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任務完了

 ――清士が、大音声で叫んだその瞬間、部屋に眩いばかりの光が溢れた。

 目を灼く光に思わず目を眇めたシェムハザに向かって、清士は真っ直ぐ、光の如きスピードで迫り、両手の剣を十字に薙いだ。

 翼を傷つけていたとは思えない――いや、見ればまだ血に汚れているせいで分かりにくいが、神々しいまでの光を纏う翼に傷はもう見当たらない。

 シェムハザは慌てて防護の陣を敷くが、清士の剣はその陣を打ち砕いて、悪魔の体に十字の傷を刻み、地面に叩き落とした。

 「うぐっ」

 勢いよく地面に叩きつけられた衝撃で、展開されていた陣が瓦解し、風が凪ぎ、炎の龍も消え、水面も穏やかに静まった。新たな刺も、生えてこない。


 清士は振り下ろした刃を返し、地面へ向け、十字に切り上げる。

 床ごと抉る勢いで繰り出された剣戟に、シェムハザは逃れることができず、まともに攻撃を食らった。


 清士は、ふた振りの剣を宙空に消し去り、地面に降り立った。

 そして、今度は一本の剣を宙空から新たに取り出した。


 ――銀色に光る、大きな両手剣。だが、よく見るとそこここの意匠は、ついさっき宙空に消したばかりの聖剣と魔剣を思わせるものだ。

 白と黒の中間の色。混沌の色に輝いた剣を、清士は躊躇いも容赦も無く、悪魔の胸に振り下ろした。


 シェムハザの体を貫いた剣先が、床に突き立ちガキンと鈍い音を立てる。


 「――チェック・メイトだ」

 奇しくも、潤と同じセリフを吐いて、清士は床に縫い止められたシェムハザを見下ろした。

 聖なる気をまとった剣に貫かれた彼の身体は、ほぼ全身を水に浸したまま、溶けるように消えていく。

 凄まじい憎悪の瞳を、ひたと清士に据えながら――。


 「清士!」

 ざばざばと水をかき分けながら、潤が駆け寄ってくる。

 潤との同調を解き、清士は彼女の頭を撫でた。

 「さっきは、助かった。お陰で丸焦げにならずに済んだ」


 腕にリズを抱え直した晃希と、グリフィンに跨ったサラも飛んで来る。

 「……清士、怪我は?」

 晃希はまず自分の相棒の心配をし、未だ血まみれの衣服に眉をひそめた。

 「問題ない。……潤のお陰だな」


 「……やっぱり、そうなったか。あの時点でそんな気はしてたけど、ファティマー殿のご慧眼は流石だな」

 複雑そうな笑みを浮かべて肩を竦めた晃希がパシンと清士の背を思い切り叩いた。

 清士は仕返しでもするように右腕を晃希の首に絡め、ぎりぎりと締め上げる。

 「そういうお前はリズとどう決着をつけた? ――潤が気にしていたぞ」

 そしてボソリと耳元で低く囁く。


 そんな二人に潤はホッとしたような顔をしつつ、何か言いたげな目をちらちら向けてくる。

 「――どうした、潤?」

 清士が問いかけると、潤は清士ではなく晃希に目を向けた。

 「うん……。あのね、多分もう気づいて知ってると思うんだけど、私、伯爵を倒して、彼の心臓の血を飲んで、彼の力を手に入れたの」

 両手を胸の前で組み合わせ、潤は一言一言考え考え言葉を選びながら必死な様子で言葉を紡ぐ。

 「だから……ね、多分、今の私の血を飲めば、お父さんは――」


 晃希は、かつて伯爵に致死量の血を吸われ、相当量の毒を体内に入れられた事で吸血鬼化した中途半端な吸血鬼。だが、今からでもその毒の主の血を与えられれば、それを中途半端なものから純血と遜色のない身体に昇華させる事が可能となる。


 「……阿呆。ンな事できると思うか?」


 しかし、晃希はあっさりと首を横へ振った。

 「そのために必要なのは心臓を流れる血だ。俺に、実の娘の心臓に牙を立てろって? ふざけるなよ、俺は竜姫――母さん以外の人間に牙を立てる事はしないと誓ってるんだ。社の連中からこぞってタコ殴りにされそうな事、俺に出来るはずないだろう」

 そして腕を組んでぷんぷんと怒り出す。

 「――だが、ドクターに頼めばおそらくその限りではないぞ」

 その横でそうつぶやいたのは清士だった。

 「伯爵の力を得た、今の潤ならば、な」

 その言葉にそろって怪訝な顔を向けてくる親子に、清士は大げさにため息をついた。


 「……まさか、気づいておらぬのか?」

 清士が頭痛を堪えるように頭を手でおさえ、首を振った。

 「晃希、お前を吸血鬼にしたのは伯爵だ。そして潤、お前の吸血鬼としての血は晃希から継いだもの。元を正せば伯爵の血だ。そのお前が、伯爵から力を奪った。――つまり、だ」

 「まさか……」

 潤はようやく清士の言いたい事に思い至り、慌てて自らの両手を広げ、見下ろした。

 「今のお前はもう、半魔ではない。――正真正銘、吸血鬼だ」

 「……うそ――」

 潤は、ショックを受けたようにへたりと腰を抜かし、床にしゃがみ込んだ。

 半人半魔とはいえ、身体の方は人間の血の方が強く出て、潤も、姉の瑠羽も、この歳まで普通の人間と同じ速度で歳を重ね成長してきた。

 ――しかし、吸血鬼となったからには……

 「寿命が……」

 吸血鬼も、世間で言われているような不死の存在ではない。ただ、歳を取る速度が人間より遥かに緩やかなだけ。人間の一年分歳をとるのに二十年かかる、それだけ。

 幸い、豊生神宮の面々は、皆、人より長い時を生きる者ばかりだ。

 稲穂も、久遠も。――父の晃希も、清士も。母は……人としての寿命を全うした後、龍神として覚醒し、千年の時を生きる。

 だが、姉の瑠羽は――。それに、同級生や、街の人たち、誠人や竜希、美姫は……。

 それに何より……

 「私、これでも一応巫女なのに……」


 落ち込む潤の隣で、晃希もまた頭を抱えた。――晃希も、人とは違う寿命を持つ一人だ。いずれ自分の娘の最期を看取らなければならない、そんな未来の覚悟を求められる辛さを知る彼は、潤が感じる恐怖と絶望を正確に理解し、かける言葉に迷い、息を飲む。

 けれど清士は、そんな潤の頭を容赦なく小突いた。

 「何だ、吸血鬼になったら巫女の資格は無いとでも言うつもりか、なら堕天使たる我や一応吸血鬼である晃希はどうなる? 我らに狛犬である資格が無いと、お前は言うつもりなのか?」

 頭に振り下ろした拳でさらに脳天をぐりぐり抉りながら清士は容赦なく小言を垂れる。

 「……確かに、お前より先に逝く者は多く居るだろう。しかしお前の周りには今のお前と同じくらい長く生きる者も多く居るだろう?」

 最後に額にデコピンを食らわせ、清士は潤の手を引いて立ち上がらせた。

 「――少なくとも、我はお前の使い魔だ。契約が解消されない限りは、いつでもお前と共に在る」

 ふん、と胸を張って言う清士に、潤は苦笑いを浮かべた。


 「さあ、まずは任務完了の報告をしに魔王の城へ出向かねばな」


 「――その必要はない」

 清士の言葉に被せるようにして、聞き覚えのある――しかしこの場に居るはずのない声が割って入った。

 と、同時に眩い光が部屋を満たし、その一方で背筋を凍らせるような冷気がするりと割り込んでくる。

 「よう、ご苦労だったな」


 同じ時、同じ場所でその両者の声を聞くなど、まず有り得ない――。

 誰もがそう思うはずの二つの声。


 「まさか……」

 サラも、晃希も、息を飲む。

 「魔王ルシファーに……、大天使ミカエル……」

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