2 大帝国へ
警備員たちが馬車から列車まで壁を作る。その中をマグノリアはポールに連れられて移動した。マグノリアが乗るとすぐに扉は閉じられた。閉じる瞬間に、「待て」「王命である」という怒号とバタバタという大勢の足音が聞こえた。騎士団は駅の中まで追いかけてきた。
マグノリアたちがコンパートメントに入る前に、列車は動き出した。騎士団を置き去りにして。
グレードで言ったら一等車。そのふかふかの座席に腰を下ろしてポールは言った。
「さあ、もう安心ですよ、お嬢さん。アダムス商会の列車は治外法権ですからね。やつらも手が出せません。このまま国境を越えます」
「待って、サリーがまだよ!」
見上げたポールは余裕の笑みを見せた。
「だいじょうぶ。すぐに追いつきますよ」
そう言って安心させるようにマグノリアの肩をぽんぽんっと叩いた。
え? でもどうやって? もう走っているのに。
「ほら」
ポールが窓の外を指さした。なんと、サリーが馬で並走していた。ダービーのごとく全力疾走である。
「サリー!」
マグノリアは思わず立ち上がって窓に張り付いた。
え! 馬の背に立ったけど!?
わ! 跳んだけど!?
消えたけど!?
「ど、どこへ?」
「お嬢さま、お待たせしました」
次の瞬間には、がらっとコンパートメントの扉が開いてサリーが入ってきたのである。ひとつも息が切れていないのはどういうわけだ。
「まあっ。あなた諜報部員なの!?」
そうじゃなければ、こんな芸当できるわけがない。
「ふふっ、いやですよ、お嬢さま。わたしはただのメイドです」
「まさか。ただのメイドがあんなサーカスみたいな芸当ができるわけないわ」
「いえいえ、アダムス商会の人間ならば朝飯前ですよ」
「……朝飯前」
なんかステキな響き。
「お嬢さんはそんな言葉、使っちゃダメですよ」
ポールは苦笑いしているが、マグノリアはいつかどこかで使ってみようと思ったのだった。
列車は駅を出て、王都の郊外へ向かう。
いったん消えた騎士団だったが、街並みが消えるとまた現れた。ずっと列車と並行して走る。
「しつこいやつらだな。いくら追いかけても無駄なのに」
外を見ながらポールが言う。
列車はただの一度もスピードを落とさず、ひたすら国境に向かって走り続けた。マグノリアも、最初のうちは騎士団が列車に乗り込んで来たらどうしようと思っていたのだが、だんだんそれにも慣れてきた。
国境まで丸1日。国境から国を1つ挟んでアイリス大帝国の帝都ザ・シティまで2日。用意されたコンパートメントには簡易ながら寝台もあり、快適な旅だった。なんとキッチンがあって料理人がいて、温かい食事まで出されたのだ。もちろんお茶やお菓子も。
国境には税関があるのだが、アダムス商会の積み荷は事前に申告済み。止まらずに走り抜けるのだ。
検問所には騎士団が待ち構えていたけれど、当然ノンストップ。おおあわてで追いかけてところで、全速力の列車に追いつけるわけがない。あっという間に置いてけぼりの騎士団を見てサリーが笑う。
「ざまあ、ですね」
「そうだな。アダムス商会を見くびるからだ」
ポールも辛らつである。
「無駄足でしたね。かわいそう」
マグノリアが一番辛らつだった。
列車は無事に国境を越えた。
ポールはアダムス商会の子息である。会長とともによく屋敷を訪れていたのだが、今回帝国まで送ってくれることになった。ポールは商人らしく話題に事欠かない。世界中を旅しているから、めずらしい外国の話もたくさん聞いた。
「お嬢さんがお望みならお連れしますよ」
砂漠の中の巨大な三角の建造物や、向こう岸が見えないほどの大河や、火を噴く火山、あるいは鼻の長―い巨大な動物とか。
まるでおとぎ話だ。ポールは話がうまい。マグノリアよりも少し年上のこの赤毛の青年は、万事抜かりがない。ポールに任せておけばだいじょうぶ。それくらいの信頼を、マグノリアからもアーデン公からも得ていたのだ。
「もうじき、帝都ザ・シティのセントラルステーションに着きますよ」
うつらうつらとしていたマグノリアははっと顔を上げた。あらやだ、よだれが垂れていなかったかしら。取り繕うようにすっと背筋を伸ばしながらさりげなく確かめた。
よかった。垂れていない。
窓の外はみっちりと建物がならんでいる。さっきまで田園風景だったのに。
「……まあ」
これまでも大きな街はいくつかあった。でも帝都ザ・シティはそのどれをも凌いでいた。街の規模、クオリティーすべてが別格である。
列車は徐々にスピードを緩める。線路と交差する道路。並行に走る道路。歩く人。走る馬車。走る子ども。犬。猫。鳩。
「なんてたくさん……」
そう、すべてが密集している。余白がない。マグノリアはそう思った。つい先日まで住んでいたところはもっと広々としていた。王都でさえこれほどじゃなかった。
これが大帝国というものか。
呆然としているうちに、列車はこれまた巨大な駅へとすべりこんでいく。プラットホームはいくつあるんだろう。すでに列車が何本も止まっている。行き来する大勢の人々。
「……わあ」
窓に張り付いたマグノリアは思わず声を上げた。




