第5章:花束に託した想い 学園遠足一日目
春の陽光がやわらかく降りそそぐ朝、学園の門前は、これから始まる遠足の期待に満ちたざわめきであふれていた。
芝の緑は露にきらめき、花々が風に揺れるなか、馬車の列が続々と城下の郊外へと出発していく。
「クラリス、こっちに来て。もう、また隠れてたでしょ?」
リアナが笑顔で手を引く。
その声色は明るく、あたかも幼き頃からの親友のように聞こえる。だがその瞳の奥に宿るのは、冷たい探針のような観察と計算。
「ふふ、見つかっちゃったわね、リアナ。」
隠れるのが好きなクラリスのいたずらにクラリスもまた、作り笑いを返す。
王宮の教育にて完璧に磨かれたその所作は、誰の目にも仲睦まじい令嬢同士に映るだろう。
だが真実は――
その関係は、宰相・ルーデンドルフ公爵の命により保たれている、**形ばかりの“友情”**でしかなかった。
「……殿下は、領地の視察で来れないようね。」
クラリスがふと、空を見上げる。
透き通るような青い瞳に、一瞬だけ陰が差した。
「何ヶ月も前から決まっていたことでキャンセルできなかったそうよ、、
何も遠足の日にしなくてもと言ったんだけど…
でも調整して2日目の後半には来れるそうよ!」
「あなたは何時でも殿下に会えるじゃない…」
リアナは苦笑いしながらクラリスの言葉を聞いていた。
しかし、その胸の奥では、ウィリアルドが今日という日にクラリスと離れている事実に、ひそやかな喜びを覚えていた。父が前から計画していたという恐ろしさも感じながら…
やがて午後、遠足の目的地である森と泉のある小高い丘に到着した生徒たちは、それぞれ思い思いに昼食をとり、散策へと向かう。
その時だった――
「クラリス様、こちら……王太子殿下よりお届け物です」
侍女のひとりが差し出したのは、一抱えもあるほどの――
淡紫の花々で編まれた、可憐な花束。
「……この花……“星霞草”?」
それは北の領地にしか咲かない、春のわずかな時期にだけ咲く幻の花だった。
クラリスの胸に、静かに温もりが広がる。
『遠足に行けなくてごめん。代わりに、この花で君の笑顔が見たかった。――ウィリアルド』
添えられた手紙の文字を見た瞬間、彼女の瞳は微かに潤んだ。
「ふふ……ウィルらしいわ」
嬉しそうに微笑むクラリスの姿を見て、周囲の生徒たちも「ああ、やっぱり素敵な婚約者だ」と頷きあった。
クラリスが、花束を胸に大切そうに抱えている。
それを見つめるリアナの目は、笑っていた。けれど――その胸の奥では、違う感情が渦巻いていた。
(どうして……いつもあなたなの?
何をしても、どんなに努力しても、あの方の視線はあなたにしか向かない……)
風に揺れる髪、笑い声。
それすらも、耳障りに思える瞬間がある。
けれど――リアナは微笑んだ。完璧な貴族令嬢の仮面を被って。
「素敵な花束ね、クラリス。
殿下は、あなたにはほんとうに甘いわ」
「ありがとう、リアナ。……ちょっと照れるけど、嬉しいの」
言葉を交わしながらも、心はまったく通じ合っていない。
そしてリアナの心の奥に芽吹いたもの――それは、ただの嫉妬ではない。
もっと深く、暗く、熱を帯びたなにかだった。
静かに、誰にも気づかれぬまま、遠足の一日目は終わりを告げる。
春の陽は傾き、空が茜に染まり始めた。
まるで明日を知っているかのように――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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