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傭兵と男装王女  作者: es
後日談
5/6

そのさん。前編

 


「……叶うなら、あなたを宝石箱に閉じ込めておきたい」


 それを聞いたロイは、危うく彼女に酒を吹きかけそうになった。いや、相手は貴人も貴人、王族なので、根性で耐えたが。


 男装した王女は、いつものようにフラリとうちにやってきて、晩酌するロイの前に腰かけると、しみじみとそんな事を呟いた。

 普通それは男が女に言う台詞ではないだろうか。しかも、言われたのは、筋骨隆々の平民の剣士である。

 何とか精神を立て直したロイは、淡々と反論した。


「…………お言葉ですが、殿下」

「どうした?」

「俺はむさ苦しい傭兵です。宝石箱なんて全く柄ではありません」

「大事なものは誰にも見られないようにしまっておきたくなるものだ」

「…………殿下の審美眼はどうかしております」

「そんなことはないと思うぞ」


 ニコニコしている王女から目を逸らし、ロイはくいっと酒を煽った。


「さて、護衛隊長も心配しているだろうから、そろそろ帰ろうかな。邪魔をした」

「いえ……」


 立ち上がった王女を玄関先まで送る。

 一歩外に出た彼女は、ふと思い出したようにくるりと振り返った。


「あぁ、そうだ。明日から公務が立てこんでいて、二週間ほどこちらに来れそうにないんだ。あなたに会えないのは寂しいが、仕方ないな」

「…………然様ですか」

「全く、私のような名ばかりの王女には社交など必要ないというのに、煩わしいことこの上ない。さっさと王族をやめて、あなたと二人きりになりたいものだ」

「そういう事を仰られたら返答に困ります」

「素直な本音だよ」


 さらに返答に困ることをしれっと言って、王女は城に帰っていった。

 誰もいなくなった玄関で、ロイは夜空を見上げた。

 満天の星が空に輝いている。

 あの風変わりな王女に二週間も会えない、となると、なんだか胸にぽっかりと穴が空いたような気がした。


 いや、やっぱり気のせいだ、とロイは自分に言い聞かせた。



 ◇◇◇



 そして始まった二週間。

 少し手が空けば、ふと、自由奔放な王女の事を考えている。ロイはそんな自分に少しうんざりしていた。

 まるで──完全に懸想しているようではないか。


 考える暇があるからよくない、と考えたロイは、鍛練と仕事をギリギリまで詰めこむ事にした。

 毎日朝から働くか、目一杯鍛練で体を動かして、夜は倒れこむように深く眠る。

 近隣に現れた魔物を片っ端から倒していったので、領主から感謝状が貰えそうな勢いだった。金もいつも以上のペースで貯まった。


 そうして十日ほどが過ぎた頃。

 事件は起きた。




 ──不穏な気配が、自分を追ってくる。


 それに気づいたのは、ギルドで用事を済ませ、建物を出た直後だった。

 ロイは足を止めた。


(……敵意、いや、これは殺意か)


 何者かが自分に鋭い殺意を向けている。肌を刺すピリピリとした感覚は、戦場においては馴染み深いものだった。だが、街なかで遭遇するとなると、かなり希だ。


 数日前から妙な視線を感じてはいた。

 しかし今日は隠す気もないらしい。気づかれるのを承知で後をつけている。


 視線を走らせる。周囲にそれらしい人物は見当たらない。相手は死角からこちらを窺ってるらしい。

 心当たりは──生業が生業だけに、身に覚えがないとは言わない。恨みを買った経験なら、これまでにもあった。

 だが、それにしては相手の気配が妙だった。まるで魔物と人間が混ざっているような……


 ロイは帰宅を断念し、ひと気のない裏道に入った。

 王女は公務があり暫く来れないと言っていた。だが、万一、彼女がふらっと来て、自宅前で不審者と鉢合わせたら巻き込んでしまう。


 やがて彼は、少し開けた行き止まりに出た。


「こそこそ跡をつけるとは趣味が悪い。とっとと姿を見せろ」


 低く語りかけながら、素早く剣を抜く。

 同時に、相手の殺気が膨れ上がる。だが攻撃は──意外な所から来た。

 剣を構えるロイの足元。地面の奥から、真っ黒な手が数本、するりと伸びてきたのだ。


「!!」


 間一髪で、後方に跳躍して避ける。足を掴み損ねた黒い手が空を切った。


 ロイの着地と同時。

 真っ黒な手の持ち主が、地面からぬるっと姿を現した。人間のようなシルエット。だが実体はない。

 真っ黒に塗りつぶされた、のっぺりした顔には、眼窩の位置に仄白い光がぼうっと灯っている。鼻はなく、細く開いた口から、「オォオ……ォオ……」という呻きとも嘆きともつかない声が、不気味に漏れていた。


 ……ロイは記憶を手繰り寄せる。

 こいつには見覚えがあった。

 一度、戦場で遭遇した。味方の将が、なす術なく、この幽霊もどきに殺されてしまったのだ。

 陽炎のように揺らめく黒い影。あれは──


「死霊術師か……面倒な」


 舌打ちする。

 死霊を操る外道の術。暗殺にはおあつらえ向きの能力だ。そのため、彼らは大抵、身分ある人間に飼い殺しにされていると聞く。

 何故こんな厄介な輩に目をつけられたのか──

 まあ、何となく見当はつくけれど。


 化物に成りさがり、殺人の道具にされた哀れな魂──死霊がこちらに手を伸ばす。目の前にいるのは三体。


「はっ!」


 死霊達の手を避けるように後退し、素早く壁を蹴って、近くの屋根に駆け上がった。

 普通の剣では、霊体である彼らを斬る事はできない。よって、ロイが取れる方法は、

 ……術師本人を探し出し、ぶちのめすしかない。



 ロイは高い屋根の上から気配を探った。集中し、魔力の大元を探しだす。

 三体の死霊がふわりと浮き上がって、彼に掴みかかった。

 捕まれば生気を吸い取られ、彼らと同じような死霊に成り下がるのだろう。悪趣味極まりない。


 ゆらりゆらりと繰り出される死霊の攻撃は、動きが読みにくい上に、床や壁をすり抜けるのも厄介だ。

 囲まれないように注意しながら、ロイは死霊を操る術師を探す。そして彼は、ようやく一つの気配を探り当てた。


「…………あっちか」


 見つけた。

 ロイは足元の屋根を蹴った。一気に直線距離を駆け抜け、路地を飛び越える。さらに屋根を走る。死霊を振りきって、別の路地に飛びおりる。

 低い姿勢で着地。

 傭兵は、完全に、敵を間合いに捕らえた。


 ──黒い外套を纏い、フードを深く被った死霊術師。

 顔色が悪く、取り立てて特徴のない中年の男。


 目の前に現れたロイを見て、術師は驚愕を浮かべた。死霊を呼び戻そうと慌てて詠唱する。

 だが、遅い。


 傭兵は深く踏み込んだ。

 容赦ない一閃が、術師の胴を薙ぐ。


「ぐぅっ!」


 術師が血を吐いてよろめく。だが、致命傷にはならかった。


鎖帷子(くさりかたびら)でもつけていたか」

「くっ!」


 胴を真っ二つにしたつもりだったが、外套の下の防具に阻まれたらしい。

 死霊術師はギリッと歯を噛み締めた。肋は何本か折れただろうが、まだ動けている。


「なら、首を落としてやる」


 辛うじて立っている相手に、再び剣を振りかぶる。

 だが術師はロイをぎっと睨むと、ふっと姿をかき消した。戦意喪失し、魔法で逃げたのだろう。


 ロイは剣を構え、無言で路地を見回した。

 周囲の気配を探ったが、ここ数日感じていた気配は綺麗になくなっていた。



 ◇◇◇



「ロイ……!!」

「殿下……」


 ドアが勢いよく開く。

 レスティリア王女は、血相を変えてロイのいる安宿に飛びこんできた。


「結局いらっしゃったんですね。危険だとお伝えしたのに」


 来ないでくれと連絡したのに……まあ、止めても来るだろうとは思ってはいた。予想通りではある。

 彼女の後ろには、緊張した表情の護衛隊長が控えていた。霊山で最後まで残っていた彼が、王女のお目付け役としてついてきたのだろう。



 ──ロイは死霊術師を撃退した後、呪符を使って、自分の街からかなり離れた宿場町に移動した。自宅付近は危険だと判断したからだ。


 そこから、王女に緊急用の魔法の伝令鳥を飛ばした。

 特殊な紙に魔方陣を描き、鳥の形に折ったもので、不測の事態が起こった時のために、と王女から渡されていたものだった。

 それに今いる場所と危険を伝えるメモを挟んで、王城に向けて放ったわけだが、魔法の伝令鳥は彼女にきちんと届いたらしい。


「ロイ、怪我はないか?」

「掠り傷一つありません、大丈夫です」

「良かった……」


 慌てて来たのだろう。男装ではなくドレス姿の王女は、安堵を浮かべた後、「私のせいだ」と悔しそうに唇を噛んでから、護衛隊長を振り返った。


「……隊長、ロイと二人で話したい。少し外してくれ」

「承知しました。扉の外におりますので、御用があればお呼び下さい」


 護衛隊長が一礼して部屋を出ていく。

 静かに扉が閉まる音がして、二人きりになった。安宿の部屋に沈黙が下りた。



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