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傭兵と男装王女  作者: es
本編

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1/6

前編

やわらかい気持ちで、ゆるりと楽しんでいただければ嬉しいです。

 


 ロイがその子供に会ったのは、春の名残が感じられる初夏の肌寒い日だった。

 早朝の空は薄曇り、空気は澄んでいる。

 山登りにはうってつけの天気だが、単なる行楽で行くわけではない。


「案内を頼んだぞ」


 やけに尊大な口調で、子供は彼に声をかけた。

 年は十歳ほどだろうか。頬のラインにはあどけなさが残っているが、端正な(かんばせ)には、年齢に似合わぬ落ち着きが浮かんでいた。


 貴族のお坊ちゃんだか知らないが、五人もの護衛を引き連れているのを見ると、結構なご身分のようだ。

 この総勢六人を、ある霊山の山頂付近まで案内するのが、ロイに与えられた役割だった。


 この霊山には、魔物が多く住み着いている。

 一方で、濃い蕭気しょうきが立ち込める山に生える薬草は、高い効能を持つものが少なくない。

 高貴な少年も、ここでしか取れない稀少な薬草がどうしても必要らしく、そのための護衛を兼ねた案内役として、ロイに白羽の矢が立ったのである。


 ただ、足手まといとなる少年も連れていかねばならないのが、少々厄介だった。

 目当ての薬草は、地面から引き抜くとすぐに効能が薄れてしまう。採取したら、その場で煎じて飲まねばならない。

 彼らが無茶を承知で子連れの登山に挑むのは、そういう事情だった。


 見たところ、少年は元気そうで、体に異常がある様には見えない。登山も自力で歩く予定だ。

 ロイは訝しく思ったものの、詮索はするなと言われていた。勿論、高貴な人間の事情に立ち入るつもりはないし、金さえ払ってくれるなら、傭兵の関知するところではない。


 ロイはこの辺りでは名の知れた傭兵であり、魔物討伐でこの霊山に入った経験もある。だから比較的、山の地理にも詳しい。

 案内人としては、これ以上ないほどぴったりである。依頼を受ける理由は、それで十分だった。



 ◇◇◇



 (ふもと)まで魔法で転送された一行は、霧がかった山を見上げた。

 魔法で行けるのはここまで。山の中は、濃い蕭気(しょうき)が転送の魔法を弾く。

 この先は、魔物を倒しながら、地道に足で登っていくしかない。


 ロイは全員を見回して注意事項を確認した。


「この山の厄介な所は、出てくる魔物が不死系(アンデッド)ばかりな事だ。

 不死系の場合、その爪や牙で傷つけられた者まで魔物になってしまう。ケガをしたら、即座に聖水で傷口を洗い、早急に神官の浄化と治療を受けるんだ」


 少年や護衛達が、彼の言葉に頷く。


「転送の護符は持ったな。怪我したら躊躇わずに神殿に行け。魔法で山に入る事は出来ないが、出ていくのは問題ない」


 護符の行き先は神殿だ。この霊山は魔法で入る者を拒むが、魔法で脱出する事は出来る。護符も使用可能だ。

 魔物にケガをさせられたら、速やかに神殿に移動し、治療を受ける事が最優先になる。


「では出発しよう」


 ロイは一行を促し、霊山に足を踏み入れた。




 ひと気のない、霞がかった山を、草を掻き分けながら登っていく。

 山自体は高くも険しくもないが、魔物がうろつく場所を訪れる者はそういない。人の手の入らない森には、異界のような不気味さが漂う。


 黙々と進む一行は、何度か魔物に遭遇した。

 魔熊に一度、魔兎に二回。

 体が半ば腐り落ちた魔熊は大きく、狂暴だった。だが、護衛達は果敢に立ち向かい、何の被害も出さずにあっさり倒した。

 ロイから見ても、彼らは相当な手練れだ。日頃から相当な鍛練を詰んでいるものと思われた。


 護衛達に守られた少年は、おそろしい魔物を前にした時こそ青い顔をしていたが、弱音を吐くことなく、黙々と大人の足についてくる。

 疲れた少年を背負って移動する羽目になるだろうと予想していたロイは、意外に根性があるな、と少年を見直していた。


 中腹を越え、いよいよ山頂が近づいてきた。

 この分なら問題なく目的地に到着しそうだ。

 多少緊張が緩み、安堵の空気が流れる。


 いったん休憩を挟み、さらに上を目指す。そして、いよいよ目的地に着くと思われた頃。


「……止まってくれ、何か来る」


 ロイは周囲の気配を探った。

 何かに驚いたように小さな魔鳥が飛び立つ。

 総毛立つような、禍々しい気配がこちらに近づいてくる。気配を察した護衛達も周囲を見回し、警戒を強めた。


 最初は微かだった、ズシン、ズシンという地面の揺れが次第に大きくなる。

 一行の緊張が増していく。


 やがて──霧の向こうに巨大な影が現れた。白い(とばり)を切り裂くように、霧の中から不気味な姿を現したのは、白骨化した骸骨の竜。

 家一軒分は余裕でありそうな巨体に、翼の生えた蜥蜴(とかげ)のようなかたち。

 だが、傘の骨組みのような翼に皮膜はなく、剥き出しの白い骨格に表皮や肉はない。


 蕭気の霧を吹き飛ばすように、骨の竜は声なき雄叫びを上げた。


髑髏竜(スカルドラゴン)だ!」


 驚愕と共にロイが叫ぶ。


「走れ!」


 彼の号令で、全員竜に背を向けて走り出した。ロイは傍らにいた少年の手を掴み、引っ張るようにして森を駆け抜ける。


 この先に洞穴があったはず。

 魔物の棲みかになってなければいいが──

 そう思いながら全力で足を動かす。

 必死で森を駆け抜ける人間達を、髑髏竜は木をなぎ倒しながら追う。


 あそこだ──!

 木々の向こうに、黒々とした洞穴が見えた。


 竜が地響きを上げながら距離を詰めた。背中に熱を感じて振り向くと、竜の喉の奥が真っ赤に光っていた。


「ブレスだ!」


 叫ぶと同時に、ロイは手を引いていた少年を抱えて横に飛んだ。

 ゴオオオ、と灼熱の炎が吹き荒れる。


「ぐあぁぁっ!」


 一人が避け損ねて半身を焼かれた。その場にくずおれた護衛は、激痛に顔を歪めている。


「誰か、そいつを神殿に送れ!」


 ロイは怒鳴りながら背中の大剣を抜いた。

 護衛の一人が倒れた仲間に駆け寄って、護符を発動させる。

 火傷を負った男の姿が消えた。転送先は神殿だ。そこで治療を受ければおそらく助かるだろう。


 背後の洞窟に魔物の気配はない。

 安全だと判断したロイは、背後に庇っていた少年に「あの洞穴に隠れてろ。絶対に出てくるなよ」と告げ、「行け!」と軽く肩を押した。


「わかった。だが無茶はしないでくれ」


 紙のように顔色を白くした少年は、それでも気丈に傭兵を気遣い、洞窟に向かって走りだす。


 ロイと護衛達は骨の化物に向き直る。

 髑髏竜(スカルドラゴン)は、不死化によって生ける骸骨となった竜だ。竜の耐久性や魔力に加え、不死の特徴も併せ持つ。

 こいつは二百年に一度この山に現れ、時に人の領域に災厄をもたらすのだ。そんな災厄を引き当ててしまうとは、あまりに運が悪い。

 舌打ちを堪え、ロイは果敢に竜に斬りかかった。




 ──髑髏竜との戦闘は熾烈を極めた。

 怪我を負わされ、或いは戦闘不能に陥って、護衛が一人また一人と戦いから離脱し、残るは護衛の長とロイだけになっていた。

 しかし髑髏竜とて無傷ではない。翼の骨はあらかた折れ、右後ろ足の先はなく、肋骨も何本か折れている。


 とはいえ、不死の魔物はこのていどでは止まらない。

 特に骸骨化した魔物は、首を斬り落とし、頭蓋骨を破壊しない限り完全に葬り去れないのだ。


 竜が声なき咆哮を上げ、空っぽの眼窩で二人を睨みつけた。

 護衛の長は、刃こぼれしてボロボロになった自分の長剣を、傍らのロイに軽く振ってみせた。


「この剣では奴の首を落とす事など出来ぬ。とどめはお前に譲ろう。私が囮になるから、あの忌々しい竜の首を叩き斬れ」

「……それではそちらが危険だ。いったん退くという選択肢もあると思うが」

「いや、ここまで弱らせたなら今倒すべきだろう。こいつが山を降りて人里を襲ったら、間違いなく甚大な被害が出るからな」

「……承知した」


 ロイが頷く。

 二人は竜に向き直った。

 護衛の長が先に走り出す。

 前に出た彼を顎に捕らえんと、竜は長い鎌首をもたげた。


 ガキッ!


 鮫のような鋭い歯が並ぶ口腔が、護衛の長に襲いかかった。それを、長は盾で防ごうとしたが、逆に盾を構えた腕ごと噛みつかれる。


「ぐっ……!!」


 牙が籠手を貫通し、長の腕に食い込んだ。辺りに鮮血が飛び散る。

 しかし食らいついて離さなかったのが竜の命取りになった。

 ロイは大柄な長の背後から竜の死角になるように接近し、伸びきった脛椎を、大剣で叩き折るように斬り落とした。


 ガツ、という破砕音が響く。

 骨だけの体躯が崩れ落ちるのを横目に、ロイは地面に転がった頭蓋骨に大剣を突き立てた。


 頭蓋骨に垂直に刺さった大振りの剣は、まるで竜の墓標のようだった。

 地面に縫いとめられた竜の髑髏(どくろ)は、抵抗するかのようにカタカタ動いていたが、次第に蜘蛛の巣状の(ひび)が入り、それが全体に行き渡ると細かい破片となって砕け散った。

 横倒しになった骨の体にも罅が入り、砂のように崩れていく。


 髑髏竜討伐を成し遂げたロイは、護衛の長に急いで駆け寄った。


「大丈夫か?」

「…………まあ、何とかな」


 腕から血を流し、地面に膝をついた男に声をかけ、懐から出した聖水を傷口に惜しみなく振りかける。


「……すまない」

「すぐ神殿に行った方がいい」

「いや、その前にわが主君と話がしたい。肩を貸してくれ」

「わかった」


 ロイは肩を貸して立ち上がらせると、少年が隠れている洞窟に向かった。



 ◇◇◇



 長の傷を見て、少年は息を飲んだ。

 ほかの四人も怪我で神殿送りになったと聞いて、彼はみるみる意気消沈した。


「すまない、私のために……」

「いえ、あなたがご無事で何よりでした。ですが私もこの怪我です。最後までお供するのは難しい。私と共にいったんこの山を下りましょう」

「…………いや、私は残って薬草を探す。目的地まであと一息のはずだ」

「ですが……!」


 護衛の長は渋った。少年一人を残し、素性の不確かな傭兵と二人きりにしたくなかったのだろう。当たり前の懸念だ。ロイもその事で腹を立てたりはしない。

 けれど予想に反して、少年は強情に首を振った。


「お前も知っているように、改めてこの山に登るだけの人員と時間が確保出来るかわからない。だから私はこの案内人と残る。

 お前は早く神殿に行け。浄化が遅れてゾンビにでもなったら絶対に許さんからな」

「ですが、」

「これは命令だ」

「…………承知しました」


 渋々了承した護衛の長は、護符を発動させて神殿に戻った。

 魔法の光が消えた頃、黙って成り行きを見守っていたロイは、改めて少年に声をかけた。


「一人で残って良かったのか」

「ああ、私は、どうしても薬草が必要なんだ」

「ならば、俺も最後まで仕事をまっとうしよう。だが、今夜はここで夜を明かした方が良い。もうすぐ日が暮れる。夜は不死者が活発化するから、歩きまわるのは危険だ」

「わかった」

「薬草の採取は朝になるが、それでいいか?」

「構わない」


 少年はあっさり頷く。

 案内人の傭兵と野宿となっても、彼は文句一つ言わない。意外に肝が据わっているようだ。

 冷静さを崩さない少年に、「俺は夜営の準備をするからゆっくり休んでろ」と告げ、ロイは薪を集めに洞窟の外に向かった。



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