……

 誰かを……何かを……

 あの空を、好きだって思った気持ちを……!)


 闇が震え、

 光の粒が集まりはじめる。


 その中心で、クラウンダイバーの声が響いた。


『コトリ。

 怖いなら、怖いままでいい。

 お前の“優しさ”が……私を動かす。

 一歩でいい。

 世界を守る一歩を、共に踏み出してくれ。』


 ことりは震える指で涙をぬぐい、

 小さく――でもはっきりと、頷いた。


「……うん……行く……!」


 胸の奥の光が弾けた。


 現実世界が戻り、

 眩い緑光がコックピット全体を照らす。


 ――変形プロトコル起動

 オルニス因子・覚醒モードへ移行。


 バードモードのロックが次々と解除される。


 ガシャァァン!!

 ギギギギ……ッ!!


 翼は回転し、

 尾部は収縮、

 脚部は前方へスライドしながら

 金属筋肉の束が新たな形へ編み直されていく。


 クラウンダイバー全体が

 まるで生き物が羽化するようにうねり、

 内部フレームが黄金の火花を散らす。


 ことりの心拍が高まるたび、

 変形速度が上がった。


 胸部中央のオルニス因子が脈動し――


 光の冠が破裂するように展開する。


「ひ……光が……!」


 クラウンダイバーが雄々しく姿勢を起こし――

 巨大な鳥が、戦士の形へと覚醒した。


 ・頭部の王冠センサーが鋭く輝き

 ・肩には鳥の意匠が残り

 ・胸部には鼓動する光核

 ・背部には折り畳まれた翼の名残が刃のように収まる


 湖面がその重厚な姿に波紋を描き、

 夕空を背景に“王”の影が立ち上がった。


 クラウンフォーム――覚醒。


 ことりの視界が一瞬で広がった。


 ぼやけていた街並みが、

 一本一本の電線や窓の破片まで鮮明に見える。


 聴覚は広がり、

 遠くで泣いている子どもの声まで拾っていた。


(……これ……全部、感じてる……?

 クラウンダイバーの……目と耳……?)


 クラウンダイバーが静かに告げる。


『ああ、コトリ。

 今の我らは“ひとつ”だ。

 お前の視界は私の視界。

 私の力は、お前の意志で動く。』


 ことりは震えていたが――

 さっきまでの絶望とは違う、

 “自分ではない大きな力がそばにある”温かさを感じていた。


 雷光をまとったヴォルテクス・レイヴンが、

 翼を歪め空気を引き剥がしながら突進してくる。


 世界が軋むような音。

 空間が歪む線。

 直視すら怖い“異質な力”。


 しかし――

 今のクラウンダイバーは、もう怯まなかった。


 人型になった瞬間、

 ことりとクラウンダイバーの視界と感覚はひとつになった。


 ・ヴォルテクス・レイヴンが翼を振り上げる

 ・空気の流れが変わる

 ・雷光が左脚に集中する

 ・風圧が一瞬、逆流する


(……わかる……!

 攻撃……来る……!)


 ことりの小さな直感に、クラウンダイバーが即応する。


『コトリ、感じた通りに“動きたい”と思え。

 それで十分だ。』


「うん……! 来て!!」


 ヴォルテクス・レイヴンが空気を裂く線を放った――


 シャラァァァァン!!!


 しかしクラウンダイバーは、

 まるで“その刃が見えている”かのように、

 半歩だけ滑るように身体を傾けて避けた。


(避けられた……!)


 続けざまにヴォルテクス・レイヴンが雷撃の突進を放つ。


 翼が稲妻を描き――

 そのまま一直線にクラウンダイバーへ迫る。


『コトリ、前に。』


「わかった――前へ!!」


 クラウンダイバーが地を蹴る。


 湖面が爆ぜ、

 人型ならではの“重さ”と“推進力”が生まれた。


 ヴォルテクス・レイヴンは突進の速度で止まれない。

 その急所へ、クラウンダイバーは真正面から飛び込む。


(いける……! これなら――!)


 光が拳に集まる。


 胸部のエメラルドのオルニス因子が、

 ことりの高鳴る心拍と同じリズムで脈動する。


 鼓動――同期完了


 クラウンダイバーの声が低く響く。


王冠打撃クラウン・ストライク――撃て!』


「いっけぇぇぇぇぇ!!」


 ゴォォォォォン!!!


 拳がヴォルテクス・レイヴンの胸部に直撃。


 雷光が四散し、

 衝撃波が空を震わせた。


 ヴォルテクス・レイヴンの外殻が波紋のように歪み、

 内部の雷の核が露わになる。


『今だ、コトリ! “砕く”と思え!』


「砕く……!!」


 拳がもう一段階、光を爆発させた。


 ッッバアアアアァァン!!!


 核が砕け、

 ヴォルテクス・レイヴンは断末魔もなく光の破片となり、

 雨のように散って消えた。


 ヴォルテクス・レイヴンが光の粒子となって散っていく。

 空に残ったのはクラウンダイバーの拳が生んだ余熱だけ。


 その光景を上空から見下ろし、

 ハヤテが目を細めた。


「……信じられませんね、ハクト様。

 渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴンが一撃で破られるとは。」


 その声には驚愕よりも、

 “興味”と“計算”が混じっている。


 ハクトは腕を組んだまま沈黙していた。

 やがて小さく舌打ちする。


「ちっ……あれが王冠機の“戦士形態”か。

 古代文明は、本当に厄介な玩具を残していきやがった。」


 だが、怒りだけではない。

 その表情には、どこか獲物を見つけた猛禽のような光が宿っていた。


「だが悪くねぇ……。

 強いほど、奪いがいがある。」


 ハヤテが報告する。


渦雷鴉ヴォルテクス・レイヴンのデータはすべて収集済みです。

 王冠機の挙動も解析可能。

 次はもっと効率的に制圧できます。」


 ハクトはクラウンダイバーを見下ろしながら、

 鼻で笑うように言った。


「ふん……“あの小娘”も侮れん。

 あの怯えた目で、あそこまで動くとはな。」


「リンク率……尋常ではありませんね。

 あの少女、ただ者ではないかもしれません。」


 ハクトは金の翼を広げた。


「面白ぇ。

 だが今日はここまでだ。

 王冠機の覚醒――十分に見せてもらった。

 次は“本気”で取りに行く。」


 ハヤテが頷く。


「撤退準備、整っています。

 ハクト様、どうぞ。」


「行くぞ、ハヤテ。

 雷雲へ戻る。」


 次の瞬間、ハクトの身体を稲妻が包む。

 空気が震え、雲の上へ弾き飛ばされるように上昇し――

 その姿は雷光とともに消えた。


 ハヤテも静かに翼を折り、

 風そのものに溶けるように姿を消した。


 ヴォルテクス・レイヴンが消え、帝国の二人も去った。


 空は、

 さっきまでの緊張が嘘のように静かになった。


 クラウンダイバーは人型のまま、

 湖の上でゆっくりと姿勢を戻す。


 ことりは胸を押さえ、

 震える息をようやく吐き出した。


「……はぁ……ッ……

 こ、怖かったぁぁ……っ……!」


 涙が今になって溢れてくる。


 戦っている間は張り詰めていた気持ちが、

 一気に解けていく。


 その感情がそのまま声に出る。


「ほんとに……死ぬかと思った……!

 なにあれ……空、裂けてたし……

 雷とか、変な音とか……

 もういろいろ怖すぎ……っ!」


 クラウンダイバーが落ち着いた声で言う。


『……コトリ。

 よく耐えた。

 あの状況で逃げずに踏みとどまった。

 お前だから、私はここまで動けた。』


 ことりはぐすっと鼻をすすりながら、


「……でも……

 私、震えて……泣いて……

 全然立派じゃないよ……」


『それでいい。

 怖くても逃げなかった――

 それが“勇気”だ。』


 ことりの胸の奥が温かくなる。


 クラウンダイバーの黄金の王冠センサーが、

 夕日の中で柔らかく輝いた。


『ありがとう、コトリ。

 お前の一歩が……この空を救った。』


 ことりは照れくさく、

 でもどこか安心したように笑った。


「……へへ……

 ちょっとだけ、頑張れたかな……?」


 湖面が静かに波紋を描き、

 空は何事もなかったかのように穏やかな夕暮れへ戻っていく。


 臆病な少女と、

 目覚めたばかりの王冠機。


 二人の物語は――

 いま、確かに動き始めた。


1章 ことりとクラウンダイバーの出会いと最初の戦闘を書きました。

皆様のご意見、真摯に受け止めて行きますので感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ