勅命
振り下ろした刀身が、清士の内にまだ僅かに残った聖に属する力と呼応し、共鳴する。
聖剣の刀身が、震える。
――が、いかな神剣といえど、こちらは分け身。対するは魔王の力を与えられたギリシャ神話の神、メデューサの蛇だ。
容易く葬れる相手ではない。
ただでさえ、清士はサハリエルの魔力に侵され、その聖なる力は風前の灯火状態なのだ。
正直、清士自身の天使としての力のみならば、とっくに食い尽くされていただろう。
だが、清士の中を狛犬として縛る鎖が、今は逆に清士の魂を守る鎧として働いていた。
悪魔や天使の力とは性質の異なる力は、清士自身の力に比べ、悪魔の力が浸透しづらいらしい。
だが、その分、神剣の力とも折り合いは良くないらしく、清士の力と共鳴するそれの傍らで、軋んだ不協和音を奏でる。
小刻みに震えていた聖剣が、神剣と蛇との間で交わされる強大な力に強制的に呼応させられ、その振幅がより激しさを増し――やがて、それに耐え切れず粉々に砕け散った。
飛び散った聖なる力を喰らわんと、即座に双方が反応する。
蛇が頭をもたげ、神剣の光が増した。互いに力を取り合い、喰らい合う。
力と力がぶつかり合い、火花を散らす。
ふと、消えそうな意識の端で思う。……悪魔と、吸血鬼の力に翻弄されていた頃の彼も、こんな状況だったのだろうか――?
だとするなら、ただの人間の精神力で、よくぞ耐えたものだと、今更ながらに思う。
こんな状態で、彼は600年もの間封印され、閉じ込められながらも正気を保ち続けた。――神剣の力の助力はあったとはいえ……
――あいつに、負けたくない。
強い思いが、潰えかけた清士の意識を再浮上させる。
今にも消えて無くなろうとしている聖剣だった光を、もう一度かき集め、形にしようと全力を傾ける。
全身に残る力の残滓の全てを集結させてもまだ、神剣や魔王の魔力には到底及ばない。
それは分かっている。……それでも、諦めたくはなかった。
半分以上、神剣や蛇に喰われて同化を果たした己の力を、新たに形にした力と呼応させ、共鳴させる。
喰らわれかけた己の力を逆に取り込むべく、喰らいつく。
過ぎた力にも程があるというレベルの力を受け入れる清士の器はひび割れだらけで、入れた端から溢れ、清士の肉体や精神を痛めつける。
死んだほうがマシだと思える程の苦痛に耐えながら、清士はギリギリの攻防を続ける。
物量的にも質量的にも勝てないとなれば、後は持久戦に持ち込むしかない。
完勝はできなくとも、負けなければ、いい。
相手が疲れて諦めるまで、清士の精神力が保ったら、清士に軍配が上がる。
破れかぶれとしか言い様のない、みっともない戦い方なのは承知だが、仕方ない。
本当に。……こんな泥臭い戦い方、ほんの少しばかり前の自分だったら絶対に選ばなかった。
「悪魔でも天使でもなく。神にも、魔王にも奉ろわぬ。だが、確かな意志と柔軟性を持ち、慈しみの心を知り、相応の精神力も併せ持つ。成程、確かに滅多にはお目にかかれない希少な人材だな、これは」
ようやく怒りを鎮め、深く納得した面持ちになったメデューサは、したり顔の魔王をちらりと見やった。
「ふん、奴の思惑通りってのが気に食わねえが、な」
「全くだ。一度でいい、あのすかした顔に真っ赤な手形を貼り付けてやりたいと常々思っているのだがね」
くだらない会話を交わしながら、二人はほぼ同時に放った力の制御を放棄した。
術としての制御を失った蛇は、ただの力の塊と化し、必死に抗い続けていた清士の強い意思に抗う余地なく染められていく。
同時に、神剣に密かに仕込まれていた覚えのある気配がふと途絶えた。
二つの力は溶け合い、清士の聖剣に吸い込まれていく。
床に突き立てられた剣が、一際まばゆく光り、その輪郭が溶ける。
ゆっくりゆっくり、光にふちどられた形が少しずつ変化していく。
太り、大きく膨れ上がった光が、不意に二つに割れた。
弾け飛んだ光が、一気に収縮し、そして再び砕け散った。
――その後に、二つの新たな剣を残して。
清士は、荒い呼吸を繰り返し、肩を大きく上下させながら、まるで大雨に打たれたように汗で濡れそぼった身体を床に投げ出しながら、その二つの剣が放つ両極端な気配に、目だけをせわしなく行き来させる。
意匠は、両者全く同じ。
両刃の刀身に、飾り気のない鍔から柄の部分にはとぐろを巻いた蛇の彫刻があしらわれている。
が、まず色が違った。
鈍く光る銀の刀身に、輝く金の鍔、透けるような乳白色の柄。
重々しい黒い刀身に、艶やかな銀の鍔と漆黒の柄。
前者は神々しいまでの聖なる気を発し、後者は禍々しいとすら言いたくなるほどの魔力を帯びている。
どちらも、元の聖剣と比べ少しばかりサイズが縮み、片手で振るえる大きさになっていて――。
前者は元の聖剣より格段に力を増しているが、どう見ても後者は聖剣というより魔剣、それも晃希が振るうそれから感じるものよりはるかに強い力を感じる。
そして、その両者とも、確かに己の力だという確信が、今の清士にはあった。
それでも、確かめるように二つの剣を光に戻し、己の中へ収める。
剣は清士の意思に従い、問題なく清士の内へ収まる。
気づけば、荒れ狂っていた潤から受けたサハリエルの魔力も嘘のように鎮まっている。
燻る疲労のせいで身体は鉛のように重いが、締め付けられていた精神は開放感に満ち溢れていた。
そうしてまず、頭に浮かんだのは潤の容態だ。――大丈夫、気は失っているが無事のようだと判断し、次に背後を振り返った。
こちらも、顔色を失い疲れきった表情をしてはいるが、急を要する事態にはなっていないようだ。
そして、清士は改めて玉座を仰いだ。
「よお、長年の夢を叶えた気分はどうだ?」
玉座にゆったりと腰掛け、傲慢な笑みを浮かべる王は、清士に問いを投げた。
「兄貴どころか、奴の上司だったシェムハザを越える力を得た今の気分は、どんなもんだ?」
投げかけられた問いに、清士は改めて己の掌を見下ろした。
……確かに、力が増した気はするが、だからといって特に何かが変わった気はしなかった。
自分は、自分。……何も、変わらない。
本当に、サハリエルどころかあのシェムハザより強くなったのだろうか?
「……どうやら、自覚がないようだねえ? けど、今ならその娘と契約を結ぶのに何の障害もないはずだ」
メデューサが断言した。
「しかし、さすがにちと虐め過ぎたか。そのボロボロ具合じゃ、できるものもできないか。――魔王?」
「ふん、俺は正真正銘悪魔なんでね。魔力を与える事はできても、他人を回復させる術は持ってねえ。……仕方ねえから、今夜一晩の宿を提供してやろう。安全は俺が責任をもって保証する」
そして、魔王は立ち上がり、堂々と清士を見下ろした。
「そして、契約に基づき、お前に命を与える。回復し次第、その小娘と使い魔契約を結べ。その後、シェムハザの城へ赴き、城主シェムハザと、ドラク伯を捕らえてこい」




