最終ステージへ
廊下をひた走り、次の階へと続く階段を駆け上がる。
つかず離れず、それを追ってくる晃希の顔から、少しばかり汗が引いていた。
愛娘の目に触れる所から離れられたせいだろう、若干緊張が緩んだためか、彼の瞳の揺らぎが格段に落ち、晃希はひたすら清士の後を追って走っていたが、階段に差し掛かった途端、律儀に走るのが面倒になったのか、背中にサハリエルから受け継いだ黒い翼を生やし、ふわりと宙に浮いた。
そして、サハリエルの魔剣で清士に斬りかかってくる。
清士もそれを受け、自らの翼で宙を舞い、自らの魔剣でそれを受け止める。
互いに、何度も刃を交えながら、清士はひたすら上階を目指して翔ける。
「……そういえば、こうして本気で刃を交えるのは、お互いあれ以来か」
かつて、あの学園から姿を消した彼と竜姫を追ってあの神社へやって来て、彼らを倒そうとした、あの時―ー。
「だが、これではまるであの時の逆だな」
目を曇らせたまま、目の前の敵を倒そうと躍起になっていた、あの時の自分。
そんな自分を必死に説得しようとしていた彼。
「だが、お前は我の兄の魂を宿す者であり、同時に我の相棒だろう。……ならば、気づいているか、我らが交わした契約に? ……潤が、何を思ってあの場に残ったか」
清士は、剣を引き、代わりに右の拳を振り上げ、思い切り彼の頬目掛けて振り下ろした。
ガツン、と鈍い音がして、晃希が吹っ飛んだ。
中途半端とは言え、吸血鬼の体だ、あの程度の打撃などダメージのうちには入りはしない。
「あいつの目に触れさえしなければ、みっともない姿を晒しても平気だとでも思っているのか、晃希」
すぐさま立ち直り、向かってくる彼と共に、また一つ階段を上りながら清士はその濁った瞳を睨みつけた。
「あいつは、お前の為だと、新たな力を得ようとするだろう。……それに伴う苦痛がどんなものか、身を以て知っているくせにな。だが、潤がそれを望むなら、我は彼女の使い魔として、全力でそのサポートをするのが勤めだ」
今度は、片足を思いっきり前に降り出し、晃希の腹をこっ酷く蹴りつけた。
「なるほど、リズを人質に取られてそうするしかなかった事情は汲む。だが、もう少し己を御する努力はしろ。……リズの件は、我にも責任がある。そして、過去の事も、我は彼女に誠心誠意償うと誓ったのだ。だから、彼女の事は我がどうにかしてやる」
そして、清士は宣言した。
「いいか、潤に枷は外されたが、我は今でもお前の眷属だ。お前との絆は残っている。魔力の繋がりに、意識を集中しろ」
晃希と繋がる魔力の道を使い、清士は少しずつ自らの力を晃希に送り続けていた。
もう、そろそろいいはずだ。
「我の力は、天使の力。晃希、それを使って呪縛を退けろ。完全に解くまでには至らずとも、緩めるくらいは可能なはずだ」
そして、晃希の眷属としての清士に彼との繋がりがあるように、晃希に牙の祝福を与えた伯爵と彼との間にもまた、魔力の繋がりが存在する。
今、晃希を戒めている魔力を送り込んでいるその道を利用すれば、上手くすれば―ー
「所詮、魔力など押さえ込んだもの勝ちだ。逆に縛り返してやれ! 奴と戦っている潤の為にも、抗え」
清士は居丈高に命じた。
その間にも、廊下を翔け抜けながら、湧いて出てくる雑多な魔物を斬り飛ばし、階段を上がり、また廊下を翔ける。
「……っ、けっ、お前に説教される日が来るとはな。世も末だぜ」
一気に脂汗の増した顔に、凄絶な笑みを浮かべて、晃希が掠れた声を出した。
肩で息をしながら、それでも彼の瞳に理性の光が戻る。
「フン、無駄話をしている暇はないぞ」
「当たり前だ、ンな余裕あると思うか?」
そう怒鳴り返す晃希の顔色は、常の白を通り越して青白い。
「もう少し耐えろ。必ず、潤がその呪縛を解き放つ」
「……潤には格好の良い事言ってみたけど、やっぱりお前を一発殴りたい」
「後にしろ。もうじき最上階のはずだ。何よりもまず先に、彼女の身柄の安全を確保する。そして、シェムハザを倒す。……全ては、その後だ」
階段を上がる。
そこから続く廊下の両壁に、扉は無い。廊下の向こうの突き当たりにあるはずの階段も、ない。
代わりに、廊下の突きあたりに観音開きの大きな扉が一つ、堂々と据えられている。
「さあ、ラストスパートだ。行くぞ!」
清士は剣を横に構え、トップスピードで廊下を翔け抜ける。道を塞ぐ魔物を一刀両断し、血飛沫を撒き散らしながら、扉へ突進し、半ば体当たりも同然に扉を押し開けた。
「シェムハザ、覚悟!」
あの家で、いつか見た時代劇の役者のセリフのような口上と共に、そのまま、目の前の男に斬りかかる。
潤と共にこの場に無理やり跪かされたあの時と同じように、その男は豪奢な椅子に一人優雅に腰掛けていた。
彼は、肘掛にかけた右手の指を僅かに動かす。
すると、彼の前に壁となるように大きな魔法陣が展開され、清士の剣を受け止めた。
パリパリと反発するように青白いスパークが走る。
まるで磁石の同極同士が反発するように、清士の体が後ろへ跳ね飛ばされた。
清士は、自分の背中の翼をいっぱいに広げて、それを最小限に抑え、その隙に忙しく目を動かし部屋の様子を見取り、頭の中に叩き込む。
くるりと宙返りをするように受身を取り、清士は剣を構え直した。
間を置かず、清士は再びシェムハザに向かっていく。
「――全く、煩わしい。私は、貴様のような出来損ないに用は無いのだよ」
シェムハザは、指一本でもう一度先ほどと同じ魔法陣を展開させる。
しかし、清士は今度は真正面から魔法陣に突っ込むようなことはせず、直前でほぼ鋭角に進む方向を変え、その豪奢な椅子の後ろに隠されるように捕縛されていたリズの縄を断ち切り、片腕で彼女の身体を抱え上げて、その場を急いで離れる。
「無事か、怪我は?」
十分な間合いを取ったところで彼女を下ろし、清士はまず尋ねた。
パッと見た所は、どうやら目立った怪我は無いようでまずはホッとするが、見えないところや体調などは本人に確かめなければ分からない部分もある。
「…………」
だが、彼女は俯いたまま言葉を発さない。
もしかして、何か恐ろしい思いでもして、ショックで声が出なくなっている……?
そう思った清士は、彼女の前に跪き、目線を合わせたが――。
「娘、そやつは要らぬ。――殺せ」
「――っ!?」
次の瞬間、ぬるりと血に濡れた刃が、清士の背中から生えた。




