新たな力
「――それで、どうするつもりなの?」
聖剣を構えた潤の背後で、グリフィンに跨ったサラが感情のこもらない声で尋ねた。
ゆっくり立ち上がる伯爵を睨みながら、潤も緊張に尖った声で返す。
「とにかく、まずは動きを止めます」
例え相手が弱っていても、潤には手加減などする余裕はない。きっと、殺すつもりでかかるくらいでちょうどいいはず。最悪、それでも晃希の呪縛は解ける。
「……きっと、リズさんは清士が助けてくれるはずだから」
潤は、それを少しでも手助けできるよう、出来る限りの事をするのだ。
潤は、刀身を自らの手のひらの上で滑らせ、皮膚を裂き、滲み出た血を剣に纏わせ、さらに刀身に幾つかの文字を記す。
伯爵もまた、いつの間にか手に細身の剣――レイピアを構え、その刀身に自らの血をまとわせた。
言うまでもないが、吸血鬼の魔力は血に宿り、その魔力は強力な毒となる。
ただの剣なら、多少の切り傷は半魔である潤にとってはさしたるダメージにはなりえないが、純血の吸血鬼が持つ魔力をまとわせたあれは、かすり傷でも負わされればそれだけでその毒に侵される。
僅かなミスも許されない、文字通りの真剣勝負だ。
潤は剣を脇に構え、相手の出方を伺うように、ジリジリと間合いを測る。
「何だ、威勢の良い事を言った割に結局怖気付いたか?」
嘲笑を浮かべ、挑発してくる伯爵の言葉に乗せられないよう、潤は冷静に相手の出方を探る。
勢いに任せて突進して言ったところで、身体能力において劣る潤は圧倒的に不利なのだ。
「まあいい、喉が渇いているのは私も同じ。面白い力を有しているらしいお前の血は、なかなか美味そうだ。一滴残さず啜り上げてやろう、覚悟するがいい」
わざとらしく先ほどの潤のセリフをなぞり、伯爵が床を蹴り、猛スピードで鋭い突きを繰り出してくる。
すかさず潤は構えた剣を相手の刀身に滑らせるようにその軌道を逸らし、くるりと互いの身体の位置を入れ替えてつばぜり合いに持ち込む。
「……愚かな。私に力比べを挑もうというのか?」
「まさか。当然、策があるに決まってるでしょ?」
すでにプルプルと震える手首にかかる負担に耐えながら、伯爵の嘲笑に笑みを返す。
「――『ラグ』、金は水を帯び、『べオーク』、水は木を育み、『ケン』、木は燃えて火を生む」
剣に記したルーンを一文字一文字読み上げ、五行相生に則り強力な炎を生み出す。
「火克金、火は金を溶かす――。『シゲル』、勝利を、ここへ!」
そして、剣に刻んだ術を放つ。
シゲルは勝利とともに太陽を意味する文字だ。
潤は、半分人の血を引いている分その影響は少ないが、純血の吸血鬼で、滅多に人の世界に出てくることなく太陽に免疫のない者には相当のダメージを与えられる。
「なっ、」
目論見通り相手が怯んだところで、潤は力任せに伯爵のレイピアを押し返し、片足を振り上げて相手を蹴り飛ばした。
「――っ、何をっ!」
これは、厳格な試合ではなく、命のやり取りをする実戦だ。お行儀の良いお遊びではないのだから、多少卑怯でもこういう小ワザをどれだけ有用に使えるかというのは勝敗に大きく関わってくる。
よろめき、間合いがあいた伯爵のレイピアの上に、潤は力いっぱい聖剣を振り下ろした。
五行の力を借りた聖剣は、キン、と高く澄んだ音と共に伯爵の剣を叩き折り、そのまま、返す刀で伯爵の腹部を剣先で薙いだ。
剣の柄を握る手に、肉を断つ感触がリアルに伝わってくる。
潤は顔をしかめながらも攻撃の手を緩めることなくそのまま袈裟斬りを繰り出し、伯爵の右肩から腰までざっくりと斜めに刀傷を刻んだ。
――そして、潤の握る剣は、ただの剣ではない。神剣の欠片を飲み込んだ聖剣だ。
しかも、吸血鬼にとって致命的な弱点の一つである炎を纏い、さらに潤の血を纏わせた剣は、伯爵を何重ものダメージを与えていた。
先の戦いですでに疲弊していた伯爵は、たまらず床に膝をついた。
潤はすかさず彼に発動しかけの魔法陣を投げ、柊の蔓で伯爵の身体を縛り上げた。
――柊には破魔の力が宿る。疲弊しきった今の伯爵ではその拘束を解くのは容易ではないはずだ。
「チェック・メイト、です」
無様に床に転がされた伯爵に、潤は努めて冷たい声で宣言し、さらにとどめとばかりに聖剣を彼の鎖骨の中央に突き立てる。
ガキン、と床に剣先がめり込んだ。
「ぐぅ……っ」
潰れたうめき声を上げる伯爵は、まだ生きている。殺してしまっては、その血の力を得ることはできない。
それを得るためには、彼の心臓の血が必要だ。
そのためには、彼の肌と肉を裂いてその内蔵を引きずり出さなければならない。
……普通の少女なら、そんな真似、想像するのですら嫌悪を覚えるだろう。
なのに、こうして見下ろすだけで、その脈打つ赤い臓器がどこに埋まっているのか分かる潤は、やはり半分人ではないのだろう。
喉が、どうしようもなく渇いて、潤にとっては魅惑の蜜に等しいものが詰まったそれが欲しくて欲しくてたまらないのだ。
やけにきっちり着込んだスーツやシャツを裂き、脈打つ胸に折れた伯爵のレイピアを突き立てる。
確かな手応えを感じ、刃を少し引き戻してやれば、噴き出すマグマのように血が溢れてくる。
と、同時に濃厚な血の匂いが漂う。それに反応して、思わずごくりと喉が鳴った。
本能に身を任せ、溢れる血に口をつけ、啜り上げる。
力に満ちた純血の吸血鬼の血は、蜜のように甘いのに、その毒の強さがぴりりと舌に刺激を与える。
飲み込めば、胃がカッと熱くなる。
瀕死の傷を負わされた上、魔力の源を奪われた伯爵は、ボロボロとその形を失い、手足の末端からゆっくりと灰と化していく。
その力を取り込んだ潤は、身の内で暴れまわる熱を必死に押さえ込もうと荒い息を繰り返す。
まるで、血管の中に針を千本詰め込まれたように、痛い。
強い魔力が、潤の身体を痛めつける。
潤は、清士の聖剣に縋るようにかき抱き、その聖なる力の波動を全身に受け、内側で暴れる魔力と均衡を保ち、その上で自らの魔力でそれを押さえ込む。
その間、自分のものではない魔力が、潤の味方をするように伯爵の魔力を抑えてくれるのを感じた。
きっとこれは、父と清士の力――。
潤は、その片方の道に意識を集中し、念じる。
晃希と繋がる道に送り込まれ続けていた毒を遮断し、術を解除する。
その、確かな手応えを感じた頃には、潤はそのまま床に転がっていたいと思うほど疲れきっていた。
「でも……、行かなきゃ」
清士の後を追い、彼らと共闘するために。
潤は、聖剣を携え、立ち上がった。




