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日常

 「潤! もう、心配したんだからね!」

 ここしばらく、魔界の景色ばかり眺めていた目に鮮やかな緑と木漏れ日の光に溢れた社の景色に思わず目を細めた潤を待っていたのは、母と姉の執拗な抱擁だった。


 「――清士、晃希。無事に戻ったようで何よりだ。しかし、守るべき社から離れ、守るべき者に要らぬ心痛を与えた罪は重いぞ? 覚悟は出来ていのだろうな?」

 ようやく無事に潤を人間界へ連れ戻る事ができてほっと一息つく間もなく、清士と晃希を待ち受けていたのは、予想通り修羅の笑みを浮かべた稲穂で――。


 「……あれ、そっちの女の子二人は――お客さん?」

 確実に日本人とは違う見てくれの少女二人を、久遠が出迎える。


 「……うん、実は、色々あってね――」

 潤が、あの魔法陣の罠に嵌められて以来の一連の出来事を説明する。


 「え、何、じゃあ潤はミカエル様や魔王様に会ったの?」

 無邪気に驚いた声を上げたのは瑠羽。

 「潤……」

 竜姫は複雑な思いを込め、娘の名を呼んだ。

 「うん……。私、もう人間じゃないんだって。でもまあ、元々半分人間じゃなかったんだし、本当の意味で魔物になるつもりはないし。だから……」


 「うむ。いざとなったらうちの“四番目”になればいいじゃないか」

 

 ひゅっと息を呑むように声を詰まらせた潤に、稲穂が軽い調子で言った。

 「一の神は水の神で龍神の竜姫。二の神は風の神たるこのアタシ。三の神は土の神たる久遠。三番目までが豊穣の神だからって、四番目もそうでなくてはならないなんて法はない。そうだなぁ、悪霊退散の神? それとも酒の神か?」

 晃希たちから魔界の領地で行う予定のワイン事業の話を聞いた稲穂は機嫌よく言った。

 


 「――彼女が、ルー君の奥さんなのね」

 そこから一歩離れたところでじっと様子を眺めていたリズが、清士に小声で尋ねる。


 今も変わらず少年の姿をした晃希と並ぶと、夫婦というより親子に見えてしまう程に、竜姫は相応に歳を重ねていた。

 しかし、現役の巫女として、そして龍神の卵として今も日々修行を欠かさないその姿は今も凛として、何か迫力のようなものを感じさせる。


 「竜姫、紹介するよ。こちら、ファティマー殿の弟子のサラさんだ」

 彼はまず、リズの隣に立ったサラを竜姫に紹介した。

 「――そして、彼女が……エリザベート。俺がまだ、真実ルードヴィヒ・アンセルムとして生きていた頃、同じ村に住んで……俺が、想いを寄せていた人だ」

 「……! じゃあ、彼女が……」

 その頃の話を、彼と出会った当初に聞かされていた竜姫は改めてリズを見る。

 

 「――初めまして。私の名は神崎竜姫。この国の神を祀る、神の社を護る巫女であり、この土地の豊穣を司る神。……この社の主の一人として、あなたの来訪を心から歓迎いたします」

 正しく礼を取り、竜姫はリズに手を差し出した。

 「私は……」

 その手を見下ろしながら、リズは自分の手を握り締める。

 「私は、ルードヴィヒ・アンセルムという人に、想いを寄せていました」

 ひとつ、大きく息を吐き出し、告げた。

 「もう、彼はこの世に居ないものだと思って、これまでずっと魔界で過ごしてきたけれど――」

 竜姫のすぐ後ろに立つ晃希を見上げて、リズは少し寂しそうに微笑んだ。

 「でも、彼は生きていてくれた。今はまだ、少し複雑な思いはあるけれど……晃希と名を変えた彼と、今度は身分だの何だのつまらない事を気にせず、新しい関係を築いていきたいと思っているの」

 そして、改めて竜姫と目を合わせる。

 「私は、伯爵との契約により、彼の魔術でこれまで生かされてきたから、今は彼の力を継いだ潤ちゃんが居なければ、存在を保てない……。彼が大事に思っている彼女を悲しませるつもりはないわ。そう、お友達……というよりは同志……という方が近いかしら」

 恐る恐る、片手を竜姫に差し出す。


 「ええ、ぜひ。晃希だけでなく、私や、瑠羽とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

 互いに手を握り、がっしりと握手を交わした。


 「おい、清士。そのぶどう畑とやら、見てみたい。今すぐ道を開け」

 「――我はたった今戻ってきたばかりなのだぞ!? せめて少し休ませてくれ!」

 「ねえ、和食と温泉は?」

 「だから、今の今でそうすぐに支度できるわけがないだろう! おい、晃希、助けろ……!」


 たまらず清士が悲鳴を上げる。

 「……盆も近いからなぁ、宿を取るのは難しいぞ?」

 「温泉だけなら、下の町に公衆浴場もあるし、美味しい料理屋さんもあるわ。今日のところはそれで勘弁していただいたらどう? 私もその魔界の城っての見てみたいし」


 「よし、決まりだ。晃希、ひとっ走りして明日の予約を取って来い。さあ、清士行くぞ」


 『……清士、こうなったらもう無理だ。諦めろ』

 晃希から同情混じりの目配せを送られ、がくりと肩を落とした清士の目尻に涙が浮かんだ。


 ――何ら変わりない、これが豊生神宮の日常である。


 



 

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