13 氷結将軍と公女のお散歩
その氷結将軍ことコンラート将軍も会いに来る。
「おたがい為人を知らなければ、結婚もなにも決められないだろうとチャールズに言われたので」
なんだ、その人ごとみたいな言い方は。
パンケーキを食べに連れて行ってくれるのかと思いきや、城の外には出ちゃダメなんだそうだ。国境の検問は厳しくしてあるが、リスタールのスパイが紛れ込んでいないとも限らない。最悪誘拐なんてこともあるかもしれない。しばらくは城の中にいてほしいとチャールズが要請してきたのだ。
「城下の花屋にはお連れできませんが、ここの庭園には各国の花がそろっています。今はここで我慢してください」
そう言われて庭園に連れてこられた。
広い庭園にはベンチがあったり、噴水があったりして散策にはとてもいい場所だ。スズメもいるしハトもいる。今はバラが満開。あたりにいい香りが漂っている。
「あのぉ」
「なんでしょう」
「帝国には白いアイリスがあると聞いたのですが」
「ああ、たしかにありますね。白いアイリスは帝国の象徴です。皇家の紋章でもあるんですよ」
広い庭園のあちらこちらに色とりどりのアイリスが咲いている。もちろん白もある。残念ながら満開は過ぎたようで、茶色く萎れた花も多い。
「ほら、葉っぱが剣のようでしょう?」
たしかに細長く鋭い。言われてみれば剣にも見える。
「建国の祖が紋章に決めたのです。まだ小さな王国だったころです」
「ずいぶん古いお話なんですね」
「そうですね。300年も前のことです」
へえー。おとうさまはそんなに古い家系だったのか。それならばなおさら墓前に白いアイリスを捧げたい。
「リスタールで白いアイリスを探したのですが、なかったんですよ」
「ああ、白いものは帝国にしか咲かないと聞いています」
「お墓に捧げたかったんですが、見つからなくて」
ああそうだ。この子は肉親を亡くしたばかりだったのだ。ころころと表情を変える様子に、忘れそうになる。忘れちゃいけない。ルイスは思う。
「落ち着いたらきっとまた墓参りに行けますよ。その時にはたくさん持っていきましょう」
なんで、あなたと一緒に行く前提なんですか。わたしひとりでも行けますし。
マグノリアはとりあえず、笑っておいた。
マグノリアは花壇の縁を歩いていく。バラとアイリスの外にも、たくさんの花が咲き誇っている。チューリップにパンジー、スイートピー。
「マグノリアも咲いていますね」
ルイスが指さす。
「ほんとうですねぇ」
マグノリアの香りがふんわりと漂ってくる。のほほんとしたときが過ぎていく。ちょうちょがひらひらと飛んでいる。ハチもブーンと飛んでいるけれどマグノリアは気にしない。だっておいしいハチミツのためだもの。
「わ!」
半歩ほどマグノリアが先に歩いていた。急にマグノリアは立ち止って、顔の前で両手を振った。
「どうしました!?」
ルイスがあわてて近寄った。
「くっ、クモの巣がっ」
通路の真ん中に巣を張ったクモがいる。
「えっ? だいじょうぶですか?」
ルイスはハンカチを出すと、マグノリアの顔をそっと拭ってやる。マグノリアはクモの巣を取ってもらうと「わあ、びっくりした」と言った。
「もっと隅っこに張ったらいいのに」
え? そういうことか? 令嬢ってもっと騒ぐんじゃないの? きゃーとかぎゃーとか。ひどいヤツは庭師を呼びつけて怒鳴り散らすぞ。
「平気なんですか?」
ルイスは聞いた。
「なにがです?」
マグノリアはぽやんとしている。
「クモなんて嫌いなんじゃありませんか?」
令嬢はみんなムシが嫌いなはず。ルイスにとっては令嬢=妹なのだが。
「好きではありませんし、急に出てきたらびっくりもしますけど、でもクモは花を枯らす悪い虫を食べてくれますからね。大事にしないと」
そうなんだ。虫なのに。やっぱりちょっと変わった子だな。ルイスは思う。そういえばこの子、きゃあきゃあ言わないな。一緒に暮らしてもうるさくなさそう。
「トムじいが言ってました」
トムじい情報か!
「あのぉ」
「なんでしょう」
「形だけの結婚って、どういうものですか」
そこらへん、はっきりしないといけない。
「文字通り形だけですよ。入籍はしますが、あとはおたがい不干渉ということになりますね」
ほーほー。
「ではわたしは、どこに住めばいいのでしょう」
「うちの屋敷ですよ。ラムフォード邸にくらべたら小さい屋敷ですが、使用人たちもラムフォード家から派遣された者たちですし、生活に不自由はありませんよ。ちゃんと侍女もつけます」
侍女はいなくてもいいのですがね。
「あー、あと夫婦で参加する夜会やら晩さん会やらは一緒に行ってもらいます。顔は見せておかないとね。ご婦人だけのお茶会なんかは出なくて結構ですよ」
「えっ、そうなんですか! 行ってみたかったのに、お茶会」
ちょっと憧れてた。
「えっ? だいじょうぶですか? おすすめはしませんが」
ルイスは心配になる。こんな純粋培養みたいな子が、女子のたまり場に放り込まれたら毒気に当てられて死んじゃうんじゃないだろうか。
「ええ。だって、お茶会ですよ。女の子たちが集まって、いろんなお話をするんでしょう? おしゃれとか流行りのスウィーツとか、こ、恋バナとか? わたし同年代のお友だちがいないんです。もしかしたら腹心の友に巡り合えるかもしれませんし」
そう言ってマグノリアはポッと赤くなった。
いやいやいやいや。やっぱりダメだ。とてもじゃないが行かせられない。あれはそんなホンワカしたところじゃないぞ。腹心は腹心でも腹の探り合いだ。キツネとタヌキの化かしあいだ。ほんとに死んじゃう。
「それは皇后陛下と皇太子妃殿下にさがしてもらいましょう。きっといい人を見つけてくれますよ」
「そ、そうですか」
がっかりしたマグノリアはちょっとかわいそうだが、背に腹は代えられない。
「あ、あと寝室も別にしますからご安心を」
「へえー、そうですか」
マグノリアはぽやんと返事をした。
こいつ、なんにもわかってないな。ルイスは思った。




