V.S.吸血伯爵
清士は、鋭く鋭角に空を切り、竜の後ろへ回り込み、その背に跨る伯爵に狙いを定め、剣を突き出した。
だが、長槍と剣では当然槍の方がリーチが長く、攻撃は簡単にいなされてしまった。
振り払われたところを、硬い鱗に覆われた丈夫な翼が追って、清士を厄介な虫か何かのように叩き落とそうと迫ってくる。
突き出した聖剣とは逆の、魔剣を力いっぱい振るって起こした風の刃でそれを押し戻し、その隙に攻撃を掻い潜るが、頑丈な竜の肉体には傷一つつけられずに、風刃は霧散した。
分かっていはいたが、思わず舌打ちをしたくなる。
相手もまた、翼を広げ、地面から足を離した。
これだけの大きさの竜が暴れられるほど、部屋は広かった。
日本でよく聞く「東京ドーム○個分」という言い方をするなら、ドーム二つは入るだろうと思う。
……実物を見たことはない。テレビ画面の向こうに映る様子からの想像ではあるが――。
その竜の足元に、青白い光を放つ魔法陣が展開される。
――潤だ。
元々、センス自体は悪くないのだ。清士が彼女の使い魔となり、その魔力のコントロールに一役買った事で、彼女の魔術の腕前は飛躍的に向上していた。
ついこの間までは、火種一つ生み出すのにすら苦労していたのに。
魔法陣から、巨大な火柱が上がった。
魔法陣から放たれた炎は、龍のように身をくねらせ、竜の体に巻きついていく。
鉄壁の鱗に守られた身体に目立ったダメージを与えている様子はないが、その背に跨る吸血鬼は違う。――吸血鬼の真の弱点の一つが、炎なのである。
潤は、吸血鬼の特性について知り尽くしている。
当然、伯爵も黙って見ているわけもなく、竜を操り炎の竜を振り切らせようとする。
しかし、潤もそのくらいは読んでいた。
一つ目の炎の魔法陣を放った直後に、さらにいくつかの魔法陣を展開させていた。
するすると、ヤドリギの蔦が無数に伸び、竜の体に巻きついていく。
その巨体からすれば、糸のようにか細い戒めなど、その鋭い爪をもってすれば容易く断ち切れる。
だから、潤の狙いはそんなことではない。
炎の龍が、蔦と一体化し、メラメラと燃え上がった。
木生火。五行の理が、炎を勢いづける。
竜の動きが、一瞬、止まった。――その隙を見逃す清士ではない。すかさず剣を携え再び伯爵の懐へ飛び込む。
それを薙ぎ払おうと、伯爵が槍を構えたが、その穂先目掛けて、雷が落ちた。
その衝撃に、彼は思わずといった様子で槍を取り落とす。
――またとない最高のチャンスだ。
清士はそれを見逃してはならぬと気合を入れ、剣を振りかぶる。
魔剣を振り下ろし、フェイントをかけ、それを避けて体勢を崩した伯爵の胸に狙いを定めて聖剣を鋭く突き出した。
しかし、躱される。さくりと、軽い手応えと共に刃は伯爵の脇腹を深く抉ったが、急所である心臓を外してしまった。
――仮にも聖剣で穿った傷だ、それは銀によって得た傷同様、簡単に治癒するものではない。
血を飲まない限りは、人間と変わらぬ治癒速度でしか治らない重傷を負わせられたのは確実にこちらに有利となるが……。
吸血鬼の血は、毒を持つ。――その毒は、悪魔由来の魔力であるから、清士にはさして効果はない。
しかし、潤やサラは――。
けれど、潤はそれにも即座に対応してみせた。
炎をまとわせた蔦とは別に、新たに蔓を生み出し、その根を伸ばして、飛び散った血をそれに吸わせた。血を吸った蔓は、緑色の茎を赤く変え、竜に巻き付いた。
――潤や、サラよりは耐性があるとはいえ、清士に比べれば弱い。
竜にもまた、吸血鬼の毒はある程度有効なのである。
刺を持ったイバラの蔓を、鱗と鱗の僅かな隙間に刺し入れ、吸い取った毒を流し込む。
誰よりも、潤がよく知るその毒の痛みに、竜が悲鳴を上げた。
暴れる竜を御すのに必死になる伯爵は、隙だらけだ。
清士は再び剣を構えて伯爵を突き、竜の背から落とした。
暴れる竜に振り回される男の心臓を狙うのは難しく、狙いはまたしても心臓を外れ、右の肩口を抉る。
竜の背から落ちていく伯爵をそのままに、清士は竜の背をじっくりと検分した。
――仮にも龍神を祭る神社の狛犬である。そして竜の血を持つ吸血鬼王とも懇意にしている清士は、竜についての知識は相応に持っている。
目的のそれを見つけ、清士は竜の逆鱗目掛けて雷を落とした。
竜は痛みに凄まじい咆哮を上げ、無我夢中で自らが開けた壁の大穴から遁走を図った。
床に叩きつけられた吸血伯爵と、あえてそれから距離を取る潤とサラ、そして清士がその後ろ姿を見送った。
心臓を突いていない今、まだ伯爵には息がある。……一口でも、人間の血を口にすればたちどころに回復してしまうだろう。
それを回避すべく、清士はサラと潤の前で彼女たちの盾になるように立ち、剣先をぴたりと伯爵の鼻先につきつけた。
「――さあ、そろそろ話してもらおうか。お前たちの企みを」
「ふっ、私が話すまでもない。お前たち自らの目で確かめたらいい。言っただろう、すでに賽は投げられた、と」
伯爵は、突きつけられた剣を気にもせず、ふらふらと立ち上がり、自らの血を床に落とした。
「さあ、出番でございますよ、我が下僕よ――!」
両手を大きく左右に広げて掲げ、胸を反らして叫ぶ。
まるで、大勢の観客からスタンディングオベーションを受けるオーケストラの指揮者のように。
――果たして。広い部屋が、魔法陣から発せられる特有の青白い光に包まれた。




