第一章:光の記憶
春の風が王都エルヴェリアの空を駆け抜け、花の香りと鳥たちのさえずりが、王城の中庭に溢れていた。
その庭園の中央。純白のドレスに身を包んだ少女が、笑顔を浮かべて踊っている。
金糸のような長い髪が風に舞い、瞳は透き通った青――まるで湖面に浮かぶ月のようだった。
「クラリス、お前が幸せそうだとこちらも嬉しくなってしまうな」
そっと手を差し伸べたのは、クラリスの父であるディアクレス公爵。鋼のような意志を秘めた眼差しの奥には、ただ一人の娘を愛しむ深い情が宿っていた。
「ええ、お父様。私、とても幸せです。だって…」
クラリスは微笑んで、隣に立つ少年を見上げた。彼の名はウィリアルド。エルヴェリア王国の第一王太子。彼女の幼なじみであり、未来の婚約者。
「君が笑うだけで、世界が光に包まれるような気がするよ、クラリス」
その言葉にクラリスは少し頬を赤らめ、ウィリアルドの手をそっと握る。
「うふふ…ウィルってば、そういうことを真顔で言うのは反則よ」
母のイザベル公爵夫人はその様子を遠くから優しく見つめていた。クラリスが生まれた時から、この娘は光そのものだった。天から授かった宝石のように尊く、愛されるべき存在。
その日は王宮での舞踏練習のために設けられた特別な午後だったが、二人にとってはまるで小さな結婚式のようだった。
「大人になったら、クラリスを必ず迎えに行くって、僕、七つの時に誓っただろ?」
「ええ、覚えてる。だから私、ずっと信じてる」
――その約束が、永遠に続くと信じていた。
しかしその静けさの裏では、すでに暗い陰謀の影が、音もなく忍び寄っていたのだった。