分岐する意思
雷殿城――謁見の間。
玉座の後方に立つアレクシア妃は、
戦場映像を見つめながら、静かに皇子カイロスへ視線を移していた。
フロストの報告が続く。
「雷翼怪鳥は完全破壊。
凍流白鳥は、三体連携を確認後に撤退――」
皇子カイロスが、低く頷く。
「判断としては妥当だ。
消耗を抑え、次へ繋いだ」
その言葉に、妃の唇がわずかに緩む。
「ええ、カイロス。
あなたは“戦争を続ける視点”を持っている」
それは称賛だった。
はっきりと、期待を込めた声。
一方で、皇女エリシアは映像から目を離さずに言った。
「……でも、彼らは壊しませんでした。
押し流し、退かせただけ……」
妃は、すぐには答えない。
否定もしない。
叱責もしない。
ただ、皇女の隣ではなく、皇子の側に立ったまま、静かに口を開く。
「エリシア。
あなたの見ているものも、間違いではありません」
皇女が、少しだけ目を見開く。
「けれど――」
妃は視線を皇子へ戻した。
「帝国を導く者には、
“迷わず決断する力”が必要なのです」
皇子カイロスは何も言わない。
だが、その背筋は、わずかに伸びた。
皇女は、妃の言葉の“続きを”理解してしまった。
——否定はされない。
——だが、選ばれてはいない。
皇帝ゼラフィムが、低く告げる。
「次は、山岳域だ」
妃アレクシアは、静かに頷く。
「……第四の因子。
カイロス、あなたが見るべき戦場です」
皇子は一礼した。
「必ず」
皇女エリシアは、拳を握りしめる。
(……それでも)
彼女は、心の中でだけ言葉を継いだ。
(それでも私は――
“違う答え”を、探す)
帝国の内部では、未来の進路が、静かに分岐し始めていた。
同時刻。
対翼災機関《WING-SHIELD》本部
地下指揮所で、城戸レンジがモニターを睨んでいた。
「……戦闘反応、完全に消失」
雷域。氷域。
すべてが、静まり返っている。
綾城カズマが腕を組む。
「一体は撃破。
残りは“引いた”と見るべきだな」
「逃げた、じゃない」
霧島ユウゴが吐き捨てる。
「様子見だ。
あいつら、次を用意してる」
別のモニターが点灯した。
山岳地帯。
地中深くから、断続的な振動。
「……音響反応?」
城戸が眉をひそめる。
「木を叩く……いや、岩を穿つ音だ」
綾城は即断した。
「兵器反応じゃない。
遺跡レベルだ」
「調査隊、出しますか」
「出す。ただし――」
綾城は一拍置く。
「“守る前提”でだ。
刺激は最小限に抑えろ」
城戸はモニターを見つめたまま、低く呟いた。
「……あいつらも、同じ山を見てるな」
誰に言うでもなく。
だが、その言葉は、現実だった。
一方SKY WARDENでは、
天草ソラは、空域解析データを睨んでいた。
「……気流、歪みすぎだろ」
風向きでも、雷でもない。
“音”に近い何かが、空を叩いている。
「これ……地上発じゃないな」
補助AIが答える。
『飛行生体反応、未分類。
覚醒前兆と推定』
天草は舌打ちした。
「……帝国、また賭けに出たな」
山岳域の座標が、赤く点滅する。
「シールドも、気づくだろ」
モニター越しに、空を仰ぐ。
「――問題は、
誰が“先に触るか”だ」
空は、まだ静かだった。
だがその静けさは、
“何かが目を覚ます直前”の沈黙にすぎなかった。
雷殿城・戦術回廊。
青白い光で編まれた盤面の前に、ひとり立つ影があった。
山岳域を示す反応点が、鼓動のように静かに明滅している。
指先が、その光をなぞった。
「ねえ、グラド――ひとつ、怪鳥兵を貸してちょうだい」
返答は、すぐには来なかった。
通信の向こうで、低く、重い呼吸音だけが流れる。
「……山だぞ」
その声音は、短く、硬い。
「だからよ」
軽く、けれど曖昧さのない声が返る。
「地盤が硬いところで、どう動くか見たいの」
沈黙が、戦術回廊に落ちた。
「壊す気か」
問いは端的だった。
指先が肩の高さで止まり、わずかにすくめられる。
「試すだけ」
淡々とした答え。
「壊れるなら、それまでの反応だったってこと」
再び、沈黙。
盤面の光が、規則正しく脈打つ音だけが残る。
やがて――
「一体だけだ」
低く、短い了承。
「十分よ」
それだけを返して、通信は切れた。
光の盤面が、わずかに揺らぐ。
フロストはそれを見つめながら、誰に聞かせるでもなく、小さく息を吐いた。
「さて……」
指先が、山岳域の一点で止まる。
「どこまで、耐えるかしらね」
反応点は、何も答えない。
ただ、静かに脈を打ち続けていた。




