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疑惑

 ガサガサガサ、と耳障りな音がした。

 鬱蒼と生い茂る荒れ放題の樹林へ猛スピードで突っ込んだのだ。

 清士の真っ白な翼が周囲の木々の枝葉に擦れ、傷ついた翼から落ちた白い羽毛が綿毛のようにふわふわと辺りを舞った。

 よく見れば、軸の部分には細かな傷がいくつもでき、一部は血すら滲んでいる。

 だが、清士は構わず、猛スピードで森の中を飛び続ける。


 空を覆い隠してしまうほどよく育った木々のおかげで、おそらく上空からもこちらの姿は見えないはず。

 とにかく、追っ手を撒いてしまわねばならない。

 一刻も早く、一息つける場所へたどり着かねば、潤の命が危うくなる。

 

 ――あの男は、それを知っていたはずだった。

 だが、何の対処も施さないまま、清士とともに牢へと放り込み、そのまま放置した。

 本当に奴の狙いは晃希――というよりは、おそらく彼の中の兄、サハリエルで、潤などどうでも良かったのだろう。

 どんな目的があるのかは知らないが、そのための交渉カードの一つとして役立てば儲けもの程度にしか考えていないのに違いない。

 ……たとえその前に力尽きたとしても構わない、と。

 その割に、随分と派手に追っ手がかかったが……。


 「一体、何を思って今さら奴を欲する。……それに、あの吸血鬼は――」

 降り注ぐ矢の雨を掻い潜りながら、清士は考える。

 兄の上司、ただそれだけの関係だったあの悪魔の顔など、正直遠目に目にしたことがほんの数回あったのみ。

 その思考など知る由もないが。


 純血の吸血鬼がもつ魔力は悪魔から借り受けたもの。

 魔界に棲まう種族らの順位では、吸血鬼は悪魔の下についている。

 だが、独自に王を擁し国を持つ彼らの種族は、決して悪魔に従属しているわけではない。

 彼らの血に流れる悪魔の魔力、というのはあくまで過去、彼らの祖先が契約を交わした悪魔のものであり、その悪魔より弱い悪魔相手であれば、吸血鬼の方が強いケースも少なくない。

 その、肝心の悪魔というのがいったい“誰”だったのか、あまり知られていないが……。

 「少なくとも、シェムハザであるはずはない」

 なぜなら、吸血鬼という一族が魔族に堕ちたのはあの一件より遥か昔のことだからだ。

 

 魔界唯一の掟は、弱肉強食。

 

 自らより弱い者は、単なる獲物でしかない。弱い者はより強いものに喰われるか、もしくは傅き隷属するしかない。


 だが、純血の吸血鬼、というのは決して弱い存在ではない。

 確かに、シェムハザは高位の悪魔ではあるのだが……。

 

 「あの吸血鬼は、何故あの悪魔に傅いている?」

 何より――

 「我らを召喚したあの術式、組んだのはあの吸血鬼らしいが……。何故、悪魔が吸血鬼に魔法を使わせるのだ」


 吸血鬼も、悪魔から借りた魔力を持ってはいるが、所詮借り物。

 一部の例外を除けば、ほとんどの者は単純に攻撃手段の一つとしてしか認識しておらず、複雑な術式を編む技術を持った吸血鬼などは稀なのだ。

 魔力の総力、魔術の知識と技術で、悪魔にかなうものはなかなか居ない。

 ……ましてや、高位の悪魔なら、なおさらに。


 なのに、何故自らで行わず、吸血鬼にそれをさせるというのは……。

 例えて言えば、プロの漫画家が、自らのアシスタントに仕事を丸投げするようなものだ。

 ペン入れや、トーン貼りなどの単純作業を手伝わせるのではなく、話を作るところから、下書き、ペン入れから仕上げまでの、全ての工程をアシスタントに任せる。

 ――普通だったらありえない話だ。

 

 それだけに、不自然さが際立つ。

 

 余程シェムハザが魔力の扱いが不得手で、逆にあの吸血鬼の魔術の腕が良い、というのでもなければ、そこに、彼らの思惑が存在しているのだろう。

 兄の上司であるシェムハザと、それに傅く純血の吸血鬼。

 何か、嫌な感じがする。


 どこまでも続く森の中を飛び続けながら、清士は顔をしかめた。

 かわしても、かわしてもきりなく降り注ぐ矢の雨が何本も掠め、木々の枝葉に幾度も引っ掛けた翼はもうぼろぼろだ。


 徐々に、飛ぶ速度と高度が落ちてくる。

 苔むした地面が、だんだん近づいてくる。


 そして、肉を貫く嫌な音がした。

 翼の軸に、熱を持った激痛が打ち込まれる。

 見れば、避けきれなかった矢が、翼の軸に突き刺さっていた。


 翼の軸を傷つけ、飛び続けられなくなった清士は、潤を庇いながら地面へ墜落した。


 ――こうなると、地面に近い場所に居たことが幸いに思える。

 どろどろと、嫌な匂いのする泥の飛沫を上げ、清士は地面に背中から突っ込んだ。

 真っ白い片羽が、泥で汚れ、黒く染まる。

 もう一方の翼を傘にして矢の雨を受け、傷から溢れた血で真っ赤に染まる。


 落下の衝撃と、矢の雨から潤を庇った清士だが――。

 ふぅっと意識が遠のく。

 (――いけない、今、我がこんな場所で気絶なんかしてみろ、潤はどうなる!?)

 自らを叱咤してみるが、ここまでで負ったダメージは決して小さなものでない。

 加えて、落下の衝撃で脳震盪を起こしたらしい。


 抗いきれず、清士の視界は、闇に閉ざされた。

 

 

  

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