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出陣

 睡眠と食事をとれば、まだ若い潤やサラの体力はあっという間に回復した。ましてや、人外の肉体を持つ清士は尚の事――。


 「では、改めて命じよう。神崎潤、堕天使クラウス――もとい狛犬清士。今ここで、使い魔契約を結ぶがいい」

 再び、玉座に座る魔王の前に立った潤と清士は、互いに目を見交わし、頷きあった。


 吸血鬼の血を引く潤が使い魔を得ようとするなら、その血に宿る魔力で相手を縛る枷を嵌めなければならない。

 かつて父である晃希が、清士にしたのと同じように、彼に自分の血を与え、命じなければならない。

 

 潤は、彼の方へ身体ごと向きを変え、すっと左手を彼の前に差し出した。

 清士は、姫に忠誠を誓う騎士のごとく跪き、うやうやしくその手を取り、自らの口元へと運び、その手の甲に軽い口付けを落とす。

 その後で、そっと掌に返し、もう一度口付けを落とす。


 彼の右手にまばゆい光と共にひと振りの剣が現れる。

 聖なる光をまとった聖剣を、清士は潤の掌に押し当て、一筋の赤いラインを刻んだ。

 たちまち滴り落ちようとする赤い血の雫を、ひと雫たりとも逃さず啜り上げ、飲み込む。


 彼の喉が、潤の血を確かに嚥下したのを見届けた潤は、努めて居丈高に命じた。

 「清士、今より貴方は私の使い魔。主たる私、神崎潤の魔力を貴方に貸与するその対価として、私に仕え、私の身を守る下僕となりなさい」

 傷口に、三度口づけを落とし、その傷跡を綺麗に消し去った清士は顔を上げ、潤と目を合わせた。

 「仰せのままに。神崎潤、そなたを主とし、そなたの下僕となる事を、我が名に誓おう。我が剣は我が主の剣、我が身は主の盾。生涯の忠誠を、そなたに捧げよう」

 清士はすっきりした顔で微笑み、よどみなく応えた。


 ――瞬間、潤は目に見えない、でも確かな繋がりが彼との間に新たに結ばれた事を実感した。

 いつも、いつでも感じていた危うい力の気配が、ふっとその存在感を半減させる。

 いつもいつでも、当たり前のように緊張していた何かが、ふっと弛緩するのを感じて、潤は思わず自らの胸に手を当て、その下で鼓動する心臓の様子をうかがった。

 ……特に変わりなく、一定のペースで拍動を刻む潤の心臓におかしなところはない。

 

 ぱちぱちぱち、と、わざとらしい拍手が頭上から降り注ぐ。

 「主従契約締結おめでとう」

 取ってつけたような棒読みのセリフを、あからさまな営業スマイルを浮かべて口にした魔王は、足を組み直し、後方、遥か彼方の扉を指さした。


 「さあ、それでは行くがいい。先ほどの部屋に、一通りの支度を届けさせた。準備が整い次第、出撃しろ。――これは、魔王ルシファーが下す正式命令だ。『シェムハザの城を落とし、シェムハザとドラク伯を捕らえて我が玉座の前に引っ立てて来い』」




 「……でも、どういう事なんだろうね? 魔王の命令が、シェムハザとドラク伯の討伐任務だなんて」


 魔王の言葉通り、部屋に用意されていたのは旅装と武具や防具など、どれも一級品の品ばかり。

 しかし、基本的に平和な日本の、ごく平凡な田舎町で生まれ育った潤にとって、そんなものはゲームのRPGの中でしかお目にかかったことはないような代物ばかり。

 魑魅魍魎やら八百万の神々に通じる精霊や妖たちを相手にするためのアイテムならそこそこ詳しいけれど、本格的な武器や防具に関する知識は皆無に等しい。

 ――稲穂について剣術は一通り習ったけれど、普段振り回しているのは竹刀や木刀だし、せいぜい神事用の日本刀を手にしたことがあるくらいで、本物の武器など持ったことはない。

 ……清士の聖剣や、父の魔剣を目にしたことはあるけれど、こんな金属の塊の武器にはとんと縁がなかった。


 「なんか、本当にRPGゲームの登場人物になった気分……」

 折しも、舞台は本物の魔界。潤の体を抱えているのは、相変わらず純白の翼を背負った清士。その後ろから、グリフィンに跨った魔女のサラが追ってくる。

 二人の装いは、これまでとそう大差のないものだが、潤の装いは、超本格派のファンタジー系ゲームそのものといった様相だ。

 白いハイネックシャツに、動きやすい黒のパンツに、丈夫な革の軍用ロングブーツ。

 腰のベルトの剣帯には軽い短剣がひと振り。

 そして濃紺のロングコートは上品な仕立てで、とても着心地がいい上、温かい。


 ちなみに、用意された沢山の衣装の中からこれを見立てたのは清士である。

 

 「おそらくは、シェムハザたちが晃希を利用しようと企てていた計画が、魔王の利害にも関係しているのだろうな。だが、魔王が直接軍勢を動かせば、当然大事になる。だから、我らを使って秘密裏に、穏便に事を済ませたい、という事なのではないのか?」

 「……本当に、何を企んでるんだろう」

 「さあな、考えても仕方あるまい。奴らに直接質せば良いだけの話だ」


 やがて、見覚えのあるシルエットが、地平線の向こうに小さく顔を出す。

 「さて、本格的な魔物狩りは実に数百年ぶりであるが……。まずは、腕慣らしからだな」


 前回城から脱出した際に無数の矢を放ちながら追ってきた下級悪魔たちが、早速群れをなして空を黒々と染め上げる。


 「――さあ、行くぞ」

 雑魚連中など相手にする必要はない。本丸は城の中だ。

 新たな力と、守るべきものを両手に、清士は戦いの渦中へ身を投じる。


 清士は翼をいっぱいに広げ、片手に聖剣を持って一直線にその只中へと突っ込んだ。




 「……伯。奴はまだか?」

 イライラと、椅子の肘掛を指でとんとん叩き、片足でせわしなく何度も床を叩き、彼は目の前で跪いた男に問うた。

 「罠は、既に張り巡らせております。……狩りに焦りは禁物、後は獲物がかかるまでじっと待つばかり。後は時間の問題でございますよ」


 「――だが、急がねば。今が絶好の機会なのだ。あの、裏切り者を誅するには、今しか……!」

 「ええ、この事実を皆が知るところとなれば一大スキャンダルでございますからねえ。それこそ天地がひっくり返るほどの……」

 にやりと笑う臣下に、シェムハザは改めて命じた。


 「奴を捕らえ次第、我が前に引っ立ててこい」

 「――かしこまりました」


 もう一度深々と頭を下げ、ドラクは玉座の前から下がり、部屋を後にする。


 「……全く、裏切り者とはよく言ったものだな。我ら竜の恨み、とくと思い知るがいい」

 密かに呟き、ほの暗い笑みを浮かべ、彼は窓の外を見やった。


 「さあ、来るのです。――我が闇の子。我が牙にかかりしお前は、我が下僕。我が最高傑作よ」


 

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