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突きつけられた課題

 ――その知らせが届いたのは、小さなテーブルに素朴ながらしっかりとした献立が所狭しと並べられた、まさにその時だった。


 「……まさか、本当だったなんて」

 パサりと、小さな羽音に気づき、表に出たサラは、己の使い魔であるレイから封書を受け取り、中身にざっと目を通す。

 そこには、先程あの堕天使が語った内容を肯定する旨が記されていた。


 そしてもう一つ。可及的速やかに、水晶玉を介しての通信術にて連絡を寄越すようにと書かれている。


 モーガン一族の魔女にとって、水晶玉に自らの望む場所を映す術は、基本中の基本、初歩的な術の一つであり、魔女を名乗るからには出来て当たり前の術だ。

 そして、その術を利用しての通信術は、一人前の魔女と名乗るからには絶対に出来なければならない術の一つ。

 サラにとっても、呼吸するのと同じくらい当たり前にできる簡単な術。

 ただ、車から水晶玉を引っ張り出し、簡単な術式を組み立てればいいだけの話。


 だが、ちらりと振り返ったテーブルの上には、ほかほかと湯気の立つ、美味しそうな料理が並んでいて――。


 サラは、ファティマーの手紙をくしゃりと手の中で握り潰し、清士を睨みつけた。

 ……悪魔らしく見える悪魔など、実際は殆ど居ない。悪魔らしい悪魔など、装う事を知らないほんの一部の低級、低能な悪魔ばかり。

 悪魔などには全く見えない、むしろ、甘い天使の微笑みを浮かべ、そこらの聖職者よりも清らかな振る舞いで、人間を惑わし堕とす。それこそが、真の悪魔の所業。

 それはまさに、あの彼の事ではないのか。


 「――おい、そこで何をしている? 早く食わんとせっかくの料理が冷めてしまうぞ」


 かけられた声に、ついぎくりとしながら、サラは手の中の手紙を咄嗟にくしゃりと握りつぶした。

 「……何でもない」

 使い魔の姿が、ちょうど彼からは死角になって見えないのをいい事に、サラはそう誤魔化して、何事もなかったように食卓についた。


 「……セージは食べないの?」

 まだ青白い顔色のまま、リズは食卓から離れ、こちらに背を向けようとした清士を呼び止めた。

 「ああ、我にとっては食事は嗜好品に過ぎないからな」

 清士はそう答えた後で、まだ目をさます気配のない潤を見やり、深刻な表情になる。

 「だが、潤は違う。……罠に嵌められてから、もう丸二日以上経つ。その間、ずっと飲まず食わずのままだ。このままでは、魔界の毒云々の前に飢え死にしてしまう」

 ちらりと、清士の目がリズの首筋――吸血鬼の咬み跡があったその場所に目を留め、だがしかしすぐにふいっと顔ごと目を逸らし、潤の枕元に膝をついた。


 「もしも、あともう一日待って、ファティマーからの返事が無いようなら……」

 清士は、苦しげな表情を浮かべながら潤の額に手を当てる。

 「潤は、我が主の一人。何もせずみすみす死なせる訳にはいかんのだ。あと一日、それがおそらく限界だろう。それで駄目なら……、我は奴らの城で騒ぎを起こしに行こうと思っている」

 清士は、翼から一枚、羽を抜き、潤の手に握らせる。

 「潤が、このまま目を覚まさないなら、タイムリミットは約1週間といったところだろう。……そして既にもう3日経った。あと4日のうちに、潤を安全な場所へ移せる見通しがたつならいいのだが……。明日も、今日と同じくただファティマーからの知らせを待つだけの一日を過ごしてしまっては、猶予はさらに減ってしまう。……城で派手に騒ぎを起こせば、もしかしたら吸血鬼王が気づいて駆けつけてくれるかもしれない。だが、流石に一両日中という訳にはいくまい。2、3日みるとして……そうなると、こうして待っていられるのはやはり明日が最後になるだろう」


 「そんな……、でも、だってセージ、さっき一人じゃかなわないって言ってたのに……?」

 清士は、リズの問いかけに苦笑を返す。

 「ああ、伝説に名を残すような奴らを相手に、我が一体どこまで抗えるかは分からんが……だが、我が狛犬である以上は、たとえこの命を投げ出してでも、主を守らねばならん。特にこの潤は……我自身にとって失えない存在なのだ」


 「……リズにとって大事なひと達をその手で失わせた悪魔が、よくも彼女にそんな台詞を吐けたものだ」

 これまで以上に刺々しい攻撃的な台詞を、サラは清士に投げつけた。

 「お前の狛犬としての職務など、私たちには本来一切関係ない事だ。お前は、自分の職務を全うすれば満足なのかもしれないけど、少なくとも私にとってはその娘がどうなろうが知ったこっちゃないんだ。ただ、真っ当人間として弱った女の子を捨て置くのも寝覚めが悪いからお前に協力してやっている」

 憎しみすらこもっていそうな強い視線で清士を射抜き、睨みつけながらサラは吐き捨てる。

 「分かるか? お前にとってその娘がいかに大事な者だとしても、だ。私やリズにとっては行きずりの他人でしかない。目の前で死なれればそれは寝覚めは悪いが、しかし、それだけだ。その娘がこの世から消えたところで、少なくとも私にとっては痛くも痒くもない。……そうだろう? なあ、リズの身近な人間全てを葬り去った悪魔めが」

 切れ味の良い刃で斬りつけるように、サラは清士を責めた。


 そして、手に握り締めたままだったものを、清士に投げつける。くしゃくしゃに丸められた紙くずが、ぽすんと清士の頭に当たって落ちる。

 

 「……姐様は、早急に連絡を寄越せと仰せだ。だけど、私はお前なんかのために働いてやりたくはない」

 がたん、と音を立てて椅子から立ち上がり、サラは戸口の方へ歩き出す。

 「姐様が認めた以上、お前の素性云々については一応信じてやる。けど、私は悪魔という存在が信じられない。私は、悪魔のためになんか力を貸したくない」

 サラは、苦しげな声音で言いながら、敷居を跨いで外へ一歩踏み出した。

 「――だから。私の、そしてファティマー姐様の御力を借りたいと言うのならば、私にお前を信じてもいいと思えるだけのものを示してみせなさい」

 そして顔だけこちらへ向け、そう清士に命じた。

 「私は特に期限は定めない。……けど、彼女の事情を汲むなら明日中、って事になるか。……それを示せなければ、私は悪魔や、その血を引く娘のためになんか一切力は貸さない。どんなにお金を積まれようともね」


 それだけ言うと、サラはそのまま戸口を離れ、自分の車の方へ歩き出した。

 清士は、詰めていた息を吐き出し、床に落ちた紙を拾い、そっと開いた。そこには、見覚えのある筆跡で、簡潔な用件が書き連ねられている。

 

 清士は、黙ったままじっとそれを見下ろし続ける。

 待ちに待った、ファティマーからの返信だ。彼女と連絡がつきさえすれば、おそらく潤の安全は確保されるはず。ホッと一息つきたいところでもあり、早くその術を知りたいと心は逸る。

 ――だが、さらに投げつけられたセリフが、心に鋭く突き刺さったまま抜けない。

 清士は、顔を上げることができなかった。


 初めて本当の意味で己の犯した罪がどういうものだったのかを真っ向から突きつけられ、清士は返す言葉を見つけられなかった。

 かつて、クラウスという名の天使として、己が奪った命の数々。それら全てに清士にとっての潤のような存在が居たはずなのだと、……それを、奪った罪の重さを、改めて噛み締める。

 

 「あの……、セージ?」

 おずおずと、リズが控えめに清士の名を呼んだ。

 「あの……、ね。……サラは……サラも、昔、悪魔のせいで妹を亡くしたんだって。……詳しいことは知らないけれど、前にそう教えてくれたことがあって……」

 リズも、顔を俯けながら小さく呟いた。

 「だから、なのかな……。私には、特に良くしてくれているの。彼女は、女の子にはすごく優しい人なの。……でも、悪魔が大嫌いで」


 「……そうか。……しかし、彼女の信に足る何か、か……、我に、何ができるのか……。難しいな……」

 だが、考えなければならない。少しでも早く、その答えを導き出さねばならない。


 (こんな時……あいつなら……・晃希であれば、どうしただろう……?)

 彼もまた、多くの命を手にかけた罪を背負い生きている。そんな彼が、今の清士と同じ状況に置かれたなら、彼ならどう動くだろう?

 彼に倣うなど、清士にとっては屈辱的な行為であるが……。

 (奴が罪を犯す原因を作ったのは我、そして奴の家族や友人を奪ったのも……)

 だが、考えてみれば彼に対しまともに謝罪をしたような記憶が、清士にはない。……それでも晃希は、多少邪険に扱うことはあっても清士を社の一員として当たり前に受け入れていた。だから、清士が己の罪をここまで真剣に省みたのは、初めての事なのだ。そして、誰かに信じて貰おうなどと真剣に考えるのもまた、初めてなのだ。

 

 「我は……どうすればいいのだ……?」


 相談相手も居ない中、清士は潤の手を握り、囁くように呟いた。


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