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罪の告解

 リズ。……その名の響きに、清士は息を詰めた。

 彼女の話を聞くにつれ、随分と覚えのある話だと既視感を覚えていたのだが、いやまさかそんな偶然があるはずがない、と必死に否定していたけれど。


 ――もう、無理だ。もう間違いない。


 「……もしかしなくとも、お前がかつて想いを寄せたと言った男の名は――ルードヴィヒ・アンセルム、か?」

 それでも、清士は尋ねずにはいられなかった。……それを少女が否定してくれることを願いながら投げかけた問いに、しかし少女は驚いた表情を浮かべた。

 「え? 嘘、何で? 天使様って、やっぱり人の心を見透かす能力とかあるの?」


 リズは、直接問いに答えはしなかったが、その反応だけで十分清士はそれを悟った。


 「いや、特別に術を用いぬ限りはいくら天使といえども心の中までは覗けぬ。……そんなことが出来るのは天におわす神と、……そうだな、ミカエル様程の高位の天使であれば可能やもしれぬが、少なくとも我には無理だ」

 

 ――彼女を、死の淵へ追いやった村の火事。

 かつて、ルードヴィヒ・アンセルムという名の一人の少年に取り憑いた兄を弑すためだけに、その村へ雷を落とし、火の海とした過去の記憶が蘇る。

 あの日、あの場所に、この彼女も居た。……そして、シェムハザに従っていた、あの吸血鬼も。

 

 清士は、ちらりと未だ眠ったままの潤を振り返り、目を閉じる。その吸血鬼、というのはおそらく“彼”を咬んだ純血種に違いない。

 一体、何が目的なのかは未だ謎だが、流石に、その事実までが偶然とは思えない。

 これは、何が何でも彼の召喚を阻止せねばなるまい。


 だが、兄にすら一度も勝てなかった自分が、あの兄より更に高位の悪魔を相手に、どうすればそれを阻止することが出来るのか。

 潤の手前、格好をつけてああは言ってみたけれど、結局自分に自信がないのは自分とて同じなのだ。

 ……しかも、あの吸血鬼。

 ――純血、というだけではその実力は未知数。それこそピンからキリまで居る。吸血鬼の新たな王となった少年は、悪魔をも軽く圧倒するほどの力を持つが、彼もまた例外中の例外。大半の吸血鬼は、弱くはないが、天使の力を持つ清士にとって驚異とまでは言えない相手。

 しかし、弱っていたとはいえあのサハリエルが、その呪いに抗いきれなかった相手となれば、話は別だ。……油断していい相手ではあるまい。


 一瞬、その吸血鬼の王の助力を乞うという案を思いつく。

 「……その、少々尋ねたいのだが……ここが魔界のどの辺りか、分かるか? 地図などもしあれば見せてはくれぬか?」

 あの少年とは面識がある。晃希とも懇意にしており、彼の性格からして頼めば間違いなく力を貸してくれるだろうが、一つ、問題があった。

 「……ごめんなさい、私、この家と葡萄畑の周辺から離れたことは一度もないの。だから、地図の類も家には一切ないわ」

 まあ、それは当然だろう。魔界は、戦う力もないひ弱な小娘がふらふらと出歩ける場所ではない。だが、清士は落胆を隠せなかった。清士もまた、魔界の地理には明るくない。……今、ここが魔界のどこなのかも分からず、当然吸血鬼の王城の在り処も分からない現状では、連絡の取りようがない。

 つい、ため息を吐いた清士に、リズは慌ててそう付け足した。

 「……でも、彼女に聞けば分かるかもしれないわ」

 「彼女?」

 「ええ、たまに家へ来る行商人さん。サラ・モーガンさんって名前の、可愛い魔女さんなの。とっても物知りだから、きっと彼女なら……」

 「何、魔女で姓がモーガン、だと!?」

 清士は思わず音を立てて椅子から立ち上がり、テーブルに手をついた。その勢いに、リズは気圧されビクッと僅かに身体を強ばらせた。

 「……す、すまん」

 それに気づいた清士は、バツが悪そうに謝り、椅子に座りなおす。


 「その、もしかしたら知人の縁者やもしれんと思ったら、つい……」

 ――魔女、モーガン。例の吸血鬼の王と付き合う縁で知り合った魔女の姓が、モーガン。彼女は、古くからある伝統的な魔女の一族の出だ。

 リズの言うサラという女性が、彼女と同じ一族の出であるならば、次元の狭間に店を持つファティマーに連絡を取ることも可能かもしれない。そうすれば、ファティマー経由で彼に助力を求めることも、晃希に気をつけるよう伝言を預けることも出来るかもしれない。


 「良かったら、今夜一晩泊まっていく? あの人は、つい一昨日ここへ来たばかりだから、たぶんしばらくここへは来ないと思うし」

 「……すまないが、そうさせて貰えると助かる」

 「うん、……って言っても、ろくな物がないから、粗末な食事しか出せないし、寝床もまともに提供できないんだけど」

 「いや、構わん。あの薬を分けて貰えただけで充分助かった」

 「ふふ、見つけたときは驚いたけどね。まさか魔界で天使様にお目にかかれるとは思わなかったから」


 少女の笑みを、清士はまともに見ることができず、思わず目をそらした。

 「いや、我は……。我は確かに“元”天使だが、今は違う。罪を犯し、天を追われた堕天使だ」


 「え、って事は悪魔? でも、羽の色は白いままじゃない?」

 「ああ。かのミカエル様のお慈悲で、な。今でも、天使の力を使うことができる。……今夜泊めてもらう、せめてもの礼だ。その首の傷、我が治してやろう」

 清士は、リズの首の咬み傷にそっと手をかざし、治癒の術を発動させる。

 「え、あ、……何かじんわり暖かい」

 「すまない。本当なら、お前にかけられた吸血鬼の呪いごと浄化してやるべきなのだが……」

 だが、リズは首を左右に降った。

 「ううん、いいの。……だって、言ったでしょう? もう、この場所に来て600年近く経つって。……元々、死ぬのが怖くて吸血鬼に誘惑されちゃったような女なんだよ、私」

 人間の寿命をはるかに越えて生きていられるのは、呪いの力あっての事。

 「……それがなくなったら、私は本当にただの人間だから。きっと、それが失くなったら私、塵になって消えちゃうんじゃないかって、……怖くて」


 「それは、人間であれば当たり前の感情だろう、恥じることではない」

 怯えるように声を震わせる彼女に、清士はあさっての方へ視線を向けながら、ぶっきらぼうに言った。

 「うん……、でも、私が本当に怖いのは、“死ぬこと”じゃない。……その後が怖くて」

 「死の……後が怖い?」

 リズは無言で頷いた。


 「だって、私は罪を犯した女なんだもの」

 そして、小さく囁くように呟いた。

 「教会で、何度も教わったわ。全ての罪を浄化できた者の魂のみが天国へ行くことができる。……浄化しきれなかったものは煉獄へ送られ、いずれまたこの世に転生し、もう一度その機会が与えられるけれど。……罪を犯した者の魂は地獄へ送られて……いずれ来るその時、雷に打たれて消える……」

 膝の上で、ギュッと強く両手を握り締める。

 「なのに、私は罪を償うどころか、それが怖くて、今でも吸血鬼の下僕として働いて、吸血鬼に血を差し出して、罪に罪を重ねているのよ?」

 悲しそうな笑みを浮かべながら、リズはその手を眺め顔を俯ける。

 

 「……もう一度。もう一度だけ、彼に会いたい。エリザベートとルードヴィヒとしてでなくていい。現世でなくてもいい。もう一度だけ会いたい。……けど、……無理な話よね。彼はとても真面目な人だったもの、きっと天国へ行ったはず。そんな人と、もう一度会いたいなんて……無理だと分かっていても、……それを果たす前に消えるのが、どうしても嫌で……。そんな理由で、罪を重ねるような女の魂なんて、きっと地獄へ送られる前に消されてしまうわ」

 彼女の告解を受けながら、清士は奥歯を噛み締めた。



 ――罪を犯し、天を追われた堕天使。清士はついさっき彼女にそう告げた。

 あの日、実際にミカエルの手によって天を追放されるその瞬間まで、決して認めようとしなかったそれだが、狛犬としてあの煩い連中と共に暮らすようになって、ものの見方も少しずつ変わり、今では罪を犯した自覚もある。……そう、思っていた。


 だが、清士は今初めて、己が犯した罪の重さをようやく自覚した。


 『死にたい、だと? ……ふざけるのもマジ大概にしろ! その手でさんざん人を死に追いやって、多くの嘆きや悲しみ、怒りや憎しみを生み出してきたお前が、自分だけ消えて楽になろうってか? そんなのは、俺が認めねえぞ』

 『お前が消えたら、お前に傷つけられた者達――俺や……俺の家族……村の連中の無念はどうなる!? どこへ向ければ良い?』

 『死ぬことは、許さない。生きろ。お前が死に追いやった者達全ての魂が、正常な輪廻に戻れるまで。罪を償い、彼らの闇を完全に、浄化できるまでは』


 天使クラウスとして生きてきた自分が、狛犬清士と名を改め、新たな生を歩むことになったあの日の晩、晃希に投げつけられた言葉。


 彼女のそれが罪だというなら、それを真に背負うべきは彼女ではない。

 彼女の罪を浄化し、天国へ――せめて正常な輪廻に戻してやるのは、間違いなく清士が負うべき責任だというのに。


 (だが……。……我は、どうすればいいのだ?)


 清士は、何も言えないまま俯くしかない。彼女の願いを叶えようと思えば簡単に叶えられるが……。それが真に彼女の望みにかなうとは限らない。

 少なくとも今は、無理だ。……潤を守るという役目が、狛犬たる今の自分にはある。

 清士は自分に無理やりそう言い聞かせ、納得させる。


 (後で……。この件が片付いたら、また改めて考えよう)


 だが、……残念ながらその考えは翌朝、いとも脆く突き崩されることとなった。翌朝早くからやって来た、新たな訪問者によって――。

 


 



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