事故現場を野次馬した帰り道での恐怖体験
「やっばー、事故だー」
高校の帰り道、大通りの交差点で横転した白の軽自動車とフロントガラスなどがぐしゃぐしゃになったトラック、それを遠巻きに見たりスマホで撮ったりするたくさんの人々がいた。
すぐさま私も野次馬の中に入っていった。
人々は「猛スピードで軽自動車が走って、トラックにぶつかった」とか「救急車は呼んでる?」などの会話があるが、みんな事故現場の写真をスマホで撮っていた。
近くで見ると交差点にはフロントガラスの破片などが散らばって、急ブレーキの黒いタイヤの跡が残っていた。
すぐに救急車とパトカーがやってきた。
パシャパシャと音を立ててスマホで写真を撮る野次馬達。私も一緒に写真を撮った。
事故現場なんて初めて見たな。
その時だった。
「なんで、見ているだけなの?」
そんな声が聞こえてきて、私は振り向いた。
だけど、たくさんの野次馬達の群れの中で、誰が言ったのか分からなかった。
警察の人が野次馬に「救急の邪魔になるので、離れてください」と言い、現場検証を始めた。
「もうそろそろ帰ろう。ん?」
救急隊員がストレッチャ―で運ぶ人が見えた。虚ろな表情で私達を見ているようだ。遠くからなのに、彼女と目が合ったような気がした。
「そんなわけないよね。もう帰ろうかな」
そう呟いて、私は帰り道に戻って行った。
私は駅のホームで電車を待っている間、スマホを出した。
「すぐに友達に教えようっと」
そう言ってラインの友人グループに『事故見た!』と打って、事故現場の写真をあげた。するとすぐに『ヤバいね』『マジで!』やびっくりするキャラのスタンプが張られた。
友人たちの反応に私は満足していると『 さんが入りました』と出てきた。
「あれ? 誰かがグループに招待したのかな? でもその時は友達が紹介したって文字が出るよね……」
誰だろう? そもそも名前が空欄になっていて怖い。
『見ていて面白かった?』
ポンと出てきたコメントに「ひゃ!」と悲鳴を上げて、スマホを落としてしまった。
「え? 一体、何なの?」
落ちたスマホを拾った。画面を見ると事故現場を撮った画像に変っていたが、撮った画像と違っていた。
「え? 何これ?」
交差点の真ん中に人が倒れているのだ。
怖くなってすぐに画像を消した。
*
電車に乗った後、またスマホを出す。ラインを見ると『 さん』はグループから消えていた。
私の見間違いだろうか? だとしたら事故現場の画像も私の見間違いかもしれない。きっとそうだ。
そう自分に言い聞かせて、もう一度、画像を開いた。道路に散らばったフロントガラスなどが散らばっているだけだった。ほっと息をついた。良かった、やっぱり見間違いだ。
そう思った瞬間、突然電車が急停車した。立っていた人は大きくよろめき、動揺が走る。やがて『電車が急停車します』と後手のような放送が流れ始めた。
「何だろう?」
「人身事故?」
口々に乗客が不安そうにスマホを見ながら情報収集している。私も一緒になって情報収集しているが、スマホの調子が悪い。
「もう、また画面がとまった」
イライラしていると画面が突然真っ暗になった。
え? 壊れた? と思った瞬間、パッと画面があの事故現場の画像が映った。思わず、息をのんだが、すぐにホーム画面になった。
「気のせいだよね」
ちょっとびっくりしたけど、見間違いだよね。
「忘れさせないよ」
私の耳元でそんな声が聞こえてきて、背筋がぞわっとした。
*
緊急停車した電車は『異常が無い』と伝えられて出発した。そして何事もなく最寄りの駅についたので降りた。
早く家に帰ろうっとそう思っていた時、街中の人たちの噂話が聞こえてきた。
「隣町でトラックと車の衝突事故で車に乗っていた女性が亡くなったらしい」
あ、あの人、死んじゃったんだ。そう思った瞬間、血の気が引いた。野次馬していた時、あの人は死にかけていたんだ。そう思うと恐ろしくなった。
その時、スマホから着信音が聞こえてきた。相手はママだった。
耳に当てて「ママ?」と言うと、無言だった。
「ねえ、ママ。どうしたの?」
「……な……」
「え? 何?」
「……なんで見ているだけなの?」
ゾッと背筋に冷汗が出てきた。ママの声じゃない。
スマホを見ると通話は切れていた。
あの事故現場を見てから何かおかしい。
「なんで? おかしいよ」
私は自宅へと急ぐ。だがラインのメッセージの音が聞こえてきて、急いでいるのにも関わらず、スマホを手に取って見る。
そこには消去したはずの事故現場の画像があった。
「え? なんで? 消したはずなのに」
とにかく消そうと思ったが、画像はパッと暗転して再び映し出した。
フロントガラスが飛び散った交差点の真ん中にうつ伏せで倒れた女性が映っている。頭から血を流して、腕や足もあり得ない方向にねじ曲がっている。
ゆっくりと女性が這ってきた。
「え? こっちに来ている?」
ズルズルと這っている女性に目を逸らせず、私は画面を凝視していた。
「なんで、助けてくれなかったの?」
そんな声が耳に残った。ごめんって、ただスマホで撮っていただけで。でも私にやれることなんて無いじゃない!
「なんで?」
這ってきた女性は画面いっぱいに映し出されて、スマホの画面から出るんじゃないかってくらいだった。
虚ろな女性の目をじっと見てしまう。
「なんで、見ているだけなの?」
「だから、ごめんなさ……」
「危ない!」
知らない男性の声でハッとした瞬間、耳をつんざくような音が聞こえてきた。あれ? この音、どこかで聞いたことがある。
パッと振り向くと車が私の立っている方向に突っ込んできた。
遠くで救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「女の子がひかれた!」
その声でぼんやりと目が覚めていくうちに、体に鋭い痛みが走った。激痛の中でぼんやりとした視界であたりを見ると、凹んだ車と私を介抱する女性、そして遠巻きに見ている人々。
パシャパシャとスマホのカメラの音がする。
やめて、撮らないで!
泣きたい気持ちになりながら、野次馬の中に私がいた。
そうだ、数時間前の私もこの中の一人だったんだ。
「こっちです!」
介抱してくれていた女性が手を挙げて、救急隊員を呼んだ。すぐに私はストレッチャーに乗せられると、私はふっと気を失った。
*
「ん……。あれ?」
目覚めると私は電車の中にいた。
「ああ、良かった。夢だったのか」
そうだよね。画像が動き出すなんてあり得ないもん。
その時、足を掴まれた感覚があった。下を見ると、あの女性が私の足を掴んでいたのだ。
恐ろしすぎて、悲鳴すら出なかった。
「なんで?」
「ごめんなさいって」
「なんで見ているだけだったの?」
だって、だって、みんなが遠巻きで見ているから、スマホで撮っていたから、別に撮っていいんだって思ったの! 珍しい光景だったから、みんなが反応してくれると思ったから、……。
頭の中で言い訳がどんどんと出てくるが、言葉にする事が出来なかった。
そしてどんどんと足を引っ張られていき、座席から落ちて尻もちをついた。
「教えてよ」
「ごめんなさい!」
「なんで、見ているだけだったの?」
電車の中はいつの間にか真っ暗な場所になっていた。
女性はずっと私の足を引っ張り続ける。
「なんで見ているだけだったの?」
「もう、しつこい!」
そう言って、私は足を掴んでいた女性の手を振り払って立ち上がった。
その瞬間、また耳をつんざくような音が響き渡った。
「はっ」
急ブレーキの音で目が覚めた。真っ白の天井といくつかの点滴が目に飛び込んできた。更に腕には点滴のチューブが繋がれている感覚と節々の痛みがあった。どうやら私は病院のベッドで寝ていたようだ。
そうか。車にひかれたのは夢じゃないのか。
安心したような、しないような、微妙な気持ちになる。
「よかったじゃん。生きていて」
耳もとであの声が聞こえてきた。恐ろしいけど、その発言には賛同してしまう。
そして、もう二度と野次馬なんてしないと心に決めた。