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傭兵と男装王女  作者: es
本編

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2/6

後編

 


 パチパチ……と薪の爆ぜる音が響く。

 時折、遠くから魔物の咆哮が聞こえた。そのほかは鳥の声も虫の声も聞こえない。

 洞窟はシンとした静寂に包まれていた。


 焚き火を眺めていた少年は、ふと顔を上げ、黒曜石のような深い色の瞳でロイを見た。


「実は、以前あなたを見かけた事があるんだ」


 ロイは眉を上げた。

 全く覚えがない。怪訝な顔をした彼に、少年は小さく笑った。


「去年、隣国と国境で戦闘があっただろう。あなたはそれに参加していたはずだ。その戦勝祝賀会で、あなたを見かけた」

「…………」

「敵将の一人を討ち取って、勝利に貢献した立役者のはずなのに、あなたはずっと隅に座って、不味そうに酒を飲んでいた。不思議に思ったから、よく覚えているんだ」

「…………華やかな場所は苦手なんだ」

「国王陛下が直々に騎士団に入らないかと誘ったのに、断ったとも聞いたな」

「俺は傭兵の方が性に合ってる。騎士なんて柄じゃない」

「だが、あなたの父上は騎士だろう。"雷迅"ロイ・カヴァリス」


 少年は微笑した。感情や思考を容易に読ませない、作り物めいた笑みだった。

 子供だが食えない相手かもしれない。ロイはやや警戒を強めた。

 自分は一介の傭兵で、高貴な少年に興味を持たれるような存在ではない。


「…………どうしてそんなに俺に詳しい?」

「気を悪くした?」

「……別に。ただ、そこまで興味を持たれる理由がわからん」

「有名な傭兵だと聞いて、どういう人物か気になっただけだよ。そんなに警戒しないでくれ。

 あなたは先の小競り合い以外にも、魔物討伐や国境の紛争で活躍したそうだね。よかったらあなたの経験を色々聞かせてほしい」


 少年の言葉に、ロイはやや肩の力を抜いた。……自分に詳しかったのは、英雄や冒険譚を好む少年らしい好奇心だったらしい。それなら納得がいく。

 警戒を緩めたロイを見て、少年は夜のような黒い目を細めた。


「……あなたは真面目な堅物だと聞いている。だから二人きりになっても問題ないと判断したんだ」

「…………噂は噂だ。鵜呑みにしない方がいい」

「忠告をありがとう。でも、あなたと話してみたいと思っていたのも本当だ。こんな機会は二度とないだろうしね」


 ふふ、と微笑した少年はやはり大人びていた。

 少年はロイに冒険譚をせがんだ。他にする事もなかったので、ロイは黒竜退治に参加した時の話や、商隊の護衛で盗賊に襲撃され、返り討ちにした出来事を訥々と語って聞かせた。


 そうして夜が更けてきた頃、彼の冒険譚は終わりを告げた。


「そろそろ寝た方がいい。俺は不寝の番をするから休め」

「ありがとう……おやすみ」

「おやすみ」



 ◇◇◇



 そして一夜が明けた。


「起きてくれ」

「……もう朝か」

「ああ、目的の薬草──"千寿草"が生えている泉に行こう」


 ロイは焚き火の始末をして、目を擦っている少年を連れて洞窟を出た。


 泉は洞窟から歩いて一刻もかからない場所にあった。

 一周が三十歩ほどの小さな泉だが、その周りだけ空気が清浄で、不思議と厳かな気分にさせられる。

 泉の周囲には、百合によく似た銀色の花が幾つも咲いていた。


「これが"千寿草"だ。今、煎じてやる」


 ロイは簡易の鍋とコンロを荷物から取り出し、固形燃料に火をつけた。

 採取した"千寿草"をナイフで刻んで鍋に入れ、泉の水を足して煮立たせる。すると辺りがえもいわれぬ爽やかな香りに満たされた。


 "千寿草"の効能は、状態異常の解除である。

 少年が何の異常に侵されているのかロイは聞かされていなかったが、これを飲めば、大抵の異常はたちどころに消えるはずだ。

 ただし、"千寿草"は生えている場所が少ない上に、摘んだらその場で煎じて飲まないと、効果が薄れてしまう。それゆえ、非常に希少で扱いづらい薬草だった。


「熱いから少し冷まして飲め」

「……ありがとう」


 煮出した液をマグに注いで、ロイは少年に手渡した。礼を言って受け取った少年は、やや緊張した面持ちでふうふうと息を吹きかけ、そっと口をつける。


 こくり、と細い喉が動く。

 ──その瞬間、劇的な変化が訪れた。




 少年の背丈がすらりと高くなって、手足がしなやかに伸びた。丈の短くなった服の裾と、ブーツや手袋のあいだに隙間ができて、白い足首や手首が覗く。

 みるみる内に長くなった艶やかな黒髪が、背中を通り越して腰の辺りまで覆っていく。

 キリッとした端正な顔から幼さが抜け、花の蕾のような瑞々しさが加わる。服の上からわかるほどに丸みとくびれを帯びた体は、眩しさを覚えるほどだった。


 ロイの目の前にいるのは、どう見ても少年ではない。地味な服を纏ってなお眩しい、絶世の美女がそこに立っていた。



 豪胆で肝が据わったロイでも、さすがに反応が追い付かない。

 目を丸くして立ち尽くす彼に、美女はすまなさそうに声をかけた。


「驚かせて悪かった。だが私の状態異常は、無事に解除できたようだ。ひとえにあなたのおかげだ」

「………………子供に変化する魔法だったのか」

「種明かしをするとそういうことになる。あなたを騙す形になってしまったが、少女の格好で山登りなんて不可能だし、何かと危ないだろう?

 騎士達に勧められて少年の格好をしていたんだ。でも、動きやすくて案外悪くなかったな」


 悪戯っぽく微笑した美女は、やっぱり食えない顔をしていた。


「……目的も達成したことだし、さっそく城に戻るとしよう。ロイ・カヴァリス、あなたもついてくるといい。私を元の姿に戻してくれた謝礼と、髑髏竜討伐の報奨が受け取れるはずだ」


 少年から美女に変身した女が、ロイに一歩近づく。いいにおいがして一瞬くらりとする。

 女は神殿行きとは異なる護符を取り出し、ロイを道連れにさっさと転送の魔法を発動させたのだった。



 ◇◇◇



「ここは……」

「王城だ」

「…………」


 確かにそこは王城だった。

 豪華絢爛な内装には見覚えがある。去年、戦勝祝賀会で訪れたから間違いない。

 隣にいる美女のことも、おぼろげながら思い出してきた。自分の記憶どおりなら、彼女は……


「私は着替えてくる。のちほど謁見の間で会おう」


 冷や汗をかくロイにそう告げると、畏まった侍女を引き連れた美女は、廊下の奥に姿を消した。




 暫く待ってから、ロイは謁見の間に呼ばれた。

 緊張して足を踏み入れた彼は、玉座に座る壮年の王と、その隣に立つ美女を目にして、「やっぱりか……!」と内心頭を抱えた。


 しかし動揺はおくびにも出さず、跪いて頭を垂れる。そんなロイを王は壇上から見下ろした。


「ロイ・カヴァリス、そなたの事は覚えているぞ」

「……再びお目にかかれて光栄です、国王陛下。並びに王女殿下」

「おもてを上げよ」


 威厳のある声で王が言う。


「そなたは去年、騎士にならぬかという余の誘いを蹴った男だな」

「おそれ多い事でございます。一介の傭兵には、身に余るご提案でございましたゆえ」

「はは、余は気にしておらぬから恐縮せずともよいぞ。して、今回は王女を救ったばかりか、霊山に現れた髑髏竜(スカルドラゴン)をも討伐したとか。そなたの目覚ましい活躍を称え、褒美を取らせよう。内容は追って通知する」

「ありがたき幸せに存じます」


 ロイはますます頭を下げた。

 壇上からじっと見下ろす美女──少年に身をやつしていた王女は、確かに去年の戦勝の宴にもいた。今のように、王の隣に。


「話は以上だ」

「……御前を失礼いたします」


 王の許可を合図に、ロイは謁見の間を退出した。

 王女はその間一言も話さなかったが、ちらりと見た彼女は、してやったりと言いたげな笑みを浮かべていた。



 ◇◇◇



 城を辞去しようとしたロイは、王女の専属侍女に引き留められ、あれこれと身綺麗にされて王女の私室に通された。

 上品なティーセットが並べられた華奢なテーブルや、繊細で細身な椅子を前に、歴戦の傭兵であるロイも思わずたじろいだ。

 うっかり粗忽な動きをしたら簡単に壊してしまいそうだ。そうなった場合、弁償額はいかほどになるのか。想像もつかない。

 目眩を覚えた所で、薄い桃色のドレスを纏った美女が颯爽と部屋に現れた。


「よく来てくれた、ロイ。どうか座ってくれ」

「いえ、すぐにお暇させていただきます。ここは俺に相応しい場所ではありません。それから、王女殿下とは知らずに数々のご無礼を働いた事、深くお詫び申し上げます。どうかお許しいただければ、と」

「別に謝らなくとも良い」


 王女は軽く首を振って、視線で着席を促した。


「身分を隠していたのは私だ。あなたは私の恩人で、ここに相応しいかどうかを決めるのも私だ」

「……恐悦至極にございます」


 ロイが躊躇いながら着席すると、王女は「さて、恩人にはこちらの事情を伝えておこうかと思う」と口を開いた。


「去年あなたも参加していた、隣国との諍いなんだがな」

「……はい」

「いざこざを丸くおさめるために、私と向こうの王子との間に縁談が持ち上がったんだ。それも水面下でね。

 だが、王位を狙っていたあの国の王弟はそれが面白くなかったようで、縁談の邪魔をしようと私に刺客を差し向けたんだ」

「…………刺客、ですか」

「ああ、そうだ。死に至る魔法の直撃は、間一髪でどうにか免れた。だが、強力な魔法だったゆえ、全部は弾けなかったのだ。結果、私は不完全な魔法にかかり、子供の姿になってしまったというわけだ」

「そういうご事情があったのですね」


 王族というのは大変だな、とロイは素朴な感想を抱いた。

 同時に、やはりただの傭兵が関わるべき方々ではない、という思いを新たにする。

 そんな彼の内心とは別に、王女の話は思いもよらぬ方向に進んでいく。


「父上はこれ以上、あの国と争う気はないんだが、刺客に激怒して、縁談は立ち消えになったんだ。代わりに多額の賠償金をむしりとる算段をつけておられる。

 そして私には、危険な地に嫁に行かせようとした負い目を感じておられるようで、結婚相手は好きに選んでよいと仰ったんだ」

「………なるほど」


 自分に関係ないと思って聞いていたロイは、しかし王女の次の一言で、内蔵がひっくりかえるような驚愕を味わう羽目になった。


「というわけで、あなたが最有力候補だ」

「は………………?」


 一瞬言われたことの意味が分からず、ロイはポカンとした。うっかり礼を失した事にも気がつかない。

 そんなロイに向かって、王女ははにかみながら嬉しそうに告白した。


「最初に見かけた時もものすごく好みだと思ったが、二回目に会って話してみて、やはりあなたしかいないと思うようになった」

「いえ、あの……ちょっと待ってください、俺はただの傭兵ですが…………?」

「身分差はどうにでもなる。どこかの貴族の養子にでもなればいい。私は田舎の離宮育ちで、王宮の雰囲気はどちらかといえば苦手なんだ。だから隣国の王子との結婚がなくなってほっとしていた」

「…………」

「父上はあなたに領地を下賜されると仰っていたので、結婚したら私もそこに住みたい」


 ロイが混乱している間に、話が勝手に進んでいく。「私ではダメか?」とぐいぐい迫ってくる美女に、歴戦の傭兵はたじろいだ。


「身に余る光栄で何と申し上げればいいのか……おそれ多い事ですが、できれば……その、友人という関係から始めたく………!」

「…………そうだな。互いを知る時間は必要だ」


 王女がうんうんと真面目な顔で頷く。

 苦し紛れだったが、何とか譲歩を引き出したロイが、ほっと安心したのも束の間。


 王女はロイの家に何度も押しかけては愛を囁き、やがては婚約者の立ち位置におさまったのだった。



お読みいただきありがとうございました!

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