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召喚

 広い、部屋の床をぐるりと囲うように描かれた円形の光。その内側に浮き上がる見覚えのある文字や記号の羅列。それは紛うことなき――

 「召喚の魔法陣! まさか……!」

 

 床が真っ赤な絨毯に覆われていたから、気付けなかった。

 赤い絨毯に、赤黒い線が引かれていたことに。それが、魔法陣の形を成していることに。


 やがて、魔法陣の光が一点に収束し、それが人の形をとり始める。

 その背格好に見覚えが有る気がするのは、おそらく気のせいではないはずだ。

 けれど、気になるのは……


 「清士……」

 「――潤、下がっていろ」


 清士が苦々しい声で低く警告を放った。

 光のシルエットが、どう見ても体を縮込めて両腕でかき抱きいて震えているようにしか――まるで、苦痛と必死に闘っているようにしか見えなくて……。

 「……お父……さん――?」

 潤自身や、姉の瑠羽が自らの身の内の血の暴走に苦しめられ、寝込む事は度々あったけれど、その血の元である彼が、あんな風に苦しむ様を、潤が見た事は一度もなかった。

 

 光が徐々に薄まり、ゆっくりとシルエットが色を持つ。

 漆黒の、艶やかな髪。美しく白い肌。――そして、綺麗な緋色の瞳……。


 「ガアァァァ!」

 ――だというのに。いつもの綺麗な緋色が、今は濃く濁り、いつも優しい顔を向けてくれる父が、まるで獣のように牙を剥き出して吠えた。


 「お父さん!」

 たまらず、潤が叫ぶ。

 「――ッ、」

 すると、ほんの一瞬、彼は唸り声を詰まらせ、瞳に理性の光が戻った――が、

 「ッ、ガッ、ガアァァァ!」

 すぐにそれは濁った色に染まり、苦しげな吠え声が室内に轟いた。


 肩で息をする彼の顔は、脂汗が玉になって浮かんでいる。

 ギチギチと音がしそうなほどぎこちない動きで、震える腕を持ち上げ、何もない虚空からひと振りの剣を取り出し、構える。

 清士が持つ二刀流の片手剣のそれより少し大ぶりの、魔剣だ。


 その刃先をぴたりと清士に据える。


 「――っ、お父さん!」

 潤が呼びかけるたび、ほんの一瞬だけ反応を返すが、それだけだ。

 「……チッ」

 だが、少し離れた位置にいる潤にまで聞こえるほど大きな舌打ちをした伯爵の様子を見ると、どうやら彼の思い通り、という展開でもないらしい。

 「……どうしたのです、我が下僕よ。私の命令が聞けないのですか?」

 ゲホゲホと咳き込み、時折血飛沫を吐き飛ばしながら、伯爵は床に這いつくばったまま怒鳴った。

 

 「――伯爵、そなた、一体これに何をさせるつもりだ?」

 「そうですね……さしあたっては目障りな邪魔者の排除、でしょうかね?」


 それを聞いて、彼が目を苦しげにすがめた。

 「さあ、まずはその男を倒すのです。お忘れですか、あなたの家族を殺し、あなたの村を壊し、あなたの人生を狂わせた者が、誰だったのか――」

 その言葉に押し出されるように、晃希が一歩、震える足を清士の方へ向けて踏み出した。


 ――次の瞬間、晃希の姿が掻き消えた。

 いや、潤の目では追いきれない程のスピードで清士に迫り、さらに次の瞬間にはガキィン、と重い金属同士がぶつかり合う高く鈍い音が響いていた。

 清士の両剣と、晃希の剣、三本の刃が交差する。


 ギリギリと擬音が実体化しそうな程緊迫した鍔迫り合い。腕力を頼みにした押し合いが続く。

 父は、中途半端であるが一応吸血鬼だ。人間よりも、そして半人半魔の潤よりも、その身体能力は高い。けれど、生まれながらの人外である清士の方が、その基礎値は更に――圧倒的に高い。

 力を込めている分、腕が震えているけれど、清士の表情にはまだ余裕がある。

 しかし、その表情は険しい。


 「――己の血の魔力で侵した肉体を操る。生まれながらの純血の吸血鬼にしか出来ない芸当だな。吸血鬼の毒によって中途半端な吸血鬼とされた者は、まずその毒に理性を侵され、ただの化物と化す。それを操るのは容易だろう。だが……」

 晃希は、数奇な運命を辿ったが故に、しっかり自らの意志を持ち、理性を保っていた。

 「吸血鬼とて、魔物だ。自ら明け渡さぬ限り、その意思まで縛られることは無いはず。そして我らはお前にこの企みを警告したはず。……なのにこの体たらくは一体どういう事だ、晃希」


 清士は刃を力ずくで押し返し、晃希の体ごと後ろへ吹っ飛ばした。


 「――伯爵、そなた、一体これに何をした!?」

 そして、こちらに背を向けたまま激しい憤りのこもった声で怒鳴る。

 

 「それには、何もしておりませんよ。何しろたった今召喚に成功したばかりですからね。……私はただ、迂闊で愚かな娘に、かつてのそれにしたように、牙の祝福を贈ろうとしたのみ。ふふ、あなた方の置き土産は実に役に立ってくれました。……その点だけは感謝しなければなりませんね」

 ――牙の祝福、つまりそれは必要以上の吸血を行い、致死量に相当する血を奪い、同時に大量の魔力を体内に送り込むことによって、中途半端な吸血鬼を作り出すという事。

 「つまり、リズを使ってこやつを脅したわけだな。……外道めが」

 「よりにもよってあなたがそれを言いますか? 全ての発端となる状況を作り出したのは他ならぬあなた自身だというのに」

 嘲笑を受けながら、清士はそれに対して言い返すことはせず、代わりに押し殺した低い声で尋ねた。

 「……それで。リズはどうした。こやつは貴様の要求を飲んだのだろう、その後リズは当然無事に開放したのだろうな?」


 「――ええ、もちろん。途中、何かあった時の保険のために、今は我が主の傍に侍っているでしょう」

 

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