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鼻歌の少女

 ――ふん、ふん、ふん♪


 何やら、ずいぶん楽しげだ。

 聞きなれないメロディに、明らかに適当だとわかる調子の鼻歌を歌う声は、まだ年若い娘のようだが……。

 

 「誰、だ……?」

 いや、そもそもここは何処だった? 自分は一体何を……。


 そこまで思いを巡らせたところで、清士の脳がようやく覚醒した。

 そして思い出す。

 術式に嵌り、魔界に召喚されたこと。シェムハザと会い、牢獄へ入れられたこと。そこから逃げる途中で気を失ったこと――。

 そして……


 「!、潤はっ!?」

 清士はパッと目を開け、掛け布団を跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。

 急いで辺りを見回し、彼女の姿を探す。


 とても質素で、素朴な造りの小さな家――。

 

 床は、土がむき出しのまま固められただけの土間。

 部屋に二つある窓は木枠だけで、ガラスが入っていない。

 部屋の扉は大きく開け放たれ、外の様子が窺い知れる。

 ――部屋の、というかどうやらあれは玄関扉であるらしい。どうやらこの家には、この一間しかないようだ。

 見れば、玄関扉のすぐとなりには、昔ながらのかまどが据え付けられている。


 ボロボロの木板で作られた、粗末な小さなテーブルの上には、みずみずしいばかりの葡萄の実が籠いっぱいに盛られている。

 そして、そのテーブルに合わせて作られたと思しき二つきりの、これまた粗末な椅子を並べてくっつけた上に、藁をしいて、ベッドの代わりにしたらしい。

 つい、勢いで跳ね飛ばしてしまった掛け布団代わりのシーツは藁くずまみれになっているし、身につけた服にも細かな藁くずがくっついて、チクチク地味に痒い。


 そして、部屋にただ一つの、やっぱり粗末な寝台の上に、探していた姿を見つけ、清士は慌てて駆け寄った。

 まず、手を口元へ当て、呼吸があることを確かめる。

 それから頬に触れて体温を確かめ、次に首筋の動脈を探り、脈拍を確かめる。


 ――生きている。体温も正常で、熱もないようだ。脈もしっかりしている。

 ざっと見た限り、大きな怪我もない。

 すり傷や小さな切り傷も、変に腫れたり膿んだりはしていない。

 ……ひとまずは、安心だ。


 清士はそう判断し、安堵のため息を漏らした。


 潤は、気持ちよさげに眠っている。

 先程までは、魔界の毒に侵され苦しんでいたはずが、今はその気配が感じられない。

 「いったい、どうして……。それに、ここは……?」

 改めてもう一度、あたりを見回す。


 本当に、粗末で小さな――家、というより小屋という方が正しいような建物の装いは、最近見慣れた日本家屋とは趣の異なる――どちらかといえば古風な欧州風の空気が漂っていた。


 ――ふん、ふ、ふん♪


 楽しげな鼻歌は、そんな建物の外、空いた扉の向こうから聞こえてくる。

 ここが何処なのかは分からないが、まだ魔界の何処かである事だけは、漂う空気の質で分かっていたから、清士は警戒の眼差しをそちらへ向けた。

 魔界に、ただの若い娘が一人で居るはずはない。


 「……何者だ?」


 ――ふ、ふん、ふん♪

 鼻歌は、こちらへ近づいたと思えば、また遠ざかり、かと思えばまた近づく。

 建物のすぐ表を行ったり来たりしているようだ。

 一体、何をしているのか。

 清士は、表の様子を窺おうとそっと足音を忍ばせ、壁伝いにそろそろと木戸へ近づく。

 扉の枠木の端にぴたりと寄り添うようにたち、そうっと首だけ伸ばして、扉の外へと視線を向け――

 

 「きゃあ!?」

 突如、すぐ間近で悲鳴が聞こえた。

 「――ぶっ!?」

 清士は、勢いよく顔面に何かをぶつけられ、反動でたたらを踏む。

 ……何か、甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。

 「……って、あらやだ、目が覚めたのね? ごめんなさい、私ったらつい驚いて……あの、大丈夫ですか?」

 少し高めの、通りの良い声。先程までの鼻歌の声と同じ――


 間が悪かったとしか言い様がない。こっそり相手の様子を伺うつもりが出会い頭にぶつかってしまうとは。

 清士は、反射的につぶってしまった目を慌てて見開く。

 「――、ッ」

 瞼を開ける、と、何かの雫が、ぽたりと目尻を滴り、目に入った――瞬間、染みる痛みに清士は開けたばかりの瞼を急いで再び閉ざし、ボロボロと生理的な涙をこぼす羽目になった。

 「わわわわ、ごめんなさい、ホントにごめんなさい! 大丈夫ですか? お水とか要ります??」


 目をおさえて蹲ってしまった清士にかけられるその声に、敵意や悪意は感じられない。

 真実、清士の様子を案じているように聞こえる。

 そう、いかにもか弱い少女の、可愛らしい声だ。


 しかし、清士は痛みにまだ開けられない目を閉じたまま、不意に中空から剣を抜き放ち、剣先を声のする方へと向けた。

 「……その前に。――お前は、何者だ」

 「え!? えーと、……うーん、取り敢えず普通の人間、なんだけど……」

 少し、困ったように少女は答えた。

 「ふざけるな。……ここを、どこだと思っている。ただの人間の身でそのように平然としていられる訳が無い。――もう一度だけ聞く。……貴様は何者だ? 悪魔か、吸血鬼か、それとも夢魔か妖精か? ――それとも魔獣の変化へんげか?」

 「う、うーん。ホントに、ただの人間なんだよ……? そうね、でも……ひとつ付け足すなら……」

 少女は、清士から向けられる殺気に更に困った声を上げながら、少し考える込み、そして、さらりと言った。

 「うっかり、死に損なっちゃった人間……ってとこ?」

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