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難題への答え

 だが、こうして改めて考えてみると、清士に出来ることなどそう多くはない。しかもその殆どは、狛犬となってからの生活で培ったもので、すでにその大半を先ほどの命令を遂行した際に披露してしまった。残るものも、それらとさして変わりない、日々の雑用に類する事ばかりだ。

 それ以外で清士の得意なこと、と言ったら元天使であるが故の能力くらいのもので、今のこの状況に役立つとは思えない代物ばかりだ。


 けれど、彼女が口にする、悪魔への絶対的な不信感に関しては、少々身に覚えのある感情だ。

 かつて、大いなる神を絶対と信じ、悪魔は悪だと信じきっていたあの頃の自分にとって、今現在の清士の在り様は信じがたいものだっただろう。

 かの神以外に神はなく、それらは魔に属するものであり、それに仕える者もまたそれに準ずる存在だと、疑いもしなかったはずだ。


 清士はその認識を、絶対的な力によって屈服させられるまで改めることができなかった。


 ――では、サラの認識を変えるには、どうすればいいのだろう?

 リズによれば、サラが悪魔を嫌う理由の根底は、実際に悪魔に取り返しのつかない被害を被ったせいであるという。

 ほとんど盲目的な思い込みが原因であった清士の場合とは、その重さがまず全く違う。

 実際、本物の悪魔というのはそういうもので、サラの考えもあながち間違いではないのも、難しい点だ。


 他はどうでも、自分は違うのだと、どうすれば証明できるのだろう?


 悪魔というのはそも、大いなる神に背き、天を追放され堕天した元天使だ。

 天使の存在は、神によって肯定され、維持されるもので、神の期待に応え功績を上げただけ、その階級は上がり、力は増していく。

 いつまでたっても落ちこぼれのままだったクラウスと違い、一大事業を任されるほど、神の信の厚かった兄、サハリエルのように。

 だが、その信を裏切り堕天した瞬間、それまで己の存在を維持してきた神の肯定は失われ、その代わりとなるものが必要になる。

 そしてそれを多くの者が人間の魂で補おうとする。

 人の魂の持つエネルギーを効率よく集めれば、位の低かった者も力を増すことが可能になるため、悪魔たちはこぞって人間を誑かそうとする。

 もちろん、それは可能だというだけで、簡単なことではなく、実際に天にいた頃の位の差をひっくり返すには尋常ではない労力を必要とする。


 だが、清士はあの日、堕天してからこれまで一度も人の魂を喰らっていない。

 並の悪魔なら、最低でも数年に一つは得ないと消えてしまうというのに、清士は今でも問題なく存在している。

 今、清士の存在を維持しているのは、狛犬の枷の鍵を握る、社の面々たちの心。彼らが清士の存在を肯定してくれているからこそ、清士は今存在できている。


 神に見捨てられた哀れな者たちが必死に欲している物を、清士は既に手にしているからこそ、他とは違う存在でいられる。

 その事を、どうしたらサラに分かってもらえるのだろう?


 悪魔とは、人を欺くもの。そう思っているうちは、何を言ってもまともに取り合ってはもらえないだろう。

 何か、かたちで示せるものはないだろうか?


 清士はひたすら頭をひねり続ける。

 ――時間があるなら、ゆっくりじっくり、己の行いを見定めてもらえばいい。だが、時間がない。

 他の悪魔になくて、自分にあるもの。それは……


 「なるほど、それなら……」

 清士は絞り尽くしてカラカラになりそうな頭でようやく一つの案を思いつき、立ち上がった。

 つかつかと玄関へ歩み寄り、外へ出る。

 表には変わらず、その真ん前にでんと大きな車と、魔牛が鎮座している。


 「……少し、いいか?」

 清士は、その車の壁を遠慮がちにノックし、中へ声をかける。

 「……そなたにこれを、預かって欲しい」


 清士は、車から少し離れると、彼女が出てくるのを待たずに聖剣を取り出し、抜き身の刃を地面に突き立てた。

 

 面倒そうな顔をしながら車から顔をのぞかせたサラは、怪訝そうな顔でそれを見下ろした。

 「それは、何の真似だ?」

 「そなたに言われたとおり、そなたの信を得るべく考えた結果だ。言ったとおり、確かに今の我は堕天使に類される存在であるが、その一方で一般的な悪魔とは違う存在でもある。これは、その証とも言えるものだ」

 本来、神から見放された時点で、神から与えられた力である天使の――聖なる力は消失してしまうが、清士はそれを未だ有している。

 聖剣とは、天使にとって己の持つ聖なる力を具現化した、いわば己の分身とも言えるもの。かつて、与えられた神剣に頼りきっていた頃は軽視し、全く省みることのなかったその力は、今は清士にとって自らの核とも言えるものとなっている。

 「これで、我は一応丸腰だ。魔術という力も、あるにはあるが……。そなた相手では他に比べさしたる切り札にはなるまい。……何より、その剣に何かあれば、死にはせずとも、手痛いダメージを我は受ける事になる。……それを、そなたに預けようと思うのだ。それで誰かを無闇に傷つけようとは思わぬし、己を偽り他者を欺き篭絡しようなどとも思わぬ。その我の考えを、分かってもらいたいのだ」

 一歩、二歩。剣の柄から手を離し、ゆっくりと後ろへ退がる。


 そのうえで、彼女の裁定を待ち、彼女の瞳に浮かぶものを見定めようと、じっと彼女を見据える。


 「……だが、彼女の――リズの村を滅ぼしたのはその“聖なる力”ではなかったのか?」

 しかし、彼女はそれを冷ややかな眼差しで見下ろし、薄く嘲笑を浮かべてひんやりとした声でそう言った。

 「高位とはいえ、たった一匹の悪魔を滅ぼすために、罪のない者らを多く巻き込んだその力も、神に賜った力だったのだろう? ――魔女だというだけで、悪魔と通じたと言われ、うちの一族でも一体過去何人の娘が火炙りにされたと思う? ……私は、悪魔も信じないが。――天使やら、お前たちの神とやらも信じられない。だから、その力を預けられたとて、お前を信じるには値しない」


 バタンと、彼女は乱暴に車の扉を閉ざしてしまった。

 

 清士は深く項垂れながら、それを黙って見送るしかなかった。

 返す言葉もない。神を絶対と盲目的に信じ、教えられた事と違う事実には目をつぶり、己の所業を正当化し続けてきた罪を突きつけられては、反論の余地はない。

 事実、今の主たる竜姫や久遠のことも、かつて清士は魔女とその使い魔として滅ぼそうとしていた。

 

 そんな力を預けられたところで、魔女たる彼女の信など得られない。――少し考えれば気づけたはずのことに、気づけなかった。

 焦っていたとはいえ、己の考えの浅さに、流石に落ち込まざるを得ない。


 「……だが、考えなくては、潤が――」

 清士は地面に突き立てた剣をそのままに、再び小屋へと戻る。


 潤の横たわる寝台の隣へ座り込み、彼女の手を取って額にあてた。

 まだ、暖かい。まだ、息はある。まだ、大丈夫。

 そう言い聞かせつつ、清士は焦る心を押さえ、もう一度考え直す。

 ――何をすればいいのか。


 そのとき、清士の手の中で、ぴくりと潤の手が動いた。

 ハッとして清士は潤を見下ろす。

 

 「せ……、じ?」

 喉が渇いているのか、掠れた声で潤が清士の名を呼んだ。

 うっすらと、まぶしそうに目を細めながら、ゆっくりとめの焦点を清士に合わせ、彼女はもう一度名を呼んだ。

 「清……士」


 清士は立ち上がり、慌てて彼女の額に手を当てる。当てた手を、そのまま首の動脈に滑らせ、そして彼女の頬を包む。

 「潤、どこか痛むところはあるか? 苦しかったり、何か違和感を感じたり、だるかったり、おかしなところはあるか?」

 彼女が目を覚ました安心感と、未だ解決していないはずの問題に対する焦りとで、清士は勢い込んで尋ねた。


 潤は、ゆっくりと首を横に振りながら、清士に水を要求した。

 「……少し、身体が重くて苦しいけど、大丈夫、我慢できないほどじゃない。でも……水は、欲しいかも。喉が渇いて、張り付いて気持ち悪い」

 清士は直ちに表で水を汲んでくると、潤に差し出した。

 「飲めるか? 腹は減っていないか? ……今すぐ用意できるのはぶどうだけだが……」


 たった今目を覚ましたばかりの人間に、こうも質問ばかり次から次へと浴びせるのもどうかと自分でも思いながら、清士は己を止めることができなかった。


 「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。……ごめん、心配かけちゃったんだよね。でも……ここは、どこ? あれから私たち、どうしたの?」

 途中で気を失い、今の今まで眠ったままだった潤にとって、数日前の清士より尚、現状把握ができないでいるのが不安なのだろう、視線をあちらへこちらへと彷徨わせる。


 清士は、一瞬迷う。――どう説明すべきか。……現状を誤魔化すべきか。

 だが、逡巡の末、正直に現状を伝えた。


 今、ここに居る理由。この家の持ち主の素性と、事情。そして今の状況を。

 

 「この家の持ち主は、お父さんの昔の知り合いで、お父さんを吸血鬼にしたあのひとの……で、それがドラキュラ伯爵で……?」

 寝起きに大量の情報を無理やり詰め込まれた潤は、うんうん唸りながら頭の中を整理する。

 「とにかく、今の状況をどうにかするには、その魔女様を説得しないといけない、ってことなんだよね?」

 清士は頷く。

 「ああ、そうだ。……済まない。我の事情にお前を巻き込んでしまった」


 いつになく殊勝な態度で頭を下げた清士に、潤は首を横へ振った。


 「私は、お母さんでも、お姉ちゃんでもない。役立たずの見習い巫女だけど。……でも、清士はうちの大事な狛犬だよ」

 まだ青白い顔色で、潤は笑った。

 「私は出来損ないだけど、でも、清士の主で、清士の家族だもん。だから、巻き込んだなんて思わないで」

 潤は、清士の手を握り、寝台の上で身を起こした。

 「術とか、魔物相手の戦いじゃあ何の役にも立てないけど。でも、こういう事なら、他のことより少しは私でも、主らしい振る舞いができるから」


 潤はゆっくり立ち上がり、ふらふら歩き出す。


 「サラさん、って魔女様は外にいるんだよね?」

 危うい足元に清士は慌ててその身を支えながら焦った声を出す。

 「おい、潤……?」

 

 「ごめん、清士。ちょっとそこで待ってて。ちょっと女同士の話し合いをしてくる」


 

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