第三章:静寂の裏側
王宮の一角にある白い学び舎――
ここでは、“淑女としてのすべて”を学んでいた。
礼儀、舞踏、歴史、外交、言語、そして微笑みの奥に感情を隠す技術まで。
そのすべてが、“王妃”という唯一無二の座にふさわしい者を形作る。
クラリスは、どこか自然にそれを身につけていた。
透き通る青の瞳で相手を見つめるだけで、空気が静かに整っていく。
その立ち居振る舞いには、貴族の娘という以上に「気品」と「芯」があった。
一方で、リアナも王妃教育を受けていた。
本来ならば公爵令嬢クラリスのみがその道を歩むはずだったが――
宰相の力によって、リアナには教育の一環として“特別枠”が与えられていたのだ。
「リアナ嬢、カーテシーが浅いわ。もう一度」
「…はい、失礼いたしました」
王妃教育係の女官は、柔らかい笑顔のまま、クラリスとリアナに指導を続ける。
だが、その眼差しの中に、わずかに明確な違いがあった。
クラリスに向けられるそれは“期待”であり、
リアナに向けられるそれは“様子見”だった。
(なぜ…同じように学んでいるのに、クラリスは“完璧”で、私は…)
リアナは手袋を外した自分の指を見つめた。
細く白いその指が、わずかに震えていた。
彼女は自分でも分かっていた。
この場にいる資格を、力で手に入れたことを。
(努力しているのに、どうして…どうして私じゃだめなの?)
その劣等感はやがて、嫉妬という名の炎を喉奥に巣食わせていく。
(私の方がふさわしい。…なのに、私の“努力”は、クラリスの“本物”には敵わないの?)
そのとき、ふとクラリスがリアナの方に振り向いた。
やわらかな微笑と共に、礼をかすかに返す。
「リアナ、あなたがいるから私も頑張れるわ。
これからも一緒に頑張りましょう」
励ましような優しげな言葉。けれど、それはリアナにとって呪いのように響いた。
「ええ…お互い頑張りましょう…」
(その微笑が…私を見下ろしているように見えるのは、なぜ…?)
リアナの心の中で、何かが音を立てて崩れていった。