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V.S.シルヴィ

 前衛が口汚く罵り合っている間に、潤は術の詠唱に入る。これまで味わったことのないスムーズな力の流れの心地よさを存分に味わいながら、術式を編み上げる。

 

 清士が、彼女の僅かな隙をついて足を踏み出す、そのタイミングを狙って、強い追い風を吹かせる。

 彼の背を押す追い風は、対面する彼女にとっては当然逆風となる。

 「アッ、何すんのよ! このヘンタイ!」

 ただでさえ短いスカートが、風に煽られ、下着が丸見えになる。

 「己で勝手に破廉恥な格好をしておいてからに、人を変態呼ばわりするな!」

 清士がブンッと剣を振り下ろしながら噛み付いた。

 「……そうね。同性の下着を見たところで何も思わないけど、ここまであからさまだと不快だわ」

 サラが眉間にしわを寄せる。

 「何よ、ペタンコ娘が」

 律儀に言い返したシルヴィのその言葉が廊下に響いた――その瞬間。

 廊下に、ブリザードが吹き荒れた……ような冷気が空気を固めた。

 「……何ですって?」

 冷たく硬い声が、それを口にしたシルヴィの喉元に突きつけられた。

 「ああ、もしかして痛いトコ突いちゃったかしらァ? ごめんなさいねぇ?」

 しかし、悪びれもせずシルヴィは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 けれど、ふと振り返った潤は、彼女のその顔を見て瞬時に青ざめた。

 小憎らしい笑みを浮かべる目の前の少女に対し、絶対零度の氷の微笑みを浮かべるサラの表情が、そこにあった。

 「ふふふ、ご存知かしら……ごめんで済んだら警察はいらないって、東方の言葉を?」

 「さあ? そもそもここは魔界だしィ、警察なんているわけないしィ?」

 ごめんですまない場合は即実力行使が当たり前の世界だ。

 「ああ、そうだったわね。……なら、これも自業自得よね?」


 サラが、おもむろに何かをばら撒いた。

 バラバラと軽い音を立てて散らばる小さな黒い粒は、どうやら何かの植物の種のようだ。

 直後、豊穣を意味するルーンをメインにした魔法陣が展開されると、ザッと音を立てて種から蔓が伸び、わさわさと絡まりあって、たちまちのうちに少女の体に巻きついた。

 「痛ッ」

 トゲがそこここから飛び出す、イバラの蔓だ。無数のトゲにむき出しの肌を引っかかれ、シルヴィは悪態をつく。

 パシン、と彼女が打ち鳴らせば、蔓は鞭の軌道に沿ってすっぱり切れ、床に落ちる。

 しかし、切られたそばから蔓はどんどん再生してまた伸びていく。

 伸びた蔓は彼女をいましめめるように次から次へと絡みついていく。


 潤は、切られて落ちた蔓から染み出したものを見て、ふと思いついた。


 サラが生み出したイバラの蔓の中にある水分を凍らせる、その術式を、潤はこれまでに学んできた知識をもとに組み立てる。

 組み立てた術式に、血の魔力を巡らせ、放つ。


 「――!」

 ぴきぴきと、音を立ててイバラに真っ白な霜がつき、やがて氷のトゲとなり、やがて彼女を縛める氷の縄と化し、同時にその体を冷気で覆い、動きを鈍らせる。

 

 「潤、ナイスアシストだ」

 動きの止まった彼女に、清士が両手の剣を振り下ろした。


 白と黒の軌跡が十字を描き、同時に眩い光が迸る。

 光の余波に当てられた犬たちが、尻尾を巻いて逃げ出していく。


 きらめく光の破片が爆散し、シルヴィの姿が掻き消える。


 「……倒した?」

 「どうやら、そのようだ。気配が消えた」

 「――倒せた」


 サラの術の上に乗っかった形ではあるが、確かに潤の術でシルヴィを足止めすることができた。

 「ああ、よくやった」

 清士が、少し乱暴なくらいに潤の頭をぐりぐり撫でてくれる。


 「……あのねえ、今のあれは連中の使い魔、チェスで言えばたかが騎士ナイト程度。まだ厄介な女王クイーンも、肝心のキングも居るんだから、喜ぶのはまだ早いんじゃない?」

 「だが、これまで出来なかった事が出来るようになった時には、まず褒めて貰いたいと思うものだろう?」

 それに、と清士は続けてサラの頭の上に手を置いた。

 「そなたの術にも助けられた。感謝する」

 「べっ、別に手助けしたつもりは無いわ、ただあの小娘の言い様に腹が立っただけ」

 「――それでも、だ」

 ぽんぽんと軽く頭を叩くように撫でる。


 「さあ、定石通りに来るなら、次に出てくるのはおそらくドラク伯だろう。……潤、気を引き締めていくぞ」


 相変わらず豪奢ではあるが、魔王の城と比べて趣味の悪い廊下を突き当たりまで進むと、上階へ上がる階段があった。

 これが、RPGのゲームであれば、上階へ昇る前のこのあたりで中ボスが現れるのだろうが、ここへ来るまでに遭遇した雑多な雑魚魔物モブと大差のない魔獣が居るのみ。

 ――まあ、まだ何十階とある階段の全てで中ボスクラスの魔物とやり合っていたら、おそらくボス戦まで体力が続かないだろうから、それはありがたいのだが……。


 階を縦に貫く廊下の突き当たりにある階段は、次の階までしか続いていない。

 次の階へ行く階段は、下の階でたった今通ってきたその一つ上の廊下を再び取って返し、元の突き当たりまで戻らなければならず、それがすべての階でそういう構造になっているものだから、一階上がるのに費やす労力が半端ではない。

 この上、中ボスの相手など、当然していられない訳だが、廊下や階段問わず出没する雑魚魔物の掃除だけでも相応の体力を費やす。


 そして、普通の人間よりは体力があるとはいえ、生身の身体を持つ潤には、ゲームのように都合よくHPヒットポイントを全回復してくれるような魔法のアイテムは存在しない。

 サラは早々にグリフィンに跨り、グリフィンの鋭い爪と嘴で次々に魔物を蹴散らしていく。


 「つ、次で何階だっけ?」

 「そ、そろそろ二十は超えたと思うが……」


 先頭切って刃を振るう清士も、流石に少し息が上がってきている。

 

 「まだ……半分……」

 地階部分を含めれば、三分の二は登ってきたことになるが……

 

 「うぅ、本格的にへばる前に出てきてくれないかなぁ、もう! ……それとももしかして、二人して最上階で待ってて、こっちが疲れたところを楽に叩いてやろうって作戦じゃないよね、コレ!?」

 

 叫ぶ潤の耳に、やけに優雅な円舞曲ワルツが聴こえて来たのは、次の階への階段を上りきった、その時だった――。


 

 

 

 

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